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今日も僕はまた死んだ  作者: 宍戸耀


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第24話 十桁の番号

目を覚ましても、まだ牛の感情が残っていた。


痛みではなかった。


怖かったこと。


前へ進みたくなかったこと。


まだ生きたかったこと。


それだけが、胸の奥に残っていた。


布団から出る。


今日は休み明けだった。


学校へ行かなければならない。


顔を洗う。


制服に着替える。


朝食の席には、肉はなかった。


それでも、昨日までと同じようには食べられなかった。


餌を食べていた口。


水を飲んでいた喉。


最後まで動こうとしていた足。


思い出さないようにして、朝食を口へ運んだ。


家を出る。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


母さんの声が返ってきた。


桜も玄関まで来た。


髪には、昨日渡したピンクのリボンがついている。


「お兄ちゃん、似合ってる?」


「うん」


「学校で友達に見せるんだ」


桜は嬉しそうだった。


「行ってきます」


桜が先に外へ出る。


二つのリボンが、髪の後ろで揺れていた。


僕も家を出た。


休み明けの道には、制服を着た生徒が多かった。


どこへ行ったとか。


誰と遊んだとか。


宿題が終わらなかったとか。


そんな声が聞こえる。


僕には、話せることがほとんどなかった。


奈落を一周した。


知らない老人が死ぬ夢を見た。


その人の家を確かめに行った。


警察へ電話した。


牛として殺された。


桜にリボンを買った。


言えることと、言えないことが混ざっていた。


学校へ着く。


教室は、いつもより少し騒がしかった。


休みの間にあったことを、みんなが話している。


僕は自分の席へ座った。


先生が来るまで、まだ時間がある。


鞄から学校支給のタブレットを取り出した。


昨夜の牛のことが気になっていた。


検索欄を開く。


肉牛。


そう入力した。


食肉として、牛肉を生産するために飼育される牛。


牛乳を生産するための牛とは違い、肉の量や質を高めるために育てられる。


画面を下へ動かす。


黒毛和種。


交雑種。


乳用種。


昨夜の牛がどれだったのかは分からない。


体の色は覚えている。


柵も。


前にいた牛の背中も。


濡れた床の感触も。


でも、種類までは分からなかった。


別のページを開く。


肉牛は、生まれてからずっと同じ場所で育つとは限らないらしい。


子牛の頃は母牛のそばで育つ。


生後八か月から十か月ほどで離され、市場を通して別の農家へ移ることがある。


そこで、肉になるまで育てられる。


母親と離れる。


知らない場所へ運ばれる。


知らない牛たちの中に入れられる。


それでも、餌を食べる。


水を飲む。


大きくなる。


昨夜の牛にも、子牛だった時があった。


母親のそばにいた時があった。


そのことを覚えていたのかは分からない。


夢の中には入ってこなかった。


さらに調べる。


牛には、一頭ずつ番号がつけられているらしい。


十桁の個体識別番号。


生まれた日。


生まれた場所。


育てられた場所。


移動した記録。


そういうものが、一つの番号につながっている。


人間の名前みたいだと思った。


でも、名前よりも正確だった。


同じ名前の牛はいても、同じ番号の牛はいない。


昨夜の牛にも、番号があったはずだった。


耳についていたのかもしれない。


見たような気もする。


見ていない気もする。


夢の中で、僕は体を動かせない。


見たい場所を見ることもできない。


牛が見ていなければ、僕にも見えない。


僕は別の言葉を検索した。


肉牛 育て方。


牛舎を清潔にする。


体調を管理する。


けがや病気を防ぐ。


体を洗ったり、毛を整えたりすることもある。


一部では、食欲を落とさないために餌を工夫したり、音楽を聞かせたりする飼育方法もあるらしい。


少し驚いた。


肉になる牛に、そこまでする。


病気にならないように。


けがをしないように。


よく食べるように。


できるだけ穏やかに過ごせるように。


大切に育てる。


そして、最後には殺す。


画面を見ていると、昨夜の感覚が戻ってきた。


前へ進みたくなかった。


逃げる場所を探した。


足に力を入れた。


それでも、後ろから押されて進んだ。


体を傷つけないように運ばれていた。


苦しむ時間も、長くはなかった。


それでも。


あの牛は、死ぬ運命を受け入れていたわけではなかった。


「何を調べてるの?」


声がした。


顔を上げる。


佐倉が、僕の机の横に立っていた。


「牛」


「牛?」


「肉になる牛」


佐倉は画面を見るために、少し顔を近づけた。


細いカチューシャが見えた。


「どうして急に?」


「気になったから」


「肉牛が?」


「うん」


佐倉は、画面に表示された数字を見る。


「十桁の番号?」


「牛には、一頭ずつ番号があるらしい」


「番号で何が分かるの?」


「生まれた場所とか、育った場所とか」


「そんなことまで分かるんだ」


「うん」


佐倉は少し考えた。


「人間より、ちゃんと記録されてるかも」


「そうかもしれない」


「名前もあるのかな」


僕は画面を見た。


「つける人もいると思う」


「そっか」


画面には、子牛と母牛の写真が表示されていた。


「かわいい」


佐倉が言った。


「でも、大きくなったら離されるんだね」


「うん」


「寂しくないのかな」


分からなかった。


昨夜の牛から、母親の記憶は入ってこなかった。


寂しかったのか。


もう覚えていなかったのか。


覚えていても、夢に入ってこなかっただけなのか。


「どうだろう」


そう答えた。


佐倉は別の記事を指で示した。


「でも、ちゃんと大切に育てられてるんだ」


「そうみたい」


「食べるためでも、大事にするんだね」


「うん」


僕はそれ以上、何も言わなかった。


大切に育てられたこと。


できるだけ苦しまないように殺されたこと。


それは、あの牛が死を受け入れていたという意味ではない。


最後まで逃げようとしていた。


前へ進まないように、足に力を入れていた。


まだ餌を食べたかった。


水を飲みたかった。


外へ出たかった。


生きていたかった。


最後まで。


必死に。


でも、それは佐倉には言わなかった。


言っても、困らせるだけだと思った。


「もうすぐ先生来るよ」


佐倉が言った。


教室を見ると、いつの間にか生徒が増えていた。


僕は検索画面を閉じた。


すると、佐倉が小さく言った。


「ありがとう」


「何が?」


僕は聞き返した。


「教えてくれたから」


僕は何も教えていなかった。


佐倉は自分の席へ戻っていった。


タブレットの画面が暗くなる。


昨夜の牛の番号は分からない。


名前があったのかも分からない。


どこで生まれたのかも。


母親といつ離されたのかも。


何も分からない。


それでも。


あの牛が最後まで生きようとしていたことだけは、僕が知っていた。

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― 新着の感想 ―
>「ありがとう」 >「何が?」 >「教えてくれたから」 >僕は何も教えていなかった。 どっちがありがとうと言ったのか少し分かりにくかったかもしれないです 続きを楽しみにしております
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