比較的ヤバい車内
「ヒャッフゥゥゥウウウ!!」
「うルサいヨ、吹」
「だってさぁ!? テンション上がるじゃん! 久々に暴れ放題だぞぉぉお」
「頭痛い……死ぬ、俺死んじゃう……」
「俺も運転に集中したいから静かにしてくれよ」
翔の予想とは違い吹のテンションの方が異常だったが、なかなかカオスな空間には違いなかった。
「ねえねえ涼、もっとトばそうよー! 俺もう待ちきれないよぉ!」
「誠の車を追い越す気か? お前俺より馬鹿なのか?」
「誰、吹ニお酒飲まセタの」
「お酒ぇ? そんなの飲んでないよ♪」
「吹、ホントに黙ってくれ。俺、頭痛くて死んじゃいそー……」
「えー。そんな事言って、二日酔いのおじさんみたいだよ?」
「おじさんって……俺、吹より年下なのにぃ……」
眠くて仕方がない、というような顔をした蓮が横に座っていた吹の肩に頭を乗せる。その頭を膝に叩き落とし、吹は何かに思いを馳せるようにため息をついた。早くも寝息をたて始めている蓮の頭をそっと撫でると、柔らかな髪がサラサラと落ちる。その整った横顔と白い肌が黒い背景に映えているのを、吹は複雑な気持ちで見ていた。
「ボス、俳優やったら売れるんじゃない?」
「俳優? ナんデ?」
「顔。俺よりイケメンじゃん。俺アイドル的存在って言われてるのにー」
「自覚アリだっタんだネ」
「まぁね〜、おかげで昔みたいに暴れられなくなったよ」
「ご愁傷サマ。こノ方が平和でイイけどネ」
「そう〜? 俺前の殺伐とした雰囲気も嫌いじゃなかったよ♪」
嬉々としてこれから起こる事について語る吹をチラリと見て、紅は、はぁとため息をつく。吹のストレス発散に付き合わされる相手がなんだか可哀想になってきたからだ。
紅が思うに、もし自分が一般人だったら、一対一で戦いたくない相手ナンバーワンは吹だ。余裕そうな顔で、鼻歌を口ずさみながら平気で相手の四肢をもぎとり、目をくり抜き、皮膚を剥がし、相手を出来る限り痛ぶってからジワジワと殺すのだ。なぜなら、吹は天性のドS……いや、サイコパスだから。悲鳴を音楽として楽しみ、茶目っ気のある笑顔で狂ったような笑い声をあげながら、血を浴びて興奮するのだ。
何故吹が後方支援なのか、理由はコレにあった。もしも吹のいる空間にまぎれ込めば、手首も足首も失った無抵抗な生きた人間が大量に這いつくばっている現場を目にする事になる。運が悪ければ、その人間を楽しみながら解体する吹の姿も。見た人がショックで精神を病んだりする恐れがあるから、吹は前線には出されないのだ。それに、回収業者があまりにも凄惨な光景に拒否することもあるのだ。さらに金額を上乗せしないと請け負ってくれなくなる。
「僕、絶対に吹とハ組ミたクないネ」
「なんで〜、俺は大歓迎だよ♪」
「俺も嫌だ。強いて言うならボスとがいいが、せめて吹とだけはなりたくない」
「え、もしかして俺嫌われてんの?」
「後方支援とシテだったラ組ンデもいいヨ」
「俺は暴れたいの〜!」
「ならエンリョしとく」
むしろ何故組んでもらえると思ったのか、紅には不思議でたまらない。そのこれ以上ないってくらい悪趣味な行為を辞めてくれればいいのに、と思ったが口に出しはしなかった。吹が組でも人気があるのは、最近はそれを抑えて大人しく女子力を振りまいているからだ。あの趣味さえ無ければ、ルックスよし、性格よし、センスよし、戦闘能力よしと言う非の打ち所のない人間になる。それがなんだか面白くないから、紅はあえて言わなかった。
「あ〜、楽しみだなぁ……俺の天国が待っている〜!」
「おい吹、騒ぐな。ボスが起きるだろ」
「絶対死ぬトか考エテなさソーだよネ」
「考えないよ? 俺が死ぬわけないじゃん〜」
「うわ、自慢さレたァ。ボスに次グ実力者だかラッて調子乗ッテると死ぬヨ?」
「死なないし〜♪ま、忠告として受け取っとくよ♪」
「……そー」
「俺は香ちゃんのために死ぬわけにはいかないからね♪目指せ百人斬り!」
「吹はキョーミないと思ッテたのに、意外だネ。どウして皆みむみむって言うノ……?」
「さぁ……危なっかしいからかな? それぞれ理由がある、って俺は思ってる。少なくとも、俺にはあるよ。特別な理由が」
「ソウ言えば、吹が大人しくナッたのはみむガ来てカラだったよネ……僕ニハわかんないヨ。みむノ何が特別ナノか。確かニみむは可愛イし、努力家だシ、守ってあげタクなるヨ。それデモ、僕はなんで皆の心をトリコにシてしまうノカ、ワかラない」
「ま、わからないうちはわからなくてもいいんじゃない?」
「むぅ……気にナル」
吹は後部座席から紅をみてクスりと笑う。わからないことを知りたいという知識欲と、それに隠れた純粋な恋心を見た気がするからだ。その“皆”という言葉に紅が入っているのは、その横顔から難なく察することが出来た。自分のモノにしたいという独占欲は、ありふれた恋心。幼いようでませている紅も、年相応に青春をしているんだな、と眩しく思う一方、日頃から上辺だけの感情を振りまいているように見える紅の本当の感情が、不安そうな顔と声音が加虐心を掻き立てる。ゾクゾクとする笑みを表面に出さないように平常心を保ちつつ、ボスの頭に手を置いた。
「このポンコツがどうして香ちゃんを気にかけるかが一番のミステリーだよね」
「ソーなんだよネ。強い人が好きなハズなのニ」
「それはなぁ、きっと強くなりたいからだ」
唐突に涼が口を開く。運転に集中しているのか真剣な面持ちで、無駄に説得力のある声音で、つっかえつっかえ言った。
「ボスは確かに強い、だけど弱いんだ。……その、俺頭弱いからなんて言っていいのかわかんないけどよ……なんか、俺もたまに挫けるっていうか、俺って弱いんだなってハッキリ実感する時があって。なんで戦ってんだ、とか、俺なんかいなくてもいいんじゃないか、とか思っちまう時があるんだよ。そんな時、なにかに縋りたくなる……それが、ボスにとっては三室だったって事だろ。……残念ながら俺じゃないみたいなのは自覚済みだ」
「フーン、なるホドね。弱い人を守る事ニ自分の居場所を求メル……依存、か。ソレって、役に立てテイるノ?」
「心の支え、じゃないか? ……あるのとないのでは全然違う、と俺は思うぞ」
「…………僕も役に立てテタのカナ。非力で、泣き虫で、迷惑シカかけなかった僕モ」
「当たり前だよ♪あの子にとって、紅ちゃんは特別な存在だからね♪」
しんみりとした空気をぶち壊すように、急にロック調の曲が流れだした。そのせいで吹も紅も、二人揃って笑う。無理やりテンションをあげるために、その曲を熱唱しだした車内は、もうすやすやと眠る誰かさんの存在など忘れていた。




