初めての上階
息を切らしながら階段を2階分駆け登り、やたらと長い廊下を歩く。所々に重厚そうな設備があったが、カードを提示するだけであっさりとすんでしまった。顔認証や指紋認証は少し焦ったが、どうやら管理用に保存するだけのようだ。もしくは、いざと言う時のために三室隊長が登録してくれたか、さっき翔さんが登録してくれたか。
「こんなに厳重なんて聞いてないですよ……っ」
10数個ではすまないような数の機械を通り抜け、やっと広い通りに出た。いや、広さは変わらないが、機械がない分解放的に感じるだけかもしれない。くるりと辺りを見回すと、黄色いスカーフがかけられた部屋が目にとまり、その2つ奥に赤いスカーフが見える。三室隊長の、部屋。少しだけなら、きっと鍵も開いている……
「何シテんの」
「へっ!?」
振り返ると、綺麗な蜂蜜色の瞳が僕を見据えていた。いつの間にか三室隊長の部屋の前まで来ていてしまったようで、あまり背丈の変わらない紅さんは咎め、蔑むような目をしている。かと思えば、いきなり手首を掴まれ強引に部屋に連れ込まれた。
「で、何しテタの」
「べっ、別になんにも……」
「嘘ツき。みむの部屋入ろウとしタデしょ」
「うぅ……違うんです、入る気は……」
そう言いかけると、襟元を掴まれて壁に押し付けられる。早く言えと言わんばかりにグリグリと力を込められて、痛い。僕よりも華奢に見える身体からは想像ができないほど強くて、有無を言わさぬ瞳で僕に訴える。
「シカも、コこ立ち入リ禁止だヨネ? 何? 死にタイの?」
「違います! ボスに頼まれて貴方を呼びに……っ!」
「山野未来、韓紅組所属 副隊長。身長162cm体重49kg。5月9日生まれ、14歳。好きな食べ物はカレー、ハンバーグなど。嫌いな食べ物はピーマン。好きな女の子のタイプはショートカットでつり目で綺麗な蒼い瞳の少し無愛想で笑顔が可愛い……」
「べっ、紅さん! 僕のプロフィール情報を空読みするのはやめてください! あと好きな女の子のタイプってなんですか?! そんなのありましたっけ!?」
「うルさイナぁ……山野未来」
「す、すみませんっ!」
「僕を呼びニ来タって何。それヨリ早く理由を言エよ」
「えっと、千早をぶん殴りに行くとかで……」
「ソの理由ジャナい。みむの部屋に許可ナク入るトか許さナイかラ」
少し力が緩んだかと思うと、ネクタイを手に取られギリギリと引っ張られる。もちろん手首で首元を押さえ付けられている為、ネクタイは締まる一方だ。痛くて、苦しくて、顔を逸らそうとしても逸らせない。恥ずかしさとは関係なく顔が熱くなる。頭の中が内側から圧迫されるような感覚がした。どくどくと血の流れるような音に合わせてその感覚は増すばかりだ。
「まァイいよ」
まるで遠くから聞こえているかのような声がすると、パッと手を離される。心臓が忙しなく動いて、ケホケホと咳き込みながら崩れ落ちる僕を見下して、紅さんは言った。
「僕を呼びニ来たノハ嘘じャナいみたイダし。ソの年ダト迷いモアるでショ」
「ほんとに違うんです……」
「見逃しテやルンだカラ感謝しろヨ」
「はい」
紅さんは腕を組んだ後、右手を顎に当てて威圧感が溢れるポーズをする。その顔は初めから笑ってなどいなかったかのように、目つきは鋭く、小さく開いた口からはため息が漏れた。……怖い。今まで三室隊長や、誠さん以外とはあまり接点がなかったからか改めて見る幹部は本当に怖い。紅さんは特に。いつも笑顔で明るい印象しかなかったから、こんな姿は恐怖心しか生まれない。でもなんだか、不思議と吸い込まれるような感覚に心を奪われる。
「なーに、そンナに見なイでくレル? ……照れるんだけど」
そう言われて、今までずっと見つめていた事を自覚した。慌てて目を逸らすけれど、今どんな顔をしているのか気になって見上げてしまう。唇をとがらせて、少し赤くなった頬で俯いた紅さんの顔は……なんていうか、可愛くて、美しかった。
「べに、さん」
「ウるサイんダッて! 呼ばレテんナら行クよ!」
「は、はい!」
また強引に手を掴まれて、部屋の外に引っ張り出される。さっきまで余裕がなさすぎて気づかなかったが、紅さんの近くにいると、なんだか甘い香りがする気がした。




