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魔法学校の料理人  作者: あきゅう
第一章
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監査団とツチウオ2

 監査団がやってきた翌日、ネネはドミトル教授の部屋を訪ねた。

 食堂閉鎖を免れるためにはあの削減魔ベルツを説得して監査報告書から閉鎖の文字を消してもらわなければならない。ただベルツの心を変えさせるのは一筋ならではいかないだろう。悩んだネネは、精神魔法と人の心を研究しているドミトル教授にベルツ説得のヒントをもらいに行くことにしたのだ。

 ドミトル教授はネネの話を聞き終わると、渋い表情で言った。


「今回の監査については私もいろいろ聞いている。まさか食堂まで閉鎖しようとはな。食堂がなくなって困るのは学生たちだというのに、まったく官吏というものは頭が固くていかん」

「ベルツ監査官は食堂閉鎖を決め込んでいるみたいで、私たちが何を言っても全く取り合ってもらえませんでした。ドクター・ルスランも不在で、このままではドクターが出張から帰ってくる前に食堂閉鎖が決定事項になってしまいます」

「ふむ。君はベルツの心をこじ開ける術を聞くために私のところへ相談しにきたわけだな」

「はい」

「私の専門は精神魔法を使った治療ではあるが、まあ人の心を操る方法全般について一般人よりは知見がある。ベルツが私の研究室に来たときの印象でいうと、ああいった人間は、良くも悪くも人の意見に左右されない。甘言や賄賂なんかにはなびかないし、そういう意味では監査官として優秀なのだろう。ベルツのような人間は自分が実際に見たもの体験したこと以外は信じない」

「つまり、食堂がなぜこの学校に必要なのか彼自身に身をもって体験してもらう必要があるということですか」

「理解が早くてけっこう」


 やはり一度食堂の料理を食べてもらうことができれば、なぜ食堂がこの学校に必要か、他の料理店ではどうしてダメなのか分かってもらえるかもしれない。


「でもどうやったらベルツ監査官に料理を食べてもらえるでしょうか。昨日もお願いしてみたのですが、突っぱねられてしまって」

「そうか。ならこうしてはどうだろう。彼のような人間は他人の意見には影響されないが、上司の命令となれば話は別だ。監査局長からの命令であればさすがの彼も従うだろう。しかし……、君たちが局長に会うのは難しいかもしれないな。監査対象が監査局に直接コンタクトをとるのはそれこそ賄賂などの可能性を疑われる」

「そうですか。ならやっぱりベルツ監査官本人をどうにかするしかないということですね」

「うむ。効果は薄いかもしれんが、私も彼に進言してみよう。食堂がなくなって困るのはなにも学生だけではない。私も毎日あの食堂で頂く食事を楽しみにしているのだからな」


 ネネはぺこりと頭を下げると部屋をあとにした。

 

 なんとかしてベルツに食堂の食事を食べてもらう機会をつくりたい。しかし無理やり椅子にくくりつけるわけにもいかないし、どうすれば食事の席についてくれるだろうか。

 そんなことを考えながら回廊を歩いていると、中庭にフィリップの姿が見えた。課外活動中だろうか、レポートを手に学生数人と一所懸命何かに取り組んでいる。


(フィリップのためにも食堂閉鎖は阻止したい)


 彼のように食堂存続を望んでくれている学生たちのためにもなんとかしてベルツを説得したい。


 ネネが厨房の裏口まで戻ってくると、中から話し声が聞こえてきた。今日はミランダしかいないはずだが誰か来ているのだろうか。

 裏戸を開けて中に入ると、興奮した様子のマリー・ビッツがカウンターごしに叫んでいた。


「この食堂がなくなるなんてあり得ないわ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶマリーを、クリシュナとミランダがなだめている。マリーはネネと目が合うとまた大きな声で叫んだ。


「あ! ネネ! ちょっと本当なの!? 食堂がなくなるって聞いたんだけど」

「まだ決まったわけじゃないけど……。もしかしたら閉鎖になるかもしれない」

「そんなの絶対嫌よ! こうなったら私も何かできること探すわ。この食堂がなくなったら私、もうこの学校で生活できないもの」


 マリーは興奮した様子のままクリシュナを連れて食堂から出ていった。

 彼女たちの姿が見えなくなるとミランダが大きくため息をつく。


「あの子たちのためにも食堂はなんとか存続させたいけどねえ。そういやネネ、どうだった? ドミトル教授に相談しに行ったんだろ?」


 ネネはドミトル教授に言われたことをかいつまんで伝えた。


「確かにベルツにはせめて一度くらいここの食事を食べてもらいたいね。そしたらネネの料理がここの学生たちには必要だって分かってもらえるはずだ」

「ただどうしたらベルツ監査官にここへ来てもらえるんでしょうか。昨日の様子だと私たちの声が彼に届くとは思えない」

「学長からベルツに頼んでもらえるよう言ってみるよ。学長の話なら聞いてくれるかもしれないしね」


 しかし、それから二日すぎても状況は変わらなかった。ベルツはネネたちはもちろん学長の話にも取り合おうともしないらしい。監査対象の職員からの依頼は受け付けられないというのだ。

 そしてミランダから学長の話を聞いた日の午後、ルスランが出張から戻ってきた。


「俺の認識が甘かったのかもしれない。食堂の状況はよくなっているから監査も問題ないと思っていたんだけど。すまない」

「ドクターのせいじゃないですよ」


 ルスランも帰ってきてすぐ監査局に不服を申し立てに行ってくれたらしいが申し立ては却下され、食堂閉鎖の件はほぼ確定ということで話が進められているという事だった。

 こうなってはもうどうすることもできないとネネたち食堂メンバーが諦めかけていたとき、ベルツから思いがけない連絡があった。

 もう一度、食堂の監査をやり直すというのだ。しかも提供している食事も実際に食べて確かめたいという。


「いったいどうして突然?」


 ネネたちは戸惑った。再監査をしてくれるなら願ったり叶ったりではあるが、あんなに頑なだったベルツがなぜ急に再監査する気になったのだろう。

 その理由は翌日、ベルツ本人から聞かされることになるのだった。



 ネネはノア、ミランダ、そしてルスランと一緒に食堂で監査団を待っていた。


(ベルツ監査官は何を考えてるんだろう)


 ベルツはこちらの意見を聞く気は全くない様子だった。再監査の機会を得られたことは素直に嬉しいがベルツが心変わりした理由が全くわからない。

 一緒に監査団の到着を待っているノアとミランダも食堂閉鎖を阻止できるかもしれないという期待と疑念が入り混じったような複雑な顔をしていた。

 とそこへベルツが監査団を引き連れ食堂へ入ってきた。


「お待たせしました」


 ベルツが抑揚のない声であいさつするとルスランがベルツに歩み寄った。


「私はこの学校で顧問医術師をしているルスラン・ユトと言います。今回は私も彼らと一緒に再監査に立ち会わせて頂きます」

「ええ、どなたが立ち会おうとこちらは構いません。再監査をすると言っておいてなんですが、私は監査報告を書き直す気はありませんから」

「どういうことでしょう? ではなぜ再監査を?」


 食堂閉鎖の意向を変える気がないなら再監査を実施するというのはおかしな話だ。食堂メンバーが首を傾げていると、ベルツは部下に命じてなにやら大量の紙の束を持って来させ、その紙の束をカウンターの上に広げた。

 ネネたちはその紙束をのぞきこむ。するとそこに書かれていたのは『嘆願書』の文字だった。


「大量の嘆願書が監査局に届きましてね。さすがにこれは無視できないと、監査局長から再監査の命が下ったのです」


 ネネはその嘆願書の中身を見てみた。するとそこには食堂存続を希望する学生たちの名前が書かれていた。マリーやクリシュナ、アンナ・ルイーズ、エメラルダ、その他知った名前以外にもたくさんの学生が署名に参加してくれていた。さらに署名は学生だけにとどまらず、おそらくは学生の保護者や、ドミトル教授、ペトラたち学校職員の名前もある。


「こんなにたくさん……」


 それにしてもいったいこれほどの署名を誰が集めてくれたのだろう。

 そう思いながら嘆願書をめくっていくと最後に代表者の記載欄があった。そこにはフィリップ・ポーネルの文字。


(そうかあのとき……)


 中庭でフィリップを見かけたとき課題をやっているのだと思っていたのは、この署名を集めてくれているところだったのだ。


「局長から、今回の再監査では必ず食堂の料理を試食せよと命じられています。嘆願書の中に、味も確かめず食堂の閉鎖を決定するのは横暴だと書かれているものがありましてね……。ではさっそくですが何か作って頂きましょうか」


 たくさんの人たちが食堂存続のために行動を起こしてくれた。彼らのためにもベルツの意向を覆さなければならない。


 ネネたちはエプロンをつけ、調理に取りかかった。


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