怖くないの?
「……呼ばレたの、僕ダけ?」
突然振り返り紅さんは言った。さっきからキョロキョロ辺りを見回してるのがバレたのだろうか、流石幹部。観察眼がハンパない。……とか言うものの、僕は紅さんの一挙一動で身体が勝手に反応してしまうほどさっきの出来事にショックを受けており……と言うか紅さんが怖くて顔を直視できない。口元に笑みを浮かべてるのは一瞬だけ認知できたが、それでもやはり恐怖を感じてしまう。
「僕だケカっテ聞いテンだけド」
頬に手を添えられ、無理やり目と目を合わされる。帽子を被っているせいかハイライトが宿っていない瞳が至近距離で僕に迫ってきていて、思わず、ひっと声をあげてしまった。
「えっと、吹さんを……」
「ソう、じゃア行こウカ」
額と額がくっつきそうなほど近づいてから紅さんは応えた。僕が表情を固くすると、少し離れる。さっきまで張り詰めていた瞳がふにゃ、と柔らかくなって、初めて顔全体で笑った気がした。……それもつかの間。
「ふぇ、え!? 何してるんですか……?」
首に腕をまわされたかと思うと、急に身体が引き寄せられた。甘いのにしつこくない良い香りが鼻腔をくすぐる。唐突で強引で、さっきまですごく怖かったのに、力が込められた腕は優しくて混乱してしまう。そんな僕を知ってか、紅さんは僕の頭に手を置いて、いつもと違う声音で言った。
「ごめんね、怖かったデショ」
「いえ、そんなことは……!」
「君は純粋なくせに嘘つきなんだね。表情に出てるよ」
「すみません……」
「謝らないで。そんなに自信なくした?」
「へ、どうして? ……ですか」
「君、初めてここに来た時より威勢もないし度胸もないよね。すっかり弱気になって。すぐ謝ったら対人関係が円滑に進むサラリーマンとここを一緒にしちゃいけないよ」
「いや僕サラリーマンな年齢じゃないですし、それ初耳です」
「……あっそ。じゃあそれが君の本性ってわけか」
「そうかも、しれません……」
そう言って、少し俯く。紅さんの肩についている飾りが顎に触れた。確かに、紅さんの言っていることは間違いじゃないかもしれない。前は荒れてて、三室隊長に喧嘩売ったりしてボロ負けして、悔しくて憎まれ口叩いたりしていた。特にボスとやった時は1回も触れられぬまま、ご飯を食べているボスにお箸の裏で小突かれまくった時は自分はこんなに無力なのかと痛感したものだ。あの頃の僕は今とは真反対の所にいる。それでもあの頃の心が僕のではないとは言い切れない。昔の事を思い出すたびに懐かしさと恥ずかしさ、寂しさがこみあげてくる。
「……姉ちゃん」
「姉ちゃん?」
ボソッと口から漏れ出た言葉に僕自身がハッとする。誰だ姉ちゃんって。僕は一人っ子だろ。それに、ずっと嵐組にいて他で住んでた事なんてない。記憶を手繰っても手繰っても、嵐組にいた思い出しかない。姉なんていない。……きっと、三室隊長と間違えたんだ。あの人は、世に言う兄のように頼れる人で、姉のように優しい人だから。
「すいません、なんにもないです!」
「あっそ、ならいいけれど」
そう言うと紅さんは優しく抱きしめた腕にキュッと力を込める。頬にスリスリと顔をよせられて、そのすべすべでもちもちの感触とその行為に驚きを隠せなかった。紅さんはそんな僕の耳元で囁くように、吐息混じりに呟いた。
「……怖くないの?」
「どうしてですか」
「僕は今でも怖い。死ぬのも怖いし、葉が傷つくのも怖い。きっと個別に呼びに来たってことは、またボスが幹部だけで行くって言ったんでしょ? ……ボスはファミリー、特に思い入れの強い人が傷つけられるといつもこうなんだ」
「いつも……? じゃあ三室隊長もこんな危ないことを……?」
「そうだよ。……君は、怖くないの? 君は幹部じゃないし、若いし、正直僕らより弱い。優先順位も低くなるから、切り捨てられるかもしれない。危ないのはわかってんでしょ、君。今日死ぬかもしれないよ」
「僕は怖くありませんよ。三室隊長のためなら……それに、許せないんです。僕だけでしょう? 三室隊長の身体を見たのは。あんなに痣だらけで、縄や手の跡もすごく残ってて、汚い液体でびちゃびちゃで。 僕が着替えさせるために服を脱がせようと肌に触った時、三室隊長はどうしたと思います?」
「……わかんない」
「抵抗したんですよ。……昏睡してるはずなのに! 触れた瞬間、ビクって動いて、僕の手を払い除けようとして、それでっ……涙、流したんですよ。いつも冷静なあの人が! ……何回確認しても昏睡状態でした。無意識で、抵抗したんです。あんなの見たら僕、許せるわけないじゃないですか……!」
喉の奥から絞り出すように言って、紅さんの背中に腕を回し、肩に顔を埋める。紅さんは優しく僕の頭をぽんぽんと叩いて小さく、そっかと呟いた。紅さんのその手は小さく震えていたけれど、僕はどう声をかけていいかわからなくて、黙るしかなかった。
「そりゃあ許せないね♪」
僕のでも紅さんのでもない声が聞こえて顔を上げると、いつの間にか吹さんが来ているのが見えた。目が合うと小さく手を振ってくれる。紅さんが身体を離して吹さんの方を向くと、吹さんは茶化すように言葉を繋げた。
「邪魔してゴメンね? ちょっと俺達じゃない声が聞こえてさー♪」
「もウ! いルなら言ッテよ!」
「ゴメンゴメン♪で、君は」
「韓紅組副隊長、山野 未来です」
「あー! 覚えてるよ、見送りの時に香ちゃんから笑顔を引き出した子だね♪」
「そう、なんですかね」
「そうだよ♪……ところでさ、さっきの香ちゃんの話ホント?」
「僕はこんな嘘つきません」
「そっかー♪」
明るい声色のまま言うと、吹さんはニコリと微笑む。流石我が組のアイドル的存在、眩しい程の笑顔だ。だが、アイドル的存在の吹さんが僕に笑いかけてくれたことによる幸せは一瞬で恐怖に変わってしまう。ジャキ、と言う音がしたと思うと、吹さんは重そうなピストルを指先で器用にクルクル回しながら顔まで持ち上げ、ちゅっと口付けした。
「千早組に殴り込みに行くんでしょ? ……それ、もちろん俺も行くんだよね」
どこか怒気を孕んだ声で吹さんが言う。じっとこちらを見つめた瞳には暗い輝きが潜んでいた。その目を見た瞬間、輝いていたはずの笑顔が意味深で不気味に思えてくる。どうして幹部は皆こんなに怖いんだろう? ……特に、いつも優しそうな人に限って。
「峰は1番手が出るの早いカラ。先に僕と会って正解だったネ。峰が先だったら気づく前に殺られてたヨ、君」
吃驚していた僕に気づいたのか、紅さんがそっと耳打ちしてくれる。なるほど、だから翔さんは先に紅さんにしろって言ったのか……。紅さんでもかなり怖かったし、吹さんなら瞬殺……なら、葉さんやゴリラさん (三室隊長がそう呼べって言っていた)なら僕どうなっていたんだろ。拷問? それとも全身複雑骨折?




