比較的マトモな車内
「……曇ってきましたね」
狭いとも広いとも言い難い車の中で、窓ガラスから外を食い入るように見つめながら未来はそっと呟いた。時刻にして、約午前零時。先程部屋を出てきたボスと合流し、夜の一般街を走り抜けていた。その不安そうな面持ちを隠す事なく、後ろに流れていく景色を見ていた未来は問いかけた。
「あれ、浮浪者じゃないですか?」
「……そうだな」
運転席に座り、未来に問いに答えたのは誠だった。あれほどボスにとめられたというのに、サラっと運転役を務めている。ボスが言うには、指令役で渋々了承したそうだ。でも、誠の事だから、きっと前線に出てくるだろう。少なくとも未来はそう思っている。
未来の視界に止まったその浮浪者は、ゴミを漁っていたのか、コンビニの店員らしき人に棒で叩かれている。この世界は浮浪者の人権など無く、働かざるもの生きるべからずと言うような冷たい社会だ。法律は、最初の方こそ道徳を重視していたとはいえ、税金を貪る人々をやがて見捨て始め、今に至っては戸籍すら抹消される。殺しても罪にならない、社会は見向きもしない。
ボスにいわせればここは「腐りきっている」世界。だが、その汚い世界のおかげで、ボス達マフィアが成り立っていると言っても過言ではなかった。言わせてみれば、ボス達のようなマフィアは大量殺人集団だ。だが、相手が「社会から消された人」ならばどうだろうか。団員がその人たちで構成されているのなら。殺しても罪にならない。なんの咎もない。
「酷い、ですね」
虐められる浮浪者をこれからの自身に例えてか、未来は思わず言葉を漏らしてしまう。それを聞いた誠は、バックミラー越しに笑みを投げかけ、嬉しそうに言った。
「そう思うか」
「……はい。いくら人権がないとはいえ、同じ『人』なのに」
「でも、俺達は人を殺しているだろう。辛くはならないのか?」
「辛い、ですよ。僕は人を殺すためにここに居るのかと思うと、自分が怖くなります。だけど、生きるためだ仕方ない、向こうもこっちを殺そうとするじゃないか……とも思います」
「そうだな。俺も、実を言うと人は殺したくないんだ」
「誠さんほど強くても?」
「……そりゃあな。最初は良心の呵責が辛かった。……でも今は、慣れてきている自分がいて、それが逆に恐ろしいんだ。俺が殺した人は、大切な人がいたんだろうな、大切に思ってくれる人がいたんだろうな。それを、俺が奪ったんだっていう、罪悪感が無くなっていくのが」
「二人とも、しんみりとした話は辞めてくれませんか」
先程まで黙っていた翔が口を開く。助手席で、ため息をつきながら、付け足した。
「俺はこう思いますよ……大事な物を、人を守ったんだって。俺が手を汚す度に、大事な人を傷つける因子が消えてゆく。そう、思っています」
「……翔だってしんみりしてんじゃん」
続いて葉も会話に参加し始める。葉の真横に居たので、未来は少し驚いて、ビクリと肩を震わせた。そんな様子を葉は横目で見て、
「そんな面倒臭い事考えてんのかよ……意外」
「葉さんは考えないんですか?」
「当たり前だろ……オレは紅を守れたらそれでいい。人を殺すとか殺さないとかなんてどうだっていい。昔のようには絶対にさせない。……例え、紅が覚えてなくても」
「Oh……verycoolだぜ、葉」
「黙れお前脳天ぶち抜くぞ」
「それにしても……俺はこちらの車で良かったと心から安堵していますよ」
「あちらは何か問題でも……?」
「未来さんは個々の事を知らないんでしたね。あちらは簡単に言えばカオスワールドですよ。何日も寝てなくて頭がおかしくなったボス、頭が弱くてボス一筋な涼さん、テンションが常に振り切っている紅さん、そして常識人なのに今は若干キレている吹さん」
「しかも運転があの涼だからな……言っちゃ悪いが、事故でも起こすんじゃないか」
「……多分雰囲気はもう事故ってる」
「さ、散々な言われようですね……」
一人ついていけない会話に苦笑いしながら、未来はもう一度、窓の外を見つめる。流れていく景色に、静止したような星々がまるで自分についてきているかのように思えた。




