パジャマパーティー
人狼騒ぎの翌日、すこぶるご機嫌なマリーがクリシュナと一緒に食堂へやってきた。
「ねえネネ、聞いてよ。この前メニエが先輩たちにジンジャークッキーを捨てられたって言ってたでしょ? その先輩たちね、昨日の夜、人狼に襲われたんですって。しかも学内でよ」
怖いわよね、と声をひそめながらもマリーの表情は嬉々としている。
一方、隣にいるクリシュナはいつも通りの朗らかさで言った。
「あの先輩方にはちょうどいい薬になったんじゃないかしら。前々から庶民出の学生を見つけては意地悪をしていたようだから、これで少しは大人しくなるでしょう」
クリシュナは可憐で朗らかな雰囲気の娘だが言うことはなかなか辛辣である。
「そんなことよりマリー、ネネちゃんをパジャマパーティに誘わなくていいの?」
クリシュナが諭すように言うとマリーは、あっと何かを思い出したようだ。
「そうそう! ここに来た目的を忘れるところだったわ。明日の夜なんだけど、予定空いてるかしら? メニエとクリシュナと一緒にパジャマパーティするからネネも来ない?」
「明日は特に予定はないけど……どこでやるの?」
「寮だと変わり映えしないから部屋を借りるつもり。申請したら学校の空き部屋を借りられるのよ」
「そうなんだ。ノアも誘っていい?」
「もちろんいいわよ。じゃ、明日また迎えにくるわね!」
とにっこり微笑んで手を振り、マリーとクリシュナは次の授業へと向かった。
(パジャマパーティーか)
勢いで参加することになってしまったが、そもそもパジャマパーティーとは何をするものなのだろう。
ネネは夜、宿舎に戻ってノアに聞いてみた。
「パジャマパーティー? ああ、それはお気に入りのパジャマ着て集まってお菓子とか食べながらおしゃべりするんだよ」
「ふうん。何でパジャマ着てやるの?」
「何でって、そりゃあ…………楽しいからだろ」
質問の答えになってない気がしたが、パジャマパーティーの趣旨はなんとなく理解した。
(とりあえず飲み物とお菓子がいるってことだよね)
それならちょうど良いのがある。この前、スイーツコンテストの試作用に帝都の市場で買ってまだ試していないものがあった。
「みんなに試食してもらおう」
翌日、夜にマリーが厨房へ迎えにきた。
「クリシュナとメニエは先に行ってるわ。ってネネ、すごい荷物ね」
「パジャマパーティにはお菓子が必要なんでしょ」
マリーが案内してくれた部屋は談話室のようだった。絨毯の上にローテーブルとクッションが多数置かれ、ランプに火が灯されている。どうやら靴を脱いで上がるスタイルらしい。
「いらっしゃい」
先に来ていたクリシュナとメニエはすでに可愛らしいネグリジェに着替えている。
ネネは着替える前に持ってきた菓子と飲み物の用意をはじめた。お菓子に関してはクッキーやマカロン、マシュマロなど話しながらつまみやすいものにして、どれもシンプルで飽きのこない味に仕上げてあるのでパジャマパーティで食すにはもってこいだろう。
「たくさん持ってきてくれたのね! ありがとう」
「あと飲み物は紅茶にしたんだけど、一つみんなに試してもらいたいものがあるんだよね」
ネネは氷の入ったグラスに冷たい紅茶を注ぐ。そのグラスをみんなに配ると、あるものが入ったボウルをテーブルの真ん中に置いた。
「何これ?」
みんなが興味津々でのぞき込むボウルの中には、ミニトマトのような形の透明な実がいくつも入っている。ネネはその実のヘタの部分をつまんで持ち上げると、実の部分をフォークで軽く叩いてみせる。するとチンと高い音が鳴った。
「ガラス細工かしら」
「いや、これは果実だよ。食べ方は……」
ネネはハレの実を冷たい紅茶の表面にちゃんとつけた。すると実がパチンっと音を立ててはじけ、同時に中からキラキラ光る液体が出てきた。
「うわぁ!!」
一同歓喜の声をあげるなかネネは紅茶の入ったグラスをマリーにすすめる。
「飲んでみて」
ネネは実の中身が溶け込んだ紅茶をマリーにすすめた。マリーはグラスを手に取ると恐る恐る口をつける。
「甘い! シロップみたいだけど、でも少し酸味もある。一体これは……?」
四人の視線がネネに集まる。
「これはハレの実っていう果実で南の乾燥した地域で採れる。皮はすごく硬いから持ち運んで外でも使いやすい」
なるほど、とそれぞれ頷きながらみんなハレの実を摘んで紅茶の上ではじけさせる。
「ほんとだレモンほどじゃないけどちょっと酸っぱいな」
「これいいわね。レモンティーとはまた違ったおいしさだわ」
「不思議、飲んだあとお口の中がスッキリする」
反応はそこそこ良いようだ。特にクリシュナはかなり気に入ってくれたらしい。珍しく目を輝かせて言う。
「水に触れるとはじけるなんて面白いわね。それに見た目もとっても可愛いわ。なのに帝都ではあまり見ない果物よね」
そう、ハレの実は帝都ではあまり売られていない。今回は珍しく市場に売っていたがその店も普段は置いていないということだった。
「ハレの実は甘い蜜だけじゃなくて酸味があるから用途が限られちゃうんだよね。それに帝都では砂糖が簡単に安く手に入るから甘味をつけたいならそれで事足りるし、わざわざ南部までハレの実を仕入れに行く行商は少ないんだと思う」
ふうん、とみんなが納得の声を漏らすなかノアがハレの実を摘んでしげしげと眺めて言った。
「でもなんで『ハレ』の実なんだろうな。見た目は水の玉みたいなのに」
「雨に触れるとはじけてなくなっちゃうから晴れの日しか採れない。だからハレの実らしいよ」
ああ、と再び感嘆の声が重なった。
ハレの実はクリシュナの言うとおり面白い食材なのだが、これまであまり注目を浴びてこなかった食材である。
(スイーツコンテストのお菓子に使えたら面白いんだけどな)
みんなの反応も良かったし、もっと他の食材との組み合わせも試してみたいところだ。
(またいろいろ試作してみよう)
さあ今日は他にもお菓子を作ってきたのだ。みんなの感想を聞かせてもらいたい。
「お菓子の方も食べてみて」
ネネに言われて他の四人が各々菓子に手を伸ばす。メニエはマカロンを口に入れるとふにゃっと幸せそうに笑った。
「どのお菓子もすごく美味しい。先輩とのお茶会なんかよりこっちのパジャマパーティに参加させてもらえてほんとによかった」
メニエの目尻がじんわり濡れている。それを見てマリーが言った。
「そうよネネの作るものは何でも美味しいの。あんな先輩たちのお茶会なんてもう行かなくていいわよ」
「そういえば先輩たちに言われたんだけど、お茶会で高級店の菓子を持ち寄るってほんとなの?」
「そんな決まりはないわ。この前だって第三王女のスイベル様がお茶会に自作のパイをお持ちになったって話だし」
クリシュナもうんうん頷いている。
「シャロンやゼーネは何でも値段が高ければいい物だと思ってるのね。きっと自分のセンスに自信がない裏返しなんだわ」
これにマリーも同意する。
「私はどんな高級店のお菓子よりネネの作ったお菓子がいいわ」
試食してくれる人が多いのは助かる。最初は何でわざわざパジャマを着てパーティを?と思ったが来て良かった。
ネネがしみじみパジャマパーティを楽しんでいると、マリーが突然何かを思い出したようにさけんだ。
「そうだ! せっかくパジャマパーティしてるんだから、あの話しましょうよ」
「あの話?」
「もう〜決まってるじゃない。パジャマパーティといえば恋の話でしょ」
なるほど。パジャマパーティなどしたことがないから知らなかったが、どうやらそういうものらしい。
「まずは誰から話す?」
こういう時に先陣を切って話す者などそういない。ということで、くじで順番を決めることになった。
「まずはマリーね。さあ言い出しっぺさんは誰か好きな人はいるのかしら?」
「私は婚約破棄されてから男の人はもう懲り懲りって思ってたんだけど、最近一つ上の先輩でちょっと気になってる方がいるのよね。この前、係の仕事でたまたま一緒になっていろいろ助けてくれて素敵だなって。でもまだ恋ってほどじゃないかな」
「あなた惚れやすいんだから気をつけなさいよ」
「分かってるわよ。もう今までの私とは違うんだから。さ、次はメニエよ」
振られたメニエはモジモジしながら答える。
「私、実はお付き合いしてる人がいるの」
「えー! そうなの!?」
「でも地元にいるから、私が学校に入ってからはお手紙でのやりとりばかりだけど。私が卒業したら結婚する予定なの」
「やーん素敵。メニエの旦那さんになる人はきっと優しい人ね」
「うん、魔道具師で私が帰ったら婿入りしてくれる予定なんだ」
「お家の工房はメニエが継ぐんだもんね」
「そう。だからここには人脈作りもかねてきたんだけど、やっぱり私にはそういうの向いてないみたい。お茶会もうまくいかなかったし」
「大丈夫よ、あなたの才能なら無理に人脈を作ったりしなくてもきっと実家の工房を盛り立てられるわ」
そう言うマリーの隣で、ノアが頷く。
「ああ、そういやあんたジンジャークッキーのアイシングもうまかったもんな。なるほど元々手先が器用なんだな」
「細かい作業は昔から得意なんだ。って、ごめんね恋の話だったよね。話がズレちゃった。次ノアさんどうぞ」
ノアはうーん、と顎をしゃくった。
「おれは今、自分磨きに命かけてるからなー。恋はまだいいかも。そんでいつかフランソワみたいに、人々に夢と希望を与える人になるんだ」
「フランソワって、あのフランソワ・フランボーズ?」
「そうそう、吟遊詩人のな。てことでおれは話すことないから、ネネの話を聞こう」
ついに順番が回ってきてしまった。特に話すこともないのだがそれでは申し訳ないような気もするので何か話せそうなことを考えてみる。
「私も恋の話はないけど……強いていうなら、ノアに借りた小説のエルトゥールが好みかな」
自分としてはこの場に適した話題を選んだつもりだったのだが、すかさず鋭いツッコミが入る。
「何で小説の人物の話なのよ。ネネは現実世界に話すべき人がいるでしょう」
「そうだぞ、おまえこの前デートに行っておいてそれはないだろ」
デート?
「キース・メルペンのこと?」
「違う、ドクター・ルスランのことだよ。一緒に街で買い物してスイーツ食べたんだろ」
「でもそんなのノアとも行ってるでしょ」
「いや、まあそうだけど。そういうことじゃなくてさ……」
ノアがもどかしそうにしていると、マリーが手を挙げた。
「はいはい! 私知ってるのよ。ネネがドクター・ルスランと一緒に里帰りしてたの」
「え? 一緒に里帰りってどういうこと? お二人は、その……」
メニエが目を丸くする。
「一緒に里帰りというか……ドクターが勝手にうちを宿代わりにしてただけだよ」
「宿代わり? 宿代わりってドクター・ルスランはネネの家に泊まったの? それはつまり、彼と一つ屋根の下で寝てたってこと?」
「あらあら、やるわねネネちゃん」
興奮するマリーの隣で、珍しくクリシュナまでもが嬉々としている。さらにノアはここぞとばかりに余計なことを言ってくる。
「そういやエルトゥールってドクター・ルスランにちょっと似てるもんな」
「似てないよ」
「いや似てるね、冗談言ってよく笑うとことか。自分だってそう思うだろ? ネネさんよお」
とノアがほくそ笑みながらネネの顔をのぞき込む。
(これは完全に遊ばれてるよね)
どうやって反撃しようかと悩んでいると、クリシュナが言った。
「あ、そういえば私、ハロウィーンの日にドクター・ルスランに抱えられながら会場に帰ってきたネネちゃん見たわ。ずいぶん足元がおぼつかない様子だったわね」
それを聞いたメニエが「きゃ」と手で顔を覆った。耳が真っ赤である。
(今のを聞いて何を想像したんだ)
彼女は初そうな顔をしてなかなか妄想力に長けているようだ。
この様子では、たまたまヒエログリフで会っただけだと言っても誰も信じないだろう。
「分かった。じゃあ、クイズに正解できた人にだけ本当のこと教える」
このままではみんなの妄想を既成事実にされかねない。ネネは持ってきた香辛料の一つを手のひらの上に出した。
「さ、これ舐めて何か当てられた人には、本当のこと教えてあげる」
みんなブツクサ文句を言いながらも指に香辛料をつけて舐める。
「これはさすがに分かるわ。シナモンでしょ?」
「確かに、シナモン以外に考えられないよな」
「みんな答えは同じ?」
四人はこくりとうなづいた。
「はい全員、不正解」
「うそよ! これはどう考えてもシナモンの味よ」
「違いますぅ。これはニッキ。主に東の国で採れるもので、香りは似てるけど原材料の木の種類が違う別物なんですぅ」
「なにそれー! 引っかけじゃない!」
「引っかけでもなんでも不正解は不正解。だから私の話はこれで終わり」
「もう、そんな悠長にしてたら先越されちゃっても知らないわよ、ネネ。ドクター・ルスランて学生たちの間でも狙ってる子多いんだから」
「もう私の話は終わったって言ったでしょ。さあ、次はクリシュナだよ」
「えー、なによー。どうせクリシュナは好きな人いないでしょ」
「いるわよ」
「えっ!? クリシュナ好きな人いたの? 全然気づかなかった」
「ずっと片想いだけどね」
「なになにどんな人?」
「それは秘密よ」
「えー、ずるいよみんな話したんだし」
「ダメよ。だって……」
「秘密は女を綺麗にするんだから」
その可憐な微笑みに、一同言葉を失ったのだった。




