目の前のダガー
紅さんと吹さんが並んで先頭を歩く中、従って後ろを歩いていく。少なくとも僕の目線より身長の高い2人が前にいるのでどこに行くかは全くわからない。来た事の無い場所だから余計に。先程紅さんと階段の方まで歩いて来ていたので、今は来た方を戻っている。桃色のスカーフ……吹さんの部屋を通りすぎ、まだ歩くのかと前を見やった。紅さんと吹さんの身長差は頭1つ分以上は余裕で開いている。互いに目を合わせず、言葉すら交わさず、ただ靴音だけを響かせて歩いているだけなのに、2人は全く同じ方向に進んでいた。
「ネぇ峰、ソこノ子、よろシくネ」
「OK♪未来くん、だよね。俺の後ろに居てて」
「え、あ、はい……?」
2人は立ち止まり、短い会話が交わされたかと思うと、背の高い吹さんが僕を背にして庇う。なんだ、そもそもここはどこだ? 一瞬だけ前が見えなくなって少し戸惑ってしまった。それ以上に吹さんの背中がすぐ目の前にあり、僕なんかが吹さんに守られてていいのだろうか? なんて考えてしまう。いやその前に何から守られてるんだろう? ここは幹部の……
「葉ーっ!! たッノもォぉぉお!!」
「……あー、紅。うるさい……って、おい」
その、「おい」という声が聞こえるか聞こえないかのタイミングで空気を切る音、そしてそれと同時に金属と金属が打ち合う音が廊下に響き渡った。微かな風を顔に感じて、混乱する頭でなんとか状況を理解しようと努める。眼前に微動だにしないダガー……つまり、ナイフが光を反射して目がチカチカする。僕の方に飛んできた何かは、音を立てて落ちた。スローイングナイフだろうか? 多分紅さんのと同じ種類だ。まともに受けたら死んでいた。……え、死ぬ?
「な、ななななな……っ?!」
「ヤッぱり、やルと思ッタよ」
「……お前、みむんとこの未来じゃん。なんでいんの」
「あれ、葉くん覚えてたね♪」
「当たり前だろ……吹、お前が守ってるから大丈夫かなって」
「いやー、危なかったよ♪」
「……ま、死んでないしいいじゃん」
「いいん……ですかね?」
眠たそうな表情をして、重そうな瞼を少し開いた葉さんにじっと見つめられる。何を考えているか全く読めない無表情が、僕にとってはすごく怖かった。だが、男の僕ですら見惚れてしまうような顔の造形美、そして吸い込まれそうな程綺麗な瞳にしばらくぼーっとしてしまっていたようだ。疑問符を浮かべている紅さんが視界に映り、ハッと慌てて目をそらすと、葉さんはポケットに手を突っ込み顔を背けてしまった。
「で、お前……なんでここにいるわけ」
「えっとですね、ボスの……」
「……もういい。察したから」
じ、自分から聞いたくせに……。と、少しムッとして葉さんを見上げた。今、帽子をかぶっていない葉さんは髪を無造作にぐしゃぐしゃにしている。それでもなおストレートのままサラサラと頬にかかる前髪は葉さんの右目を完全に隠してしまっていて、少し長すぎるんじゃないかと思った。……そういえば、確か葉さんはすごく頭がいいんだっけな。成程、天才の思考回路はよくわからない。ずっと前に聞かされていた自分でさえあまり理解できないというのに、あっさりと察してしまう所に実力の差を感じた。
「……ボスが千早ン所殴りに行くんでしょ」
「大正解! 流石だネ!」
「確かに、アレは酷かったから……」
「酷いって、香ちゃんがどうなってたか知ってるの?」
「知ってるも何も……助けに行ったの俺だし……」
「そうだったね♪ゴメンゴメン」
「……あのクソ野郎のせいだから……帰ってきたらシメる……」
「とか言って、誠くんが死ぬほど反省して、体調崩しそうなぐらい寝ずに自分追いこんでるからって悪口すら言ってないじゃん、素直じゃないなぁ♪」
「べ、別にそんなんじゃないし。あんなヤツなんてどうだっていい」
「トカ言っテ、『三室さんが敵勢に捕まって……っ!』って翔かラ通信あっタ時、真っ先ニ『誠は!?』ッテ言っタヨね?」
「違うって! 俺は誠が何かやらかしたんじゃないかと思って……っ」
「わー、顔真っ赤ー♪」
「ヒャー、焦ッてル焦っテるー!」
「……ッ、うっせぇ!」
いつもは冷静で、さっきみたいに何を考えているのかわからない、仮面被ったような無表情の葉さんのイメージは、良い方向で、幹部の中で女子力が人1倍高い2人によって、あまりにも呆気なく崩れ去ってしまった。普段何をしているのか気になる程真っ白な頬は紅潮するとよく目立ち、驚いたり、照れたり、焦ったりと表情をコロコロと変え、いつになく大声で罵る姿はまるで照れ隠しをする子供のようだ。
「葉さんって、そんな顔もするんですね」
「…… 殺 す ぞ」
「はい!? すいません!」
急に真顔になった葉さんに思い切り睨めつけられ、思わず縮み上がって謝罪した。やっぱり、この人はすごく怖いかもしれない。




