小人妖精トントゥ
「ええっ!? キースのやつ、ネネを置いて逃げたのか!?」
ネネは街での顛末をノアに話した。
「あいつそんな最低な奴だったんだな。それで、その後キースには会ったか?」
「さっき学校で姿は見かけたけど、すごい避けられてるみたいだった」
「そりゃまあ、お前に合わせる顔がないんだろうよ。けど一言詫びくらいいれろよな。男として、いや人間としてやっちゃいけないことしたんだからさ」
「別にもういいよ。むしろ付きまとわれなくなってほっとしたし」
「寛容だなあ。おれなら一発拳をお見舞いしてやるとこだぜ。まあでもネネがいいならおれももう何も言わないけど。というかそんなことより、街では他に誰か会わなかったか?」
「あ、それがその熊男にからまれてるときにたまたまドクター・ルスランが来てくれて、彼が警吏を呼んでくれたおかげで助かったんだよね」
「ほほう、たまたまドクター・ルスランが来てくれたんだ。たまたま」
「うん、なんか街で用事があったみない」
「用事ねえ。さぞかし大事な用事だったんだろうな。じゃあ市場で大量に買い物してきたのもドクター・ルスランと一緒だったのか」
「そう、ドクターも市場に行きたいからって一緒に行った。そのあと帝都のスイーツ調査にも付き合ってもらって、おかげでたくさんスイーツ食べられたし勉強になったよ。やっぱり帝都のスイーツはすごいね」
ノアはなぜか気持ち悪いくらい満面の笑みを浮かべている。
「どうしたの?」
「いや、よかったなと思って。スイーツまで食べたんだな。感謝しろよ」
「なんでノアが言うの」
「ネネ、世の中というものは自分の知らないところで巡り巡って繋がってるものなんだぜ」
得意げに意味不明なことを言うノアに首を傾げたネネは立ち上がってオーブンに向かった。
オーブンの中では試作のメレンゲが焼かれている最中だった。
「いい具合に焼けてる」
ネネはオーブンからメレンゲを取り出す。するとノアが後ろからのぞき込みながら言った。
「それもスイーツコンテストの試作か?」
「うん。あそういやノア、この前宿舎に置いておいたビスケット食べた? あれもコンテストの試作だったんだけど」
「ビスケット? そんなの食べてないぞ」
「でもなくなってた」
「おれは知らないって。あれじゃないか、トントゥでもいるんじゃないか」
「トントゥ? 何それ?」
「知らないのか。トントゥっていったら家に棲みつく小人の妖精だよ。家を悪いものから守ってくれるんだ」
「ふうん、そうなんだ。でもそのトントゥとビスケットはどう関係してるの?」
「トントゥは家を守ってくれる代わりにときどき勝手に家の食べ物を食べるんだよ。特にケーキは好みらしいから、今度もしケーキ作ったら一晩宿舎に置いておこうぜ。クリームに指の跡が残ってたらトントゥがいるって証拠だ」
ふむ。まあ置いておくだけでいいなら試してみてもいいだろう。ネネは焼き上がったメレンゲを一つつまんで口に入れた。
翌日、ネネは仕事が休みだった。ノアがケーキを作ってくれとせがむので、木苺をとりに学内の林に向かった。
「確かこのあたりに」
林の奥まで行くと、木苺が群生しているところへ出た。
ネネはさっそく持ってきたカゴに木苺を摘んで入れていく。いくつか口にも放り込みながら夢中で木苺を摘んでいると、いつの間にかペトログリフの近くまでやってきていた。
(こんなとこまで来ちゃったか)
そういえばハロウィーン以降ここへは来てなかった。結局あの遺跡は何だったのだろうと思いつつぼんやりペトログリフを眺めていると、後ろから声が聞こえた。
「おや? こんなところに人がおる」
振り返ると、小柄なお爺さんが立っていた。真っ白なヒゲと眉毛で顔の半分が隠れていて、着ている服はずいぶんとボロボロだ。そして手にはネネと同じような手提げカゴを持っていた。見かけるのは初めてだが、学校の関係者だろうか。
何者か尋ねようとすると先にお爺さんの方がネネに尋ねてきた。
「お嬢さんは学生さんかえ?」
「いえ、私はこの学校の食堂料理人です」
「ほお、料理人さんか。そうかそうか」
「あなたもこの学校で働いている方ですか?」
「そうじゃよ。わしはお前さんが生まれるよりずっと前からこの学校におるからのう」
「そんなに長く……? それじゃあ、もしかしてあれが何かもご存じですか?」
ネネはペトログリフを指さした。
「ふぉふぉ、あの遺跡が気になるかお嬢さん。最近の若者は遺跡なんぞ見ても興味を示さんがのう。まあ教えてやってもよいが、ここは交換条件といかんか」
「交換条件?」
「そなた料理人なんじゃろう? そなたの料理を食べさせてくれたら、あの遺跡の秘密を教えよう」
「分かりました。どんな料理が食べたいですか?」
「そうじゃのう、この薬草を使って何か作ってくれるか。辛味が強くてそのまま飲むのはつらいものでな。美味しくしてくれると嬉しい」
ネネはその薬草を受け取ると、お爺さんを宿舎へ案内した。
お爺さんは椅子にちょこんと座って待っている。
ネネは手早く料理の準備をした。
薬草は少しかじってみると、なるほど生でそのまま食べるには少々辛味が強い。しかしこのピリリとした辛味は使い方次第で重宝しそうだ。
「こういう辛味は、肉の油と相性がいいかな」
辛味のある葉っぱと玉ねぎを粗みじん切りにして軽く油でいためる。それを切り込みの入ったバケットに挟んで、さらに焼いた熱々のソーセージを乗せ、ケチャップをかけて完成だ。
「まずは簡単に作ってみました」
「ほお、これはうまそうじゃ」
ネネも一緒に昼ごはんにする。
パリッとジューシーに焼けたソーセージから肉汁があふれ出し、ピリッと辛い葉っぱと玉ねぎの甘味がよく合う。
「ふぉふぉ、これはうまいのう」
お爺さんはペロリと平らげるとお茶をすすり一息ついて話しはじめた。
「では約束どおりあの遺跡について話してやろう。そなたはこの学校が昔は皇宮として使われていたのを知っておるか?」
「はい」
「その昔、この国を創設した三人の魔女はここに城を作った。武勇の魔女、薬草の魔女、慈雨の魔女。武勇の魔女はやがて皇帝となりこの国をあまねくおさめ、薬草の魔女は複雑な魔術を駆使し人々を病から救った。慈雨の魔女は、その絶大な魔力で土地を肥やし恵みを与えた。彼女たちが作ったものはこの敷地にいろいろ残っているが、あのペトログリフはおそらく慈雨の魔女が作ったとされる」
「何のためにですか?」
「さあ、そこまでは知らん」
なんだそれは知らないのか。
「あそこに刻まれている文字は古代文字の中でも特殊なんじゃ。今ではもう誰も読み解くことはできん。まあ、何かの儀式に使ったのじゃろうな。慈雨の魔女が使ったのならそれこそ雨乞いでもしたのかもしれん」
お爺さんはお茶を一口すすって言った。
「なんだか少し甘いものが食べたいのう」
お爺さんがちらとこちらを見てくる。ペトログリフのことを教えてもらう条件は薬草の調理だけだったはずだが、デザートまでご所望のようだ。なかなかにちゃっかりしてる爺さんである。
(まあちょうどケーキを作るとこだし)
ネネはお爺さんに少し待っててもらうように伝えて宿舎のキッチンに向かった。
すでに焼き上がっているケーキスポンジに生クリームを塗って木苺を乗せていると、玄関の扉をたたく音が聞こえた。
鍵を開けに行くと、ルスランがやってきていた。昼食を食べに来たのだろう。ネネが休みだとこちらにご飯をたかりにくるのだ。
「今お客さんが来てますけどいいですか?」
「お客さん?」
「さっき森で出会って、いろいろあって今からケーキを食べるところなんです」
説明しながらルスランを連れて居間に戻ると、ソファに座っていたはずのお爺さんは忽然と姿を消していた。
「あれ、おかしいな。さっきまでここにいたのに」
「本当に人だったのかい?」
「もちろんです。ホットドッグを一緒に食べましたし」
「ひょっとしてトントゥだったりして」
ルスランまでそんなことを言う。
「間違いなく人間でしたよ。髪もヒゲも眉毛も白くて、小柄なお爺さん」
「……。そのお爺さん何してた?」
「薬草を採ってたみたいです。私にその採った薬草を調理してくれって頼んできて……」
ルスランは、ああと笑った。
「そのお爺さんはおそらく学校長だ」
「学校長? あのお爺さんが……?」
学校長にしてはずいぶんみすぼらしい格好だったが。
「君は学校長に直接会ったことはなかったんだな」
「もろもろの連絡はいつもミランダさんがしてくれてるので」
「ところで何の薬草を料理したんだ?」
「まだ残ってるので食べてみますか?」
ネネがキッチンに向かうとルスランもついてきた。
「この葉っぱです」
「これはカラシリーだな。手足を温める効果がある薬草だ。やっぱり学校長だろうな。森に薬草をとりに行くのなんて学校長くらいだし」
と言いながらルスランは、先ほど作ってそのまま置いてあったケーキを見つめている。
「これ、誰か味見したのかい?」
「え?」
ルスランが指差している箇所を見てみれば、ケーキの側面にできあがったときにはなかったはずの溝があった。誰かが指でクリームをすくいとったような跡だ。
「何これ。こんなのなかったはずなのに」
「これは本当にトントゥがいるのかもな」
「この宿舎にですか?」
「もしくは学校長がトントゥだったりして」
「まさかそんなわけないでしょう。……いやでもそういやあのお爺さん……私が生まれるずっと前からこの学校にいるって……」
「そういえば俺も学校長がいつからこの学校にいるのか聞いたことないな」
「まさかほんとうに人間じゃないなんてこと……」
二人は顔を見合わせる。
その後ろで、一匹の猫が舌なめずりをしながらキッチンを出て行ったのには気づかなかった。




