ポポロ料理店と謎の女1
ポポロ料理店に着くと、ちょうど夕食前の仕込み時間だったらしく店内に客はいなかった。
「こんにちは、デリアスさん」
ルスランが店の奥に声をかけると、一人の青年がふんわりした栗毛をゆらしながらすっとんできた。二十代半ばくらいと思われる人好きのする顔の青年だ。
「すいません、まだ開店ま……あ、ルスラン君! と、もしかしてあなたがネネさん!?」
「……はい」
「わあ! やっと会えたー! 僕ずっとネネさんに会いたかったんすよー!あ、僕はフロム・デリアスって言います」
フロムはネネの手をつかむとブンブンと腕が千切れんばかりの勢いで上下に振る。
「送ってもらったレシピすっごい助かってます! 僕まだ料理人として駆け出しだからこんな良い店任せてもらえたのに正直不安だったんすよ。でもネネさんに送ってもらったレシピ通り作ったらほんとにおいしくできるし、しかも食材が無駄にならないように工夫されてて、とにかくめっちゃ勉強になってるっす!」
フロムはこちらが相槌を打つ暇もないくらいの勢いで思いのたけを語った。
「それで教えて欲しいことがあったんすけど、このビネガーってどうやって作ったらいいんすか? もう残りが少なくなってて新しいの仕込もうと思ったんだけどうまくいかなくて」
フロムはネネが作って置いておいた妖精ビネガーの瓶を抱えていた。妖精ビネガーは作り手が慣れていないと失敗することも多い。
ネネは厨房の中にある食材をちらと確認した。
「じゃあ、一緒に作ってみますか」
ネネは実際に妖精ビネガーを作りながら作り方のコツをフロムに教えることにした。
さっそく必要なものを用意してビネガー作りにとりかかる。
「なるほど、けっこう気を遣うものなんすね。僕雑にしすぎてたんだなあ」
「妖精は気難しいから丁寧に扱わないとすぐ怒るんですよね」
「やっぱこうして直接教えてもらえると分かりやすい。ああ、もっと教えて欲しいことがあるんだけどなあ、もう町長が来る時間すよね」
「町長?」
ネネが首をかしげると、ずっと黙って二人の作業を見ていたルスランが話に入ってきた。
「このあとこの店で町長と定期診察の打ち合わせをする予定なんだ。だけどネネとフロム君は厨房で料理してくれていて構わないよ」
「いえ、邪魔するのもなんなので、私はこれで帰ります」
町長はブルーノとも懇意にしていた人間なのであまり積極的に会いたいとは思わなかった。
ただフロムは悲しそうな顔をする。
「ネネさん、しばらくこっちいるんすよね。また店遊びに来て下さいね」
「はい。そうします。ではまた」
ネネはぺこりと頭を下げると、ポポロ料理店を後にし自宅へ戻った。
◆ ◆ ◆
ネネがポポロ料理店から出て行ったあと、すぐに町長が店にやって来た。
ルスランは今回定期診察で回る患者リストと、仮診療所のことを町長と打ち合わせした。
「では確かに診察依頼の件、承りました」
「今回もよろしくお願いします。町の者はみんなドクター・ルスランが来てくれるのを心待ちにしておったのですよ。前回の診察もとても親身になって診てくださったと評判でしたから。ところで今回はどこの宿に泊まられるんですか?」
「今回は宿は取ってないんです。懇意にしている者の家に泊めてもらうことにしたので」
「なんと。……もしかして、クルタリカの家ですか?」
「ええ、そうですが」
「やっぱり。先ほどうちの娘があなたとネネ・クルタリカが歩いているのを見たと言っておったのでもしやと思いましたが、やはりそうでしたか。あんな娘の家にお泊りにならなくても私に相談して下さればうちにお招きしましたのに。今からでもうちに泊まりに来られませんか?」
「いえ、結構です。私が好きでクルタリカさんの家を選んだので」
「そうですか……もし滞在期間中にご不便があったらいつでも私のところへ来てください。うちでも他の宿でもすぐにご用意しますから」
町長はまだ何か言いたそうだったが、ルスランが微笑んだまま黙っているので、そわそわしながらも帰っていった。
(まったく)
ネネのおかげでこの町が救われていたというのに町の者たちは何も分かっていないようだ。
ルスランは溜息をはき出すと、忙しそうにしているフロムの代わりに自分でお茶を淹れた。
さて、気を取り直して、この後はしばらく店に居座ってフロムの仕事ぶりと店の様子を観察するつもりだ。
フロムをこの店の料理人に選んだ理由は二つある。一つはこの町に染まっていないこと、そしてもう一つは、ネネの弟と妹をそれとなく見守る人材として適しているということだ。
ネネを帝都に連れて行くということは、まだ幼い弟妹たちを彼らだけで生活させなければいけなくなる。しかも村人たちはあまりクルタリカ家のことをよく思っていない様子だ。ポポロ料理店の店主には、この町やクルタリカ弟妹の様子を見守って状況を報告してもらうことを条件にして選んだ。
(人選はよかったみたいだな)
フロムはこの町の人間とうまくやりながらも、ちゃんと約束通り弟妹の様子を報告してくれていたし、店での仕事ぶりもしっかり真面目にやっているようだ。
(このまま彼に任せてよさそうだな)
そしてそろそろ閉店というとき、最後の客が帰ったのと入れ替わりに、一人の女が店に入って来た。
女はすらりとした体形で、茶色のストレートヘアを後ろでゆるく結わえている。綺麗な顔立ちだが、感情を悟らせないその顔は少し冷たい印象だった。
女に気づいたらしいフロムはすぐに手を止めて女にペコリと頭を下げた。
「すみません。うちもう閉店の時間なんですよ」
「ああ、いや料理はいいんだ。少し訊ねたいことがあるのだが」
「僕で分かることなら何でもうかがいますよ」
「この店でネネ・クルタリカという少女が働いていたと思うのだが、彼女はどこに?」
「ああ、ネネさんならこの店は辞めて、帝都の魔法学校の食堂で働いてますよ」
「ネネが……帝都に……?」
座ったまま二人の話を聞いていたルスランは立ち上がって女に話しかけた。
「あの、失礼ですがネネのお知合いですか?」
ルスランに声をかけられ、女はそこでやっとルスランの存在に気づいたようだった。ハッとしたようにルスランを見て首を傾げる。
「……君は?」
「ルスラン・ユトと言います。帝都では、ネネ・クルタリカさんと同じ職場で働いています」
「ということは君も料理人なのか?」
「いえ。公認医術師です」
「……医術師。どうして公認医術師とネネが同じ職場で?」
「私が彼女の能力を見込んで帝都に来てもらったのですが……もしかして、あなたは……」
ルスランは彼女と会うのははじめてだったが、その顔によく知る人物の面影を感じた。
◆ ◆ ◆
ネネはポポロ料理店から自宅に帰ってきたのち、弟妹たちと軽く夕食をとり、そのあとは実家で育てているキノコの世話をしていた。キノコたちの世話はヘンゼルが引き継いでくれていたのだが、ネネほどにはうまくないらしく小さなキノコしか育たなくなっていた。
ネネが鼻歌をうたいながら霧吹きをしていると、居間で一人フタコブメロンを食べていたヘンゼルが言った。
「姉さんさ、帝都に行って綺麗になったよね。あ、元から綺麗だったんだけどさらにっていうか。髪とかつやつやだし」
「そう? 友達がヘアオイルをくれて毎日手入れするようになったから、そのおかげかな」
「ふうん。友達できたんだ。よかったね」
「うん。趣味は全然違うけど気が合うんだよね。美容に詳しくて、いろいろ教えてくれる」
「へえ。そしたらさ…………、あの人のことは……どう思ってるの?」
「あの人?」
「ほら、今日家に連れて来た……」
「ああ、ドクター・ルスランのこと? うーん。たまに意地悪だけど、根は悪い人ではないと思ってるよ」
「ああ、うん。そういうこともだけど、僕が聞きたいのは……そういうことじゃなくて」
「そういうことじゃなくて?」
「だから、その…………姉さんは、あの人のことがす……す、すすすぅ——」
ヘンゼルが何やらもじもじしていると、玄関の扉を叩く音がした。
「はーい」
ネネはさっと立ち上がって玄関に向かって扉の開けた。すると扉の向こうにはルスランが立っていた。ただ一人ではなかった。さらにもう一人、彼の影から女が現れる。
「お……かあさん」
「久しぶりだな。ネネ」
ルスランのうしろにいた女は、ネネたちの母、ギギ・クルタリカだった。




