再び帝都へ
翌朝、ギギ・クルタリカは忽然と姿を消していた。
「えー、おかあさんまたどっかいっちゃったの?」
「もっとあそびたかったのにー」
リリとララはブーブー文句を言ってなかなか朝食を食べない。そんな双子を見かねてネネが言った。
「お母さんはドラゴンより出現率が低いんだから、むしろ会えただけでラッキーくらいに思いなさい」
自分の母に対してひどい言いようだが、事実なのだから仕方ない。それに今回はまだ長く家にいた方だ。
リリとララはまだ文句を言いながらもパンにかぶりつく。
ネネは小さく嘆息すると今度は頭を抱えて座っているルスランに目を向けた。彼も食卓についてしばらく経つというのに全く朝食を食べていなかった。
「うぅ……頭痛い」
「相当飲みましたね。ダメですよ母にペース合わせちゃ。あの人いくら飲んでも酔わないんだから」
「それは飲む前に教えておいて欲しかったな」
「とりあえず酒を抜かなきゃですね」
ネネはルスランに冷たいハーブティーを出してやる。ルスランは天の恵みとでも言わんばかりにグラスを掴むと、一気に飲み干した。
「ああ、何だこれは。体に沁み渡る」
「二日酔いにはこれが一番なんですよね」
ネネはふふんと鼻を鳴らした。ルスランに飲ませたのは昔ブルーノの店でも出していたハーブティーで、ほんのり甘いミルクシスルに生姜汁と蜂蜜を合わせたものである。これが二日酔いの連中によく効くのだ。
ネネは母とルスランが二人きりになった時点でこうなる予感がしていたので、朝イチで作っておいたのだった。
「この朝食は昼食にまわしますかね。ドクター、昼ごはんもここで食べるんですよね」
「ああ、そうさせてもらえると助かる」
ルスランは先ほどよりはややスッキリした様子で立ち上がると診察鞄を持って出かけて行った。
ルスランが出ていくと、入れ替わるようにしてヘンゼルが居間に降りてきた。
「……おはよう。姉さん。リリ、ララ……」
なんだかヘンゼルも体調が悪そうだ。
「もしかして昨日魔力使いすぎたせい?」
「うん。でもこれくらい大したことないよ。朝ごはん食べたらよくなると思う」
ヘンゼルは椅子に座って朝食を食べはじめる。すると言っていたとおり顔色は少し良くなってきた。だが向かいの席に置いたままになっていたルスランの朝食に気づいた途端顔が険しくなる。
「……姉さんの作ってくれた朝ごはんを残すなんて。あり得ない」
ヘンゼルは居間に雪を降らせはじめ、さらにリリとララの牛乳まで凍らせてしまった。
「ヘンゼルまた魔力もれてるよ」
「だって姉さんが一所懸命作ったものを残すなんて、僕許せないよ」
「これは昼に食べてもらうから」
「でも、そもそも姉さんがあの人のご飯まで作る必要ないんじゃないの」
「どうせみんなのご飯作るなら一人分くらい増えてもそんな変わらないよ」
それに往復の馬車代とフタコブメロン代はルスランに全部出してもらっているのでその分くらいは働かないとさすがに申し訳ない。
だが理屈はどうあれとにかくルスランのことが気に入らないらしいヘンゼルは、その後も雪を降らせるのを止められず、結局しんどくなって再びベッドへ戻ることになったのだった。
「どうしたものかな」
ヘンゼルは魔法の扱いが優れている方なのだが、時々こうして突発的にコントロール不能になることがあり、その度に体調を崩してしまう。今回は相性の悪いルスランがいるからというのもあるが、彼がいないときでも魔力が溢れ出すことはあった。
ネネはまたキノコの世話をしながら、解決方法について考えを巡らせた。
朝早く出て行ったルスランは昼前に帰ってきた。ハーブティー効果かずいぶん体調は良くなったようだ。
ネネはルスランに朝のオープンサンドを温めなおして出してやる。
「ドクター、ちょっと相談なんですけど……」
「ああ、弟君のことかな」
「何で分かったんですか」
「俺も気になってたんだ。解決方法はあるんだけど、彼が素直に受け入れてくれるかどうか……。君も協力してくれるかい?」
「それはもちろん」
二人はヘンゼルの治療に向けてこっそり準備をはじめた。
そして一週間が過ぎ、いよいよネネとルスランが帝都に戻る日がやってきた。
「姉さん、身体に気をつけて……仕事が嫌になったらいつでも帰ってきてくれていいからね」
「うん、ありがと。ヘンゼルも身体は大事にしてね。それで、お姉ちゃんから贈り物があるんだけど」
「え、何?」
珍しく目を輝かせるヘンゼルの後ろに、華麗なステップで周りこんだネネは、さっとヘンゼルを羽交い絞めにする。
「ちょっ、え!? 姉さん、何するの!?」
「すぐに終わるから」
ネネは弟をなだめるが、ヘンゼルはジタバタと抵抗する。仕方ない。応援を頼もう。
「リリ、ララ!」
「はーい!」
リリとララがそれぞれヘンゼルの足に抱き着く。
「何するんだリリ、ララ。こんなことして――」
と言い終わらないうちに、ヘンゼルはハッと視線を上げた。そこには、にっこり微笑むルスラン。手には小さな湿布のようなものを持っている。
「あ、あああなたが姉さんたちにこんなことさせてるんですねっ!? いったい何を企んでるんですか!」
しかしルスランは何も応えず、湿布を両手に持ってヘンゼルに近づく。
「ちょっと何ですかそれ。まさか……い、いやだ!」
ルスランが湿布をヘンゼルの首筋に持っていく。
「やめっ、あ! うわああぁ!!!」
ヘンゼルの首にペチャリと湿布が貼り付き、その恐怖でヘンゼルの魔力がまた爆発する。かと思われたが。
「……あれ!?」
雪も降らなければ何も凍りついていない。
「なんで、魔力が……」
「これはね、魔力吸収徐放剤といって、一定以上の魔力が出ると吸収してゆっくり体に戻してくれるものなんだ」
「なっ、勝手に。そんなもの欲しいなんて頼んでません!」
「君の敬愛するお姉さまが大そう心配していたから用意したんだよ」
「姉さん、僕こんなものいらないよ」
「そう言わずにしばらく使ってみてよ。せっかく作ってもらったんだし」
「だったら他の医術師に」
「そんなこと言うなら、せっかくクッキー焼いたけど全部帝都に持って行っちゃうよ」
「え、そんな……分かったよ。つけとくからクッキー持ってかないで」
そう言ってネネに懇願するような目を向けていたヘンゼルは、きっとルスランに視線を移した。
「……姉さんのために仕方なくつけとくだけですからね」
「ふふ。俺も子どものときは魔力がうまくコントロールできなくて使ってたんだよなあ」
ルスランは睨みつけてくるヘンゼルを愉快気に眺めていた。
「じゃ、そろそろ行きますか」
改めて弟妹たちに別れを告げ、ネネはルスランとともに家を出た。
◇ ◇ ◇
「おかえり、ネネ。実家ではゆっくりできたか?」
「うん、長い休みありがと。これお土産だよ」
ネネはノアに港町名産のシルクオイスターを見せる。
「おっ最高じゃん」
「今日の晩一緒に食べよ」
夜、ネネたちは宿舎の外に持ち運び式の小さな網焼きグリルを持ちだし、シルクオイスターを殻ごと焼くことにした。
シルクオイスターはその名のとおり、シルクのようになめらかな食感が楽しめるオイスターである。オリーブオイルをかけ、ジュウジュウと音がして来たら、塩を一つまみとレモンを絞る。
「うんまっ!」
臭みは全くなく、濃縮された旨味となめらかで弾力のある歯触りがたまらない。ババロアが隣でよだれを垂らしているが、猫に貝をやると中毒を起こすことがあるらしいので、代わりに干した小魚を袋から出してやった。ちなみにこれも故郷の特産品である。
「にゃふにゃふ」
ババロアはこの小魚が気に入ったらしい。鼻をふがふがさせながら夢中で食べた。
ネネとノアはシルクオイスターを平らげると、お茶を淹れて星空を眺めながらほっと一息ついた。
「そういやネネ、今年は流星群が見られるらしいぜ」
「そうなんだ。いつ頃?」
「夏だってよ。たぶんいろんなとこで鑑賞イベントが開かれるだろうから、楽しみだな」
夏の時期ということは、氷菓や冷たい飲み物なんか用意して星を眺めるのもいいな、と今からワクワクしているネネだった。




