18.冠姫の選択
「みんなあまりにもこちらを見過ぎじゃないかしら。」
そう隣のディエラに話しかけると
「そのうち慣れるだろう。今は物珍しいだけさ。」
彼は本当にクールだ。
私たちの婚約が公式に発表されるとそれは瞬く間に学校中の噂になってしまった。
正直派閥の都合で私がサンドルと結婚すると勝手に思われていたというだけの話で、爵位も同じである私たちが結婚するのに不思議なことは何一つないと言うのに。
「このまま過ぎていくといいわね。できれば穏やかな日が続いて欲しいし。」
あえて名前を口にすると大きな足音を立ててやってくることが簡単に想像できてしまいそうだったので話さなかった。
しかし――
「どいつもこいつも俺の気を逆撫ですることばっかりしやがって。おいメルユール!お前は一体何を考えているんだ。」
久しぶりに聞くその声に震えた。
どうしたら良いのか分からないまま席から立ちあがろうとしたが
「君が行く必要はないんだ。」
そっとディエラに腕を捕まえる。
しかし本題はそれではなかったのだ。
「お前は関係ないだろう?あいつだって好きにしてるんだ。だったら俺だって好きにしてやるよ。」
その言葉を聞いて彼の手を外して駆け出した。おそらく私の予想通りであれば――
サンドルはロビーの方にいた。後ろからディエラがついて来てくれているのが心強い。彼の忠告を無視して来てしまったと言うのに。
「じゃあお前が俺の相手をすればいいんだ。な?」
サンドルが腕を捻り上げて捕まえたのはセフィラだった。
(そんな気がしてた。メルユールにもキリアにも公的なパートナーができた場合、彼が次に狙うのはただ一人しかいないから。)
「やめてください。」
一見か弱そうに見えたセフィラは手を振り上げて彼と距離を取った。
周囲の人々は彼女にそんな力があるとは思えないと言うかのように驚いていたに違いなかったが、私は知っていた。彼女は『あなたを救えたら』ではディエラ以上の魔力を持っていたのだから。
(ディエラの魔力が剣術として設定に採用されているとするとセフィラも同じだと思ってたけど。)
まさに私の予測は当たっていたのだ。
「無関係の人を巻き込むのはやめてくださる?」
私がサンドルの方に向かっていくと彼は目を釣り上げて
「全部お前がしたことだろう?大人しく俺と婚約して俺に安定した日常をくれれば好きに生きていいって言ってたのにどうして分からないんだ。」
一体今更何を言っているのだろうか。そんなことをしたらメルユールから吸い上げられるものは全て奪い取ってから捨て置こうとすることなんて見えていると言うのに。
「私はあなたのために生まれてきたんじゃないわ。どうかあなたの人生はあなた自身の力で掴んで。」
それは精一杯の言葉だったが空虚だった。
私はおおよそのことを知っているからこんなことが言えるのだ。私が犠牲になってしまえば救われることなどたくさんあった。迷惑をかけずに済んだ。結局のところ自分が手を加えてしまった責任を取らねばならない。
「だから掴もうとしてるじゃないか。これが一番手っ取り早くて俺にも俺たちにも理想的な方法だろ?」
そう彼はいつものように私の肩を強く掴んだ。
揺さぶられると思って退こうとすると顔が近づいてくる。こんなのは絶対におかしい。どうして彼はこんなにも私に執着するのだろうか。……もう理由などないのかもしれない。
「何するんですか!」
そう叫んでやって来たのはキリアだった。
それだけではない、彼女は自らの手袋を彼に投げつけたのだ。
「これ以上の横暴は許せません。私と決闘してください。」
私はこの場面を知っている。
しかしもう上手く思い出せなくなってしまった。混乱した頭が再び自身を攻撃する。私はまた、その場に倒れ込んだ。
・・・
「メルユール嬢はまだ見つからないのか?」
ヴィクトル殿下は静かな声で調査隊に問いかけていた。
しかしこの件の犯人について心当たりがあるようでそれを口にできないことを気にしているようだった。
「いずれ真実は明らかになりますから。」
優しく声をかけると眉毛を下げて笑う。
気を遣って話してみたものの私の心も痛かった。
あの誰よりも眩しくて強かった彼女が森の中で忽然と姿を消してしまったなんてあり得ない。到底信じられることではなかった。
「サンドル殿下にあなたが釣り合うとお思いなの?」
傲慢な王子に目をつけられたかと思うと、彼のパトロンであるご令嬢にまで目をつけられてしまうとは。
私はただの男爵令嬢であったと言うのに剣術大会で優勝してから人生が一気に変わっていってしまった。
「いいえ、思っていませんわ。」
真剣に答えると
「よろしいですわ。その調子でどうか身の程を弁えてくださいまし。」
彼女、メルユール・セルヒーはいつもそんな調子であった。
自分を飾りつけたり豪華に見せたりすることには執心であるのに対し、自身の感情や欲望、そういったことに対して貪欲なようで全然そうではないように見えた。
あの美貌と権力で全てのものが手に入っても不思議ではないと言うのに。彼女はどうしても手に入らないものを常に欲しており、それに熱中していた。要するに狩りが趣味のようなものだ。
しかし狩りであればこの目で獲物を見ることができるから良いものの、彼女の欲しているものは目には見えないのだ。しかも私にしてみれば存在しているとも思えない。
あのサンドル・ドゥ・オルネロータ殿下の心などと言うものは。
それでも私は彼を愚かとは思わずにただ直向きに強さだけを見せてきた。
「ヴィクトル殿下を傷つけるものは許しません。私が相手をしましょう。」
愛を知った私にできないことは何もなかった。
宮殿の決闘の間で行われた勝負はあっという間に終了してしまう。倒れ込んだ彼を助けるものは誰もいない。彼が、彼自身が自分の手で全てを壊してしまったのだ。
彼はいつの間にか姿を消していた。結局、過去に彼自身がメルユール様を導いた森の中へ入っていったそうだ。
それを聞いた時、虚しさで心が詰まりそうだった。サンドル殿下に情けなどといった感情を持ち合わせてはいない。しかし、彼女のことを考えると、自由の身になってなお彼に会いたいとは思っていないだろうと考えてしまう。
これから進んでいく時代の中、私は新しさの象徴となるだろう。その時、古き良き伝統の象徴として側に彼女がいてくれたらどんなに良かっただろうか、と願ってしまっただけなのだ。
・・・
「キリア、それだけは絶対にだめだ。許可できない。」
ヴィクトル殿下の声が聞こえる。
「どうしてですか?国民がこんな目に遭っているというのに解決できない方が問題があります。だから私が全責任を取りますから――」
どうやら先ほどの決闘に関する話のようだった。
近くで二人が言い争いをしているので、何か重要な夢を見た気がするのに全部忘れて行ってしまった。
(うーん、目覚めはあんまり良くないかも。)
そっとかけられたブランケットから顔を出すと
「大丈夫か?」
横から顔が飛び出してくる。ディエラだった。
「……ごめんなさい。せっかく止めてくれたのに。」
正直私にできることは少ないと言うのに飛び出して行ったことに問題があるが、結局のところサンドルは私に文句を言いたかっただけなのではないかと思ったのだ。
「気持ちは分からなくもないが君はあまりにも無鉄砲すぎる。」
と手を握って手のひらを撫でた。
タコは以前よりも悪化していて少しひりつくがどうにか誤魔化して笑顔を引きずり出した。
一方でヴィクトル殿下の話は続いていた。
「決闘は法律で禁じられているわけではないが、それは通常の身分下における話なんだ。基本的に王族に決闘を挑むことはできない。君が勝っても負けても、どの道不敬罪に問われるんだ。」
それはそうだろう。
今でもサンドルは王になる可能性がないわけではない。
彼に挑むということは国家転覆と見られても不思議ではないのだ。
「君が言われのない罪によって犯罪者になるのも耐えられないが、僕は君と将来を共に過ごしたいと思っている。現状結婚も難しくなってしまうんだ。このことが表沙汰になると。」
私の行動のせいで彼女の幸せが危うくなるのは耐えられない。
声を出して撤回を求めようとすると――
「じゃああなたが王になってください。あなたが王ならどうするんですか。それをちゃんと提示してください。」
そう、これこそが、小説『冠姫の選択』なのだ。
唯一の天性の才を戴いた彼女が選んだ人物こそが、本当の王であるということ。
少し黙って考え込んだ殿下はいつもの軽薄そうな態度を改め
「ちゃんと陛下と話をしてくるよ。君の選択に見合う僕を示して見せるから。」
どうやら彼は王位継承権請求をするようだった。
(愛だなーって思うけど、愛だけじゃどうにもならないんだよね。こういうことって。)
そんなことを考えながら二人のことを見つめていると
「メルユール様っ!もうどうかご無理なさらないでくださいっ!」
私の方を見たキリアが久しぶりに身体をくねくねさせながら抱きついてくる。久しぶりのそれは以前よりも重く感じられた。
「そうね、あなたにも無理させないように気をつけるわ。」
そう笑いながら話した。
おそらくこれからはきっとなるようになるだろう。ヴィクトル殿下が決心されたのだから。




