34話 ー 変わらないもの ー
「….… 待ってぇーっ、待ってよぉっ!」
遥か後方から幼い女の子が泣きながら此方へ走って来ている。
「…… 遅い」
そんな女の子を立ち止まって待っているのは、小さな男の子。
無表情…… いや、何事にも無関心と言った方が良いだろうか。
その男の子の表情からは『意思』が感じられない。
また過去の夢。
これは、凪咲と出会ってから間もない頃の夢だ。
今でこそ行動力のある凪咲だが、当時はオレの背中に隠れて、常に人の視線を気にするヤツだった。
泣き虫だし、怖がりだし、ちょっと早く歩けばこの通り、すぐに距離が開いてしまうくらいトロい。
そして、オレに追いつけないと、また泣き出してしまうのだ。
一方でオレはと言えば、何もなかった。
好きなものも、嫌いなものも、大切なものも、もしかすると感情すらなかったのかもしれない。
この時だって、婆さんに言われたから凪咲と一緒にいるだけ。
それ以外の理由はなかった。
「…… お兄ちゃん! えへへっ…… 」
やっと追いついたロリ凪咲が、ギュッとショタ遥希の背中に抱き付いてくる。
その時、振り向いて頭を撫でてやると、今まで泣いていたのが嘘の様に笑うのだ。
泣いたり笑ったりと忙しい凪咲。
淡々と言われた事を熟すロボットの様な遥希。
周りからはそんな風に思われていた。
でも。
オレは凪咲と一緒にいる事で多くの事を学んだ。
褒めてもらえると嬉しい。
叱られると悲しい。
遊んでいると楽しい。
そんな当たり前な事を自然とできる凪咲と一緒にいたから、今のオレがある。
だから。
オレは、その恩を返すため、一生彼女の側にいようと思っていた。
『恩返し』が『恋心』になった今でも、そしてこれからも、その気持ちは変わらないだろう……
いつもの様に目が醒める。
随分と懐かしい夢を見たものだ。
それもこれも、きっと、昨日の出来事があったからこそ、呼び覚まされた記憶が、夢となったのだろう。
時刻は午前7時。
普段から朝食を作る癖が染みついているせいか、日曜日の朝だと言うのに早く目覚めてしまう。
二度寝をかましてやろうと思ったが、幸か不幸か目覚めはバッチリ。
眠気は夢と一緒に消え去ってしまっていた。
部屋を出て台所に向かうまでの行動は、最早ルーチン化されていると言ってもいい。
あれこれ考えなくても自然と足が動く。
その過程で「そういえば牛乳の賞味期限が…」なんて思いながら、1日の献立を組み立て行く思考回路も同じ。
つまり、特に変わりのないいつもの朝だ。
そう思っていた時期 (数秒間) が僕にもありました。
ダイニングに続く扉を開く。
「…… おっ、おはよう」
そこには既に先客がいた。
あまりの光景に、姿形は全く異なるのに、一瞬シャーロットかなと錯覚してしまう。
「……… お前、ナギ、か?」
「寝ぼけてるの? どこからどう見てもそうじゃない…… 」
あの凪咲が。
" 願いを叶える湖 " と言う神様よりも当てにならない存在に縋り付いて『治してください』と願わずにはいられない程、絶望的なお寝坊スキルの持ち主である、あの凪咲が。
早起きしていた……… !?
「うっ」
思わず目頭を抑える。
そうでもしないと、溢れ出るナニかが止めどなく流れてしまいそうだったから。
「こっ、恋人を他の女の子と間違うなんて最低っ!」
最もだ。
凪咲は怒りと恥ずかしさが入り混じった顔で憤慨している。
そうか、とうとう恋仲になったんだっけ。
もちろん忘れていたわけではない。
忘れようもない。
だが、今まで一緒にいた時間があまりにも長すぎた事もあり、まだ実感が湧かないのだ。
「…… すまん、あまりにも現実離れしていた光景だったから、つい…… クッ…」
「なんで嬉しそうな顔で涙を流してるの!?」
「いや、ぶっちゃけお前に告白された時よりも歓喜あまってる」
「ア゛ア゛ン゛?」
怖っ。
オレの彼女怖っ!
クワバラクワバラ…… 。
「悪かったよ。で、なんで早起きしたんだ?」
怒りを逸らすため、早口で話を進める。
「………….… 彼氏と少しでも長く一緒に過ごしたい思うのって、ふ、不自然かしらっ?」
蚊の鳴くような声で、凪咲が呟いた。
ねぇ聞きました奥さん?
オレの彼女可愛い過ぎません!?
桜庭手の平大回転。
「…… 別に、いいんじゃないでしょうか」
頑張って照れているのを隠した結果、少々ぶっきら棒な答えになってしまう。
機嫌を損ねないように努力したが、これでは本末転倒。
更に機嫌が悪くなり兼ねない……
「ふふっ…… ハルってさ、照れ隠しするとき敬語になるよね?」
しっかりバレていた。
ある意味流石である。
「なに、照れちゃったの? ドキッとしちゃったの?」
煽るようにオレの顔を顔を覗き込んでくるその頭を引っ叩いてやりたい衝動を全力で抑える。
ここで手を出してしまえば、認めているのと同じだ。
「よし、今日は一日緑黄色野菜のパレードと洒落込もうじゃないか」
「勘弁してくださいっ!」
接触を避けて兵糧を責める。
やはり暴力はいけない。
痛みよりも恐ろしい思いをじっくりと味あわせてやろう。
「待って待って、それはいけないわ! そんな事して一体誰が喜ぶのよっ!」
「お前には健康に育って欲しいんだ ( 満遍の笑み ) 」
「うっ、屈託の無い笑顔で……… あっ、そうシャーロット、シャーロットが黙っちゃいないわ!」
シャーロットはお前の親分かよ。
「アイツがここの食卓で一度でも『嫌い』とか『苦手』とか言ったことあるか?」
「な、ないけど…… 」
弱っ。
まぁ、シャーロットにも嫌いなものくらいあるだろうが、基本的に美味しいと言って食べてくれるので嬉しかったりする。
今度さり気なく聞いとくか。
「お願いっ、考え直して!」
「いい機会だ、克服しろ」
「せめてお肉も入れてよ!」
「オンリーベジタブルだ」
「ほんのチョットだけだよ!?」
「そんなに入れて欲しいのか、卑しいヤツだな…… 」
「先っちょ! 先っちょだけでいいから!」
「今まで甘やかし過ぎた。 今日からはオレが、お前の身体を徹底的に管理してやるからよぉ…… グヘヘっ」
「どうして…… どうして私の肉欲を満たしてくれないのっ!?」
バサバサっ。
廊下の方で本が落ちる音がする。
二人同時にドアの方へと目をやると……
「…………… お、オジャマシマシタ…… 」
物凄い勢いで本を拾った後、そっとドアを閉めるシャーロット。
その顔は、完熟トマトの様に真っ赤に染まっていた。
画面をスクロールして前の会話を見てみる。
これ、最後の方しか聞いてなかったらかなりヤバめのトークじゃね?
「「ちゃうねん」」
オレ達は急いでシャーロットを追いかけて事情を説明する。
「わかってます、わかってますよ? 恋人同士ですもんね、私も子供じゃありませんっ、大丈夫ですわかってますからっ!何なら今から小一時間外に…… 」
と、必死に誤解しまくる彼女を落ち着かせるのに数十分を要したのだった。




