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今日も僕はまた死んだ  作者: 宍戸 耀
第一章 死ぬ夢

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第44話 普通の人


学校が終わった。


久しぶりの学校だったけれど、思っていたより普通だった。


小林とも話したし、佐倉とも話した。授業も休み時間も、連休前と大して変わらない。


違うとすれば、僕の方かもしれない。


前より少しだけ、学校にいる時間が短く感じた。


帰りの支度をして教室を出る。


今日は百人一首クラブに少しだけ顔を出してから帰るつもりだった。


部室へ行くと、部長と何人かがすでに札を並べていた。


「お、宍戸」


部長が僕を見る。


「今日もやる?」


「少しだけ」


「少しだけ?」


少し驚いたような顔をされた。


「珍しいね」


「そうですか?」


「宍戸、いつも最後までいるじゃん」


「今日は早く帰ります」


僕は鞄を壁際へ置いて、空いているところへ座った。


何枚か札を取る。


読み札が読まれて、取り札を探す。畳の上を手で払うと、ぱん、と乾いた音がした。


しばらくして時計を見る。


まだ四時を少し過ぎたところだった。


前なら、帰る時間ではなかった。


でも今日は、それを見ても席に残ろうとは思わなかった。


僕は立ち上がった。


「帰ります」


部長がまた少し驚く。


「ほんとに少しだったな」


「言ったじゃないですか」


「そうだけど」


鞄を持ち上げたところで、部長が聞いた。


「これからずっとそんな感じ?」


「毎日じゃないですけど、最後までいない日は増えるかもしれないです」


「何かあるの?」


「家で犬を飼うことになったので」


「犬?」


「まだ来てないですけど」


「へえ。いいじゃん」


部長は笑った。


「来たら写真見せてよ」


「撮ったら」


多分、僕より先に桜か姉さんが何十枚も撮ると思う。


「じゃ、お疲れ」


「お疲れさまです」


部室を出た。


廊下を歩きながら、自分でも少し変な感じがした。


こんな時間に帰るのは、久しぶりだった。


昇降口で靴を履き替え、外へ出る。


校門へ向かって歩いていると、少し前に見覚えのある後ろ姿があった。


佐倉だった。


僕が近づくより先に、佐倉が振り返った。


「あ、宍戸くん」


「佐倉」


佐倉は僕の鞄を見る。


「部活だったの?」


「ちょっとだけ」


「本当に早く帰ったんだ」


「うん」


そのまま自然に同じ方向へ歩き始めた。


少しして、僕は思ったことをそのまま言った。


「今日、よく会うね」


佐倉が僕を見る。


「同じクラスだからね」


「朝も話したし、昼も話した」


「今も話してるね」


「うん」


佐倉が少し笑った。


確かに同じクラスなんだから、学校にいれば会うのは普通だ。


それでも、今日は朝から佐倉と話している気がする。


前なら、一日にこんなに同じ人と話すことなんてほとんどなかった。


「帰ったら、桜ちゃん喜びそう」


「何が?」


「お兄ちゃんが早く帰ってきたら」


「多分、僕より犬の話する方が忙しいよ」


「まだ犬来てないのに?」


「来てないから余計に」


佐倉が笑った。


「楽しそう」


「朝からずっとあんな感じだと思う」


僕も少し笑った。


そんな話をしながら住宅街へ入る。


今日は制服だから、佐倉の脚の痣は見えない。


この前見た時も、前より目立たなくなっていた。


治ってきているのかもしれない。


そうなら、それでいい。


「どうしたの?」


佐倉が言った。


「何が?」


「今、見てた」


「別に」


「そう?」


「うん」


佐倉はそれ以上聞かなかった。


こういうところは変わらない。


僕が言わなければ、無理に聞かない。


前の僕なら、佐倉の痣自体をそこまで気にしていなかった。


今は気になる。


でも、聞かない。


少し違う。


道を曲がる。


前にココと一緒に歩いた辺りまで来た。


「ココは?」


僕が聞く。


「家にいるよ」


「今日は散歩しないの?」


「あとで行く」


「怪我は?」


「もう大丈夫そう」


「そう」


あの小さな傷は、まだ少し気になっていた。


でも普通に歩けているなら、大したことはなかったのかもしれない。


「桜ちゃん、またココに会いたがってる?」


「うん。次会ったらまた触りたいって」


「ココも喜ぶと思う」


「多分、桜の方が喜ぶ」


「そうかも」


佐倉が笑った。


その時だった。


少し先から男の人の声がした。


「帰ったのか」


佐倉の足が止まった。


ほんの一瞬だった。


僕も前を見る。


家の前に男の人が立っていた。


四十歳くらいだと思う。普通の服を着て、片手に買い物袋を持っている。


佐倉は一瞬黙ってから言った。


「……お父さん」


父親。


そうなんだ。


男の人が僕を見る。


僕も軽く頭を下げた。


怖い顔ではなかった。


怒っているわけでもない。


知らない男子が娘と一緒に歩いているから、少し気になっている。


そのくらいに見えた。


「友達?」


父親が聞く。


「うん。同じクラスの、宍戸くん」


佐倉の声が、少しだけ小さく聞こえた。


「こんにちは」


僕が言う。


「ああ、こんにちは」


父親も普通に頭を下げる。


「いつも娘がお世話になってます」


「いえ」


何と返せばいいのか分からなかった。


別に、僕が佐倉の世話をしているつもりはない。


むしろ話を聞いてもらっているのは、僕の方だった。


佐倉を見る。


少し笑っている。


いつもの顔に見えた。


「学校、もう終わったのか」


父親が佐倉に聞く。


「うん」


「そうか」


それだけだった。


怒鳴らない。


強い言い方もしない。


佐倉も普通に返事をしている。


僕は少しだけ拍子抜けしていた。


何に、と言われても困る。


別に佐倉の父親が変な人だと思っていたわけじゃない。


会ったこともなかった。


ただ、前に見た痣のことがあったから、僕が勝手に何かを想像していたのかもしれない。


佐倉は「机かな」と言っていた。


本当に、ただぶつけただけだったのかもしれない。


「宍戸くん」


佐倉が僕を見る。


「何?」


「私、ここだから」


「ああ」


家はここだったらしい。


「じゃあね」


「うん」


僕も歩き出そうとした。


その時、家の中から犬の鳴き声が聞こえた。


一度。


短く。


僕は家を見る。


「ココ?」


「うん」


佐倉が答える。


「帰ってきたの分かったのかな」


「多分」


父親が玄関の方を見る。


「また吠えてるのか」


声は普通だった。


少し面倒そうに聞こえただけだった。


犬を飼っていれば、それくらい言うこともあると思う。


佐倉が玄関へ向かう。


その前に一度だけ、僕を振り返った。


「また明日ね、宍戸くん」


「うん。また明日」


僕は歩き出した。


少し進んでから後ろを見る。


もう佐倉も父親もいなかった。


玄関の扉も閉まっている。


僕は前を向いた。


佐倉の父親。


初めて会った。


普通に挨拶をしたし、普通に話した。


特に変なところはなかった。


この前の痣だって、本当にどこかへぶつけただけなのかもしれない。


それなら、その方がいい。


普通の家。


普通の父親。


少なくとも、僕にはそう見えた。


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