40話 ー カッコいい先生 ー
「…… 検査致しましたが、身体に異常はは見られませんでした」
あれからオレ達は、三人とも救急車で病院まで運ばれた。
現在病室には、オレとシャーロット、そしてベッドに寝ている凪咲がお医者さんの診察を聴いている。
因みに今診察結果は凪咲のもの。
本人が寝ているので、身内であるオレとシャーロットか聴いている途中だ。
取り敢えず、ここまでの経緯を整理しよう。
オレがケータイを使って救急車を呼んだ数分後、シャーロットが男女四人の教師を連れて来てくれた。
その中の一人に棚橋先生も来てくれていたのだが……
「さっ、桜庭っ!? 大丈夫か!? 死ぬな、死なないでくれぇっ!!」
当事者の誰よりも慌てていた。
「イヤイヤかすり傷だってば、死なない死なない!」
「救急車、救急車はまだなのかっ!? 」
「先生落ち着いてって! オレ意識ちゃんとあるし救急車も読んだから! 落ち着いてってば!」
「うをぉぉっ! 可愛い教え子がこんな事になってるんだぞ、落ち着いてなんかいられるかバカっ!」
今まで自分で押さえていたタオルを取り上げて、棚橋先生が代わりのタオルを優しく当ててくれる。
座っているオレを抱く様に接触してきたので、スーツやカッターシャツの袖にベットリと血が滲んだ。
「ほら先生、服が汚れるから…… 」
「バカヤロー、服なんてまた買えばいいんだ! だから頑張って生きてくれ…… お願いだっ…… 」
とうとう泣き出してしまった棚橋先生を見て、オレも感動のあまりちょっと泣きそうになった。
実にいい先生に巡り会えたものだ。
「そんな落ち着きないから婚期を逃すんですよー、オレなら平気…… 」
「一生結婚出来なくていいっ、だから、誰か桜庭を助けてくれぇ…… っ 」
うっ!
込み上げてくるものを必死に抑える。
男の子だもん、泣いちゃダメダメっ。
大丈夫ですよーっと棚橋先生を安心させ続けること更に数十分後、ようやく救急車が到着して、当事者三人と棚橋先生、それともう一人の先生を乗せて病院に急行した。
病院に着くと、当然ながらオレが真っ先に手術室へと担ぎ込まれた。
「……… これは……… どうしたら良いのだ?」
待ち構えていた主治医が怪我元を見てそう漏らす。
えっ、マジ? 結構ヤバめな感じなん!?
余裕をブッかましていたので不意打ちを食らう。
「手術の施しようがない」
「せっ、センセー…… そんなにマズイ場所を怪我してるんですか、オレ…… 」
不安に耐え切れずに聞いてみる。
「あ、あぁ、違うんだ。君が怪我をしたのは、今から数十分前だよね?」
「…… はい、一時間は経っていないかと。大体3〜40分くらい前ですかね」
なぜそんな事を聞くのだろうか?
時間が経ち過ぎて、もう手遅れとか?
こんなにも意識がハッキリしているのに?
更に不安が押し寄せてくる。
人間が死ぬときは、眠ったまま死ぬか、即死かのどちらかだと思っていた。
だが今回のケースは、意識はバッチリあるし痛みも然程感じないのに、ジワジワと死に近づいている?
ある意味、最も恐ろしい死に方だと思う。
そう考えている間にも、刻一刻と………
「センセー、死ぬ前に彼女達に伝えたい事があります。まず、冷蔵庫の中に入っている食材ですが…… 」
「えっ……… あぁ! すまない、驚かせてしまったようだね?」
ハッハッハと笑うセンセー。
ウソでしょ、今正に目の前で死にそうになっているオレに対してっ!?
「手術は必要ないんだ。傷口…… いや、傷口と思われる部分は既に塞がっているからね」
「はい?」
「本来、こんな短時間で傷口が完全に閉じるなんてあり得ない。例えそれがかすり傷だったとしても、多少は跡が残るんだが…… 」
センセーはそう言いながら、慎重にオレの頭を弄る。
「…… 救急班からの情報ではかなり出血していたらしいけど、いや、本当に不思議だ」
興味深そうにオレの頭をを観察している。
何だろう、すっごく恥ずかしい。
「意識は大丈夫かい? 目が回ったり、ぼんやりしてないかい?」
「はい、何なら走れるくらいです」
「ふむ……… 信じ難いことだが、傷口は既に治っていると言うのが私の診察結果だ」
「……… ある日ポックリ死んだりしませんよね?」
「問題ないようならば今から脳内の検査をするが……… 何せ異例の事態だからなぁ」
「マジっスか…… どうにかなりませんかね?」
焦るあまり、縋るようにお願いしてしまう。
これ程身近に死を感じたことはない。
手が震える。
冷や汗が止まらない。
今まで何気なく過ごしてきた日常が、一瞬にして尊い思い出だと感じる。
センセーは、そんなオレの肩に手を乗せて、こう言った。
「例えどんな障害があっても、君の命を救ってみせるよ。 だって私はお医者さんだからね!」
……… カッコよすぎるだろ。
世の中には、どんなに頑張っても救えない命は多くあることを、頭では理解している。
それでも、『救ってみせる』と言い切ってくれたセンセーの言葉が何よりも嬉しかったし、ホッとした。
早速精密検査をしたところ、異常は見当たらず二度めの安堵。
ただ、血が大量に出たのは事実だし、余りにも異例だったため、今日一日は入院する事になってしまった。
それらの検査が思いの外早く終わったので、センセーに無理を言って凪咲とシャーロットに合流する。
シャーロットは既に検査を終えていた。
多少服が汚れていただけだったので、軽い診察と質疑応答があったくらいだったと彼女は話す。
…… 問題なのは凪咲だ。
外傷がないのは幸いだったが、救急車で運ばれている間もかなり混乱していた上、オレが手術室に入った後はオレを探そうと取り乱していたらしい。
何とか彼女を座らせたものの、医者の話は全く聞かずじまいで、最終的にはオーバーヒートしたかのように、意識を失ったと言う。
そして現在。
凪咲は未だに意識を失ったままベッドに横たわっていて、その病室で彼女の診察結果を聞いている…… ってワケだ。
「特に目立った外傷もありませんが、彼女が起き次第、精密検査を行います」
「……… よかったぁっ。本当に怪我はないんですか?」
シャーロットが必要に事実確認をする。
「はい。ただ、何かに引っかかったのか、高等部付近にあった髪の毛が切れている箇所がありましたね」
改めて凪咲を見ると、先程まで束ねられていた髪の毛が解けている。
そういえば凪咲を庇った時に、何かが破れたような音を聞いた気がしたことを思い出した。
多分それは、いつも彼女がしていたリボンが千切れる音だったのだろう。
余りにもピンポイントな場所に引っかかったものだと思ったが、それはあと数センチでもズレていれば、凪咲の後頭部に当たっていたと言う事になる。
完全に庇っていたと思っていたのに、結構ギリギリだったんだな……… 。
何にせよ、その程度で済んで良かった。
これで顔に傷でも出来てた日には、凪咲の両親に申し訳ないし、何よりも彼女に合わせる顔がない。
「桜庭さんとハーツさんも合わせて、明日再検査を行います。問題なしと判断されれば、明日の夜には退院できますよ」
凪咲を診てくれていた女医さんが、自然な笑顔でそう言った。
どうやら本当に命の心配はないらしいな。
「お部屋は如何されますか? 」
「全員一緒でお願いします」
「分かりました。ではしばらく待っててくださいね?」
女医さんは早速病室を出て行った。
その入れ替わりで、棚橋先生が入ってくる。
「桜庭ぁっ! ハーツっ! 無事で…… 無事でよかったぁっ……!!」
ギューっとシャーロットと一緒に抱き締められる。
学園の誰もが憧れるおっぱいは、スーツのせいかブラジャーのせいか、案外硬かった。
「ちょいっ、やめて下さいよ!」
と言いながら、更に自分から棚橋先生の胸に顔を押し付けていくオレ。
こんな時に…… と思われるかもしれんが、性欲とは別に凄く安心する感覚があったので、気が抜けたオレはそれに縋りたかった。
性欲的なものもあるが。
「棚橋先生、ご心配をおかけしぇましぇちゃ」
完全に顔が隠れているシャーロットが喋りにくそうに言った。
「…… おっとすまん! 怪我人に抱擁はマズかったな」
ゆっくり腕の力を解いてオレ達を解放した。
もうちょっと堪能してもよかったかな?
「診察の結果はどうだった?」
先生はずっと外で待っていてくれたので、まだ診察結果を知らない。
オレは自分と凪咲、シャーロットの診断と今後の流れを話した。
「……… そうか」
一通り話終わった後、棚橋先生は一言漏らして、深々と頭を下げた。
「今回の件は、学園の備品管理不足が原因で起こった事故だ。本当にすまないっ!」
最早膝を地に着け兼ねない勢いだ。
慌てて先生の肩を持ち上げる。
「いいですってもう! 全員無事だったんだし、それでいいじゃないですか」
「お前達は良いかもしれない! だがお前達の………っ! か、重ね重ね、すまないっ!」
親が、と続けたかったのだろう。
しかし、オレとシャーロットには、もう親と呼べる存在はいない。
正確には、オレの両親はまだ健在かも知れんが、誰で何処で何をしているのかも分からない。
オレにとっては考えるに値しないほどの内容だったが、先生にとってはデリケートな内容だと思っているらしい。
「せっ、先生っ! 私は気にしてませんからっ! 」
先生の膝と床の間が残りわずかの時点でシャーロットも加勢してくれた。
これだけ力を入れているのに、まだ膝を伸ばそうとしないとは…… 頑固にも程がある。
「…… 兎に角、学園は明日からにでも備品の修理と買い直しを行う事になるだろう。こう言っては不謹慎なのだが…… 最近、お前達が学園中を走り回ってくれていたおかげで、これ以上の被害は防げるだろう」
先生はもう一度、深く深く頭を下げた。
「知ってたんすか」
「私のクラスの生徒と元生徒だぞ、当たり前だ。これでも思い入れがあるんだ。特に桜庭を含む問題児達のメンツにはな」
…… ホント、良い先生だよ、棚橋先生。
「…… これ以上長居しても仕方がないな。私は学園に帰って今回の件を報告するとしよう」
血塗れになったスーツを肩にかけて、部屋から出て行こうとした。
「待ってくれ先生! 一つ頼みがある」
「なんだ? 出来る限りの事はやってやるが…… 」
「……… ナギがいつも髪を結っていたリボン、覚えてる?」
「あぁ、薄いピンクのヤツだな」
「それそれ。実はあの事故で千切れたと思うんだけど、多分現場にあるから、早めに持ってきてほしい」
「…… わかった。恐らく今日は立ち入りできなくなっているから、明日の放課後…… 早ければ昼休みにでも探して持ってこよう」
「お願いします」
「しかし、見つかったところで、ソイツはボロボロになっている筈だぞ? それでもいいのか?」
無いよりかはマシだろう。
今は少しでも多く、凪咲の心の支えになるものが欲しかった。
「本人にとってはかなり思い入れがあるらしいから…… 例えボロボロになっていても、届けて欲しいな」
「わかった、最優先事項として承ろう。他にはないか? 」
オレは考えた挙句、ふと名案を思いついた。
「夏休みの宿題を免除してくれ」
「…… うむ、冗談を言えるだけの元気があることはよーく分かった! お前の担任に『桜庭は元気過ぎて早く勉強したがっていた』と伝えておこう」
バチンとウインクをかまして、肩に掛けたスーツを翻しながら颯爽と退出していった。
どこまでもカッコいい先生だった。
「遥希さん!」
「なんだ、夏休みの宿題が無くならなかったのがそんなに…… 」
「ダメですっ! 宿題はきちんとしなくちゃですよ!? 夏休みの宿題と言うモノがどんな内容かは分かりませんが、兎に角宿題であるならば、したきゃダメです!」
怒られちゃった。
「冗談だよ。それよりシャーロット、少し真面目な話があるんだが…… 」
「…… はい」
そう。
今までのは、この話に入るための茶番に過ぎない。
オレは、シャーロットに本題を切り出した…………




