おまけ:絶望の味
この森には大勢の人がいるのね。みんな個別に狩りをしているみたいよ。
おっと、またこっちに気づかれたわ。どうもご丁寧に。
「精霊に挨拶をしているのか? 人の会釈なんて意味があるのか」
「人がいるのよ。いやエルフかしら」
アルフには知覚できないような動きだったわね。ふつうの人たちではなかったわ。
「へ。ここはエルフの国なのか」
「そうみたい。魔法で大陸を浮かせているって話だから、納得はいくかも」
ここがどこの国かは不明なままなのよね。エルフにも遭遇した覚えはないから、彼らがエルフだとは断定できないわ。
でも学んだ知識と、ガーゴ様から授かった知覚で感じとった特徴から考えると、エルフが該当するのよね。
「エルフが挨拶をしてくるのか」
「とっても礼儀正しいのよ。こっちに気づいた方は、必ず止まって会釈をしてくれているわ」
あちらも視覚で知覚しているわけではなさそうよ。森の中なのに、かなりの距離から気づかれているものね。
「ということは、ティアラを見ても畏怖しないのか」
「そうなのよ。挨拶をすませたら、そのまま平気で狩りに行っちゃうわ」
最初は距離があるからだと思っていたのよ。でも近くをすれ違ったときにも、まったく気にしていない感じなのよね。
「へぇ~。魔法に強いってことは、物理よりも精神面で強いってことなのかね」
「そうそう。精神面といえばすっごいのよ。みんなきれいなの。邪をまったく感じないの」
ティアラが気にならない、もしくは気になっても抑えられるだけの精神力があるということなのかもしれないわね。
「おぉ。人とは逆だな。みんなが邪を祓えているのか」
「種の特性なのか、祓う術が広まっているのはわからないわね。うらやましいわ」
邪を祓えているから、ティアラを手に入れたいとすら思わないのかもしれないわね。
「でも俺には、エルフなんて全然見えないぞ」
「それがね…… 動きのほうもとんでもないのよ」
「へ」
どう説明すればいいのかしら。アルフには知覚しがたい要素を整理してみるわ。
「ひとつには、まるで羽根が生えているかのように身が軽いの。枝の上をかろやかに渡り歩いているわ」
「そりゃ見えねぇわけだ。木の上は気にもしていなかったぜ」
木の上を見回しているわ。でも、気にしても見えないと思うわよ。
そういえば、アルフは弓に憧れていたわね。これも説明しておこうかしら。
「弓もすっごいのよ。矢が木を避けて飛んだり、すり抜けたり、1発で複数の獲物を射止めたり」
「なんだそりゃ。魔法の弓矢かよ」
エルフの姿を懸命に探し始めた感じだわ。やっぱり先に、見えないことを説明するべきだったかしら。
「もうひとつには、転移魔法を混ぜながら移動しているのよ。視覚だけじゃ追いようがないわ」
「ゴリラの獣人のときにも思ったけれども、亜人というのは半端ねぇな」
探すのは諦めたみたいね。ふてくされちゃったわ。
「……ということはだ。ここでは魔法が禁忌じゃないってことか」
「そういうことになるわね」
あまりにも自然に使いこなしているから、意識していなかったわ。みんなが、魔法を使い放題という感じよ。
「エルフの国では、魔法を禁忌としてはおらぬ」
「それは、とても危険なことなのでは」
大した魔法を扱えないような、人の国ですらも魔法を禁忌にしなければ危険なのよ。
大陸を浮かせるほどの魔法を操るエルフに枷がないとすれば、危険極まりないというほかないわ。
「エルフは国をふたつに分けておるのだ。それぞれを内界と外界と呼んでおり、ここは外界だ」
「町の中と外みたいなもんか」
界って、世界の界よね。大げさな区切りに聞こえるわ。地上のことは下界とでも呼んでいるのかしら。
「いや。教育中の者の世界と、教育を受けおえた者の世界だ」
「なるほど。ここで見かける方々は、既に教育を受けおえているということですか」
つまりは魔法の危険性を理解しているということなのね。なら大丈夫なのかしら。
「うむ。1000年ほど、正邪や魔法の危険性について、内界で学ぶ。完全に身につけるまでは、内界から出られぬ」
「1000…… 年ですか。寿命が長いからこそ可能な方針ですね」
魔法を禁忌にする代わりに、危険な行為に及ぶ者が外へ出られないようにしているということなのよ。
考え方としては理解できるわ。とはいえ、時間の感覚が違い過ぎるわね。
「1000年も勉強し続けるとか、俺には無理。いや100年くらいで死ぬだろうけれども、100年も無理」
「そんな堅苦しいものではない。人の国のような生活の中で自然に学び、日常の言動から審査されるのだ」
内界と外界ということは、内界だけで、大陸の半分の広さがあるのかもしれないわね。
だとすれば、ふつうの国くらいの広さがあってもおかしくはないわ。
出られなくても問題にはならないのかもしれないわね。
「日常の言動で審査ですか。悪知恵の働く方は、審査をすり抜けて外界に出てきそうな気がしますね」
「内界は結界で護られておる。転移魔法では往来できぬのだ。出入りするには転移紋を使うしかない」
初耳の言葉が次々と出てくるわ。転移紋というのは、名前からして転移用の紋よね。
「紋…… もしかして、塔からここへ飛ばされたときの模様のことですか」
「うむ。邪を祓えておらぬ者は飛べぬ。ゆえに出入りはできぬ」
ふむ。
外界であるここへは、塔からも内界からも、転移紋を使わねば入れないということなのね。
「そういう仕組みだったのですか。それで化け物は、ここに飛べなかったのですね」
ようやく納得がいったわよ。
転移紋がエルフの国への入り口であることを、化け物は察していたのだわ。塔の守護精霊様を従えていたものね。ある程度の情報は聞き出せていたはずよ。それでどうにか作動させようと居座っていたのね。
「つまりは冒険者も来れないと。我欲にまみれて攻略するんだろうし」
「それで、ここで見かける方々は邪を感じさせないのか。入国審査も不要って考えなのね」
すごいわ。この外界には、邪な気持ちを抱いた者がいないということなのよ。
とはいえ、実現した方法が残念ね。邪を祓う術とは、長い寿命にものをいわせた力技だったのよ。
寿命の短い人が参考にできるものではないわ。
「でもそうなると…… 外界に子どもはいないのですか」
「おらぬな」
ここにいる子どもは、アルフとあたしだけということだわ。
「それは、なにか寂しいですね」
仕組みから考えれば、外界では子どもをつくることも許されないはずよ。
不老とまでに言われるエルフの寿命のほとんどを、無邪気に遊ぶ子どもを見ることもなく過ごすのかしら。
「無論、内界へ戻る転移紋もある。内界に居を構えながら、外界で活動する者もおる」
「なるほど。邪を祓えていることが前提だから、往来で悪用されることもないと」
外界に入れた者であれば、いつでも子どもへ会いに行くことはできるのね。
あたしたちでも内界へ入っていいのかしら。いや、この外界への入国許可すらも得ていなかったわ。
外界の仕組みから考えれば、転移紋で入れたならば、許可されていると思ってもいいのかしら。
「理にかなっているな。人がまねしたら、ほぼ全員が飛べないけれども」
「そうなのよね…… やっぱり、魔法や技術がどうのというよりも、先に人が変わらないとダメなのよね」
エルフでも、内界から出られるまでには1000年程度かかるというのよ。今の人ではどうしようもないわね。
「それにしてもエルフのみなさんは、魅入っちゃうような動きだわ。まるで風そのものよ」
「エルフはシルフの眷属にあたるからな」
ちょ! 今、さらっと、とんでもないことをおっしゃったわよ。
「シ、シルフ様の! なんてうらやましい。どうやって眷属になったのですか」
「エルフは、風の妖精の能力を得た人だ。ゆえに生まれつきシルフの眷属だ」
うぅ。やっぱり他の種の場合は、シルフ様から個別に対応していただくしかないのね。
「いいなぁ。人はどなたの眷属にあたるのでしょうか」
「人は誰の眷属でもない」
虚無を感じるわ。人は孤独な種なのね。
「えー。人はどなたの恩恵も受けられないということですか……」
考えてみれば当然なのかしら。だって人は無からつくられたのよね。哀しい存在なのだわ。
……ガルマさん? あたしの頭を優しく撫でてくださっているわよ。
「お主らしいな。眷属を制約される身ととらえず、恩恵を受ける身と解釈するか」
「違うのですか」
眷属はあらゆる面において、主となった者の特性から大きく影響を受けると学んだわ。
そういえば、主の長所だけではなく、短所の影響も受けるのよね。それを制約だとおっしゃるのかしら。
とんでもないわ。シルフ様と同じ苦しみを分かち合えるだなんて、そんなの御褒美でしかないわよ。
「どちらも間違ってはおらぬ。そうだな。すべての生物は竜の眷属といえる。そこには人も含まれる」
「竜直属の眷属ってことですか。そういうことなら嬉しいかも」
あたしは、ガルマさんから加護までもいただいているのよね。今のあたしには、より明確に加護を感じ取れるわ。とっても幸せな気分よ。
今の音は……
アルフのお腹の虫が鳴いたのね。
虫除けの魔アイテムでも、お腹の虫には対処できないのだわ。せっかくの気分が台なしよ。
「ここだったら精霊も多いんだろ。飯によさそうなところも教えてもらえるんじゃねぇの」
「うん…… そうね。もうお昼か」
悩ましいわ。応じるべきなのかしら。
「どうかしたか」
「誘ってくれてはいるわ。食事目的であることも伝わってはいると思うわ。でも、なにか違うのよね」
前回は、ここで食べろという感じだったのよ。今回は、食べるならそこへ行けという感じかしら。
「なにが」
「そこなのに、そこではない、みたいな妙なニュアンスなのよ」
言葉によらぬ意思疎通には慣れていないのよね。なんとなくでしか、わからないのよ。難解な状況だわ。
「わけがわからねぇな。行ってみるのが早いだろ」
「そうね。そこの明るいところよ」
わからいづらいだけで、邪な感じはないわ。危険はないはずなのよ。行ってみるのが正解だと思うわ。
「明かり? 食事の施設? 森の中で施設を使うのもどうかとは思うが。郷に入れば郷に従えだっけか」
……誘われたところに入ったアルフが消えたわ。
やっぱり。転移紋が描かれているわね。
「……またですか」
精霊様の様子は…… 飛ぶことが精霊様の意図に沿うみたいだわ。
「どこが食事によさそうなところなのよ」
あたしの意図は伝わっていなかったのかしら。
とりあえずはアルフを追って飛ぶわよ。
ここは町中ね。
アルフもいた…… わ?
なにをしているのよ。モストマスキュラーのポーズで、なにかを懸命に耐えているみたいね。鍛える気になったのかしら。
「どうしたのよアルフ。顔を真っ赤にして」
「ブハァー! ……お? おぉぉ!」
息を止めていたみたいね。
周囲を見回して驚いているわ。
「なんなのよ。ひとりで遊んでいないでよ」
「いや。周囲を見てみろよ。すんげぇ美形しかいねぇだろ」
町でくつろぐ方たちは、すべて若く美しく見えるわね。
でも気取った雰囲気は、まるでないわ。自然と優雅に、明るく振るまっているみたいよ。それがまた美しさを際立たせているわね。
「また香料のにおいが酷いのかと思って、息を止めていたんだけれども。全然におわないな」
あぁ。美しさを競う町でのトラウマが残っていたのね。
あのときは強烈な香料に当てられて気絶していたのだったわ。
「素できれいな方たちなのね。これで、1000年くらいは生きている方々というから、信じがたいわよね」
うーん。近くで見ると、信じられないほどの美しさよ。それにしてもこの美しさ、前にも見たことがあるような……
「そういえばそうだったな。100歳のじいさんの、10倍以上の年でもこの外観か。実感が湧かねぇわ」
わ。
忽然と目前に現れたエルフが会釈をしてきたわ。転移魔法よね? それらしい感覚がしなかったわよ。まるで、はじめからそこにいたかのようだわ。
「ようこそエルフの町へ。私はみなさまの案内役を仰せつかった者にございます」
「あ、その。ごめんなさい。勝手に入国しちゃって。意図して越境したわけじゃなくてですね――」
あたしのせいじゃないのよ。アルフが勝手に飛んじゃって、いや、アルフのせいというわけでもなくて、あ~、どう弁解すれば――
あら。笑顔で制されたわ。
「歓迎いたします。宴の用意をさせていただきました。こちらから御案内差しあげても宜しいでしょうか」
「おぉ。飯を食わせてくれるのか。行く行く」
「もうアルフったら。でも、とても嬉しいお誘いですね。ぜひよろしくお願いします」
精霊様が伝えたかったのは、この宴のことなのかしら。これじゃ食事をするところというよりも、食事をする機会よ。
見知らぬ方からの招待は不安だわ。とはいえ、無断で入国した身なのよね。断れる立場ではないわ。
それに、おそらくは先方のほうが不安を感じているはずなのよ。ガルマさんがいらっしゃるのだものね。きちんと説明をして、安心していただかねばならないわ。
「では」
へ。
……料理が配膳された円卓を囲んで立っているわ。腰を下ろすだけで椅子に座れるようになっているわね。
「あれ。突然飯が湧いてきたぞ」
「な、なに。町が突然、室内に変わっちゃったわよ」
案内役の方の声を聴いた瞬間に、周囲が変わっちゃったわ。
「転移しただけだ」
「へ。詠唱もなしに、あたしたち全員をですか」
今の感覚は、転移とは違うわ。
幾度も瞬間帰還器や転移紋を使ってきたのよ。転移することには慣れているわ。
でも今回は、転移したときに生じる移動感がまったくなかったのよ。
まったく動かずに、周囲のほうが変化したような感じを受けたわ。
「案内すると言っておったであろう。エルフが魔法に向いておるとも教えておる」
「はい…… 伺ってはおりましたが、すごく強力な破壊の魔法を使えるようなイメージでした」
破壊力ではなく、利便性や快適さや無詠唱化を追求しているということなのよね。すばらしいわ。
もはや芸術よね。感銘を受けるほどに見事な転移よ。
「無論それも可能だ。地上を消滅させるくらいはできよう」
今の感心が、カウンターとばかりに一蹴されたわ。
「ちょ。そんなとんでもない魔法を、一体なんのために。戦争、いや世界を支配するつもりなのですか」
争う気がなければ、そのような魔法を研究する必要はないはずよね。
「星が降ってきたときの対処手段として備えておる」
「……星って、降ってくるものなのですか……」
そのような魔法が必要になるということは、世界が滅びかねないほどの惨事なのかしら。
「長く生きておれば、遭遇する苦難も多い。精進した結果だ。魔法においては、あらゆる面で長けておる」
「ガルマ様に言われては、赤面してしまう程度の微力なものではありますがね」
今の声は誰よ。
いつの間にか円卓の一席に、苦笑したエルフが立っているわ。
「お久しぶりです。ベルタさん。自己紹介は初になりますね。この国の第1王子です。お見知りおきを」
「えぇ? エルフの王子様に謁見した覚えはないのですが」
見覚えのない容姿よ。でも聞き覚えはあるような声ね。
「旅の途中で鍋の実を分けて頂きました。まさに残りものに福。このようなご縁につながろうとは」
残りもの…… そうだわ、最後の一杯を配った人よ。超美形だったわね。フードをイメージすれば、顔にも見覚えがあるわ。
「……もしかしてフードを被っておられました?」
「はい。人の町では耳が目立ってしまうもので」
美形すぎたからじゃないのね。
あのあとはたしか、お礼の品が大量に置かれていて……
「……もしかして、封術紙をくださったのも?」
「もう少しマシなお返しをしたかったのですが。あの場では思いつきませんでした」
ずっとお礼を言いたかったのよ。突然目の前に現れるだなんて、なにから言えばいいのか整理できていないわ。と、とにかく思ったままを言葉にするわよ。
「とんでもない! ものすごく助かりました。本当にありがとうございます」
「お役に立てたようならよかった」
リュックで大切に保管していますよ。あったあった。取り出してっと。
「その、かなり使ってしまったのですが、あたしには過ぎたものですし、残りはお返しします」
あたしが使うべきだとは、わかってはいるわ。とはいえ、マアマさんがおられる以上は、ムダ遣いにしかならないのよ。ここは丁重にお返しすべきよね。だって、とんでもない価値がある品なのよ。有効に活用していただくべきだわ。
問題は、マアマさんのことをどう説明するかよね。
「マアマ様がおられるのなら、既に不要ですね。まだ持ち歩いてくださっていたとは嬉しいかぎりです」
「え。マアマさんがわかるのですか。精霊様や神獣様を除けば、気づかれた方は初めてかもしれません」
ガーゴ様の能力で知覚できるあたしにも、マアマさんの存在は知覚できないのよ。本当にすごいわ。
あら? 封術紙を落としてしまったのかしら。
いや、王子様の手に渡っているわ。手をかざされただけで、近づきもしていないのによ。
「寿命だけは長いので、多少の知識は持ち合わせております」
多少の知識でわかることとは思えないわ。長い寿命をムダにせず、精進しておられるはずよ。
アルフのほうを向かれたわ。アルフは食べるのに夢中…… じゃなかったわね。まだ食事を始めていないわよ。
アルフですらも呆気にとられていたのだわ。あまりの展開だったものね。
「ガルマさんが来たことを知っていても、エルフの王様はすっ飛んでこないんだな」
「竜神様に責められるようなことをした覚えはありませぬゆえ。ありのままを見ていただく所存です」
そういえば、ガルマさんのことをまったく気にかけておられないわ。うわべのもてなしが無意味だと理解されているのね。
「かっけー。そっか。人が幾度も滅ぼされてきた理由も、ちゃんと理解しているってことか」
「最も重要なことですので、肝に銘じております」
苦笑されてから着席されたわ。さすがにアルフの態度は無礼すぎると思われたのかしら。
「御挨拶が長引いて申しわけない。どうぞ、大したものではありませんがお召しあがりください」
「おぉ。いっただきまーす」
また肉にかぶりついてるわ。行儀もへったくれもないわね。
王子様は安堵なされたような顔で、アルフを見ておられるわ。無礼を気にされたのではなかったのかしら。よくわからないわね。
こっちを向かれたわ。
「まずは、つなぎの塔を解放してくださったことに感謝申しあげます」
「あの塔はエルフの所轄だったのですか」
察するに、地上の人と交流するための手段かしら。
あの塔から飛んでこれたのなら、邪を祓えた人だものね。
「はい。守護精霊をおいて護っていたのですが。奪われてしまうとは配慮がたりませんでした」
「でもエルフのみなさんなら、邪霊と化した守護精霊様でも対処はできそうですよね」
大陸を浮かせるほどの魔法を操れるのであれば、塔ごと破壊してしまうことも容易なはずよ。ガルマさんも、地上を消滅させられるとおっしゃっていたわ。
それなのに、邪霊が長い間放置されていたことは腑に落ちないのよ。
「魔法を使ってもよいのであれば。地上で派手な魔法を見せることはためらわれまして」
「あ。そっか。人には禁忌であることが厄介なのですね」
塔がエルフの所轄でも、塔が置かれている土地は、あたしたちの国の領土なのよ。勝手に他国の民を排除するわけにはいかないのだわ。
あたしたちの国で規制をかけてから、エルフの国へ要請すべきだったのかしら。
いや。守護精霊様を堕としたのは人なのよ。エルフに尻ぬぐいを要請するだなんて、恥ずかしい真似はできないわよね。
「おかげでこのたびは本当に助かりました。どうかお好きなだけ、この国で寛いでいただきたい」
「いえ、あたしたちも除霊はついでだったので、気にしないでください。お礼ならアルフに――」
もともとあたしは、驕りを恐れて除霊にはこないつもりだったのよ。
それを覆したのはアルフだわ。
「もが?」
ドングリを大量に頬張ったリスのような顔をしているわ。
「いえ。なんでもないです」
恥ずかしすぎて他者に見せられる姿ではないわ。お願い、アルフのほうは見ないでぇ~。
「恥ずかしながら、私も進化を目指しております。たりないものを求めて、地上を旅しておりました」
「見つかったのですか」
さすがはエルフの王子様ね。邪は祓えているし能力もすごいわ。あたしが進化を目指していることまでも察しておられるのよ。
この方であれば、進化されるのかもしれないわね。
「いくつかは。ですが、まだまったく、たりていないようです」
「そうですか。やはり厳しい道なのですね。あたしに選べるのかしら」
王子様ですらも、まったくたりていないとおっしゃるのね。
あたしの寿命は100年程度のはずよ。王子様の1000年以上の成長を、どうやってあたしが――
「あなたは既に、進化に至れる状態にあるように見えます」
「えぇ? ではどうして、いまだに進化できていないのでしょうか」
進化に至れる状態なら、進化してしかるべきよね。
ていうか、こんなにすごい王子様を差し置いて、あたしが進化できる状態だとおっしゃられても信憑性に欠けるわ。
「それは――」
発言を止められたわ。
ガルマさんのほうに視線を移されてから、なにやら頷かれているわね。意思疎通までも可能なのかしら。
「あなたは既に御承知のようです。ただ信じておられないだけかと」
「あたしが知っているのに、信じていないことですか。でもガルマさんの言葉を疑ったことなんて……」
進化に関わる要素であれば、ガルマさんの助言である可能性が高いわ。
とはいえ、ガルマさんのお言葉を疑う要素なんてないのよね。あたしが信じていないだなんて、考えがたいお話だわ。
「申しわけありませんが、これ以上はご自身で気づかれる必要があるようです」
「ありがとうございます。とても助かります」
似たような言葉を以前にも、ガルマさんがおっしゃっていたわね。聖獣の進化について話されたときよ。
「至極当然の簡単なことって、前に聞かされたわよね。しかもそれは、既にあたしが知っていることなのか」
ガルマさんとの出会いのころからの、記憶を手繰ってみるわ。
……ダメね。ガルマさんのお言葉を信じられなかったことなんて、思い当たらないわ。
「あなたから見た、私はどうでしょうか。たりない部分に気づかれたなら、教えていただけると助かります」
「えぇ? 非の打ちどころが見えないんですが……」
外見も能力も性格も知識も礼儀も、見れば見るほどお手本のような存在よ。
まさにおとぎ話に出てくる、理想の王子様だわ。
「己が学んできたことと、照らし合わせてやるがよい」
むぅ。ガルマさんまでもが、そうおっしゃるのであれば、どうにか考えてみるしかないわね。
王子様との接点は料理配布のときのみよ。
そのときに、進化を目指す者として、問題になる行動があったとすれば……
「そのぉ。あたしは本当にとても助かりましたが、封術紙をくれたのは安易だったかしらと」
あたしは封術紙の存在すら知らないほどに無知だったのよね。そのあたしに、なんの説明もなしに置いていかれたのは…… 具体的に言うのはおそれ多いわ。
「なるほど。魔法は禁忌。当時のあなたに渡すべきではなかったのかもしれません。そうか驕りでしたね」
「え、いえ。本当に助かったんですよ。マアマさんと一緒になれたのも、封術紙のおかげのようなもので――」
マアマさんが宿るモーニングスターは、封術紙による救助活動のお礼でもらったものなのよ。
封術紙をもらっていなければ、マアマさんが同行されることも、なかったのかもしれないわ。
「お気遣いに感謝します。ですが結果には、運の力が大きく作用します。ゆえにあまり意味はないのです」
行動の良し悪しを、結果論で評価することはできないとおっしゃるのね。
少なくとも、進化を目指して成長しようとする者にとっては、そうなのよ。御自身にお厳しいわ。
「運ですか。そうですね、思い返してみると、今ここにいることも含めて、すごい力ですよね」
いまさらながら、村娘がエルフの王子様と、天空で会食をしているだなんて、呆れるほかないわ。
旅のすべてが夢だったと言われたほうが納得できるわよ。
ありえないほどの強運の積み重ねで、ここまでこれたことを実感せざるをえないわ。
「話しこむのもいいけれども、食わないと、もったいないぞこれ。なかなかにうまい」
「なかなか? ……この料理に匹敵する味が、地上にもあるとおっしゃるのですか」
近くで控えていた方が、ふてくされているわよ。
アルフは料理をほめていたわ。でも、心外な低評価だったという感じの面持ちね。
「料理長」
「あ。失礼しました」
王子様に呼ばれて下がったわ。料理長、ね。そっか、自信作の料理だったのだわ。
「いや気にすんな。たしかに自信を持てるであろう、すっげぇ腕だぞ。でも大事なことを忘れているぜ」
あら。アルフにしては珍しく、食事を中断して話しかけているわ。なにやら嬉しそうね。
「む。私が忘れていることですと」
「おぉ。素材だ。地上にはノーム様がいる。王都周辺はノーム様が直接肥やしている。どうなると思う」
あらら。オーバーアクションね。アルフの言葉に驚愕を隠せない感じだわ。
「おおおおお。そ、そうか。ノーム様ならば、われらの魔法を越える素材も容易につくりだせよう」
「それだけじゃねぇぞ。巨人の体の上の森も同じ感じだったし、妖精や精霊の珍味も捨てがたかったな」
思っちゃ悪いとはいえ、おもしろいわ。
アルフのひと言ひと言に対して、まるで痙攣するかのように身体が反応しているわよ。
「た、たしかに。地上には、われらの魔法と互角以上の力があふれている。それを料理に活かしておられるとは」
誤解で落ち込んでいるみたいよ。
地上といっても、王都の食材以外は、あたしたちくらいしか食べていないはずなのよね。地上で料理に活かす、といえるほどまでに流通しているわけではないわ。
「ふっふっふ。修行がたりないぜ、おっちゃん」
「感服つかまつった。ありがたき助言、必ずや活かしてみせましょう」
わずかな会話の間に憔悴しきったかの様相よ。大丈夫なのかしら。
「すまぬな料理長。私が王都にも寄っていれば、気づいて教えてやれていたかも知れぬのに」
王子様は複雑そうね。嬉しそうでもあり、哀しそうでもあり、申しわけなさそうでもある雰囲気だわ。
それはさておき、王都へ寄っていないだなんて――
「せっかくだし、この料理のお礼に、理想の料理のお手本を出してやったらどうだ? ベルタ」
む。あたしが王子様へ話しかけようとしていたのに、仕方がないわね。
まぁ、アルフの気持ちはわかるわ。きっとアルフは、料理をしてくれる方が大好きなのよね。まして向上心を見せる方には協力したいと思うのだわ。
とはいえ、お手本は逆効果になりかねないと思うのよね。
「り、理想ですと? そのようなものが存在すると?」
「あ~。いいのかしら。すごい方ほど違いがわかるだろうから、ショックが大きいと思うのよね」
お手本を参考にすれば上達しやすいのは常識よ。でも、マアマさんの料理が参考になるとは思えないのよね。
「そうなのか? うまくするヒントとか、つかめるんじゃねぇの」
「罠アイテムのおじいさんも、ウンディーネ様のティアラは参考にできなかったわよね」
四大元素精霊様がつくりだすもののすごさを理解できても、仕組みはまったく理解できないはずなのよ。
ましてやマアマさんの作となれば、論外だと思うわ。
「あぁ。そういうことか。どうするおっちゃん。参考にできないかもしれない究極の味。食ってみるか?」
神妙に考えているわね。
「ぜひともお願いします」
「希望されるのでしたら。じゃぁマアマさん、王都付近の鳥の、焼き鳥でお願いしましょうか」
「どかーん」
では、料理長さんの前にお願いしますね。ほいっと。
「こ、これがマアマ様のお力。ありがたく頂戴いたします」
焼き加減を見ているのかしら。香りを嗅いでいるわね。ひと口かじったわ。噛みしめてから飲みこんだわよ。ずっと無言のままね。
目を閉じて、なにかを堪えるような、険しい顔つきをしているわ。
「どうだ。活かせそうか」
「……絶望…… しました」
目を閉じた険しい顔つきのまま、涙を流しているわよ。
「え? まずかったのか」
まずいものを我慢して、無理に食べたような顔かしら。
味覚は人それぞれよ。とはいえ、マアマさんの焼き鳥を、まずいと感じる方がいるとは思えないわ。
「……頂がこれほどまでに、果てしなく遠いものだったとは。この味に至る道筋が、まったく見えません」
悔しさから生じた、苦渋の表情だったのね。
やっぱりお手本にはならなかったのだわ。
「進化を目指すみたいな感想だな」
「進化。そうですね。まさにこれは進化を果たした料理なのでしょう」
あたしには、そこまでの差はわからないわ。さすがはマアマさんというほかないわね。
「だったら。料理長だったら目指すべき味じゃねぇのか。絶望している場合じゃねぇだろ」
「まさにおっしゃるとおり。今の料理を極めてもたどり着けないのであれば、進化を目指すべきでしたな」
あら。落ち込んでいた料理長さんの目が輝きだしたわよ。アルフったら励ましていたのかしら。
「よっしゃ。がんばれよ」
「味に手はつけられぬが、旨みを外部干渉から守ることは、魔法で可能かも知れぬな。まずはそこからか」
頭を下げてから転移魔法で飛んだわ。
ようやく一段落したわよね。王子様に伺いたいことがあるのよ。
「ところで、先ほど聞きそびれたのですが。あたしの祖国を旅しながらも、王都へは寄られなかったのですか」
他国を旅するなら、まずは王都よね。
まして、あたしたちの国の王都にはノーム様がいらっしゃるのよ。
マアマさんをもご存じの王子様が知らぬわけはないわ。
「……はい。その、申しあげにくいのですが、相性の問題というのがございまして」
なんでも明確に即答されていたのに、答えづらそうにされているわね。
「へ? ん~…… 王様には顔を知られていて外交が面倒とか? そういうのですかね」
王都に入ると、魔アイテムで素性を確認されるわ。あの王様なら飛んでくるわよね。
だって、国を挙げて魔法の研究を進めているのよ。エルフの助言には、ほかに代えがたい価値があるはずだわ。
「察してやれ。風は土に遮られるのだ」
「え…… まさか、ノーム様がお嫌いなのですか」
シルフ様の眷属になると、ほかの四大元素精霊様を拒むということなのかしら。
「とんでもない。ノーム様を敬愛せぬエルフなどおりませぬ」
「ではどうして」
観念されたような雰囲気ね。よほど口にされたくないことなのかしら。
「ガルマ様のおっしゃるとおりです。ノーム様のおそばでは、力を思うように扱えぬのです」
「相性って、そういうことなのですか」
好き嫌いではなく、能力的な相性問題が発生するのね。
でもどうして説明を渋っておられたのかしら。
そうか、眷属としての制約だからよ。シルフ様を貶めるような言葉は口にされたくないわよね。考えてみれば当然だわ。あたしが察するべきだったわね。
「大地の恵みは、われらエルフにとっても極めて重要。ゆえ、決して嫌ってはおらぬと御理解いただきたい」
「はい。よくわかりました。それで大陸ごと浮かせているわけですか」
ノーム様との距離を維持して、制約を回避することが目的だと推察するわ。
「ほかにも理由はありますが。天空こそはシルフ様の領域。われらエルフにとっては最適なところなのです」
「そっかぁ。眷属になると、恩恵を活かして、制約を回避することが重要なのね」
考えていた以上に、眷属が受ける影響は大きいみたいよ。
今でもシルフ様の眷属となることには憧れるわ。とはいえ、ノーム様を避けねばならなくなるのはつらいわね。
「んじゃ、目いっぱい食ったし、行くか」
こんなところで、お腹を叩いて鳴らすのはやめてよ。
「もう少し言いようはないのかしら」
高貴な者に対しても、過剰に謙る必要はないと学んだわ。
それでも、まったく無頓着なアルフの態度には、いまだ抵抗を感じるわね。
「ごちそうさまでした。旅の途中ですので、おいとまさせていただきますね」
「ぜひ、またいらしてください。いつでも歓迎させていただきます」
案内役の方が、再び現れたわ。また一瞬で、町なかに戻されたわね。
「町かぁ。ここに泊まってみたいか?」
「別にいいわよ。まだお昼過ぎだし、先に進みましょ」
「エルフのベッドに興味はないのか」
「あたしはベッドマニアじゃないわよ。野宿よりはベッドで寝たいってだけだからね」
「なるほど」
この町を散策する気にはならないのよね。
エルフの町だけに珍しくはあるわ。とはいえ、珍しすぎてわけがわからないのよ。王都が次世代なら、こっちは別世界だわ。
大半の店には入口すらないのよ。転移魔法で入ることが前提みたいね。
警備兵らしき方は見当たらないわ。邪な気持ちを抱く人がいないから、犯罪が起きないのよね。
町なかなのに喧騒もないわ。くつろぎ談笑する方たちがいるとはいえ、子どもはおろか、歩く者もいないのよ。
殺風景というわけでもないわ。でもすぐには、なじめそうにないかしら。
森の雰囲気は、地上と同じようなものだから落ち着くのよ。まずは森を進んで、この大陸に慣れるべきよね。
となれば、旅を再開よ。




