勝手な決断
「千早組を滅ぼす」
彼は耳元でそう言った。全くもって彼らしい、自由奔放で唐突で勝手な意見。だが、「滅ぼしたい」ではなく、「滅ぼす」と断言している所に彼の強さがある。俺は元々ボスが苦手だけれど、こういう所は好きだ。1度決めたら曲げない、意志の強さが。俺には足りないものを持っている彼が。
「俺が止めても聞かないのでしょう」
「もちろん」
耳元を離れた彼は暗闇の中、ふっと笑みを浮かべた。月明かりに瞳がキラリと光る。人を吸い込むような不思議な眼は真っ直ぐ前を見つめて、揺るがなかった。半ば呆れたような顔をして彼を見つめ返す。もう無茶をしないでください。そう願いを込めた、縋るような目線でも彼は止められないだろう。……彼はいつも勝手だ。そしていつもまわりを振り回す。
「誰だ」
突然彼は鋭い目付きで俺を見た。いや違う、俺ではない。俺が来た方向……廊下の、曲がり角。コツ、と踵と床が触れ合う音がしたから、その人物がかなり動揺したのがわかった。
「早く出てこいよ、バレてんだ」
催促するように彼はまた言葉を発する。低く、威圧を含んだその声は隠れている人物にはかなりキツかったのか、壁からゆっくり顔を覗かせた。だが目が合うと、慌てて隠れてしまう。それでもそろりそろりと様子を探るように現れて、俯いて服の裾をギュッと握った。
「お前は……」
「僕は、韓紅組副隊長をしてます、山野 未来と言います……!」
「あのですね、この場所は幹部の病室区域ですよ? いくら副隊長といえど、夜は立ち入り禁止なのは重々承知しているはずですが」
「申し訳ありませんっ……僕、三室隊長が気になって眠れなくって……!」
「……ったく、なんでかおるんの部下は皆かおるん信者なんだよ」
「ごめんなさい」
「お前も変わったよなー、ちょっと昔までは『うるせぇ! 俺はそんなんじゃねぇよ!』とか言ってたのにな。それこそキャンキャン吠える野良犬みたいに?」
「うっ……すみません」
ボスが山野さんをいたずらっ子のように笑いながらからかうと、山野さんは顔を真っ赤にして謝る。その耳まで赤くなった顔までもが恥ずかしいかのように両の手のひらで隠し、指と指の合間からこっちをうかがう。だが、目が合うとすぐに目を逸らしてしまった。
「ボス、あんまり三室さんの部下をいじめないでくださいよ」
「おー、わりーわりー」
「貴方ねぇ……」
「ところでさ、お前強いの?」
「えっ僕……皆さんほどではありません!」
「そこまで求めてねーよ。人より強いかって聞いてんの」
「……周りの大人どもよりかは」
先程まであまりの恥ずかしさに顔を隠していた山野さんは、両手をだらりと下ろし、ギラギラと野犬のように光る強い瞳でこちらを見つめる。昔は他人から物を奪い取って命を繋いでいた生活を強いられていた名残りなのか、たまに山野さんはこの目をする。そして、その目をする時に限って口の悪さが垣間見えるのだ。
だがボスはその答えを聞き、満足そうに笑みを浮かべて山野さんの頭に手を伸ばす。その手をピッと払い除ける仕草は本当に三室さんに似ている。だが、やってしまったと顔を真っ青にしてあたふたとしてしまうのはこの子だけの純粋で可愛い部分だ。……別に俺はホモじゃありませんけど。こいつみたいに。
「なら充分だ。今から千早ぶん殴りに行くんだけど、一緒に来ない?」
「へ、行かせてください!」
「は? ボス、もしかして貴方部下連れて行く気なかったんですか?」
「ないけど」
「……貴方は本当にしょうがない人ですね」
「え、俺褒められちった?」
「褒めてません!」
「おー、怖。でも翔ちゃん来てくれるんでしょ? それに未来も来てくれるみたいだし? 葉と紅も起きてんでしょ。吹も呼ぶかー」
「ええ!? え、僕、幹部じゃないの僕だけじゃないですか!」
「まぁそう緊張すんなって未来ちゃん、翔が守ってくれるから」
「はー、しょうがないですね。三室さんの可愛がっている部下に傷でもつけたら俺が怒られるじゃないですか」
「というワケで。未来ちゃん、翔、皆を呼んできてくれない?」
「あのですねボス、山野さんは幹部じゃないから上に入れないんですけど」
「いーのいーの、特別だって気にすんな!」
「ええ、それ僕ドア叩いた瞬間殺されませんか……?」
「たく、ボスったら……じゃあ山野さんは紅さんと吹さんを呼んできてください。俺は面倒臭いの呼んできますので」
「面倒臭いなら僕がやりますよ」
「下手したら即死ですが」
「そくしっ……?」
「わかればいいんですよ。先に紅さんを呼んでください。紅さんなら面識あるでしょうし、賢いですから覚えてくれているはずです」
「Yes,sir!」
善は急げと走り出してしまった山野さんに、ボスは忘れてた、というようにカードを差し出した。
「これがないと入った瞬間ピストルの餌食だからなー」
「えええ!? それ早く言ってくださいよ!」
「わりーわりー」
カードを受け取ると、名残惜しそうな瞳で病室のドアを見つめた後、覚悟を決めた顔で階段まで走り出した。そんな彼を急いで追うと、角を曲がった瞬間見えなくなってしまう。そんなに、三室さんが大事なんですか。死をかえりみずに走れるほど。そんなに大事にしてもらえる三室さんが、なんだか少し羨ましいような。




