恐怖を創る才能
「そういえばさ、どうして君はここにいるの?」
部屋に着き、ドアを背で閉めながら瑞葉は言った。香は怪訝な色を隠す事無く、お前がここに行こうと言ったんだろ。と返す。その答えを聞いて、瑞葉は表情を変えぬまま、少し首を傾げた。
「いやいや、そうじゃなくて。どうやってここ、この組に来たの?」
「……? そりゃあボスと誠に連れてこられて……あれ、なんで連れてこられたんだ?」
「ふーん、そう」
新たな疑問が浮かび始めた香の顔から目を逸らして、瑞葉は何かを思案するように顎に手を当てた。そして、口角を微妙に上げて微笑み、再び口を開く。
「じゃあ、公認?」
「……こう、にん? なにが?」
「そりゃあ、三室さんが女の子ってコトだよ」
「女の子ってコト……って、女の子!?」
「うん、だって千早に薬盛られたとしても性別が変わるなんてありえないでしょ?」
穏やかな顔でさも平然と言ってのける瑞葉。形容しがたい焦りが香の頬をつたい、心臓がバクバクと音を立てる。それが苦しかったのか、それともいたたまれなかったのか、小さく呻いて下を向いた。
「うーん、女体化って言うのも面白いけれどね。普通に幹部が女の子、なんてとても面白いね」
「お、面白くなんてあるもんか……」
「そう? ボクからしたらすごく面白いよ?」
何が面白いんだか、理解に苦しむ。自分は今まで、女という性別のせいで苦労してきたのに。体力だって頑張っても全然つかないし、足も遅いし筋力もない。それに、身長も伸びないからいつもからかわれるし。毎日どうやって誤魔化そうか悩んでるし、声も頑張って低くしてるし、親しくなれなくて皆にも冷たくしてしまってる。出来ることならお風呂でわいわいしながら背中を流し合いっ子したいな、って思ったこともあるし、皆が仲良くしているのに一人だけ入れないのは嫌だ。
そうやって、ずっと、ずっと一人で、孤独感に苛まれながら耐えてきたのに、それを面白いなんて、あんまりじゃないか。
「……で、なにがしたい」
「うん? なにが?」
「とぼけるな。ボクを脅すには何か理由があるんでしょ? 情報か? 暗殺か? それとも身を売るのか? 残念だけどボクは何をされても吐かないし何もしない」
「脅す? ボクはそんなつもりないよ。別に現状に満足してるしー、にゃーにゃーと年中発情してるような人間でもない」
「じゃあ何のために……」
「何もしないよ。ボクは何も告げ口しないし漏らしたりもしない。君の廃れていく様になんて興味が無いからね。……君が何か望むなら、その方が安心出来るなら……そうだな、実験台になるなんて、どう?」
「別に望んでないけど……実験台?」
「そうさ。ここにはむさくるしいほど男しかいないからね。女にだけ効くような薬の開発が難しいのさ」
「ころされる、これ絶対しぬ」
瑞葉はくるくるとボールペンを指で弄びながら、瓶が沢山並んだ棚の前に立つ。鍵をあけて、やかましく音を立てながら中をゴソゴソと探っている瑞葉は、同じようなラベルが貼られた透明な液体を見比べていたと思いきや、急に満面の笑みで振り返った。
「これとかどうかな?」
「……中身による」
「こっちは生理を一定期間止める薬でー、こっちは女性ホルモンを抑制するお薬ー」
「……せいり? じょせーホルモン?」
「あ、そこからね……。隊長もボスも幹部の皆さんも随分と過保護なんだから……えっと、三室さんは血が出たことある?」
「血? あるけど。怪我も多いし」
「…………無知って超面倒臭いねー」
そう言って、ホワイトボードをどこからか引っ張ってきた瑞葉は説明を始める。結論から言ってしまえば、それはまだ経験は無いがいつかくるかもしれない事。いや、きているかもしれないけど誰かが薬を飲ませてるかもしれない事。きたらかなり困る事。
「んで、女性ホルモンはー。超端的に言うと、女としての魅力を司ってるやつだよ」
「じゃあ無くなってもいいんじゃない? 女としての魅力なんていらないし」
「肌はガサガサ、ハリが無くなってたるみっぱなしでシワもふえる。髪の毛もボサボサになるし抜けるし、それに……」
「やっぱりいります」
「はい、よろしい!」
瑞葉先生の雑学レクチャーを右から左へ受け流しながら、香はちらと膝に目を落とす。俯いているとネガティブな事ばかり考えてしまうようで、ホントに大丈夫だろうか、裏切られないだろうか、なんて。ただでさえ考えている事がわからない瑞葉は、何をするか想像すら出来ない。
「まぁ取り敢えず、物は試しだよね」
その声に顔を上げると、先程までのビンとは違い、黄色と黒の明らかにヤバそうなラベルが貼ってある明らかにヤバそうな小瓶をゆっくりと振りながら、瑞葉はニッコリと笑った。香はそれを見て顔を強ばらせ、救いを求めて視線を彷徨わせるが、当然ここにはかなり危ない人と香の二人しかいない。そんな香を見て、瑞葉はさらに不気味な笑みになり、顔をだんだんと近づけてくる。これ以上下がれないくらいまで追い詰められた香の眼前で、瑞葉は急にパッと目を開いて、言った。
「まぁ、三室さんに拒否権なんてないけどね」
「お、前……ボクを殺すつもり……?」
香は負けじと睨みつけながら精一杯の虚勢を張ってみたが、瑞葉のその不気味さに飲み込まれそうで、怖くて堪らないのを必死に抑えているのが、傍から見てわかるくらい動揺しきっている。瑞葉の周りだけズンと空気が重くなっていて、無感情な瞳は揺らがない。唾を飲み込む事すら、瞬きすら出来ない、させない。それくらい相手を恐怖に陥れるのは瑞葉の類まれなる才能だった。
「ま、飲んでからのお楽しみって事で」
やっと瑞葉は顔を離して、棚の下の引き出しから陶器のコップを取り出す。振り返って香を見つめ、ちょこんと首を傾げている様は、先程からは想像出来ないくらい……いや、むしろそれが先程までの異様さが完全に振り切っていた雰囲気を、さらに引き立てている気がした。




