杞憂に終われ
しん、とした暗闇に響く足音が目立つ。先程車を降り合流した二組は、ほとんど話す事なく敵の本拠地へ向けて歩き始めた。
少数かつ無茶も承知。目的は「暗殺」ではなく「壊滅」。不利という言葉では足りないほどの戦況に、いつもとは違う緊張が漂う。それは、一歩ずつ近づく程に。
「……なぁ」
珍しく口を開いたのは葉だった。背後にいる人一倍緊張の色が濃い未来を気遣ってなのか、それとも全員への影響を考えてのことなのか、葉は淡々と続けた。
「未来、お前は『最低でも生きて帰れ』。腕にでも被弾したらすぐ戦線離脱しろ。援護は翔がするから。……別に、一匹も仕留めなくていい。お前は生きて帰ればいい」
その声音は普段と変わらないように見えて、不器用な優しさが見え隠れしている。人付き合いが苦手なりの精一杯の気遣いの仕方だったのだろう。その視線は決して未来の方へ向けられることはなかった。それ故に、未来が今どのような顔をしているのかもわからなかった。
「葉さん、僕は足でまといですか? …………そうですよね、知ってますよ。でも、僕、ただで死ぬつもりはありません」
「……お前は生きて帰れ、と言ったつもりだけど」
「何ですかそれ、お前『は』って何ですか。自分は死んでもいいっていうことですか。まさか死ぬ気……じゃないでしょうけど」
「お、落ち着きなよ未来くん。ほら、葉くんも君を気遣ってるだけなんだって」
「……そんな気遣い、いりませんよ。皆さんは僕と違って強くて、死ぬ事なんて全然想像できない。でも、僕は弱くて簡単に死にます。僕、考えてしまうんですよ……僕のせいで誰かが怪我をしたり、死んだりしたらどうしようって」
歩を止め、むっとしながら地面を睨みつける未来を、振り返った葉が視認する。自分が死ぬのが怖くて震えてるわけじゃない。いつもよりトーンが落ちた未来の声は、そう言っているように聞こえた。隠す事なく言葉にトゲを含ませた物言いをする未来に吹は、かける言葉を失くしたかのように、上げかけた手をゆっくりと下ろす。無表情の裏側で、余計な事をしてしまったか、と内心焦る葉の背中を、紅は安心させるようにさすった。
「……すみません。でも、見捨てるなら僕にしてくださいね。僕なら代わりはいますし、殺されるなら最後まで抵抗して、相手もろとも道連れにしてやりますから。僕は……」
「いい加減黙ろうか」
最後尾でずっと見守っていた誠が穏やかな口調で話を遮った。振り返って未来が見た誠は、表情は引き締まり、静かな怒りを瞳に宿して真っ直ぐに未来を刺していた。
「さっきから聞いていたが、少々身勝手がすぎる。お前は自分を見捨てろ、と言ったな。お前の中で、俺達はお前一人も守れないほど弱いのか? 俺達は強いんじゃなかったのか?」
「……そ、それは」
「大体な、自分のせいで誰かが傷つくのが嫌なのはここにいる全員、同じだ。お前だけじゃない。お前をかばって俺が怪我をしたとしよう。お前は、嫌だと言う。でも、お前が危ない状況で、手を伸ばせば届いたのに、お前の意志を尊重して見捨てたとしたら。俺は、翔は、他のやつは、どう思う。……もしそれで死んでしまったら? 俺が庇えば命に別状がないような怪我だったら? それでも、お前はほっといてくれと言うのか」
「すみません……僕、言葉の意味も考えず、八つ当たりのような真似を」
誠の説教にはいつも迫力が付きまとう。目を逸らす事さえはばかられるほどの迫力が。諭すようなそれに押されて、俯いて謝った未来の頭をぐしゃぐしゃと撫でた誠の顔はもう怒ってはいなかった。
「もー、誠怖いってー。ほら、未来もちょーっと緊張してただけだろ? こんなこと初めてなんだからさぁ」
「でもなぁ……」
「誠だってキンチョーしてんじゃん? それとも寝不足のせい? どっちでもいいけど顔怖いよー?」
「うるさいな、ボスは少し寝た方がいい。輪をかけて絡み方がうざったるい。顔ももう少し引き締めろ」
「えー、ひどーい。ねぇ翔。……翔? おいアイツどこいった?」
「さっき向こうに歩いていったが」
「えぇ、こんな騒ぎでも止まらないの? アイツやばくない? なぁ」
「やばいのはこちらだ。気付き次第戻ってくると思うが……翔はイヤホンの調整をすると言っていたから」
ふぅとため息をついて前方に向き直る蓮には翔の背中は見えない。これは相当先まで言ったな、と呟いて、早足で歩き出した。




