ポポロ料理店と謎の女2
「お母さんが何でドクターと一緒に?」
「ポポロ料理店でたまたま会ったんだよ」
「はあ……そうですか。まあ、とりあえず中へどうぞ」
ネネはルスランと母を家の中へ入れた。
母が居間に荷物を置いてごそごそしている間に、ネネはお茶の用意をしに台所へ向かった。するとルスランが後ろからついてくる。
「まさか君のお母さまに会えるとは、驚いたよ」
「私もまさか母が帰ってくるなんて思いもしませんでした」
「君は目がお母さまに似てるな」
「そうですか?」
ネネは視線を上げ、居間にいる母の姿を見た。昔はどちらかというと父に似ていると言われる方が多かったが、確かに今こうして久しぶりに母の姿を見てみれば、自分の容姿が母に似てきたような気もする。
「あかーさんだ!」
「おかーさんかえってきた!」
まだ起きていたリリとララが居間にいる母に飛びついた。
久々に会う母親に双子たちがはしゃいでいる一方、ヘンゼルはいつもどおりの冷ややかさで自分の母親に対峙していた。
「久しぶり、母さん。何で帰ってきたの」
「みんなの顔を見に帰ってきたんだ。元気にしていたか」
「まあ一応は」
「そうか。よかった。ではおまえたちに土産を……」
そう言って母は荷物の中からワイン瓶のような物を取り出した。中には黒い靄が充満しており、ところどころキラキラと光が瞬いている。
「これは、一千年前の夜空を封じ込めたと言われている貴重な物だ。たまたま異国の行商人が持っていたものでね。特別に売ってもらったんだ」
母は無表情なりの得意顔でその瓶をヘンゼルに渡す。
「確かに綺麗だけど、これいくらしたの?」
「いくらだったかな。正確には覚えていないが、もらったばかりの給金がほとんどなくなったかな」
ヘンゼルは深い溜息をはき出した。台所からその様子を眺めていたネネも、やれやれと肩を落とす。そんなネネにルスランが耳打ちした。
「君のお母さまは、もしかして……その……」
ルスランは言いよどんだが、言いたいことは分かった。
「そうです。母はまるで金の管理ができないんです。詐欺にあうこともしょっちゅうで、でも本人が騙されている自覚がないのでいくら言っても治らないんですよね」
「なるほど。どうりで、君が苦労するわけだ」
お茶を淹れおわったネネは盆にポットとティーカップを乗せて居間に向かった。
すると母が、今度はネネに向かって言う。
「ああ、そういえば菓子も買ってきたんだ。ネネはこういうのが好きだったろう」
母はまた荷物のをゴソゴソ漁り、今度は小さな箱を取り出した。
「薬草クッキーだそうだ。私は甘い物の良し悪しはよく分からないが、かなり人気のものだそうだ」
ネネは母から箱を受け取るとさっそくフタを開けてみる。苦そうな匂いがむわっと鼻をついた。どう考えても甘い物ではない匂いであるが、まあこれはこれで興味をそそられる。
「ありがと」
クッキーを一つつまんでかじってみると、やはり猛烈に苦い。ただ不思議とクセになる味であった。
ルスランと、リリ・ララも薬草クッキーを試食する。クッキーの苦みに耐えながら、ルスランが母に聞いた。
「ところでギギさんは、何のお仕事をされてるんですか」
彼は社交辞令として聞いたのかもしれないが、ネネはしまったと思った。先に母の取り扱いについて説明しておくべきだった。だが時すでに遅し。母は前のめりに語りはじめる。
「私の仕事かい? 私は古代魔術を研究していてね。各地を転々としながら碑石や古代文書に記された古代魔術の構文を読み解き現代魔術への応用を試みているんだ。今は詠唱の短い魔術が主流だが古代の長文詠唱というのは何も無駄に長いだけではない。必要があって長文になっているわけで――」
母は相変わらずの無表情だったが、ネネは分かっていた。これは完全にウキウキしている顔だ。証拠に母の語りは一向にとまらない。そのうちリリとララは、椅子の上でうとうと舟を漕ぎはじめた。
「リリ、ララ、そんなところで寝ないでベッドで寝よう」
ネネはリリとララを連れてベッドへ寝かしつけに行くことにした。
「じゃあ、僕もそろそろ寝るよ」
ヘンゼルも一緒についてくる。
申し訳ないが、母の相手はルスランに任せるとしよう。
◆ ◆ ◆
ネネたちが二階へ上がってしまった後も、ルスランはネネの母親、ギギの話をじっと聞いていた。
年齢は四十代と先ほど台所でネネに聞いたが、古代魔術について語るその姿はまるで少女のようにも見えた。
(クールそうに見えて案外、中身は情熱的な人なんだな)
好きなものにはまっしぐら。誰が何を言おうとおかまいなく突き進む。誰かさんとそっくりだ。
「ネネはギギさんに似てるんですね」
「そうか? 昔は夫に顔が似ているとよく言われたんだがね」
「ああ、見た目もですが、一つのことに熱心なところがそっくりだなと」
「……そんなふうに言われたのははじめてだ。だがまあ、そうかもしれんな」
ギギはそう言ってほんの少し笑ったように見えた。
「ネネは、昔から料理が好きだったのですか?」
「ああ、私の夫は料理人でね。彼の影響を受けたんだろう。ネネは私より夫の方にずいぶん懐いていた。私は……ネネが生まれて、あの子が全く魔法を使えないと知ったとき、絶望してしまったんだ。そんな親に子が懐くはずもない」
「子どもは……親の感情に敏感ですから」
「そうだな。これは言い訳かもしれないが、まさか自分の子どもが魔法を使えないなんて思いもしなかったんだよ。最初は何かの病なのかとも思った。しかしどの医術師に見せても原因は分からなかった。遺伝の可能性も考えたが、うちは先々代が火事を起こして家系図から何から全て燃えてしまっていてね。先祖にネネと同じ病を持っている者がいたかどうかも分からなかった」
「きっとギギさんもお辛かったでしょう」
「焦っていたんだろうな。でも、夫は全く気にしていなかった。魔法が使えなくてもこの子はきっと強く楽しく生きていけると信じていたよ。だからか幼いころのネネは夫にべったりでね。毎日夫と一緒に料理をしてそれを家族にふるまってくれていた」
「そういえば旦那様は……?」
「数年前に亡くなったんだ。病気が分かったときには手遅れでね。彼が亡くなったときは、正直私よりネネの方が落ち込んでいたよ。本当なら母親の私がそばにいてやるべきだったのかもしれないが、私はどうも一般的に言う母親らしいことが上手くできないようでね。それなら自分の得意なことでネネのためにできることを、と考えて古代魔法にネネが魔法を使えない原因を見出せないかと思ったんだ。でも……今から思えばそんなことは必要なかったのかもしれないな。君は魔法が使えないネネの居場所を見つけてくれたようだ」
「私は何もしていません。全て彼女が努力して行動してきた結果です」
「ふふ。そうかもしれないが、きっと君がいてくれることが、ネネにとってとても大きなことなんだよ。今日久しぶりにネネに会ってそう感じた」
ギギはそう言ってまた少しだけ微笑んだ。
「ところで、今度は君のことを教えてくれないか、ルスラン君。私は君にとても興味がわいてきたよ。その若さで公認医術師とは、何がきっかけで医術師を目指したんだい?」
「きっかけは……たまたま家の近くに来ていた医術師に修行しないかと誘われたことでした」
「ほう、才能を見込まれたということか」
「どうでしょう。私はそのときまだ五つだったので才能があるかどうかなど分からなかったと思います。先生はただ、私を家から連れ出してやろうと思ってくれたのでしょう。私の家は少々複雑な事情がありましたから」
「そうだとしても、その先生は慧眼を持っていたといえる。君のような若さで公認医術師などそうそうなれるものではない」
「適性はあったのかもしれません。それに運も良かった。早くから医術を学ぶ機会を得られましたから」
「いくつの時から医術を学んでいたんだ?」
「先生について見よう見まねで学んでいたのでハッキリといつからというわけでもないですが、自分も医術師になろうと思ったのは六歳の頃です」
「そんな幼い頃からか」
「ある日先生が幼い子どもを治療したことがあって私も手伝いをしたんです。と言っても子どもの私にできることはミルク粥を作ってあげることだけでしたが、それでもその子が自分の作ったミルク粥を食べてニカっと笑ったのが忘れられなくて。そのとき自分も医術師になろうと思った記憶があります」
「そうか。君のおかげでその子は助かったんだな」
「いえ、実はその子、亡くなってしまったんです。翌日彼女が泊まっていた宿を訪ねたら、すでに遺体を母親が引き取った後でした」
「それは……残念だったな」
「そうですね。いまだにその子のことが忘れられなくて、彼女が残していったクマのぬいぐるみをずっと捨てられずにいます」
「クマの……ぬいぐるみ……?」
ギギはそこで黙り込んでしまった。そして唐突に問いかける。
「君は、流星群を観に行ったことはあるか?」
「流星群? いえ、観に行ったことはありませんが……」
「そうか」
ギギは何か考えているようだったが、茶を一口飲むと静かに立ち上がった。
「ネネが淹れてくれる茶はうまいが、夜には少々もの足りない。一杯付き合ってくれないか。ルスラン君」
「ええ、喜んで」
その夜、ルスランはギギと夜遅くまで語り合った。




