ドラゴンノタマゴモドキ
ネネは十五時の休憩中、厨房で育てているキノコたちに水をやっていた。
「なんかさ、ネネが育ててるキノコ、育つの早くね?」
霧吹きを手に鼻歌を歌っているネネに、ノアが話しかけてくる。
「そうかな?」
「うん。あとでかいし、味もいいし。なんか魔法でも使ってんのか?」
「私は魔法使えないよ。知ってるでしょ」
「けどそれにしちゃ育ち方が尋常じゃないっていうか」
「まあ私キノコの栽培に関しちゃ長いからね。慣れだよ」
とそんな話をしていると、外から重い台車を引きずるような音が聞こえてきた。その音が止んだ直後、厨房の裏戸を叩く音がする。
「すみませーん」
ネネは霧吹きを置いて裏戸を開けに行った。すると戸を開けた先にいたのは鹿みたいな顔をした学生、フィリップだった。以前、ポポロ料理店のメニュー考案に付き合ってもらった青年だ。あれから食堂で会うたびに声をかけてくれるようになっていたのだが、裏からやって来たのは初めてだ。
「こんにちは、ネネさん。ちょっとお邪魔してもいいかな」
「かまわないけど、それは……?」
彼が押して来たらしい台車には、小さな植木鉢がいくつかと木箱が乗っていた。
「実はネネさんに頼みたいことがあって」
そう言いながらフィリップは木箱の蓋を開ける。箱の中には、黒い球体が入っていた。表面はゴツゴツしている。
これは、もしかして——。
「ドラゴンノタマゴモドキ?」
「そう。実は今このドラゴンノタマゴモドキの実験中でね。ドラゴンノタマゴモドキって雷属性の魔法をかけながら育てると、その種が魔物をおびき寄せる誘引剤の材料になるらしいんだ。それでその誘引剤を作るためにドラゴンノタマゴモドキを育てようと思ってるんだけど、欲しいのは種だけだから、実の部分が無駄になるから美味しく食べられないかなと思って……」
「どうぞ。入って」
ネネはフィリップを中へ招き入れた。
ドラゴンノタマゴモドキ。
その名の通り見た目はドラゴンの卵に似ているが、実際はドラゴンとは全く関係なく木になる果実の一種である。
この国ではあまり流通しておらず珍しいものだが、ネネは一度図鑑で見たことがあった。確かその実は薄いグリーンで脂肪分が多く別名森のバターと呼ばれたりもするものだ。
「種だけ傷つけないようにしてくれれば、あとは君の好きなようにしていいよ」
そう言われてネネはその真っ黒な果実を一つ手に取り目の高さに持ちあげてみた。肌触りは見た目通りごつごつしていてズッシリと重量感がある。
ネネの隣でノアも興味深げにドラゴンノタマゴモドキを見つめていた。
「これって、種だけ取り出さずにこのまま土に植えたんじゃ駄目なのか?」
「そうなんだ。実の部分に発芽を阻害する成分があるみたいで、種だけ取り出して付着した実をしっかり洗い流さないと発芽しないんだよ」
ふうん、と声が重なる。
「でもこんなにたくさん、一度に育てるの大変だね」
ネネがそっとドラゴンノタマゴモドキを箱に戻しながら言うと、フィリップが説明を続けた。
「ドラゴンノタマゴモドキって、一つの苗に雄花と雌花の両方が咲くんだけどそれぞれ開花の時期が違うんだ。だからいくつかの苗を一緒に育てないと受粉できない、珍しい植物なんだよ」
再び、ふうん、と声が重なったとき、ノックもせずに誰かが厨房に入ってきた。ただ誰か、といってもネネには誰がやって来たのか見当はついていた。
「あー、お腹空いたな。何か食べるものは——。おや、お客さんが来てたのか」
「あ、こんちには……ドクター・ルスラン……?」
フィリップが言いながら不思議そうに首を傾げる。
「どうしてドクターがここへ?」
「彼女には俺の仕事を手伝ってもらっているんだよ。だから、まあいろいろと用事があってね」
へえそうなんですか、とまだ不思議そうにしているフィリップをよそに、ルスランは箱の中身をまじまじ見つめる。
「これはなんだい?」
尋ねられたフィリップはルスランに先ほどの説明をした。
「ほう、それは知らなかったな」
「実の部分を捨てるのはもったいないので、ネネさんに料理してもらおうと思って持ってきたんです」
フィリップはそう言ってネネに微笑みかけた。
「でもたしか、これってそのままでも食べられるんだよね」
ネネは果物ナイフを用意すると、ドラゴンノタマゴモドキを一つ手に取った。
「とりあえず一つ目はそのまま食べてみましょう」
ドラゴンノタマゴモドキの中身は図鑑で見たことがあるので中の構造はだいたい把握していた。ネネは中央の大きな種を傷つけないように注意しながら刃を入れ果実を半分に切った。パカっと割れた断面には美しい黄緑色の実がつまっていた。種をそっとスプーンで取り除くと、フィリップがすぐさまその種を洗って鉢の土に埋める。種がちょうど半分だけ埋まるような恰好になっていた。
フィリップが手を洗って戻ってくると、ネネは人数分のスプーンを用意して三人に配った。
「では、みんなで一緒にいただきましょうか」
全員にスプーンが渡ったところで、いざ実食である。
四人はそれぞれ順番に、ドラゴンノタマゴモドキの柔らかい実をすくって口に入れた。
「んんっ!」
一番初めにドラゴンノタマゴモドキを食べたネネは、思わず声を漏らした。
柔らかく舌の上で溶けるような食感、まったり重厚な味わいは、まるでなめらかに裏ごししたナッツのようだ。それでいて少々青っぽい香りもあるのが不思議である。これは今まで味わったことがない、奥深く神秘的な果実だった。
ただ、味覚というのは人それぞれである。
ルスランは、
「なんだか、無塩バターみたいだな」
と言いながら勝手に塩をとってきて振りかけており、ノアにいたっては、
「なんだこれ。味がしねえ」
と早々に匙を投げてしまい、フィリップは、
「たくさんは食べられないよね。胸焼けしそうだ」
と様々な感想を呟いていた。
ネネは、そのままでも丸ごと一個食べられそうだったが、料理人としてはさらなるおいしさを追及したいところである。
三人の感想を頭の中で反芻しながら、ネネは食糧庫に向かった。
食糧庫から必要な食材を取って戻ってくると、すぐに湯を沸かす。取ってきた人参とじゃがいもを細長くカットし、さらにブロッコリーと一緒にそれらを茹でる。
その間に、ドラゴンノタマゴモドキの実を滑らかになるまで潰した。
(ちょっと酸味があるといいかな)
ネネは潰したドラゴンノタマゴモドキが入っているボウルに、サワークリームを入れた。サワークリームは生クリームを発酵させて作ったもので、少し酸味があるのが特徴だ。
このサワークリームと潰したドラゴンノタマゴモドキがしっかり混ざったら、そこへ刻んだにんにく、ディルを加え、さらに塩、胡椒、それからレモン果汁をしぼる。
それらをよく混ぜたら、美しい黄緑色のディップソースの完成だ。できたてのドラゴンノタマゴモドキディップソースを深めの小皿に入れ、茹で上がった野菜とクラッカーを添え、ネネは待っていた三人の前に出した。
「これは……」
三人の男たちが見つめるなか、ネネは人参を一つつまんで、先ほど作った黄緑色のムースをつけて見せた。
それをパクリ。もぐもぐしながら、目を瞑って天を仰ぐ。
その様子を見た他の三人も、ネネに続けとばかりにクラッカーや野菜を手に取り、ディップソースをつけ——。
「おっ、これはおいしいな」
「うわ、うまー! これ本当にさっきのあれで作ったのか?」
「酸味があるからかな。そのままよりずっと食べやすいね」
ドラゴンノタマゴモドキを使ったディップソースは、あっという間になくなってしまった。
「にゃふ!」
人が集まっているのが気になったのか、ババロアもやってきた。
「あ、猫ちゃんにはこのドラゴンノタマゴモドキ、毒だからあげたらダメだよ」
「そうか。残念だったな、ババロア」
ババロアにはかわいそうだが、このおいしさを味わわせてやることはできないようだ。
それにしても人間には大丈夫なものが猫には毒になるとは驚きだ。
(未知の食べ物というのはやはり面白い)
ネネが一人ふうむと唸ったとき、書記官の男性が厨房へやってきた。
「ああこんなところにおられたんですかドクター・ルスラン。学校長がお呼びですよ。なんでも監査の件で報せたいことがあるとかですぐきて欲しいそうです」
「分かりました。すぐに向かいます」
ルスランはごちそうさま、とネネに言うと書記官と一緒に食堂から出て行った。
「監査って何のことかな?」
「さあ、わっかんね」
食堂に関係することかと思ってノアに尋ねてみるが、ノアはそんなことより、と鉢に植えられた種をしげしげと見つめながらフィリップに言った。
「なあこのドラゴンノタマゴモドキって、今植えたら次はいつ実ができるんだ?」
ノアはすっかりドラゴンノタマゴモドキを気に入ってしまったらしい。早くまたドラゴンノタマゴモドキを食べたいのだろう。
そんなノアの質問にフィリップが答えた。
「実ができるのは、早くて五年後だよ」
「え、そんなに?」
これにはノアだけでなくネネも驚いた。
「五年後じゃ、フィリップ卒業しちゃうんじゃ……」
「ああ、うん。でも僕、研究者の道に進もうと思ってるから、今から長期実験の仕込みをしておくんだ」
どうやら次にドラゴンノタマゴモドキを食べられるのは、ずいぶん先になりそうだ。




