キングコーンのポタージュ
畑にはネネが種を蒔いて育てている野菜や果物がいろいろとが植わっている。その中で、今回収穫しに来たのは『キングコーン』と呼ばれる品種のトウモロコシだ。なぜキングなのかというと、まずはその大きさである。
立派なものは実がなる部分だけでも、大人の肩から指先くらいの大きさに成長するのだ。
ネネはキングコーンに両手でしがみつき、自分の体重を乗せてもきっと折った。ズッシリと重いキングコーンを両腕に抱え畑を後にする。
「メェー」
遠くでヤギの鳴き声が聞こえたが気がするがネネは振り返ることなく厨房へかけて行った。
さて厨房へ戻ってきたネネは、さっそく調理にとりかかった。
「うわ、何だそのデカいコーン」
「これはキングコーン。魔力が豊富なんだよね。今日の夕食のスープこれに変更してもいい?」
「それはかまわないけど、何でまた急に」
「収穫時期だったし、コーンは収穫したらどんどん鮮度が落ちるから早く食べないといけないから」
「ふーん」
夕食の片付けのあと、ノアはいつもどおり早く宿舎に戻った。一方、ネネはというと、先ほど作ったキングコーンのポタージュをポットに入れ替え、他にもいろいろと食べ物をカゴに詰め込む。
「あ、そうだあれも持っていこう」
小さな瓶に入れておいた小さな花を他の食べ物と一緒にカゴに入れ、ネネは厨房を出た。
夜の道を歩いてやってきたのは研究棟である。ルスランの部屋の前まで来たネネは扉をノックした。中から「どうぞー」と声が返ってくる。扉を開けて中に入ると薄暗い研究室の奥から光が漏れている。ネネは奥に進んでそっと扉を開けた。その先は居間とさらにその奥にいくつか扉があった。
「こっちこっち」
声のする扉へ向かってそっと押し開ける。するとベッドの上で布団にくるまっているルスランがぼんやりこちらを見ていた。熱があるのか顔が赤い。
「どした?」
声もなんだか力がない。
「学校長先生に聞いてお見舞いに来ました。熱があるんですか?」
「ああ、でもこれは毒のせいじゃなくて、解毒薬の副作用のせいだよ」
「副作用がキツイって本当なんですね」
「そうだな。でもまあ寝てればすぐ回復するから大丈夫」
「今日食事は何か食べました? 一応スープとか持ってきたんですけど」
「そういえば何も食べてないな。いただくよ」
ネネはカゴから持ってきたものを出していく。
「ありがとうございました。その……かばってもらって」
「気にしなくていい。君だって嫌な思いをしただろう」
「ハーブティーはペネロペのためだったんですね」
「ああ。俺の治療は全く受け入れてもらえなかったからね。いくら休むように言っても入院や薬を勧めてもダメだった。ハーブティーならあるいはと思ったんだけど、でも結局それも飲んでもらうことはできなかった」
珍しくルスランは落ち込んでいるようだ。学校長から聞いた限り彼に非があるようには思えないが、それでもペネロペを診ていた医術師としてやはり責任を感じているのだろう。
ネネはポットからコーンポタージュをカップに注ぎながら言った。
「ペネロペはこれから治療を受ければまた生活していけるんですよね」
「おそらくね」
「なら良かったですね。ドクターがもし早々にペネロペのことを諦めてしまっていたら、彼女はもっと恐ろしいことをしでかしていたかもしれません。ドクターが諦めずにいたから彼女はまたやり直せる」
あの時こうしていればああしていればと思うことはある。けれど過去は変えられない。ならこれが最善の道だったと思って今を生きるしかないのだ。
「ふふ、珍しいな。慰めてくれるのかい?」
ネネがちらとルスランのほうに目をやると、彼はふっと微笑んだ。
「別に、事実を言っただけです」
ネネは何も言わず、ずいとポタージュの入ったカップを差し出した。ルスランは起き上がろうとしたが、しかし途中で動きを止めすぐまた横になってしまった。
「どうしたんですか?」
「……なんだか急に身体がすごくダルくなってきた。これは自分では食べられないな。誰か食べさせてくれないかなぁ」
ルスランが上目遣いに見つめてくる。
「ふーふーして、あーんしてくれたら食べられそうだなあ」
「解毒薬の副作用には赤ちゃん返りもあるんですか」
「確か君が寝込んだときは俺がミルク粥をふーふーしてあげたよね」
「勝手に記憶を改竄しないでください。自分でスプーンを持って食べました。というかそんな冗談言ってるうちに冷めちゃいますよ」
ネネが再度カップを差し出すと、ルスランは口を尖らせながらのそのそ起き上がった。そしてカップを受け取り中身を見て目を瞬かせる。
「この花……白いヴェダの花?」
コーンポタージュの上に、白いヴェダの花を添えていた。
「これはスイーツコンテストのときのために取っておいたものだろう」
「いいんです。別にコンテストに絶対に必要なものでもないですし。幸運のおすそ分けです」
毒のことはよく分からない。だから自分にできることといえば少しでも魔力の高い食べ物を用意して、あとは幸運のジンクスにあやかることくらいだ。
「幸運のおすそ分けか」
ルスランはクスッと微笑んでポタージュを飲んだ。
「ドクターには早く良くなってもらわないと、悲しむ学生がたくさんいますからね」
「君も悲しんでくれるのかな」
「そりゃ悲しみますよ。血も涙もない人間だと思ってましたか」
「いや、ただ…………君はあまり泣いたりしないから」
「そんなことありません、普通に泣きますよ。ブルーノさんの店にいたときなんか何度枕を濡らしたことか。朝になったらよく枕に塩棚ができてました」
「そんなにか。でもまあ、ブルーノのやってたことは酷かったからな」
「そんなことより、白いヴェダの花どんな味ですか?」
「うーん、たぶん味はないな。コーンポタージュの味しかしないよ」
「やっぱりそうですか」
ヴェダは色によって味が違うので、ひょっとすると白だと味がないのではと予想していたのだが、当たりだったようだ。
「ところでスイーツコンテストの準備は順調か?」
「ええ、まあ。いろいろ試してみてます」
「流星群の日に開催されるみたいだな」
「そうみたいですね。私、流星群を観るのはじめてです。子どものときに母と国境近くの街までわざわざ観に行ったことがあるんですけど、私高熱を出しちゃって観られなかったんですよね」
「国境近くの街って、もしかしてアルデバラン?」
「確かそうだったと思います」
「あそこは星がよく見えることで有名だからな。俺も観に行ってはいないけどちょうど流星群が来るときにあの街にいて……先生と……」
「先生?」
「ああ、医術を教わった先生とね、アルデバランに寄ったんだ。流星群が来たときに」
「へえ、そうだったんですか。じゃあどこかですれ違っていたかもしれないですね。といっても私ずっと宿屋で寝込んでましたけど。そういや前に話した母がミルク粥を作ってくれたのもそのときですよ。普段料理なんか全然しない人だったのに、宿屋の厨房を借りて作ってくれたんでしょうね」
「それは……何歳くらいのとき?」
「たぶん三歳くらいだったと思います」
「……そうか」
ルスランはなんだかぼんやりしてしまった。やはり解毒薬の副作用が辛いのだろうか。ならあまり長居するのもよくない。
「じゃあ私はそろそろ宿舎に戻りますね。食器はまた取りに来るので置いておいてください」
「ああ、ありがとう」
ネネはそのままルスランの部屋を出た。
◆ ◆ ◆
ネネが出て行ったあと、ルスランはぼんやりした頭で先ほどネネが話していたことを思い返していた。
「アルデバランで高熱……」
ルスランは部屋に置いてある古びたクマのぬいぐるみを見つめる。このぬいぐるみの持ち主はアルデバランでちょうど流星群が来た日に亡くなった。自分は先生の治療を見ているだけだったけれど、でも歳の近いその子が苦しんでいるのを見て自分も何かしてやりたいと思ったのを覚えている。それでミルク粥を作ってその子のところへ持って行った。そして翌日、宿の主人から彼女が亡くなったことを聞かされた。すでに遺体は母親が持ち去ったあとだった。ただこのクマのぬいぐるみだけが残されていて、宿屋の主人に引き取ってくれと頼まれたのだ。
「あのとき、ネネもアルデバランにいたのか」
先生が診ていた女の子と同じように高熱を出して、そしてミルク粥まで。同じ日に同じ場所でこんなにも似通った出来事が起こるだろうか。
(もしあの子が生きていてとしたら)
ちょうどネネと同じ年頃だ。亡くなったとは聞いたが直接遺体を見たわけではなかった。今までももしかしたらどこかで生きているんじゃないかと思ったことが何度もあった。
「いや、これはただの願望だな」
そもそも名前が全然違う。はっきりとは覚えていないがダフネという名前だったと思う。少なくともネネ・クルタリカという名ではなかった。
(なのにあの子が生きていたと思うなんてどうかしている)
きっと熱のせいだ。それで頭がぼんやりしてあり得ない願望に浸ろうとしているだけ。
ルスランは古びたクマのぬいぐるみに手を伸ばし、ぬいぐるみの首につけられたロケットをそっと撫でた。ロケットには魔法錠がかけられていて、一度も開いたことはなかった。




