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魔法学校の料理人  作者: あきゅう
第二章
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神の酒ネクタル

 ぽかぽかと暖かい日。ネネは畑の世話をしていた。雑草を引き抜いていると、一人の男がやってきた。


「料理人殿は自分で野菜も育てているのか」


 見上げると大柄な男性がこちらを見下ろしながら立っていた。彼は魔法植物学の先生、ホフマン教授だ。ネネは立ち上がってペコリと頭を下げる。あまり話したことはないが、毎日昼食を食べに来てくれるのでお互い顔は知っていた。


「厨房へ伺おうと思っていたのだが姿が見えたのでな。ちょうどよかった。料理人殿は酒を作ることはできるか?」

「お酒ですか。どんな酒かによりますが作れないことはないです」

「実はネクタルという酒なのだが知っているだろうか?」

「ネクタルって確か神々が飲んだっていう伝説のお酒ですよね?」

「そう! そうなのだ! そのネクタルを儀式に使いたいのだが、どこの酒屋にも置いていないし酒屋の主人たちも作り方どころか何で作られているのかも分からんというのだ。それで悩んでいたところフィリップに料理人殿が珍しい食材や料理を知っていると聞いてな」

「私もネクタルという名前を知ってるくらいで詳しくは知らないです。図書館に資料はないのですか?」

「酒に関する本は片っ端から調べたのだが見当たらないのだ。これは諦めるしかないのかもしれぬな」


 クマさんのような大きな男がガックリと肩を落としていた。このままさようならとは言いにくい雰囲気なので、話を続けてみる。


「そのネクタルは何の儀式に使うつもりだったんですか?」

「植物を早生させる儀式を行いたかったのだ。この儀式を行うと一瞬でトマトが種から実を実らせるまでになるらしい」


 ほほう、それは面白そうな儀式だ。酒を飲むのは得意ではないからネクタルという酒自体にはあまり興味はないが、儀式の方には興味をそそられた。


「見つけられるかは分かりませんが、私もネクタルについて調べてみます」

「まことか! もし酒ができたら教えてもらえるか? もちろんきちんと報酬は払う」


 ネネが頷くと、ホフマン教授はうきうきと軽い足取りで校舎の中へ消えていった。


(とは言ったものの)


 図書館にも資料がないとなるとどうやってネクタルについて調べたものだろうか。

 ネネは考え込みながら食堂へ戻った。

 食堂の扉を開けるとちょうどミランダがテーブルを拭いているところだった。


「おかえりネネ。畑は問題なかったかい?」

「はい。あのミランダさん、ネクタルってお酒のこと聞いたことありますか?」

「ネクタルってお伽話に出てくるやつだろ?」

「その製造法を知りたいんですけど知りませんか?」

「製造法って、そもそもネクタルなんて本当に存在する酒なのかい? あたしは架空のものなのかと思ってたけど」


 自分も正直そう思っていた。ネネはうーんと天を仰ぐ。するとあるものが目に飛び込んできた。食堂の天井に描かれた立派な壁画。建国の三人の魔女。その傍には皿に乗った果物と金のグラスとピッチャー。


(あのグラスとピッチャーの中身……)


 絵画の中に描かれるグラスに酒が入っているのはおきまりだろう。その酒がネクタルあるという可能性はないだろうか。酒について調べてもネクタルのことは見つからなかったということだが、三人の魔女という切り口から調べてみれば何かヒントが隠されているかもしれない。


「すみませんちょっと図書館に行ってきてもいいですか?」

「ああ、下ごしらえはできてるし構わないけど」

「ありがとうございます。夕食の準備までには戻ります」


 ネネはそう言いながら図書館へかけて行った。



 図書館に着くと、クヌルート帝国の歴史について書かれている本が集められている本棚に向かった。いくつか適当に本を選んで読んでみる。すると建国神話の本にネクタルの文字があった。


『ネクタルは生命の酒。人が飲めば病める者、活力の失われた者も、たちまち生命力にあふれ、木々に与えれば瞬く間に実りをもたらす』


 しかもネクタルを作り三人で飲み交わしたと書いてある。このまま三人の魔女について調べていけばそのうちネクタルの製造方法も見つかるかもしれない。


 ネネはさっそく三人の魔女について書かれている本を集めた。

 まず一人目は皇帝の祖先である武勇の魔女だ。戦の才能があり、攻め入ろうとする敵国や魔物からこの国を守った英雄でもある。酒が強い女性だったようだが、ネクタルを作ったり作らせていたりという記述は見当たらない。そもそも武勇の魔女がネクタルを作らせていたなら今も帝都の酒屋にその製法が伝わっているはずだ。どこの酒屋も作り方を知らないということは武勇の魔女とネクタルの関わりは薄いのかもしれない。

 なら次に可能性が高いのは薬草の魔女だ。酒というのは薬として用いられることもある。ネクタルが生命の酒というなら薬草の魔女がネクタルの生成法を記したものが残っていてもおかしくない。

 薬草の魔女の資料は多かった。それもそのはず、この学校の設立者は薬草の魔女キルケーなのだ。これは期待大と思われたが予想に反してネクタルの製造法を記した資料は見つからなかった。


(となると残りは……)


 慈雨の魔女である。しかし彼女に関する単体の本はなかった。絶大な魔力を有し建国のために力を尽くしたとされるが、実はその後、国を裏切り姿を消したと言われている。そんな彼女の本は長い歴史の中で処分されてしまったのだろうか。

 うーんと唸っていると、頭上から声が降ってきた。


「あら珍しい。今日は食べ物の本じゃないのね」


 ネネが顔を上げるとペトラがネネの読んでいる本を覗き込んでいた。


「ネクタルという酒の製造法を探してまして」

「お酒? どうしてお酒のことで建国の本を?」

「建国神話にネクタルのことが出てくるんです。だから三人の魔女のことを調べたらネクタルの製造法が分かるかなと思ったんですけど、見当たらないですね。特に慈雨の魔女のことは資料が少なくて」

「三人の魔女についてなら地下書庫の方が資料が多いわ。古い本はたいてい地下書庫の方だから」

「地下書庫なんてあったんですか?」

「ええ、基本的には先生方か研究生しか入れないようになってるんだけど、私と一緒にならネネちゃんも入れるわよ」


 それはぜひとも行ってみたい。ネネはペトラの付き添いのもと地下書庫に降りた。

 真っ暗な書庫の中を歩いていくと、ネネたちの近くのランプにぼんやり明かりがともっていく。


「三人の魔女についてならこの棚ね」


 ペトラが案内してくれた棚には、装丁からしてかなり古そうな本が並んでいた。


「もっと古いものもあるけれど、全部古代語だから読めるものはないわ。読解可能な中で一番古い本はここにあるものになるわね」

「ありがとうございます」


 地下倉庫も多くは武勇の魔女と薬草の魔女についての本だ。


「慈雨の魔女の本ってやっぱり少ないですね」

「慈雨の魔女は自分の魔法について後世に残したくなかったみたいね。だから裏切り者と言われるのよね」


 他の二人は自分の魔法について多くのことを語っている。彼女たちの魔法は現在の魔法体系の礎になったとされ、彼女たちのおかげでこの国が魔法大国になったと言われている。そんななか慈雨の魔女だけは自分の魔法を公に残さなかった。


「どうして彼女は自分の魔法を残さなかったんでしょう」

「さあ、昔々のことだから分からないけれど、もし彼女のことが知りたいならキルケーの手記を読んでみるといいかもしれないわ。その手記には慈雨の魔女のことも出てくるから」


 ネネは膨大な手記の目次を読んで、祝いごとに関連しそうなページを開いた。祝いの席に酒は必須だろう。予想通り誕生祝いについて書かれた文章の中に、ネクタルの文字があった。


『今日は慈雨の魔女がネクタルを作ってきてくれた。彼女は屋敷の近くに蜂を飼っていて、その蜂たちがエリクシルフラワーからとってきた蜜で作ったものらしい』


「なるほど、ネクタルは蜂蜜酒だったのか」


 蜂蜜酒とはワインやビールなどよりずっと古い歴史があると言われる古代酒だ。古くからある蜂蜜酒がネクタルの正体だとしたら納得である。ただ問題はエリクシルフラワーの蜂蜜が原料ということだ。蜂蜜は複数の種類の花から採れる百花蜜と、一種類の花から採れる単花蜜がある。単花蜜としてよく知られるのはレンゲやクローバー、アカシアなどだがエリクシルフラワーの単花蜜というのは聞いたことがない。


 ネネは本を閉じて元の棚に片付けるとペトラに礼を言って図書館を後にした。

 エリクシルフラワーの蜂蜜については今度蜂蜜を納品してくれている農家に聞いてみるのがいいだろう。

 ネネが厨房へ戻ると、ミランダはすでに夕食の準備に取りかかっていた。


「すみません遅くなりました」

「構わないよ。で、ネクタルについて何か分かったかい?」

「はい。蜂蜜酒みたいです。エリクシルフラワーの蜜からできた蜂蜜の」

「エリクシルフラワーの蜂蜜か。なら私の姉のとこの牧場で作ってるよ」

「え? 本当ですか?」

「ああ、皇宮の隣にある牧場でね。畜産物を皇宮に納めてるんだ。そのなかにエリクシルフラワーの蜂蜜もある。たぶんエリクシルフラワーの蜂蜜を扱ってるのは帝都じゃ姉のところくらいじゃないか。もし欲しいなら頼んでおいてあげようか?」

「ありがとうございます。皇宮の隣ならここからも近いですよね。私もらいに行きます」

「そうか。ならそう伝えとくよ」


 こうしてネネは次の休みに、ミランダの姉がやっているという牧場へ赴くこととなった。


 

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