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今日も僕はまた死んだ  作者: 宍戸 耀


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第15話 聞かれていた

放課後の教室には、まだ何人か残っていた。


部活に行くには、少し早い。


家に帰るには、もちろん早すぎる。


僕は窓際の席で、学校から貸し出されているタブレットを開いていた。


検索欄に入れたのは、生き物の名前ではない。


簡単な笑顔の作り方。


自然な笑い方。


疲れていないように見せる方法。


顔色をよく見せる食べ物。


寝不足を隠す方法。


自分で打っておきながら、変だと思った。


少し前まで、犬や鳥や虫のことばかり調べていた。


何を食べるのか。


どうやって生きるのか。


どうやって死ぬのか。


それが今は、人間の顔を調べている。


画面には、口角を少し上げると書いてあった。


目元の力を抜く。


背筋を伸ばす。


相手の目を見すぎない。


簡単そうだった。


僕は画面を見ながら、口の端を少し上げてみた。


頬が引きつった。


たぶん、変な顔だった。


すぐに戻す。


誰かに見られたら困る。


でも、練習は必要だった。


桜に心配されないためには、食べるだけでは足りない。


食べたくないものを無理に食べても、その顔を見られたらたぶんばれる。


苦しそうな顔をしない。


疲れているように見せない。


無理をしているようにも見せない。


普通に起きる。


普通に食べる。


普通に返事をする。


できれば、普通に笑う。


桜は、僕が思っているよりよく見ている。


水ばかり飲んでいないか。


おかずを残していないか。


顔色が悪くないか。


眠そうではないか。


そういうことばかり見させるのは、もうやめたい。


桜とは、もっと別の話をしたい。


学校のこと。


テレビのこと。


給食のこと。


ゲームのこと。


僕の体調ではないこと。


それに、ずっと心配させていたら、いつか桜も慣れるかもしれない。


母さんや父さんや姉さんみたいに。


僕はそういうものだと思われる。


それは嫌だった。


心配させたいわけではない。


でも、見られなくなるのも嫌だった。


だから、僕が少し変わる。


本当に普通になれるかは分からない。


せめて、普通に見えるようにはなる。


僕はもう一度、画面に書かれている通りに口の端を上げた。


やっぱり変だった。


笑顔というより、何かを我慢している顔に見える。


もっと練習が必要らしい。


桜なら、たぶんすぐ気づく。


小さいのに、人の顔をじっと見る。


少し面倒だ。


でも、嫌ではない。


優しいと思う。


可愛いとも思う。


「桜は、可愛いし、優しいな」


声に出ていた。


言ってから気づいた。


かなり小さな声だった。


誰にも聞こえていないと思った。


でも、聞こえていたらしい。


教室の入口で、何かが動いた。


振り返る。


佐倉が立っていた。


手に園芸部の道具袋を持っている。


花壇へ行くところだったのだと思う。


佐倉は固まっていた。


眼鏡の奥の目が、少し大きくなっている。


それから、ゆっくり顔が赤くなった。


「ご、ごめんなさい」


なぜ謝るのか分からなかった。


「何が」


僕が聞くと、佐倉はさらに慌てた。


「いえ、なんでもないです」


「そう」


「はい。失礼します」


佐倉は早口で言って、小走りで教室を出ていった。


道具袋が揺れていた。


僕はしばらく、入口を見ていた。


何だったのだろう。


桜は可愛い。


桜は優しい。


本当のことだ。


変なことではないと思う。


独り言を聞いたから謝ったのだろうか。


でも、それなら顔が赤くなる理由が分からない。


佐倉は、ときどきよく分からない。


僕みたいなやつに普通に話しかけてくる時点で、少し変なのかもしれない。


そういうことにした。


考えても分からないものは分からない。


それより、部活へ行かなければならない。


僕はタブレットを閉じ、鞄にしまった。


百人一首クラブの部室は、校舎の端にある。


畳のにおいがする部屋だ。


運動部の声も、ここまで来ると少し遠い。


その遠さが楽だった。


部室には、二年生の先輩が一人いた。


「宍戸くん、今日も早いね」


「はい」


「真面目だね」


「別に」


答えてから、少し引っかかった。


別に。


これも、普通の返事ではないのかもしれない。


ありがとうございます、と言えばよかったのだろうか。


分からない。


僕は札を出した。


読み札と取り札を分ける。


百枚の札を、畳の上に一枚ずつ並べていく。


この作業は嫌いではない。


札を置いている間は、余計なことを考えずに済む。


先輩が窓を開けながら言った。


「もうすぐゴールデンウィークだね」


「はい」


「宍戸くんは、どこか行くの?」


「分からないです」


答えてから、しまったと思った。


分からないです。


自分の予定なのに、それは少しおかしい。


まだ決まっていない。


予定はない。


家族に聞いていない。


普通なら、そう答えるのだと思う。


僕は普通を目指しているはずなのに、さっそく失敗した。


先輩は気にしていないようだった。


「そっか」


それで会話を終わらせようとしている。


でも、直しておいた方がいい。


「まだ、計画を決めてないです」


少し遅れて言った。


先輩は僕を見た。


「そうなんだ」


「はい」


今の方が、たぶん普通だった。


少し遅かったけど。


「うちもまだ決まってないんだよね。親がどこか連れてくって言ってるけど」


「そうですか」


会話はそこで途切れた。


普通の顔だけでは足りない。


普通の返事も覚えなければならないらしい。


何を聞かれたら、どう答えるのか。


そういうことも、あとで調べた方がいいのかもしれない。


中学生。


普通の会話。


返事の仕方。


検索欄に入れる言葉を考えていると、先輩がまた言った。


「宍戸くん、旅行とか好き?」


今度はすぐに答えなかった。


少し考える。


「行ったことが少ないので、よく分からないです」


理由をつけた。


これなら、少しはましな気がした。


先輩は笑った。


「そっか。じゃあ、これからだね」


「はい」


旅行。


知らない場所。


知らない部屋。


知らない布団。


知らない夜。


考えただけで、少し嫌だった。


家の布団なら安全というわけではない。


どこで寝ても夢は来る。


でも、知らない場所で死ぬ夢を見るのは、もっと嫌かもしれない。


それでも、嫌な顔はしなかった。


普通に返事をする。


普通に札を並べる。


普通に部活をする。


札を取る音が、畳に響いた。


ぱん。


一瞬だけ、別の音を思い出しそうになった。


何かが潰れる音。


硬いものが噛み砕かれる音。


でも、肩を揺らさなかった。


手も止めなかった。


たぶん、顔にも出なかった。


まだ上手くはない。


でも、少しずつやればいい。


部活は、いつも通りに終わった。


先輩に挨拶をして、部室を出る。


廊下は少し暗くなっていた。


窓の外も、昼より薄い色になっている。


夕方だった。


家に帰らなければならない。


そう思うと、胸の奥が少し重くなった。


家が嫌いなわけではない。


桜もいる。


夕飯もある。


自分の部屋もある。


でも、帰れば夜が近づく。


夕飯。


風呂。


布団。


眠り。


そして、また死ぬ。


憂鬱だった。


でも、憂鬱な顔をしてはいけない。


僕は廊下を歩いた。


階段を下りる。


昇降口で靴を履き替える。


家に帰ったら、桜がいる。


僕の顔を見るかもしれない。


夕飯をちゃんと食べるか、また見ているかもしれない。


だったら、今から気をつける。


普通の顔で帰る。


普通の声で、ただいまと言う。


普通に夕飯を食べる。


普通に桜と話す。


普通に風呂へ入る。


普通に自分の部屋へ戻る。


そして、普通の顔で布団に入る。


眠ったあとまで普通でいられるかは分からない。


たぶん無理だ。


また、どこかで死ぬ。


でも、朝になれば起きる。


起きたら、また普通の顔をする。


僕は昇降口を出た。


夕方の風が、頬に触れた。


少し冷たかった。


それも顔に出さないように、僕は息をした。

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