伝説の島国に伝わる珍味
魔法学校の食堂料理人になって早十日。今日も順調に仕事を終えたネネは、ミランダが帰ったあと、食糧庫からあるものを取って厨房にもどって来た。はやる胸を抑えつつ調理台に置いたそれは、藁に包まれた大豆である。
先日、食糧庫で大量の大豆を発見したネネはその大豆を消費するため、図書館で借りてきた『異国の珍味』を開いた。
そして作ったのがこれ。ナトゥ、と呼ばれるものだ。なんでも極東にあるという伝説の島に伝わる珍味らしい。
「どんな感じになってるかな」
ネネは両手をすり合わせ調理台に置いた藁をそっと開いてみる。すると、なんということでしょう。豆が、糸を引いているではありませんか。
しかもすごい匂い。
「作り方あってたかな……」
見た目は珍妙極まりない。が、珍味とは得てして見た目が悪いもの。
ネネはナトゥを皿に移すと、塩を振りかけスプーンで混ぜて、一思いにいった。
(ナニ? コレ!)
ネネは目をパチクリさせ、残っているナトゥをかきこむ。どうやら下手物が旨いというのは真であったようだ。
とそこへ裏戸を叩く音がした。
こんな遅くに誰か知らん、とネネが裏戸を開けると。
ヘラっと笑う白髪の美青年が立っていた。
「突撃! 食堂のばんごは——」
「本日の営業は終了致しました」
そう告げ、ネネは扉を閉める。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。せっかくやってきたのに何も食べさせてくれないのかい!?」
「だって……。もう皿も鍋も全部洗っちゃったから……」
しばし沈黙がおりる。こういうのを絶句というのかもしれないが、彼は扉の向こうなので表情は分からない。帰ったのかな、と思った頃、扉の向こうから声がした。
「……わかった、洗うから。俺が皿も鍋も洗うから!」
語尾が心なしか涙声になっている気がした。
さすがにネネも彼がなんだか可哀想に思えてくる。
仕方ない。残業代は別途請求することにしよう。
「分かりました。簡単なものでよければ」
ネネは扉を開けて、ルスランを中へ入れてやった。
直後、ネネは頭を再び仕事脳に切り替え、素早くメニューを考える。考えながら、体は食糧庫に向かっていた。
鶏肉、じゃがいも、玉ねぎ、鶏卵、チーズ、バジルも少し籠に入れて厨房へ戻る。これで鶏肉の在庫がなくなってしまったが、明日ミランダが絞めてくれるはずなので大丈夫だろう。
ネネは食材を一口大に切りながら、ルスランに備え付け薪コンロの火つけを頼んだ。
ルスランは外から薪をとってくると、竈の中で空気が通りやすいようにそれを組み、乾いた木くずに魔法で火をつける。
ルスランは火がゆっくり薪に広がっていくのをぼんやり見つめていた。ネネは自分の手元に視線を落としたまま彼に尋ねる。
「そういえばこの前、学校の廊下で女の人と言い争いしてませんでしたか?」
「ん? ああ……諜報局の人とちょっとね」
ネネは手を止め、ルスランの方へ目を向ける。
「諜報局って……いったい何をしたんですか」
「別に悪いことは何もしてないよ。俺は異国出身だからね。何かと目を付けられやすいんだ」
この国は豊かな作物とその交易で栄えた国であるので異国人は多い。市井で暮らす分には差別を受けることはあまりないが、それはあくまで庶民に限った話。
高官や要職となると向けられる目は厳しいものとなる。ルスランは見たところまだ二十歳かそこいらだろうに、すでに公認医術師の資格を有している。ただでさえ妬まれそうなところへ、さらにそれが異国人となるとケチをつけてくる輩もいるのだろう。
「ドクターもいろいろ大変なんですね……」
「そうだよ。医術以外にもいろいろ任されて、それでも必死に頑張ってるのにさ。みんな俺に冷たいんだ。誰かさんなんて洗い物を理由に追い返そうとするしな」
ルスランは口を尖らせ薄目で睨んでくる。どうやらさっきのことを根に持っているらしい。
(閉店後に押しかけてくるからじゃん)
と言いたかったが、ネネは黙って玉ねぎに視線を戻す。
ルスランはゆっくり立ち上がると髙椅子に腰掛けた。
「ところで君さあ、君の家で会うより前に、俺とどこかで会ったことある?」
卵を攪拌しはじめていたネネは、手を動かしながら記憶を辿った。
家で会う前となると――。
「港町の商店街で見かけましたね。ちょうどあなたが、町娘たちに襲われてるところ」
「へえ、あそこにいたのか。そっか……」
なんだか納得いかないような声を出すルスランである。でもそれまでに彼と会っているなんてことはあり得ない。こんな目立つ人を見かけたら、忘れるわけがないのだから。
ネネはあまり気に留めることなく、フライパンに手をかざした。そろそろよさそうである。
フライパンにバターをひとかけら、塩をまぶした鶏肉とじゃがいも、玉ねぎを投入し、火が通ったら溶き卵を入れる。そこへチーズを削り入れ、卵が固まったら皿にひっくり返す。ケーキのように切り分けてバジルを振りかけたら具沢山オムレツの完成だ。
「おお、おいしそうだ」
ルスランは本当にお腹が空いていたらしく、ものすごい勢いで具たくさんオムレツを頬張っていた。
そしてルスランが宣言通り皿と鍋を洗っているのを、ネネがコーヒーを飲みながら眺めていた頃。学校の隣にある皇宮では一人の少年が職を追われ、学校への移動辞令を申し渡されていた。




