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今日も僕はまた死んだ  作者: 宍戸耀


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第14話 悪くない日

昼のシチューの名前は、やたら長かった。


給食の時間になり、学校から貸し出されているタブレットで今日の献立を開く。


牛タンの柔らか赤ワイン煮込み、マデラソースの香りと季節の温野菜を添えて。


画面に表示された献立名を見て、僕は少しだけ黙った。


給食で出てくる名前じゃないと思った。


小林は、それを見た瞬間に騒いだ。


「なにこれ、絶対うまいやつじゃん」


声が大きい。


「牛タンだぞ、牛タン。俺、絶対おかわりもらう」


周りの男子も少し笑っていた。


小林はいつも通りだった。


食べ物を見て、ちゃんと喜べる。


それはたぶん、普通のことなのだと思う。


僕は配られたシチューを見た。


白い皿の中に、茶色いソースが入っている。


やわらかそうな肉。


にんじん。


じゃがいも。


緑色の野菜。


湯気。


匂いは悪くなかった。


むしろ、うまそうだった。


今日は、たぶん食べられる。


そう思った。


昨日のマロの死は、最悪な死ではなかった。


苦しくなかったわけではない。


悲しくなかったわけでもない。


でも、血のにおいや、腐った味や、潰れる音が残る死ではなかった。


名前を呼ばれていた。


頭を撫でられていた。


最後まで、そばに誰かがいた。


だからだろうか。


今日は、食べ物を見ても、そこまで気持ち悪くならなかった。


昨日の夢で、マロのそばにいた女の子を思い出した。


あの子は、マロの顔をずっと見ていた。


息をしているか。


苦しくないか。


まだ自分を見ているか。


確かめるように、何度も名前を呼んでいた。


朝、桜が僕を見る時の顔に、少し似ていた。


僕が朝ごはんを食べるか。


顔色が悪くないか。


眠そうではないか。


水ばかり飲んでいないか。


大丈夫なのか。


桜も、毎朝それを確かめている。


母さんや父さんや姉さんも、昔はそうだったのだと思う。


夜中に僕がうなされた時。


朝ごはんを食べられなかった時。


急に気分が悪くなった時。


最初のころは、もっと心配していた。


何度も声をかけてきた。


病院へ行くかと聞かれたこともあった。


何があったのかと、何度も聞かれた。


でも、僕は何も言えなかった。


夢の中で何度も死んでいるなんて、言えるはずがなかった。


大丈夫。


何でもない。


眠かっただけ。


気分が悪かっただけ。


僕は、そう言い続けた。


それが何度も続いた。


顔色が悪い朝。


食事を残す日。


夜中に目を覚ますこと。


首や手を何度も確かめること。


そのうち、全部がいつものことになった。


母さんは、困った顔をするだけになった。


父さんは、朝飯は食べろと言うだけになった。


姉さんは、ときどき面倒そうな顔をする。


誰も悪くない。


同じことが長く続けば、たぶん慣れる。


毎回、本気で心配し続けることなんて、できないのかもしれない。


僕は、そういうやつだと思われるようになった。


いつも顔色が悪い。


いつも食べない。


いつも変なところを見ている。


少し変だけど、それが普通。


僕はそういうものとして、家の中にいる。


でも、桜までそうなるのは嫌だった。


今はまだ、桜は僕を見ている。


僕がご飯を食べただけで、安心した顔をする。


少し多く食べただけで、嬉しそうにする。


毎朝、僕がちゃんと生きているかを確かめるみたいに、顔を見る。


それは少し面倒だった。


でも、嫌ではなかった。


見られたくない。


でも、見ていてほしい。


気づかれたくない。


でも、誰にも気づかれないのも嫌だった。


たぶん、僕は勝手なのだと思う。


それでも、このまま桜に同じことを続けさせたくなかった。


毎朝、僕の顔色を見て。


僕が食べるかどうかを見て。


大丈夫なのかと聞いて。


それが何年も続いたら、桜もいつか慣れるかもしれない。


お兄ちゃんはいつも顔色が悪い。


お兄ちゃんはいつも食べない。


お兄ちゃんはいつも大丈夫と言う。


お兄ちゃんはそういうもの。


そう思われるようになるかもしれない。


母さんや父さんや姉さんと同じように、僕の異常を普通だと思うようになるかもしれない。


それは嫌だった。


心配させたいわけではない。


でも、心配されなくなるのも嫌だった。


それに、桜はまだ小学生だ。


兄の体調ばかり気にしていなくていい。


本当なら、もっと別のことを話したいはずだ。


学校で何があったとか。


テレビで見たものとか。


宿題がどうとか。


給食にデザートが出たとか。


新しい消しゴムを買ってもらったとか。


明日の天気とか。


そういう普通のことを、普通に話したいはずだ。


僕だって、桜とはもっと別の話をしたい。


朝ごはんを食べたかどうかだけで、一日分の会話を終わらせたくない。


だから、少し変わらないといけない。


本当に普通になれるかは分からない。


夢を見なくなるわけではない。


夜になれば、また眠る。


眠れば、またどこかで死ぬ。


それは変えられない。


でも、せめて普通に見えるようにはならないといけない。


食べられる日は食べる。


食べられない日も、食べられない顔をしない。


苦しそうな顔をしない。


ひどい顔をしない。


無理していることも、ばれないようにする。


桜に、毎回毎回、言わせるわけにはいかない。


「今日は食べてるね」とか。


「すごい」とか。


「よかった」とか。


そんなことを、妹に言わせる兄でいるのは、たぶんよくない。


普通が何なのかは、よく分からない。


でも少なくとも、食卓で心配され続けることは、普通ではない気がする。


だから、練習する。


特訓、というほど大げさなものではない。


ただ、できるだけ顔に出さない。


食べ物を見ても、首を触らない。


手を見ない。


喉を押さえない。


水ばかり飲まない。


箸を止めすぎない。


大丈夫、と言いすぎない。


平気なふりをしすぎない。


無理しているようにも見せない。


普通の顔をする。


普通に食べる。


普通に飲み込む。


そういうことを、今日から少しずつやる。


小林みたいに騒ぐつもりはない。


あんなふうに、うまそうだとか、おかわりだとか、大きな声で言うつもりもない。


注目されたいわけじゃない。


でも、わざわざ心配されるような人間にもならない。


そうありたいと思った。


僕はスプーンを持った。


シチューをすくう。


牛タンは、思ったより小さかった。


でも、やわらかそうだった。


口に入れる。


少しだけ警戒した。


肉のにおい。


温かいソース。


舌の上で、肉がほどけた。


飲み込む。


大丈夫だった。


吐きそうにはならなかった。


それどころか。


うまい。


そう思った。


声には出さなかった。


でも、確かに思った。


このシチューは、なかなかうまい。


赤ワインとか、マデラソースとか、何が何なのかは分からない。


でも、うまいものはうまかった。


今度、母さんに言ってみようかと思った。


こういうの、作れるのかな。


牛タンじゃなくてもいい。


シチューなら、家でも出る。


同じような味にはならないかもしれない。


でも、少し似たものなら作れるかもしれない。


桜も食べたがるかもしれない。


そこでまた、少し驚いた。


食べ物を見て、家でまた食べたいと思った。


桜にも食べさせたいと思った。


そんなことを考えたのは、いつ以来だろう。


小林が向こうで、やっぱり大きな声を出していた。


「うまっ。これ、マジでうまい。おかわり行く」


騒がしい。


でも、今日はそれもそこまで嫌ではなかった。


僕はもう一口、シチューを食べた。


やっぱり、うまかった。


今日は最悪ではない。


良い日、と言っていいのかは分からない。


でも、悪い日ではないと思った。


少なくとも、僕は今、食べている。


桜に心配されるためではなく。


普通に昼ごはんを食べる人間として。


普通の顔で。


無理していることが、誰にもばれないように。


できるだけ、自分なりの普通の顔で。

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