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今日も僕はまた死んだ  作者: 宍戸耀


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第9話 昼休みの花壇

給食の時間、小林はやっぱりうるさかった。


食べるのが早い。


皿の中身が減るのも早い。


そして、食べ終わるとすぐにおかわりへ行く。


「まだ残ってる?」


「それ、いらないなら俺にくれよ」


「今日のうまくね?」


そんなことを言いながら、クラスの何人かと笑っている。


小林健太は、どちらかというとクラスの中心にいる人間だった。


サッカー部で、声が大きくて、よく笑う。


男子にも女子にも、普通に話しかける。


明るい。


たぶん、そういう言葉が合う。


僕とは違う。


真逆、とまでは言わない。


でも、かなり違う。


僕は給食を少しずつ食べながら、小林を見ていた。


あいつは僕にも声をかけてくる。


陰気くさいとか、反応が薄いとか、そういうことを平気で言ってくる。


でも、よく見ていると、僕だけにそうしているわけではなかった。


他のやつにも声をかける。


誰かが黙っていると、適当に話を振る。


給食を食べるのが遅いやつに、「それ食わないの?」と聞く。


うるさい。


正直、かなりうるさい。


でも、もしかしたら面倒見はいいのかもしれない。


そう思った。


でも、ただ思っただけだ。


だからといって、小林が得意になるわけではない。


僕は、今日も給食を全部は食べられなかった。


肉は出ていなかった。


それだけで、少し助かったと思った。


豚肉が出ていたら、たぶん無理だった。


昨日の夢が、まだ体の中に残っている。


白い部屋。


濡れた床。


電気の痛み。


首元の感触。


血が抜けていく感覚。


思い出さないようにしても、ふとした瞬間に戻ってくる。


僕は箸を置いて、水を飲んだ。


昼休みになった。


教室に残る気にはなれなかった。


小林たちはまだ騒いでいる。


誰かが机を寄せている。


誰かが外へ行こうと言っている。


僕は席を立った。


最初に向かったのは、図書室だった。


特に本を読みたかったわけではない。


ただ、少し気になっていた。


豚。


昨日の夜、僕がなっていたもの。


今朝、皿の上にあったもの。


それが頭から離れなかった。


図書室の端に、動物の本が並んでいる棚がある。


僕はそこで、家畜について書かれた本を一冊取った。


豚のページを開く。


写真が載っていた。


丸い鼻。


小さな目。


太い体。


昨日見たものと同じはずなのに、本の中の豚はずいぶん静かに見えた。


ページには、いくつかのことが書いてあった。


豚は頭がいい。


においをかぐ力が強い。


暑さに弱い。


汗をあまりかけないから、泥の中に体を転がして体温を下げる。


寝る場所と、排泄する場所を分けることもある。


汚い動物だと思われがちだけど、もともとはそこまで汚いわけではないらしい。


へえ、と思った。


昨日の夢の中では、そんなことを考える余裕はなかった。


狭い。


臭い。


腹が減った。


出たい。


何か食べたい。


苦しい。


それだけだった。


でも、本の中には違うことが書いてある。


賢い。


好奇心がある。


仲間を覚える。


遊ぶこともある。


そういう生き物が、昨日の夢の最後には、ただ食べ物になる順番を待っていた。


僕は本を閉じた。


これ以上読むと、余計に気分が悪くなりそうだった。


でも、少しだけ頭に残った。


豚は、思っていたより豚だった。


変な言い方だけど、そう思った。


ただの肉ではなくて。


ただの食べ物ではなくて。


ちゃんと生き物だった。


そんなことは、最初から分かっていたはずなのに。


僕は本を棚に戻して、図書室を出た。


廊下に出ても、教室に戻る気にはなれなかった。


そのまま階段を下りる。


外へ出ると、昼の光が少し眩しかった。


校庭の方から、何人かの声が聞こえる。


僕はそのまま、校舎の脇にある花壇の方へ歩いた。


そこには、季節の花が植えられている。


名前はよく知らない。


赤い花。


黄色い花。


背の低い花。


細い葉が伸びている草。


土の匂いがした。


食べ物の匂いよりはましだった。


花壇の前で、誰かがしゃがんでいた。


佐倉だった。


佐倉和枝さくらかずえ


同じクラスの女子。


この前も、今日の朝も、僕に声をかけてきた人。


佐倉は小さなスコップを持って、花壇の土をならしていた。


近くに、じょうろと、軍手と、ビニール袋が置いてある。


「佐倉」


声をかけると、佐倉は少し驚いたように顔を上げた。


「あ、宍戸くん」


佐倉は眼鏡をかけている。


髪は短めで、少しおかっぱに近い。


細いカチューシャで前髪を押さえていた。


いつも、どこか自信がなさそうな顔をしている。


声も小さい。


教室では目立たない。


でも、誰かに話しかけるときは、ちゃんと相手を見る。


それが少し不思議だった。


「何してるの?」


僕が聞くと、佐倉は手元を見た。


「花壇の手入れ」


「佐倉が?」


「うん。私、園芸部だから」


「そうなんだ」


知らなかった。


園芸部。


花や植物を育てる部活。


水をやったり、土をならしたり、枯れた葉を取ったりするのだろう。


佐倉は、保健委員でもあったはずだ。


いろいろやっているんだな、と思った。


佐倉が立ち上がろうとしたとき、袖が少しずれた。


手首のあたりに、青っぽい跡が見えた。


僕はそこを見てしまった。


あざ。


たぶん、そうだ。


それから、佐倉の足元にも目がいった。


膝の少し下。


靴下とスカートの間に、薄く変色した跡がある。


転んだだけ、にしては少し変だった。


「それ」


僕は言った。


佐倉が手を止める。


「何?」


「手」


佐倉は一瞬、自分の手首を見た。


それから、すぐに袖を引っ張った。


「ああ、これ」


「どうしたの」


「何でもないよ」


何でもなくはないと思った。


でも、佐倉はそう言った。


何でもない。


その言い方は、僕がよく使う「大丈夫」に似ていた。


大丈夫じゃないときほど、大丈夫と言う。


何でもなくないときほど、何でもないと言う。


僕はそれを知っている。


でも、それ以上は聞かなかった。


聞いたところで、佐倉が答えるとは思えなかった。


僕だって、聞かれても答えないことばかりだ。


昨日の夜、豚として死んだ。


今朝、ベーコンを食べられなかった。


そんなことを聞かれても、答えない。


答えられない。


だから、佐倉にも聞けなかった。


「宍戸くんは、どうしてここに来たの?」


佐倉が聞いた。


僕は少し考えた。


特に用事はなかった。


教室にいたくなかっただけだ。


でも、それを言うのも少し変だった。


「図書室」


「図書室?」


「さっきまでいた」


「本、読んでたの?」


「少し」


「何の本?」


僕は少し黙った。


言うほどのことではない気がした。


でも、隠すようなことでもない。


「豚」


「豚?」


佐倉は目を丸くした。


「うん」


「豚の本?」


「家畜の本。豚のページだけ読んだ」


「どうして?」


答えに困った。


昨日、豚として死んだから。


そうは言えない。


「昨日、豚の夢を見たから」


少しだけ、本当のことを言った。


佐倉はきょとんとした。


「豚の夢?」


「うん」


「どんな夢?」


「それは言いたくない」


「あ、そうなんだ」


佐倉はそれ以上聞かなかった。


普通なら、変な顔をするところかもしれない。


でも佐倉は、困ったように少し笑っただけだった。


「それで調べたの?」


「うん」


「宍戸くんって、変わってるね」


「よく言われる」


「悪い意味じゃないよ」


「分かってる」


分かっている。


たぶん、佐倉の言い方は、他の人とは少し違う。


気持ち悪いものを見る感じではない。


ただ、不思議なものを見る感じだった。


それが、少しだけましだった。


佐倉はスコップを置いて、軍手についた土を払った。


「豚って、どんなこと書いてあったの?」


「頭がいいらしい」


「そうなの?」


「うん。犬くらい頭がいいって書いてあった」


「へえ」


佐倉は少し驚いたように言った。


「豚って、もっと何も考えてなさそうな感じかと思ってた」


「僕もそう思ってた」


「他には?」


「においをかぐ力が強い」


「鼻、大きいもんね」


「土の中の食べ物を探したりするらしい」


「へえ。すごいね」


佐倉は本当に興味がありそうだった。


それが少し意外だった。


僕が話すことなんて、たいてい面白くない。


人が聞いても、気味悪がるか、よく分からない顔をするかのどちらかだ。


でも佐倉は、ちゃんと聞いていた。


「あと、汗をあまりかけないらしい」


「汗?」


「うん。だから暑さに弱い。泥の中に体を転がして、体を冷やす」


「泥浴び?」


「そう」


「じゃあ、汚いから泥に入るわけじゃないんだ」


「体温を下げるためらしい」


「知らなかった」


佐倉は少し笑った。


「豚って、面白いんだね」


「そうかな」


「うん。面白いよ」


そう言われると、少し変な感じがした。


僕はただ、昨日の夢が気持ち悪くて調べただけだ。


面白いと思って調べたわけではない。


でも、佐倉がそう言うと、少しだけ違って見えた。


豚。


食べ物になるもの。


昨日の夜、僕が最後まで一緒にいたもの。


それが、ただ怖いものでも、気持ち悪いものでもなくなるような気がした。


ほんの少しだけ。


「あと、豚って本当はわりときれい好きらしい」


「え、そうなの?」


「寝る場所と、トイレにする場所を分けたりするって」


「意外」


「うん」


「物知りなんだね、宍戸くん」


「調べただけ」


「調べたことを覚えてるのがすごいんだよ」


「そうかな?」


「そうだよ」


佐倉はそう言って笑った。


珍しく、少し明るい笑い方だった。


さっきまで、どこか落ち込んでいるように見えた。


手首を隠したあと、少しだけ顔が固くなっていた。


でも今は、ほんの少しだけ柔らかくなっている。


それを見て、少し安心した。


なぜ僕が安心するのかは分からない。


でも、佐倉が笑っている方が、さっきよりはましだった。


佐倉は花壇の土に目を戻した。


「花も、調べると面白いよ」


「そうなの」


「うん。水をあげすぎてもだめだし、足りなくてもだめだし。日が当たりすぎても弱る花もあるし」


「面倒だね」


「面倒だけど、ちゃんと咲くと嬉しいよ」


佐倉はそう言って、じょうろを持ち上げた。


水が花壇に落ちる。


土の色が濃くなる。


植物の根元へ、水がしみ込んでいく。


僕はそれを見ていた。


生きているものに水をやる。


当たり前のことなのに、少し変な感じがした。


僕の夢の中では、生き物はだいたい死ぬ。


でも、佐倉は今、生き物を育てている。


花。


草。


小さな命。


僕が見ている死とは、逆のことをしているように見えた。


「宍戸くんは、百人一首クラブだよね」


佐倉が言った。


「うん」


「楽しい?」


「別に」


「別にばっかり」


「そう」


佐倉はまた小さく笑った。


笑うと、少しだけ顔が柔らかくなる。


教室にいるときより、ここにいる方が自然に見えた。


もしかしたら佐倉も、教室があまり得意ではないのかもしれない。


友達がいないわけではない。


嫌われているようにも見えない。


でも、中心にはいない。


教室の端にいる。


僕と同じ、とは言わない。


たぶん違う。


でも、少しだけ近い場所にいる気がした。


「また何か調べたら教えて」


佐倉が言った。


「面白くないと思う」


「今のは面白かったよ」


「豚の話なのに?」


「豚の話だから面白かったのかも」


佐倉はそう言って、時計を見た。


「あ、もう戻らないと」


昼休みは、もうほとんど終わりかけていた。


佐倉はじょうろを片づけて、軍手についた土を軽く払った。


「私、これ片づけてから戻るね」


「うん」


「宍戸くんも遅れないようにね」


「分かってる」


「じゃあ、またね」


佐倉はそう言って、花壇の道具を持って歩いていった。


僕は少しだけ、その場に残った。


佐倉と、こんなに話したのは初めてかもしれない。


保健室に行くかと聞かれた。


鳥が好きなのかと聞かれた。


それくらいなら、今までもあった。


でも、今日は少し長かった。


豚のこと。


園芸部のこと。


花のこと。


どうでもいい話。


でも、僕にとっては、あまりない種類の会話だった。


僕は校舎の時計を見た。


午後の授業まで、あと五分くらいしかなかった。


急いで教室に戻る。


階段を上りながら、少しだけ憂鬱になった。


学校にいられる時間は、そんなに長くない。


一日の半分は、もう過ぎた。


午後の授業が終われば、放課後になる。


部活へ行っても、いずれ終わる。


家に帰る。


夕飯を食べる。


風呂に入る。


布団に入る。


そして、また夜が来る。


昼休みの花壇には、まだ日の光があった。


でも僕の中では、もう少しずつ夜が近づいていた。

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