情緒不安定
無言で誠のその優しさをキッと睨めつける蓮をめげずに見つめながら、誠は、どうして、このボスはなかなかに情緒不安定だなと半ば呆れたように小さなため息を漏らす。冷静に淡々と考え、かと思えば子供らしく拗ねて、でもいざと言う時には頼れて、些細なことで心を乱すのに、致命的な損害は笑って許す。おちゃらけてるようで、頭の中は計算で埋まってて、一挙一動に深い意味がありそうで、でも上辺だけのようで。述べだしたらキリがない程だ。
誠が思うには、「mysteriousなveilに包まれし孤独なguilty・guy」……いかにもって感じの言葉だが、これ以外に言葉が見つからない。日頃からもっと語彙に気をつけていればな、と様々なことを考えている誠の心情をくみ取ってか、その視線に耐えきれなかったのかは定かではないが、蓮は強情な瞳を顔ごと背けて息をつく。
「わぁたよ……俺が悪かったって」
暗闇の中で瞬いた眼はもう潤んではいなかった。蓮はそのまましゃがみ、ベッドに顔を埋める。少しして顔を上げて、香の背に顔を寄せようとする蓮の頭を誠は片手で止めると、蓮はいたずらっ子のように笑った。
「夜這いはよせ、みっともない」
「えー、いいじゃんかー。目の前でこーんな可愛い子が、こーんなに破廉恥なカッコで無防備に寝てんだぜー? むしろ襲わない方が無理じゃん」
「破廉恥と言うな破廉恥と……」
「じゃあお前我慢出来んの? 見てよこのほっぺた、マジでふにふにだぜ?」
「黙れ、俺だって我慢してるんだ」
「え、じゃお前今たっ」
そう言いながら蓮は誠の布団をめくろうとして思いっきりチョップをくらう。蓮は不服そうに頭を擦りながら、
「おま、殴るのはないだろ。俺なんてもう限界よ? なんなら見る?」
「見ない。し、見せない。やめろ、大の大人が……」
「はしたないって? やだなー誠クン、死と隣り合わせだと生を求めたくなんのよ? 加えて男しかいない」
「男しかいないのはお前のせいだろう」
「ま、そだけど? 女とか明らかに筋力で劣るし、組内暴力は避けたいじゃん?」
「だからと言って夜這いは褒められた行為ではないだろう。お前と香だって明らかに体格が違う」
「堅いこと言うなって、俺が本気なわけないじゃん……そんなに軽蔑した目で俺を見るなよ、ちょっと癒しが欲しかっただけだってー」
「信じられないな」
「ひっでー、俺そんなクズじゃないよ? でも……」
そう言いかけると蓮は布団に手を伸ばし、誠の怪訝そうな瞳と握りしめた拳には目もくれずに、
「肩出して寝るとか、もはや襲ってくれって言ってるようなもんじゃん」
二の腕の中間あたりまではだけた布を肩に掛け直す。誠の張り詰めた表情が少し緩むのが横目に見えた。本当に、誠は香の兄のような存在だ。少し過保護すぎる気もするけれど、面倒くさがりに見えて無茶しすぎる香にとっては丁度いいのかもしれない。
「なんで直してやんないのよ、かおるん風邪ひいちゃうよ? あ、もしかして興奮してた?」
「そんな訳ないだろ。俺だってさっきまで寝てたんだ」
「えー、だって俺がパッて見た時服着てないのかと思ったよ? ひゃー、誠クン大胆! って思ってたよ?」
「俺がそんなことするはずないだろ。お前と違って」
「俺もしねぇよ!」
「どうだかな、お前の考えている事は生まれた時から運命を共にしている翔でもない限りわからん。いや翔でもわからん」
ゆっくりと頭を振る誠に蓮は肩をすくめる。最後にと名残惜しそうに香を見つめると、片手をついて立ち上がった。何か言いたげに蓮を見上げる誠にひらひらと手を振ると、誠は少し首をひねった。俺とあんまり背丈変わらないくせに、しかも鍛えてるくせに、こういう所が少し可愛いのは何故だろうか。年齢の差だろうか、それとも俺がおかしいのだろうか。そんな事を頭に浮かべながら蓮は足を動かそうとする。
「おい、どこに行くんだ」
「トイレだけど?」
「俺も行く」
「え、お前、やっぱそーゆーシュミ……?」
「違う。どうせ俺の事置いていく気だろう?俺も殴り込みに行く」
「はぁ? だからトイレだって、男のアレ見たいわけ?」
「違うと言っているだろう。お前の考えている事などわからないと言ったが、こんな見え透いた事がわからない訳がない」
「お前、可愛くないなぁ」
蓮は誠の頬に手を寄せる。誠が軽く睨むのも気にせず、そのままむにむにと弄んだ。誠はその手を軽く払うと、上着を引き寄せながら不満げに頬を擦った。
「何をするんだ」
「と、言う訳でお留守番だ、誠」
「話が噛み合ってないぞ」
「うるさい未成年! 子供は寝て育つんだぞー」
「とか言いつつ紅や葉も連れていくんだろ?」
「あいつらはショートスリーパーだから大丈夫だろ」
「無理してるんじゃないのか?」
「とにかく! お前はお留守番だから! 寝てない奴は死にやすくなるからさー?」
「お前も人の事言えないだろ……」
行くと言って聞かない誠を蓮は何とか宥めて部屋を後にする。階段の方に向かうと、皆揃って降りてきた。




