39話 ー 火事場の何とやら ー
明けて月曜日の放課後。
オレ達は第一グラウンドにある体育倉庫に来ていた。
これまでオレ達は、様々なミッションをこなしてきた。
例えばサッカー部。
ゴールネットの修理をしたいのだが、予算がない。
あったとしても、対処できるのは当分先まで待たないといけないくらい順番が支えているからどうにかしてほしいとのこと。
バレー部の時と同様、専門家でもないオレ達が出来ることは少なく、精々その手のことに詳しいヤツを連れてくるのが関の山。
しかし、これまたバレー部同様、凪咲は魔法でネットの一部を修復した。
例えば落し物探し。
思い入れのあるキーホルダーを落としてしまったので探してくださいと書かれた投書には、キーホルダーの大きさや特徴などが細かく記されていた。
何とかしようとした凪咲は、その生徒と直接会うことに成功し、落としたであろう大まかな場所を特定する。
そして、その場所にあった物に魔法をかけて、其々の痕跡を辿り、キーホルダーを見つける事が出来た。
一見うまくいっているようにも見えるこの修業。
しかし、婆さんの教えである『相手を想う気持ちが魔法に昇華する』と言うものからかけ離れていると感じていた。
そう。
凪咲は最初から魔法に頼り過ぎている。
確かに魔法を使うことによって、使い方、精度、速さはレベルアップするかもしれない。
それでも、このままでは凪咲が目指しているであろう場所には辿り着けないだろう。
魔法がうまくいかなくなって焦っているのは理解出来るが、そうじゃないだろうと思っているのが正直なところである。
そして、夏休みに入る一週間前の今日。
高等部に設置していた目安箱に入っていた投書が、残り一枚となっていた。
『グラウンドにある体育用具室の棚が古くなっていて、今にも壊れそうな雰囲気なので気になっています』
ラストは陸上部からの依頼だった。
「………………っ 」
凪咲の顔は渋る一方。
昨晩の修業でもうまくいかなかったのか…… 。
奉仕活動を始めてからは魔法を使う頻度も前と比べて格段に多くなったから、疲れが如実に出ている、と言うこともあり得る。
幸いなことに、高等部の投書は今回で最後な上、もうすぐ夏休みに入るし、身体を休める十分な時間が取れるので、この件が片付いたらしばらく魔法を使わないように進言してみよう。
「…… 遥希さん。ナギさんの様子が…… 大丈夫でしょうか?」
「取り敢えず見守ろう。今日で最後だし、後から休むように言うつもりだ」
凪咲に聞こえないように囁いてくるシャーロットにそう返した。
原因が何かは分からない。
でも、今日はいつも以上に嫌な予感がした。
「ナギ。今日で最後だ、頑張れよ」
「う、うん…… 」
オレの励ましもあまり届いていないようだ。
生徒会室を出る間際、シャーロットに、今日は特に気を配ってやってくれと頼み、先に出て行った凪咲を二人で追いかけたのだった。
そして現在に至る。
放課後の体育倉庫の中は薄暗く、土や埃、汗の匂いなどの独特な異臭が漂っていた。
「…… この棚ね? 」
お目当てのの棚は直ぐに見つかる。
縦横は3m、奥行き50cm程の重量感溢れる棚の足元には、デコボコしているコンクリートの上に直接建っているワケではなく、安定させる為だろう固そうな平台の上に置かれていた。
木製の5段棚で、メジャーや石灰などのフィールド用具や、体育の授業で使う其々のスポーツ用品もあり、棚は他に置き場所がないくらいギッチギチ。
遠目から見ると何の変哲も無いが、近づいてよく見てみると、湿気で曲がっている場所があったり、釘がはみ出ていたり、中には底が割れている箇所もある。
端からちょっと力を入れて押してみると、ミシミシと嫌な音を立てながら棚全体が少々傾く。
確かに、大切に扱えば今すぐどうにかなる状態でも無いが、ふとした拍子に大きな力が加わると大惨事を招きかねない。
陸上部が不安になるのも頷ける。
「さて、どこから直しましょうか」
早速凪咲が直さなければいけない場所を探り始める。
「一応聞いておくが、壊れた箇所を見つけてどうするつもりだ?」
「…… そんなの、魔法を使うに決まっているでしょ?」
さも当然のように答える凪咲。
オレの横では、生徒会室を出る時よりも更に不安げな顔になっているシャーロット。
気持ちはよくわかる。
今でさえ不安定な状態なのに、果たして今回はうまくいくのだろうか?
これまでの修理とは違い、今回は大きさも重量も桁違いの物に対して向き合わなければならない。
逆に言えば、ここでバチっと魔法を決めることが出来たなら、彼女にとって大きな自信となるだろう。
「大体分かったわ」
棚を観察していた凪咲が魔法を使って修理を始める。
下から順番に、ゆっくり、ひたすら丁寧に修復していく。
ネジが緩んでいるところはしっかり締め上げ、歪んだ骨組みを元の形に戻し、割れた箇所を繋げていった。
普段よりも一層集中しているせいか、対して暑くもないのに、凪咲の額からは大量の汗が吹き出ている。
しかしその甲斐あって、見た感じ修復されているところに異常は見られない。
シャーロットも、魔法に集中して汗を拭うことも忘れてしまっている凪咲の額に、時々ハンカチを当ててくれていた。
「…… ありがと」
凪咲は手元から目を話すことなくお礼を言う。
ここまで集中している彼女の姿を見るのは初めてかも知れない。
家事は兎も角、それ以外は例え初めての事であろうと難なくこなしているイメージが根付いていたので、瞬きもせずにただ一点にのみ力を注ぐその姿勢は、とても新鮮に映った。
それが何分、何時間続いただろうか。
やがて、彼女の手から力が抜けた。
「………… 終わったわよ!」
汗だくのまま振り返った凪咲の顔は、満足感に満ちていた。
「お疲れさまです、ナギさん! これ、先程購買で買ってきたお茶です」
「ありがとシャル。汗まで拭いて貰って、悪いわね」
「いえいえ、お役に立てたなら何よりです!」
安心しきったのか、二人とも和気藹々と互いを労っている。
そんな中、オレの脳内の警戒ランプは未だに消えていなかった。
おかしい。
何かがおかしい。
改めて修復された棚を観察する。
魔法をかけた場所は綺麗に直っている。
が。
ミシリっ
不意に、足元から聞こえる異音。
それが耳に届いた瞬間に、オレはシャーロットを高跳び用のマットがある方向に突き飛ばした。
次の瞬間。
ミシミシミシミシッ!
異音は更に大きくなり、棚がオレと凪咲の方へと傾いてきた!
壊れたのは棚ではない。
それを支えていた……… 台だった。
そういえば凪咲は棚にばかり集中していて、更に下にある台までは見ていなかったな。
後悔しても後の祭り。
上から降り注いでくる棚と体育用具にスローモーションが掛かる。
オレは、まだ異音の正体に気が付かずに足元を気にしている凪咲の頭を覆うように抱きしめた。
そして………
全てが崩れてきた。
「っか…っ」
背中に当たる石灰の袋。
頭を叩く金属バット。
そして最後に、棚の本体が体に倒れてくる。
ビリっ
オレはそれを背中で受け止めて、力の限り踏ん張る。
幸いなことに、棚が斜めになったお陰で、積まれていた荷物は床に落ちて多少軽くなっていたので、押しつぶされることはなかった。
が、かなり痛い、すごく痛い。
でも、痛いで済んでいる。
火事場の何とやらと言うヤツなのだろうか、あれだけ重たそうな棚を一人で支えられたなんて…… 。
まぁ、倒れてくる速度は大した事なかったってのもあるかもしれんが。
落ちた衝撃で破けた石灰が倉庫中に広がり、視界が一気に真っ白に染まる。
そして、石灰の煙幕が晴れ、カラカラと競技用バトンが転がる音すらも消えた後に、そっと凪咲を離した。
「……… ぃよいせっ!!」
最後に、未だ背中に寄りかかっている棚を体全体の力を駆使して元の位置まで押し戻す。
足元を見ると、棚を乗せていた台にポッカリ穴が空いている。
最悪のタイミングで限界を迎えたようだった。
……… いや、魔法を使っている最中だったら、もっと酷いことになっていただろう。
寧ろこのタイミングまでよく耐えてくれたと褒めるべきか。
張り詰めた緊張が解けたせいか、今になって額から生暖かい液体がゆっくりと流れて頬を伝う。
「…… お前ら、怪我はないか?」
一先ず棚をバランスが保てる場所に引きずって移動させた後、二人の安否を確認する。
凪咲もシャーロットも、まだ理解が追いついていないのか、驚愕した表情のまま固まっていた。
だが、気を失っているとか、痛がっている様子もなかったので安心した。
今まで溜め込んでいた息を一気に吐き出して、垂れてきた汗を左腕でグイッと拭う。
「…… ってぇっ!?」
頭に激痛が走る。
脳内ではない、外側の痛み。
慌てて左腕を見る。
その腕は、赤黒い絵の具を塗られていた。
まさかと思い、今度は右手で、先程頬を伝ってきた汗に触って目の前に持ってくる。
腕と同じ、妙にネットリとした真紅の液体に染められていた。
「は…… ハルっ…… あっ…… 」
「遥希さんっ、大丈夫ですかっ!?」
最初に我に帰ったのは、以外や以外シャーロットの方だった。
「頭に怪我をっ…… ま、まずは止血しますっ! とりあえず、私が持って来たタオルを当てます! 」
シャーロットは急いで自分のカバンからタオルを取り出して頭にに当ててくれた。
「随分手慣れてるのな…… 」
「おばあちゃん、看護師もやってましたから…… 何度かお手伝いしたことがあるんですっ」
オレの問いに対し彼女は絞り出すように答えた。
「…… ナギさんは救急車を呼んで学園から先生を連れてきてくださいっ!!」
シャーロットは、今まで聞いたことがないくらい大きな声を張り上げて凪咲に指示を出す。
しかし、凪咲は動かない。
いや、動けなかった。
「あ……… ごめっ…… わた、しっ……… ハルっ ……」
「ナギさんっ! は、早く、早く救急車と応援をっ!」
どれだけ叫んでも凪咲の身体は動かず、ただただ目の前の光景を否定するかの如く、小さく首を振るばかり。
完全に正気じゃないな。
「…… あぁっと、オレは大丈夫だ。 自分で頭押さえながら救急車呼ぶから、シャーロットは先生呼んできてくれ……… できれば美人の女教師を多めで頼む」
「冗談言ってる場合ですかっ!? とにかく、男女とも連れてきますので安静にしていてください、すぐに戻りますからっ!」
分かった、と言うオレの返事を待たずに脱兎の如く倉庫から飛び出していった。
……… 冗談なんかじゃない。
女教師に診て欲しいのは、オレじゃなくて、凪咲の方だ。
未だに体全体を震わせている彼女を放って置くわけにはいかない。
同性同士なら安心して任せられるって寸法さ。
例え他意がなくても、男性に看護されるのはイヤだろうからな。
「ナギ、心配すんなって。こんなのかすり傷だ。大丈夫だからな、お前は悪くない」
「…………… 」
それでも凪咲は震えるばかり。
オレは、さっきの言葉が彼女に届いた事を祈りつつ、ケータイのボタンをプッシュして、凪咲にも聞こえるように。
極めて明るくオーバーに、自分が元気である事を証明するように。
ケータイのマイクに向かって声を出した。
「あっもしもし、今大丈夫です? なら、救急車一丁お願いしまーす!」




