故郷とフタコブメロン
帰郷。それはずっと生まれ育った故郷で暮らしてきたネネにとってはじめての経験である。久しぶりに家族に会えるワクワクと、今までは買えなかったような手土産を持って帰る誇らしさ、そして少しばかりの緊張がない混ぜになった感情で胸がいっぱいで、馬車の中ではずっと落ち着かなかった。
久々の実家に着くと、ネネは玄関の扉の前で深呼吸してから玄関の扉を開けた。
「ただいまー」
家の中に向かって声をかけると、すぐにパタパタと元気な足音が聞こえてきた。
「おかえりー! おねえちゃーん!」
双子のリリとララ、そして弟のヘンゼルは嬉々とした表情で出迎えてくれた。が、ヘンゼルの顔は瞬時に苦虫を噛み潰したような顔になってしまった。
「何でその人が一緒にいるの?」
「相変わらず弟君の視線はブリザードのように冷たいなあ」
ネネの後ろにいたルスランはわざとらしく自分の両腕をさすって見せながら、睨みつけているヘンゼルに言った。ヘンゼルはルスランからさっと視線を外す。
「姉さん、僕その人と一緒に帰ってくるなんて聞いてないんだけど」
「ごめん急に決まったから伝える暇がなかったんだよ。定期診察があるらしいから、その期間だけうちに泊めて欲しいんだって」
「えっ? ちょっと待って、その人うちに泊まるの!?」
「うん。その代わりほら、お土産にフタコブメロン買ってきたよ」
「代わりって……」
全く納得していない様子のヘンゼルにルスランがにっこり微笑みながら言った。
「しばらくお世話になります。よろしくね、ヘンゼル君」
言われたヘンゼルは口をへの字に曲げ何も言わずに奥へ引っ込んでしまった。
「相変わらずすごく嫌われてるなあ」
ルスランは双子に手を引かれながらのんびり呟く。ネネは小さく肩をすくめると、自分も彼らのあとに続いて家の中へ入った。
荷物をあらかた片付けたあと、お土産として持って帰ってきたフタコブメロンをみんなでいただくことになった。
フタコブメロンは瓢箪のように二つの実がくっついて成るメロンで、中の果肉の色はコブごとに違い、切ってみるまで何色かは分からない。
ネネは台所にフタコブメロンを運んでまな板の上に乗せた。帝都で買って家に着くまでルスランに氷魔法で冷やしてもらっていたのでちょうどいい具合に冷えている。ネネは包丁を取り出すとまずはコブどうしを切り離した。その様子をリリとララがキラキラしたお目々で見つめている。
「ねーねー! メロンなにいろかなー?」
「ララ、赤と黄いろだとおもう!」
「リリはまっ白と青!」
「じゃ、お姉ちゃんはオレンジ色と紫色」
そう言いつつネネは包丁でフタコブメロンの片割れに刃を入れる。パカっと割れた実は、サーモンのようなピンク色だった。
「お、ピンクか。じゃあもう一つは……」
「黄いろだ!」
「ララあたったー!」
リリとララがはしゃぐなか、ネネは手早くフタコブメロンを食べやすい大きさに切り分けた。
「さ、リリ、ララ。食べるよ」
ネネは飛び跳ねているリリとララにも手伝わせてフタコブメロンを乗せた皿を居間に運んだ。
すると、居間がやけに涼しい。ハッとしたネネがルスランを見てみれば、彼の体の上だけ雪が積もっていた。
「おかしいなぁ。家の中なのに、どうしてこんなに寒いのかなあ」
ルスランは両腕をさすりながら震えている。一方、一緒に居間にいたヘンゼルは今にも嚙みつかんばかりにルスランを睨みつけていた。間違いなくこの雪はヘンゼルの仕業だ。
「ヘンゼルやめなさい。ドクターが凍えてるでしょ」
ネネはルスランの上に積もった雪を手ではたき落としながら言った。ヘンゼルは不服そうに口を尖らせる。
「うぅぅ。だって、なんでその人がうちに……」
「ドクターが風邪引いたら診察を待ってる人が困るんだよ。それにこんなに魔法使ったらヘンゼルもまた寝込むことになるでしょ」
「……分かったよ」
ヘンゼルは口をへの字にしながらも魔法を解いた。
ルスランがホッとしたように体の力を抜く。
「ふう……家の中で雪に埋もれたのははじめてだな。ところで弟君は魔力を使うと体調が悪くなるのかい? 診てあげようか?」
「結構です。姉さんの料理を食べれば治りますから」
ヘンゼルはそう言いながら立ち上がると階段へ向かう。
「あ、ヘンゼル。フタコブメロンは?」
「置いといて。後で食べるから」
ヘンゼルはすっかりすねてしまったようだ。
ネネがふうとため息を吐き出すと、ルスランが尋ねた。
「弟君は魔法を使うとよく寝込むのかい?」
「感情に任せて大量の魔力を使っちゃうとその後いつも寝込んでますね」
「それは幼い頃から?」
「そうですね、わりと小さい頃からですけど、最近特にひどいかな」
「ふーん。そうか……」
ルスランは何か言いたげではあったが、リリとララがぐずり出しルスランの両腕を引っ張りはじめた。
「ねえ、はやくメロンたべよーよ」
「そうだね。いただこうか」
ネネはさっとスプーンをみんなに配った。
「では、いただきます!」
フタコブメロンを食べるのはネネもはじめてだった。実〈じつ〉のところ双子たち以上にこの珍妙なメロンに興味があった。
ネネは豪快にフタコブメロンの実をスプーンですくって口に入れる。その直後、口の中に甘く芳醇な果汁があふれだした。
「んんん!」
これはたまらない。普通のメロンの比ではない甘さと香りだ。リリとララも気に入ったようで果汁を辺りに撒き散らしながら夢中でフタコブメロンを食べていた。
(高かったけど買ってよかったな)
フタコブメロンは港町で手に入るメロンの3倍の値段だった。それでも双子の反応をみればその価値があったと思える。
「ごちそうさまでした」
フタコブメロンを食べ終わりネネが片付けをしていると、ルスランがそばにやってきて言った。
「このあと何か予定はあるかな?」
「いえ、特にないですけど」
「じゃあ一緒にポポロ料理店に行こうか。新しい料理人が早く君に会いたいって」
旧ブルーノ料理店を改築して開業したポポロ料理店。その店のメニューはネネが考案したので、新しい料理人とは手紙で何度かやり取りをしていたのが、まだ直接会ったことはなかった。
「分かりました。私も一度あいさつに行こうと思っていたので」
ネネはルスランと一緒に、ポポロ料理店へ向かった。
久しぶりの故郷の町は相変わらずの賑わいぶりだった。きらめく海には船がたくさん浮かんでいるし、商店街では若い町娘たちが今日も元気に呼び込みをしている。
ネネとルスランが商店街の入り口にやってくると町娘たちは一斉に視線を向けた。
「ねえ、ちょっと見てよ。すんごい良い男が来たわよ。誰かしら」
「ああ、あの方はきっと帝都からいらした医術師よ。お父様がそんな話をしてたわ」
「そうなの?! やだ私も診てもらおうかしら。なんだか胸が苦しくなってきちゃったわ」
きゃっきゃと黄色い声がとびかうなか、彼女たちの視線はやがてネネに向いた。
「まさかあの方の隣にいるの、ネネ・クルタリカじゃない? あの娘、ブルーノさんを追いかけてこの町を出たんじゃなかったの?」
「きっとブルーノさんに捨てられたのよ。だって魔法も使えないんじゃただのお荷物だもの」
彼女たちの目は先ほどとは一転、蔑みの色に染まっていた。
(酷い言われようだなあ)
魔法が使えない云々はもう言われ慣れているが、ブルーノを追いかけてしかもあの男に捨てられたなんて話をでっち上げられているのは心外だ。あんな男を追いかける生き物なんて蚊くらいだろう。と内心悪態をついているとルスランがこっそり耳打ちしてきた。
「ここは二人で協力して切り抜けるところだな」
ネネがその言葉の意味をはかりかねているうちに、ルスランに手をつかまれ無理やり彼の腕に絡ませられた。
「ちょっと何するん——」
という声は無視され、ルスランはネネの手を自分の腕にからませたまま歩き出した。ネネはなかば引きずられるようにして商店街を進む。
そんな二人を見て、また町娘たちがざわめき出した。
「え、何? 二人はどう言う関係なの?」
「やだぁ、私が狙ってたのに」
道の両側から敵意剥き出しの声が聞こえてきた。さらにそんな町娘たちのなかから少々年配の女性が現れ、ルスランに声をかけてきた。
「ちょっとお兄さん。使用人なんか連れてどこへ行くんだい? よかったらうちの店に来ておくれよ。うちの看板娘たちが最高のもてなしをするよ」
「ああ、すみません。今デート中なんです」
「デート? そんな能無しの娘とかい? ならうちの娘を連れて行きなよ。うちの娘なら魔法も得意だし、なかなかの美人だって町の外から……も……」
と威勢の良かった彼女の言葉は次第にしりすぼみになっていった。不思議に思ってふと隣を見上げてみれば、そこには麗しい微笑みを貼り付けたルスランの美顔があった。ルスランはただ黙って聞いていただけ、ただ微笑んでいただけなのだが、含みのある凄艶な笑みというのは時として人を黙らせてしまうらしい。
微笑みにこんな効果があるとは、と関心していたネネはルスランに引きずられ蟻地獄のような商店街を無事切り抜けたのだった。




