おかしい距離感
いつも読みに来ていただいて ありがとうございます。
翌朝、お母様の様子を伺うと、なかなかにつらそうだった。
調子の良い日はお母様の部屋で2人で朝食を取るのだが、
今朝はやめた方が良さそうだ。
窓辺に置いてある白バラの入った花瓶をベットからよく見える位置に移動させる。
その白バラはお父様とお母様が出会うきっかけになった、思い出のバラだという。
子爵領に自生するバラでモーントローザという名前を持つのだそうだ。
モーントローザを気に入っていたお父様が王都でも楽しみたいと
タウンハウスの猫の額の庭で試行錯誤して栽培したものだ。
思い出のバラだからと、今でも大切に育てているのを
お母様へのせめてものなぐさめになればと花瓶に生けている。
「お母様、朝食を食べたら私は街へ行きますね。
モーントローザをよく見える所に移動させたので、少しは気が紛れるといいのですが…
あまりつらいようでしたら、すぐアンナに知らせを出させて下さい。すぐ帰って来ますから。」
「ありがとうロリー。でも、今日はそんなの気にせず楽しんでいらっしゃいな。」
お母様は苦しいのを耐えながら、ニコリとほほえむ。
朝食を終え、身支度を整えてしばらくしたら侯爵家の馬車が到着し、レインハルト様が約束通り迎えに来て下さった。私は唯一の使用人のアンナにお母様の事をお願いしてから馬車に向かう。
レインハルト様は今日もキラキライケメン王子様だった。
今日は街へゆくので、2人共簡素な服装だが、簡素な服がかえってレインハルト様のキラキラぶりを倍増させている。
そしていつもの標準装備“しかめっ面”で迎えてくれ、手を差し出してくれた。
「ローレライ様、今日はまずどちらに行こうか?」
「では、仕事斡旋所からでいいですか。」
「わかった。ではまずそちらにゆこう。」
優しく私の手を取り、そのままエスコートしてくれて2人で侯爵家の豪華な馬車に乗り込んだ。
しかめっ面でも、こういうところは本当に礼儀正しいし、優しい。
馬車の中で2人きりで、だまりこくっているのもなんなので疑問に思った事を聞いてみる。
「あの、昨日は助けてくださってありがたかったのですが、どうしてレインハルト様が斡旋所にいらっしゃったのですか?」
「私は侯爵家でやっている商会の一部を任されている。任されている仕事場に向かう途中で、あなたが斡旋所に入ってゆくのを見かけた。子爵令嬢のあなたが何故かと思い見過ごせずに、斡旋所に様子を見に行ったんだ。見に行って良かった。あんな男にからまれているなんて、さぞ怖かったろう。それにしても斡旋所で本当に内職を探していたんだな。」
ええ、本当に怖かったです。私の貞操の危機で。
「ええと、はい。ちょっと期間限定なのですが、必要に迫られて内職をしています。」
「そうか。だが、斡旋所は基本的には平民相手の仕事の斡旋だ。あなたが通うのはあまり感心しないな。」
「そうですね。ただ、本当に期間限定なので、あまりしっかりした仕事には就けないのです。学業に支障が出るのも避けたいですし、そうなると、斡旋所を利用するのが手軽で、つい。」
先の長くないお母様のお薬代が必要なだけだから。
お母様が生きている間だけの事だから。
領地経営は貧乏なりに回せるようになってきている。本当にお薬代の為だけなのだ。
それにいいお仕事のコネもないしね。
うつ向きがちになってしまった私の膝の上の手にそっとレインハルト様の手が重なる。
「私でよければ、何故期間限定なのか、事情をきかせてはくれないか。」
うわ、手を、手が、手を! 麗しいご尊顔に似合わず、大きくてゴツゴツした手。
そして伝わる温かい感触に顔がボッと赤くなり、心臓もドクドクいい出した。
ちょうどそこで馬車が斡旋所に着き、止まった。
がばりとまだ赤みが引かない顔を上げ、
「と、とりあず、内職をもらってきますね。話しはその後でよろしいですか?」
「ああ。では一緒に行こう。」
と言って、握られた手をそのままにエスコートされ、馬車から降りる。
斡旋所に入るまでも、入ってからも手はつながれたままだ。
『どうなってるの、これ!今日のレインハルト様は一体どうしちゃったの!
心臓のドクドクが止まらない!距離感、距離感がおかしい。』
アラフォー、恋愛経験アリだが、こんなイケメンに優しく手をつながれた事なんてない。
心臓がっ、顔の赤面が止まらない。おおいに焦りながら
受け付けのロミーさんの所まできてやっと手を離してもらえた。ちょっとホッとする。
仕事募集の張り紙を3枚取って、ロミーさんにお願いする。
今週は繕い物2点と刺しゅうが1点にしておく。
ロミーさんは受け付けた物を用意しながら
「あら、ロリーちゃん、昨日も今日も彼氏と一緒なのね♡」とウインクをする。
「かっ、かっ、かっ、彼氏じゃなくて、お、おと、おと、お友だちです。」焦りでどもってしまう。
「やだあー、照れなくていいのよう。」
なとどロミーさんとやりあっていたら、レインハルト様がすっと移動し、
何かから私を隠すような体勢になった。金色の目を細め、そして小声で
「昨日のあの男が部屋の隅からあなたを見ている。気をつけろ。」
ひえっ?一気に青ざめる。
どこ?どこにいるの?
ミュラーを目で探そうとしたら、レインハルト様が
「見なくていい。内職の物を受け取ったら、すぐ出よう。」
そして、内職の品物を受け取ったら、レインハルト様は品物をひょいっと手に取り、反対の空いた手で再び私の手をつなぎ、すぐに斡旋所を出た。
内職の品物を従者に預けて
「やはり今日はついてきて良かった。次はどこへ行きたい?
でもその前にさっきの続きの話しをしたい。もしよければおいしいアップルパイで有名なお店を知っている。そこへゆくのはどうだろう。」と問いかけてきてくれた。
アップルパイ!
大好き!
どこまで話すべきなのかは悩むところだが、アップルパイの誘惑に負けた。だって、ド貧乏生活だったからしばらく甘い物はご無沙汰だったのだ。これは仕方ないだろう。
「はい、ではそこでお願いします。」即答だった。やはり私は図太いわ。




