第36話 姉の友達
昼を少し過ぎた頃。
玄関のチャイムが鳴った。
僕は部屋にいた。
姉さんの友達が来る。
朝、そう言われていた。
だから。
たぶん、その人だ。
少しして、一階から姉さんの声が聞こえた。
玄関のドアが開く音。
誰かの話し声。
女の人だった。
僕はベッドに座ったまま、スマホを見る。
別に。
僕が出迎える必要はない。
姉さんの友達なんだから。
そう思っていた。
「耀」
呼ばれた。
やっぱり。
僕はスマホを置いた。
部屋を出る。
階段を下りると、玄関に姉さんと知らない女の人が立っていた。
姉さんと同じくらいの年。
たぶん、同じ学校なんだと思う。
黒い髪が長い。
少し乱れている。
でも。
それすら似合っていた。
鼻筋が通っていて。
目も大きい。
なんとなく。
一度見たら覚えていそうな顔だった。
普通に。
かなり綺麗な人だと思う。
姉さんの友達には。
少し勿体ない気もした。
僕を見ると、その人が少し笑った。
姉さんが言う。
「ちゃんといたじゃん」
「家にいろって言ったの姉さんでしょ」
「まあ、そうだけど」
朝から家にいろと言ったのは姉さんなのに。
なんとなく腹が立つ。
姉さんが隣の人を見る。
「こいつ、弟」
「紹介雑じゃない?」
僕が言う。
「宍戸耀です」
女の人が少し笑う。
「狩野綾。響ちゃんの友達」
「いつも姉が迷惑かけてます」
「ちょっと」
姉さんが僕を見る。
「どういう意味?」
「そのままだけど」
「迷惑なんてかけてないから」
綾さんが笑った。
「大丈夫。今のところはそんなに迷惑かけられてないよ」
「綾まで何なの」
姉さんが少しむっとする。
初対面の人にまでこういう扱いをされている。
少し面白かった。
二人の感じを見る限り。
普通に仲はいいんだと思う。
「それで」
僕は姉さんを見る。
「なんで僕まで呼ばれたの?」
「ああ」
姉さんが思い出したみたいに言う。
「あんたのこと話したら、綾がすごい興味あるって言うから」
「僕のこと?」
「うん。前から一回話してみたいって言ってたし」
嫌な感じがした。
「今日ちょうど暇だって言うから、呼んだ」
「勝手に?」
「別にいいじゃん」
よくない。
僕は綾さんを見る。
綾さんは、さっきより少し楽しそうな顔をしていた。
「変な話聞いたんだ」
「変な話?」
「響ちゃんから」
何を話した。
姉さんを見る。
姉さんは普通の顔をしている。
綾さんが続ける。
「自分が死ぬ夢を、何回も見るんでしょ?」
やっぱり。
僕は姉さんを見る。
「話したの?」
「前にちょっと」
「勝手に?」
「別にいいじゃん」
またそれだった。
よくない。
と思ったけれど。
もう遅い。
綾さんが僕を見る。
「今も見るの?」
答えに困った。
見る。
今でも。
昨日だって見た。
でも。
この人に話していいのかは分からない。
黙っていると、姉さんが言った。
「正直に言えばいいじゃん」
「姉さんは黙ってて」
「なんで」
「うるさいから」
「何それ」
「姉さんに言ったら、また嫌な顔するでしょ」
「耀」
姉さんが僕を睨む。
綾さんが姉さんを見る。
「嫌な顔するの?」
「別に」
姉さんが少し顔をしかめる。
「だって、話が気持ち悪いんだもん」
「ほら」
僕が言う。
「ほら、じゃない」
でも。
本当だった。
だから。
姉さんにはもうあまり夢のことを話していない。
綾さんが少し笑った。
「私は面白そうだと思うけど」
「綾はそうだろうね」
姉さんがため息をつく。
「相変わらず変わってる」
「響ちゃんに言われたくない」
「なんで私まで変な人になるの」
「弟にはもう少し優しくした方がいいと思う」
「何その立場」
「友達として」
「勝手に姉の指導しないで」
「じゃあ、もうちょっと姉らしくして」
「余計なお世話」
二人が言い合い始める。
僕は黙って見ていた。
珍しい。
姉さんが。
押されている。
家では。
大体、姉さんの方が強い。
僕が何か言っても、適当に流される。
桜と言い合いになっても、最後には姉さんが面倒になって終わる。
母さんに怒られることはあっても。
同じくらいの年の人に、こんなふうに言われているところは。
ほとんど見たことがなかった。
悪くない。
そう思った。
もしかしたら。
この人。
僕の味方になるかもしれない。
「それで」
綾さんが僕を見る。
姉さんとの言い合いは終わったらしい。
「どんな夢見るの?」
すぐにそれだった。
「ここで話すの?」
「駄目?」
玄関だった。
僕は階段の近く。
姉さんたちはまだ靴も完全には片づけていない。
でも。
場所より。
夢の話をすることの方が嫌だった。
夢の話をすると。
思い出す。
死んだ時の感覚も。
一緒に。
「……あんまり話したくない」
僕が言う。
綾さんが少し首を傾ける。
でも。
すぐに表情が変わった。
「そっか」
意外だった。
もっと聞いてくると思った。
「自分が死んだ夢だもんね」
綾さんが言う。
「思い出したくないのもあるか」
「うん」
「じゃあ、ちょっとだけでも駄目?」
やっぱり聞くんだ。
「ちょっとだけ?」
「うん。本当に少しでいいから」
「何を聞きたいの」
「色々」
「色々って?」
「例えば」
綾さんが指を一本立てる。
「毎回死に方は違うのかとか」
二本目。
「夢の中で痛みはあるのかとか」
三本目。
「起きたあと、どこまで覚えてるのかとか」
まだ増えそうだった。
「それ、ちょっとじゃないでしょ」
「まだ聞きたいことあるよ」
「あるんだ」
「いっぱい」
楽しそうだった。
変な人だ。
「ちょっと」
姉さんが言った。
「玄関でいつまで話してるの」
「響ちゃんが呼んだんでしょ」
「そうだけど。上がってから話せばいいじゃん」
姉さんが靴を脱ぐ。
綾さんも続く。
「耀も来て」
「なんで姉さんが決めるの」
「いいから」
またそれだった。
綾さんが笑う。
「やっぱり響ちゃん、弟にもうちょっと優しくした方がいいよ」
「綾までうるさい」
「ほら」
僕が言う。
姉さんが僕を見る。
「耀も調子乗らない」
「別に」
でも。
少しだけ気分はよかった。
姉さんが誰かに注意されるのは。
やっぱり珍しい。
二人がリビングへ向かう。
僕も後ろについていく。
夢の話を聞いてくれる。
それ自体は。
別に嫌ではなかった。
佐倉も聞いてくれた。
笑わなかった。
この人も。
今のところは、気味が悪いとは言わなかった。
でも。
少し違う。
佐倉は。
痛かったのかと聞いた。
この人は。
死に方が毎回違うのかと聞いた。
まだちゃんと話してもいないのに。
聞きたいことがいくつもあるらしい。
どこまで話せばいいんだろう。
人間として死ぬ夢。
それだけなら。
話してもいいかもしれない。
でも。
全部は無理だ。
犬になったことも。
蜘蛛になったことも。
猫になったことも。
まだ。
この人に話していいのか分からない。
僕は二人の後ろを歩きながら。
少しだけ。
面倒なことになりそうだと思い始めていた。




