おまけ:消え行く仲間
「ん~、いい朝…… でもないか。ひと晩明けても、酷い空模様のままね。もう1日泊まったほうがいいかしら」
空一面に、黒く厚い雷雲が広がったままだわ。
まだ雨が降っていないとはいえ、いつ嵐になってもおかしくはない様相よ。
宿屋に入る前から、ティアラを手で隠す策は成功ね。過剰なサービスを回避できているわ。
食事も配膳だけを頼んで、給仕は断っておけば、両手で食べられたしね。
どうにか今後も町に泊まれそうよ。
さて。アルフを起こして、今後の予定を相談しようかしら。
って、ベッドにはいないわ。
「あら? トイレにでも起きたのかしら」
「アルフなら外だ」
窓の外を見ておられるわ。たしかに、アルフの反応があるわね。
「へ。早起きして散歩? アルフが? 一気に老けたのかしら」
早起きだけでも珍しいのに、ひとりで散歩だなんて妙だわ。
宿屋のすぐ前にいるわね。掲示板を見ているのだわ。
アルフ以外にも、結構な数の人が集まっているわね。
「寝ている間に、なにかがあったのかしら」
宿屋の清算をすませてからアルフに合流するわよ。
うぅ。やっぱり掲示板を見ている人たちも、あたしに気づいて場所を空けるのね。人だかりができていたのに、アルフとふたりだけになっちゃったわ。みんなが遠巻きにこっちを見ているわね。
でも、少し様子がおかしい気もするわ。ティアラに見惚れるだけじゃなくて、なにかを祈っているようにも見えるわね。
「おはよアルフ。こんなに早起きしてどうしたのよ」
「おぉ。昨日宿屋に入る前に、この掲示板が視界の端に入ったんだ。なぜか気になり続けていてな」
なんの変哲もない掲示板ね。特におかしな気配はないわ。
「掲示板なんて、町のお知らせの類よね。でもそういえば、人だかりができていたわね。なにかあったの?」
「ここは天気が悪いままだろ。どうも、シルフが関係しているみたいだって話になっている」
……ありえないわ。よりにもよって、この世界を支えてくださっている、四大元素精霊の一角であられる、シルフ様を疑うですって?
「……シ ……シルフ様を ……悪者呼ばわりする気なの ……この町は!」
誰が許しても、あたしは絶対に許さないわよ。シルフ様は――
「ちょー! 落ちつけ! そうじゃない、逆だ」
……逆?
「どういうことよ」
「シルフが寄らなくなったから、雲が晴れないって解釈みたいだな」
シルフ様の恩恵が途絶えてしまった結果だ、と推測したということかしら。
「なるほど。それなら納得がいくわね」
シルフ様の偉大さや、ありがたさを理解しているということだわ。
とはいえ釈然としないわね。
「でもシルフ様が、そんな差別をされるとは思えないわ」
シルフ様は四大元素精霊の一角よ。この世界のすべてを支えておられるわ。
それほどのお方が、特定の地域を避けるような狭量であられるはずがないのよ。
「寄らないんじゃなくて寄れないのかもしれない。詳しくはわからんけれども、そんな雰囲気の話だな」
「シルフ様が寄れない? それこそ、ありえなくない?」
シルフ様が寄れないほどの障害だなんて、それこそ神格相応でなければつくれないと思うわ。
「俺も違うとは思う。ただの一般人の推測だ」
「そんな推測をするような根拠はあるの?」
くだらないことなら、マアマさんにお願いしてでも一蹴するわよ。
シルフ様を貶めるような噂を放置はできないわ。
「雲の上まで届く塔が見えるだろ。昔からあるらしいが、今は周辺が危険な状態になっているらしい」
「危険? シルフ様が近づけないと思えるほどのってこと? ん~…… たしかに妙な気配はあるわ」
かすかに見える塔のあたりに、なにかよくない者の存在を感じるわよ。
でもねぇ。シルフ様が手を焼かれるとは、到底思えないほどの微力でしかないわ。微力という言葉ですらも大げさなくらいよ。シルフ様にとっては無力にも等しいはずだわ。
「生物が一切見えないそうだ。草木も含めて。雷雲も、そのころから立ちこめたままらしい」
「それはたしかに尋常じゃないわね。調べてはみたの?」
塔周辺を含めても、強大な力の存在は感じとれないわ。
でも、その現象自体は明らかに脅威ね。くだらないこととは言えないわ。
一般人であれば、シルフ様ですら寄りつけないと考えても仕方がないのかしら。
「近づこうとした人は、突然絶命したそうだ」
「ちょ! なによそれ。死んだ理由もわからないの?」
おかしいわ。あたしの感覚からは、遥かに乖離した力が働いているとしか思えないわよ。
塔から感じる力は、それほどまでに強力な存在だとは思いがたいわ。
「人に危害を加える見えない力…… ってことは邪霊かもな」
「ガーゴ様に遭遇したとたんに御登場なんて都合がよすぎない」
いや…… 以前のあたしには邪霊を知覚することすらできなかったわ。となれば対処のしようがないし、成長の糧にもなりえないのよ。ならばガルマさんが祓っておられたという可能性はあるのかしら。
いやいや。そもそも、こんな騒ぎを聞いたことすらないものね。めったに遭遇しないような邪霊のはずよ。
「俺を呼んでいるやつが画策した可能性もあるとは思うけれども。邪霊というのは、ただの推測だ」
あぁ、そっか。都合のよい流れは、いつものことだったわね。呼び主の意図なのかもしれないわ。
「軍隊には相談したの? 対霊術もあるって聞いたことがあるわよ」
ただ、実用レベルではないという噂もあるのよね。
「死んだのが、その軍隊の尖兵らしい。少なくとも、すぐに対応できる状態ではないみたいだ」
「ひゃー。でも軍隊が検討しているのなら、あたしたちの出る幕じゃないか」
心情としては助けてあげたいわ。邪霊だとしたら祓うべきだしね。
でも人々が乗り越えるべき苦難だとしたら、あたしが取り除くことは驕りになってしまうのよ。
「おう。そうだな……」
いつになく歯切れが悪いわね。
……そっか。アルフも優しいのよね。素直に言いなさいよ。
「どうしたの? 助けてあげたいの?」
アルフが助けたいというのなら、アルフの旅に同行する者として、助ける大義名分が立つわ。あたしの驕りで助けることにはならないはずよ。
「いや。ただ気になることが、ふたつあってな」
「もったいぶるほどのことなの」
いつものように、思ったことはそのまま言葉にすればいいのよ。
「いや。どうでもよさそうなことなんで、言うほどでもないかなと」
「つまんないことでもいいわよ。ここまで言ったなら話しなさいよ」
本当にどうでもいいことなら、能天気なアルフが気にするはずはないわ。いつもは気にしないお手本を示してくれるほどだものね。
つまりはアルフですらも気になる、いえ、気にしなければならない要素が含まれているはずよ。
「おぉ。ひとつには、呼ばれている方角に塔があって、もともと空から呼ばれていたけれども、さらに高くなっている」
「塔の上から呼ばれているってこと?」
全然どうでもよくはないわよ。ついに旅の終着点が見えたということよね。
「わからん。塔の上なのか、空なのか、あるいはさらにその先の星なのか」
わかるのは方角だけで、距離感がまったくないのね。
それにしても星は勘弁してよ。
「……あんまり考えたくないことから切っていくと塔が残るわね。行くなら塔からよね?」
「もうひとつには、さっきも言ったとおり、昨日からこの掲示板が気になったままなんだ」
ふむ。改めて注意してみても、変わった感じはしないわね。
「掲示板そのもの?」
「さすがに掲示物のほうだとは思うけれども。でもここには食いものの知らせがないんだよ」
……本気で言っている感じね。ほかへの興味は皆無なのだわ。でもアルフなら意外でもないかしら。
「それはたしかに不思議ね。食べものの話がないのにアルフがひかれるなんて」
「で、塔の説明を見ていたんだけれども。なんか、この塔の絵が気になるというか」
きたわ。気になるということは、見覚えがあるということかもしれないわよ。
「あんた。まさか記憶が戻りそうなの。塔が関係するの」
「あぁ。記憶はどうでもいいんだが」
ようやく訪れた機会なのよ。意識を集中して思い出そうとしなさいよ。
「よ・く・な・い・で・しょ」
寝ぼけているのなら目を覚まさせてあげるわ。両方の頬をまとめて、こう、びよーん。ぷにぷによ。
「お、おぉ。ただなぁ。気になるのと、記憶が戻りそうっていうのは違う気がするぞ」
大げさに頬をさすらないでよ。軽くつねっただけだわ。
「いいわよ。もともと、なんのアテもないから。そのついでの除霊なら、驕りでもなんでもないわよね」
気がねなく人助けができそうよ。まさに一石二鳥だわ。
「そうだな。人が乗り越えるべき苦難という雰囲気でもねぇし。問題はひとつだけか」
問題ってなによ。
ガルマさんのほうを見ているわ。
「え。ガルマさんがどうかしたの」
「塔の攻略は旅とはいえない。ガルマさんにも同行してもらえるのかなと」
うっかりしていたわ。ガルマさんには旅への同行をお願いしていたのよね。
「あ。そっか。あくまでも、ガルマさんも旅をしていて、目的が同じだからって話だったわね」
「旅に寄り道はつきものだ。気にすることはない」
よかったわ。ガルマさんに同行していただくことは、もはや前提条件なのよ。
「わ。ありがとうございます。なら決まりね」
「おぉ。行ってみるか」
善は急げよ。早速塔へ……
っと、その前に。
そういえばこの人たちは、あたしが起床する前からここに集まっていたわよね。
「で。掲示板にいた人だかりは、なんだったの。軍隊が動いたあとってことは、結構以前からの災厄ってことよね」
長く続いている災厄であれば、いまさら掲示板に集う理由がないわ。
これまでのアルフの話では、説明がつかないのよ。
「昨晩から塔付近が、いっそう荒れているらしい。俺たちの到着に怯えるみたいにだとさ」
「いよいよ行かなきゃならないところみたいね」
先方も待ち構えているということかしら。上等だわ。気合いを入れていくわよ。
「それで、ベルタが泊まっている宿屋の前まで来て、拝んでいたみたいだ」
「ぶ。拝んでどうするのよ! あたしは神様じゃないわよ。掲示板を見ていたわけじゃなかったのか」
入った気合いを、根こそぎ引っこ抜かれた気分だわ。頼るにしても、拝まずに頼みなさいよね。
「神様の力を振りまわしているんだから、仕方がないんじゃね」
「……たしかにマアマさんを振りまわしてはいるわ。でも、それじゃ意味が違って聞こえるわよ」
あたしの遊びでマアマさんのお力を振りかざしているみたいな言い方よね。逆だわ。
とはいえ、あたしのお願いを聞いてくださっているのよね。客観的にはそうなっちゃうのかしら。
「寄り道って扱いだし、ちゃっちゃっと行ってすませるかね」
むぅ。スルーされたわ。たしかに、雑談でムダに時間を潰すべきではないわね。行くわよ。
塔の周辺にはバリケードが張られているわ。極めて危険なところらしいから当然よね。
だ・け・どぉ…… バリケードを抜けた付近が、大勢の人で埋め尽くされているわよ。バリケードの意味がないわ。
ふむ。危険区域に注意することを口頭で確認すれば、誰でもバリケード内へ入れるようになっているのね。草木の死滅状態を見れば、危険なところを目視で確認できるからなのだわ。
それにしても、なによこの人数は。軽く見ても、最寄の町の人口の数倍は集まっていそうよ。
「おぉ。ベルタ様が来られた」
「どうかよろしくお願いします」
うへ。
口々に、なにかを叫んで拝んだり、跪いたりする人々がいるわね。それが半数ほどかしら。
残りはただの見物という感じね。
「どう見ても、塔へ挑もうって連中じゃねぇよな。ベルタの噂の真偽を確認しにきたってところか」
「それは違うと思うわ。どうして、あたしたちがここに来るって知っているのよ」
言いたいことはわかるわね。でも、ここまで派手な噂になっているだなんて認めたくないわ。
「掲示板の前で騒いでいたからじゃね」
「それにしては人数がおかしいわ。あの町の人を全員連れてきても、こんなにはいないわよ」
人々が集ったことには別の理由があるはずだわ。というか、あってよね。
「瞬間帰還器があるからな。ベルタの活躍を見る絶好の機会ってことで集まってきたんじゃね」
「掲示板を見ていたのって、ついさっきよ」
のんびり歩いてきたとはいえ、塔の攻略を決めてからは、まだ1時間も経っていないわ。
「町同士の連絡は容易だからな。興味深い話だったら一瞬で噂が広がるんだろ」
「みんな、どれだけ暇なのよ……」
ハァ。あたしたちの噂で集まってきたと認めるしかないのかしら。反論できなくなっちゃったわ。
「まったくだな。俺だったら、普段は寝ている時間だったのに」
そうよ。この時間なら誰もが、起床後で忙しいか、寝ていたはずだわ。
それなのに、わざわざ集まってきたというのよね。
「……随分と期待されているみたいだわ。でも、あたしたちでも近づけなかったら、どうすんのよ、これ」
「ガルマさんがいる時点で、それはありえないけれども。挑むと公言はしていないし、スルーしてもいいだろ」
あ。そうよ。ありえないことだったわ。
「ハァ。いけない、いけない。また余計なことを気にしていたのね。まずは前向きにやってみるわ」
気落ちすると、くだらないことを考えてしまうのはクセかしら。簡単には抜けないみたいね。
気を取りなおしてっと。おそらくは塔周辺に邪霊が徘徊しているはずなのよね。
「なんか見えるか」
「危険区域ってところには、特になにも見えないわね。塔から攻撃してくるのかしら」
え。
塔を見あげた直後に、なにかが壊れたような、澄んだ音が響き渡ったわ。
……雲間から陽が差しこみだしたわね。次第に雲が晴れていくわ。なによ、この絵に描いたような展開は。
集った人々から、大きなどよめきが湧き起こっているわね。
「もう終わったのかよ」
「あたしは、なにもしていないわよ」
しいて言えば、塔を見上げただけだわ。
よくない者の気配は半減したわね。残りは邪霊以外ということかしら。
「見せ場もなにもねぇな。見世物だったら、見料返せって騒がれるところだ」
見せているわけじゃないわ。勝手に見られているのよ。
「塔に、いっぱい邪霊が見えた直後に消えちゃった。弱そうな小さいのばかり。1体は微妙に大きかったかしら」
「どんだけつえぇんだよ、ガーゴ様は……」
うーん。今回に関していえば、ガーゴ様が強いというよりも、弱い邪霊しかいなかったのよね。
軍隊ですらも手出しできないほどの状態だと聞いていたわ。でも、そんな感じではなかったわよ。どういうことかしら。
残っている気配も、弱弱しい感じなのよね。
「まぁ除霊はついでだし。さっさと塔に入りましょ」
集った人たちも、塔の中へはついてきそうにないわね。ようやく見世物状態から解放されるわ。
「結局、ガーゴ様が祓われた邪霊は、なんだったのでしょうか。見えたと思ったら消されちゃいました」
「この塔の守護精霊だな」
ちょ。やっちゃったのかしら。でも、邪霊にしか見えなかったわよ。
「え。もしかして祓っちゃ、まずかったのですか」
あたしが祓ったわけではないわ。でも、祓いにきたのはあたしなのよ。
ガーゴ様が祓われるのは邪霊だけのはずだし、祓っても問題はないはずだわ。とはいえ、守護精霊って邪霊じゃないわよね。
どういうことなのよ。あたしのせい? あたしのせいじゃないわよね。
「いや。貪欲な精霊使いの邪気に当てられて堕ちておった。本来の役目を果たしてはおらぬ」
邪霊と化していたとおっしゃるのよね。
よかった…… のかしら?
全然よくないわよ。
「精霊使いってことは、やっぱり人が原因なのですね。われながら呆れちゃいます」
邪霊をつくりだしてしまったのは、人だったということよね。
それなのにあたしは、人のために邪霊を祓おうとしていたのよ。堕とされた守護精霊様が不憫でならないわ。
塔に入ったところでアルフが立ち止まったわよ。
「どうしたの」
「次はどうしようかと思ってさ」
塔にまで入っておいて、なにをボケているのよ。
「は? 塔を攻略するのよね」
「呆れるほどに高い塔なんだぜ。攻略以前の問題だな。登ろうと思っただけで萎える」
……本気みたいね。真顔で力説しているわ。
「ここまで来て、なにを言っているのよ」
「攻略とはいっても、邪霊のすべてを、もう祓っちまったんだろ」
邪霊は残っていないわね。でも攻略対象は邪霊だけではないわ。
「魔物はいっぱいいるみたいよ」
「あぁ。魔物は祓わないのか。だったらそれもマアマで…… いや、いっそ塔ごと消したほうが早いか」
塔にはギミックもあると思うわ。塔ごと消すことが手っ取り早いのかもしれないわね。でもそれを攻略と呼べるのかしら。
そもそも、塔の上から呼ばれているのかもしれないのよね。消してしまってどうするのかしら。
「どうしてそうなるのよ。とりあえずは塔に入ったのよ。思いだしたこととかはないの?」
アルフの記憶回復こそが、この旅の本来の目的よ。塔の攻略なんて二の次だわ。
「おぉ。ひとつ大事なことを思いだした」
「やったわね! なに? なにを思いだしたの」
記憶回復の進捗が得られたのであれば、ここで引き返したとしても、塔に入った意義は十分にあったわよ。
「まだ朝飯も食ってねぇことだ」
「……」
なんて言ったのかしら。理解することを頭が拒否しているみたいだわ。まるで思考が停止したような気分ね。
「早起きなんてするもんじゃねぇな。朝飯を食うタイミングを逃しちまう」
「一瞬でも喜んだ、あたしの気持ちをどうしてくれるのよ」
まぁ、突然やる気をなくした原因はわかったわ。
空腹でモチベーションが低下したということね。
「へ。お、おぉ。飯を食えば、気も晴れると思うぞ」
ハァ。
でも食事が重要であることはたしかよ。朝食を忘れてきたのは勇み足だったかしら。
「まったくもう。とはいっても、この辺りは生物がいないのよね。王都近くのをいただくわね」
「え。気づいたのか」
なにを驚いているのかしら。
「ん? あぁ、遠くの獲物でも狩れるってことかしら。あんたのおかげで、いろいろと考えなおせて気づいたわよ」
マアマさんにとっては、世界のすべてが手の内にあるのよね。距離を考える必要はなかったのよ。
「よーしよしよし。もう1段上まで気づけたら脳筋卒業だな」
「もう1段? ノーキン? よくわからないわ。でも、まだ気づいていないことがあるのね。考えなおしてみるか」
マアマさんのお力を理解しきれていないということよね。距離以外にも無視できる要素があるのかしら。ノーキンという言葉がヒントよね。たしか前にも――
「飯を食ってからな」
おっと。また考えこみ始めていたわね。今やるべきことではなかったわ。
「そうね。じゃぁマアマさんお願いします」
「どかーん」
アルフのモチベーションを回復させるなら、やっぱり焼肉よね。ほいっと。
「朝からノーム様育成の肉を、マアマの料理で食えるとは。これぞ至福ってやつだな」
まったくだわ。これほどの贅沢をさせていただいているのよ。投げやりにならないでよね。
ここはアルフの気分転換を最優先にしておくべきかしら。
「時間が遅くなっちゃったし、肉メインのほうがいいわよね」
「うんうん。最高!」
喜んで肉を頬張っているわ。
顔つきを見るかぎりは、モチベーションが回復したみたいね。相談し直すわよ。
「で。塔をどうするかよね。壊すのは除外として、順に登るか、飛ばしちゃうかかしら」
「この塔を攻略する過程で得られるものがあるかどうか次第か」
ふむ。
旅の過程では、仲間・装備・知識や経験といった、大きな糧を得られる機会が多かったわ。それを考えれば、今回も挑戦したいところよね。
でも、この塔は雲を突き抜けるほどに高いのよ。距離があるうえに障害が多い割りには、糧となりえる要素を思いつかないわ。とはいえ、ないとも言い切れないのよね。
「そんなのは、やってみないとわからないわよ」
「それらしいものがあるかはわからないか」
今のあたしになら、ここからでも探れるのかもしれないわね。やってみるわ。
「ん~。魔物がいるだけぽいかしら。一番上に、ほかよりは大きいのがいるとはいえ、それでも弱々しいわね」
「一番上って雲の上だぞ。そんな遠くまで見えるのか」
町では、視界に入るまで邪霊を認識できていなかったわ。だから霊の知覚範囲は、視覚と同じだと思っていたわね。
でも意識の問題だったのよ。普段は視界しか意識していなかったから、霊の知覚範囲も同じだったのよね。実際には視覚とは、まったく別の感覚だったわ。
「視界の先でも、意識すればわかるみたいね。外からでも塔の中がわかっていたし。床や壁も無視みたい」
「千里眼てやつか。まともに迷宮を攻略している冒険者たちが、かわいそうになるな」
言わないでよ。この塔の攻略は例外だわ。あたしたちは迷宮の攻略なんてしないのよ。
「いつかは進化して、みんなの役にも立ちたいわよね。そのためにも、今は甘えて進みましょ」
とりあえず、糧になりそうな気配は感じないわね。相手にもならないような弱弱しい魔物に、利用価値を感じさせないアイテムばかりよ。
「魔物を狩る意義は思い当たらない。宝の類があるとしても、俺たちには必要がない、というか邪魔だろ」
「そうね。どっちも冒険者の方々に残しておくほうがいいか」
冒険者にとっては、魔物討伐も経験を積むいい機会となりえるわ。
その報酬となる宝がなければ、挑む気にもならないわよね。
今のあたしたちに役立つような、特殊な宝があるとしたら、ここからでも認識できそうな気がするわ。でも皆無なのよ。
「罠や障壁も、マアマの前には無意味だろう。お前の糧になるとは思えない」
「あんたの糧にでもなるならいいわ。まぁどっちにしても、無意味なのはたしかね」
アルフが単独で挑むべき試練なんて思い浮かばないわ。そもそもアルフは、記憶の回復や、呼び主の正体を暴く試練に挑んでいる状態ともいえるのよ。あたしのように、成長を主目的にしているわけじゃないのよね。
「でも攻略はしたい。となれば、最上階に飛んで大将だけを倒せばいいのかな」
そうね。塔を入口から順に攻略する意義は見出せないわ。
とはいうものの……
「過程を飛ばすのは初だから、ちょっと不安だわね。想定外のなにかが隠されているかもだし」
「同感だ。だが、なんかがある可能性はここだけじゃないし、今回は魔物も宝も残すって決めているからな」
ふむ。町や道中にも、なにかが隠されていたのかもしれないということね。
「想定外を気にしだしたらキリがないってことか。塔の周囲や外壁も調べようって話になるわね」
「たしかに今までの流れだったら、調べることが自然だと思う。だが、今までみたいに調べる気が起きないんだよな」
なにかがありそう、という期待感がないのよね。既に満たされてしまっている感じだわ。
あまりにも多くを授かりすぎたせいなのかしら。
「あんたの言うことって、根拠なしに当たっていることが多いしねぇ」
「この状況で、最良の手とやらを考えたらどうなる?」
既にボスだけを倒すべきという結論をだしているわ。再検討をしていたのは、想定外のなにかが隠されているかもしれないという不安を拭えないからよ。でも想定外があるのはここだけではないわ。となれば、期待値で判断するべきよね。
「……話せそうな者もいなければ、蛇のような強力な魔物もいない。おそらく道中は時間のムダね」
「よし。意見はまとまったな」
人の寿命は短いわ。それなのに進化への道筋は見えていないのよ。期待値が低いところの探索は避けるべきだわ。
いきなりのボス戦で決定よ。
「よーし。んじゃ早速最上階に――」
「落ちつけ。飯くらいは最後までゆっくり食わせろよ」
ハ。
まだ食事は半分程度しか進んでいなかったわ。
「あ。あはは。あたしは落ちつきもたりないわね。目の前に目標があると、なにか気が急いちゃうのよね」
反省、反省。これも感情に呑まれているということなのかしら。落ち着いて、常に冷静さを保つのよ。
「そこは長所でもあるんだけれどもな。ま、腹ごしらえは最重要課題だ。全力で食えー」
「おー」
ふぅ。堪能したわ。一服もすませたわよ。
「さぁて。今度こそ行きますか」
「おぉ。準備は万端だ」
おろ。なにを準備したというのかしら。
「あんたの準備って腹具合だけよね」
「ほかに必要なものがあるんだったら教えてくれ」
やっぱりね。気が抜けるわ。
でも余計な力みも抜けたかしら。
「それだけで十分だと思うわよ。じゃぁマアマさんお願いします」
「どかーん」
覚悟はできているので、ボスの目の前にでも飛ばしちゃってくださいね。ほいっと。
げろ。もろに目の前に飛ばしてくださったわ。まさに化け物ね。
これ、大きさと輪郭だけは人型よ。でも不気味な腫瘍と触手で全身が覆われていて、人の姿には見えないわ。なにかが人に寄生したような感じなのかしら。
「ひ、ば、化け物!」
ちょ。あたしの顔を見て、たじろぐとは失礼ね。
「化け物はそっちだわ! って会話のできる化け物?」
やっぱり元は人だったのかしら。
「この大精霊使い様を、化け物呼ばわりするとは。死んで贖え!」
「精霊使い? あんたが守護精霊様をあんなにしたのね」
あんたを許す気はないわ。あんたのせいで、シルフ様が貶められたのよ。守護精霊様も犠牲になられたわ。おまけに多くの生命を犠牲にしてきたわよね。今この場で叩き伏せてあげるわ。これが最後のあがきになるのよ。遠慮なくかかってくるがいいわ。
……なにをしているのかしら。大層に杖を振るだけで、なにも起きないわ。
「なに? 守護精霊が来ない。なぜだ。なにをした」
「問答無用でいいんじゃね。既に人じゃねぇぞこれ。今も邪霊をけしかけようとしていたみたいだし」
「……そうね。でも消滅させても、分解されて散らばるわよね。気味が悪いわよね、こんなの」
あたしは、こいつを人だなんて思っていないわよ。こんな邪の塊が、人であってたまるものですか。ここで確実に屠るわ。どう料理したものかしら。
「よ、余裕があるのも今のうちだ。お前も精霊を使役していることはわかっている。それを奪ってくれるわ」
「……ガーゴ様のこと? あんたごとき、矮小で微力な化け物に、使役できるとでも?」
バカバカし過ぎて呆れるわ。対峙していても、自分の非力さを自覚できないのかしら。
なにかに集中をし始めたみたいね。本気でガーゴ様を奪おうとしているのかしら。お笑いだわ。
「落ちつきすぎじゃねぇか。一応は精霊使いなんだろ、こいつ。ガーゴの天敵みたいなもんだろう」
そうね。精霊使いの相手をするのは初めてよ。
精霊様に対して想定外の攻撃、もしくは懐柔手段とかを持っている可能性を懸念するべきだわ。
でもそれは、対等な力があればのお話よ。
「たしかに相性は悪いわね。でもそんなの、まったく関係がないほどに、力の差を感じるのよ」
「いや、塔の周囲の生物を死滅させちまうほどに、やばい守護精霊を従えていたんだぞ」
アルフが慌てているわね。こいつとガーゴ様の、力の差がわからないからかしら。
そうね、普段のあたしと違うわよね。今までは、明白に格下の相手でも、過剰に警戒をして、慎重に対応をしていたわ。
それが今は、最初に行うべきである、拘束すらもしていないものね。
でもすぐに、わからせてあげるわ。お話にすらもならない力の差をね。よく見ていなさいよ。
「それも一瞬で祓ったわよね。こんなやつが、なにをしたところで無意味よ。ただいるだけ。石っころも同然だわ」
「……」
む。完全に動きを止めたわね。集中しているというよりも、呆けているみたいだわ。いまさら怖気づいたのかしら。
「言い返さないの? もう減らず口も叩けないの? ガーゴ様を奪うんじゃなかったの?」
なによこいつ。ピクリともしないわ。俎板の鯉の心境にでもなったのかしら。
「いや。待て。変だぞ。お前は、なにをしたんだ」
「へ」
なにを言っているのよ。料理をするのは、これからだわ。鯉にふさわしい、さばき方を――
「そいつは石になっていねぇか」
「……ちょ! どういうこと? あたしは、まだなにもしていないわよ」
うっそぉ。本当に石になっているみたいだわ。どう料理をしようかと考えていただけなのよ。
まさか自殺をするとは思えないわよね。これが防御のつもりなのかしら。
「石化で驚くことはなかろう。石化だろうが黄金化だろうが、マアマなら容易だと知っておろう」
「でも、そんなことはお願いしていなかったですよ。マアマさんが勝手に動かれる状況でもなかったですよね」
マアマさんの出番はこれからだったのよ。きっと楽しみにしておられたはずだわ。
「こやつの全身の水分とあわせて、生命力をガーゴが奪ったのだ。結果として石になった」
はい?
……どうにも今日は、思考が停止するような、突拍子もないお話を耳にするわね。
「おー。前に、蛇の能力として、俺が予想したやつに近いな。ガーゴがやるとは予想していなかったぜ」
蛇が生命力を奪って石化するのかもとか言っていたわね…… あんたの言葉が、ガーゴ様を引き寄せたのかしら。
「ちょ、ちょっと待ってください。これは邪霊じゃないですよね。それに祓うんじゃなくて石化ですよね」
ガーゴ様が手を出される条件や行動内容が、ガルマさんの以前の説明からは乖離しているわよ。
自発的にガーゴ様が処理をされるのは、邪霊を祓うことのみのはずだわ。
ガーゴ様に対する認識を誤ると、とんでもないことになりかねないわよね。しっかりと確認しておくわよ。
「お主は、こやつを屠る意志を先に示しておる。そのうえで、マアマによる消滅をためらったであろう」
「それで、ガーゴ様が手を出すことを、あたしが了承したとみなしたわけですか」
たしかに、消滅させることは否定したわ。分解されて散らばることが嫌だったのよね。
でも別の方法で、マアマさんにお願いするつもりだったのよ。
「散らばることが好ましくなく、石ころも同然と言われては、石で固めてしまえばよいとなる」
「見事にそのまんまですね」
まさにあたしが口にしたことを、そのまま反映されていたのだわ。文句のつけようがないわね。
「なにより、ガーゴが直接狙われていたのだ。むしろ、よく我慢していたと、いえるのではないか」
「あ。そうですよね。あたしはガーゴ様を盾にして、余裕ぶっていたのですね。本当に申しわけありません」
あたしったら、なんてことをしていたのよ。また怒りで理性が吹き飛んでいたのだわ。
今冷静に考えてみると、ガーゴ様に対して極めて失礼な、ありえない行動をしていたのよ。敵が明確にガーゴ様を狙っていたのに、敵を自由にさせていたんだわ。いくら通用しないと思っていたとはいえ、無礼にもほどがあるわよね。
「そこは問題ない。よくぞ言ってくれた、とガーゴは喜んでおる」
ずっ。
……ガーゴ様を立てたつもりはないのよね。当然のことを言っていただけなのよ。
「あ、あはは。でも変ですね。あたしが強くなったわけじゃないのに、化け物がか弱く見えてしまって」
あの化け物は、守護精霊様を従えていたのよ。素のあたしよりは強かったのだと思うわ。でも本当に、石ころ程度といえるほど無力にしか感じられなかったのよ。
「お主の生命力は、ティアラを通してガーゴにつながっておる。ガーゴの感覚で、相手の力を感じるであろう」
それで、すべての邪霊や魔物が弱く見えていたのね。ガーゴ様が強すぎるのだわ。
「もうグールに遭遇してもびびらないってことか」
「こやつのほうがグールよりも強い」
軍隊でも、てこずるほどの脅威だったのよね。決して弱くはなかったのだわ。それが無力に見えてしまうだなんて……
「それはひょっとして、とっても強い人を見ても、弱く感じてしまうということでしょうか」
「人の力の差異を感じたことがあるか?」
……差異以前に、力を認識できていたかしら。
あ。アルフから感じるこれね。塔の外にいる人たちも、みんな同じだわ。
「誤差すら感じたことがありません……」
なんというか。小さな砂粒の大きさを比べる気分だわ。大きさ以前に、有無を調べるのが面倒なほどよ。
「以前に遭遇した達人や錬金術師であれば、誤差程度にはわかるかもしれぬな」
「あ、あはは…… ハァ」
人をきわめし者とまで呼ばれた錬金術師の力をも、誤差とおっしゃるのですか。笑うほかないわ。
あたしは弱いままなのよ。それなのに強い人が弱く見えてしまうだなんて、おかしな誤解を生みかねないわ。
力の大きさは意識しないようにするしかないわね。
「結局この化け物は、ここでなにをしていたんだ。ここには食いものもねぇぞ」
「そういえば。ふつうは攻略したら、戦利品を持って帰るわよね」
護るようなものも見当たらないわ。ここに居座る動機がわからないわね。
「石になっちまっちゃ、聞くこともできねぇな」
「ぐ。本当に、なにも口にできないわね。たとえを言っただけなのに、現実になっちゃうなんて」
もう何度目かしら。
散々注意してきたはずなのに、何気ない一言が想定外の結果を生み出してしまうのよ。
今回は化け物が相手だからよかったわ。もし、一般人を相手にしていたとしたら笑えないわね。
「しっかし本当に、なにもねぇ部屋だな。部屋の中央に、変な模様があるくらいか」
……アルフが ……消えた?
ぼやきながら模様の上に立ったと思ったら、忽然と消えたわよ。
「え。アルフ? アルフ! アルフが消えちゃった」
物理的に見えなくなっただけではないわ。存在を知覚できなくなっているわよ。文字通りに消滅してしまっているわ。
もしかして罠? 化け物が仕かけていた罠にかかってしまったのかしら。
「ふむ」
ちょ。
ガルマさんも模様の上へ歩かれて、消えてしまわれたわ。
「えー! ガルマさんまで。もう、なんなのよ」
「あはははは」
落ち着け。こういうときこそ、落ち着いて考えるべきなのよ。
「あたしはどうすればいいの。ガルマさんが消滅されるわけはないし。どこかへ転移させられたってこと?」
「びゅーん」
ほ。肯定してくださったわ。
「じゃぁガルマさんとアルフを、ここに釣れば解決よね」
「えー」
ぶ。これは否定されるのだわ。
「……やっぱり、あたしも行けってことですよね」
「あはははは」
ハァ。忘れ物はないわよね。覚悟を決めるしかないわ。
「信じますよ。信じますとも! 余計なことは気にしない!」
この模様の上に立てばいいのよね。えいっ!
……深い森の中の草地みたいよ。足元に模様はないわ。
「おせぇよベルタ」
く。
なによその、出会い頭ののんきな一言は。
「説明もせずに、いきなり勝手に飛ばないでよ!」
どれだけあたしが葛藤したと思っているのかしら。腸が煮えくり返る思いだわ。
「おぉ。いや。勝手に飛ばされたんだから。俺のせいにすんなよ」
「ガルマさんも! 今回のことは、飛ぶ前に説明してくださってもよかったと思いますよ」
移動するだけだとわかっていれば、ムダに葛藤することもなかったわ。
「自分で判断する機会としてはおもしろかろう。お主にとって斬新な状況ではなかったか」
「マアマさんが否定されなかったら、釣って戻していましたよ……」
まぁ、今冷静に考えれば、ガルマさんが飛ばれた時点で、あたしも続いて飛ぶことが正しい判断だったと思えるわね。
仮に飛び先が地獄だとしても、ガルマさんのそばにあるほうが安全なのよ。
飛き先が別になるような仕組みを考慮する必要もなかったわ。ガルマさんが護衛を放棄して飛ばれる道理がないものね。
でもあたしは追い詰められると、まずは状態を戻そうと考えてしまうのよ。
「なるほど。そういう手もあるか。それにしてもお前はすぐ怒るよな。今日も既に何回怒ったのやら」
「ぐ。自覚して抑えようとはしているわね。でも、怒り始めると自覚できなくなっちゃうのよね」
怒りを覚える機会は多いわ。怒りを抑える訓練をしやすいとはいえるわね。でも、抑えられるようになるのかしら。
「あぁ、わかるわかる。俺を殴らないだけマシにはなってきているし、気長に鍛えるべきか」
「で。ここはどこなのよ。旅を続けるのなら、戻らないといけないわよね」
まったく見覚えのない風景だわ。塔の周辺地域ではないわよ。
まるで冬が近づいたかのような涼しさね。
どこにも雲が見えないわ。というか空の色が変ね。まだ昼前で日は高いのに、青空というよりも紺空よ。
空気はきれいね。でも薄くなった気がするわ。
なによりも気になるのは、どうにも浮き足立った感じが治まらないのよ。
「呼ばれる高さが、以前と同じくらいにまで低くなっているから、こっちでいいのかも」
「そうなんだ…… って。高さが変わったのか」
そういえば、高い山に登ったときの感覚に似ているかしら。
「おぉ。たぶんここは雲の上だな」
……この思考が停止するような感覚は、今日は何度目かしら。たしかフリーズ感というのよね。
大地を踏みしめながら、なにを言っているのよ。
「……あんた。飛ばされたときに頭を打った? 大丈夫?」
ここはどう見ても大地に根を張る森の中よ。塔のてっぺんじゃあるまいし、雲の上だなんて――
「空に浮かぶ大陸だ」
あっさり肯定されたわ。
いやいやいや。それはないわよ。
「……あは。あはは。あたしったら、こんな夢を見るなんて、まだまだ幼稚だな」
ありえないことをガルマさんがおっしゃったわ。つまりこれは夢なのよ。
「現実を直視しろ」
「現実に大陸が浮いたりはしないわよ!」
現実を直視しているからこそ、現状を否定しているのだわ。
「無論自然現象ではない。魔法で浮かせておる」
「……本当に現実なのね。あはは。隣の国はおろか、海すらまだだっていうのに。いや、ここも別の国か」
魔法だとおっしゃられても夢みたいよ。いかに魔法の力が強大とはいえ、大陸とおっしゃいましたよね。それを浮かせるだなんて…… 説明をされても想像すらしがたいわ。
「そっか。他国になるのか。俺たちは不法入国者ってことになるのかな」
「あ~、もう前途多難ね。結局さっきの化け物は、ここを侵略しようとしていたってことなのかしら」
面倒になりそうよ。まずは先を考える前に、現状を整理しておくべきね。
「かもな。すっげぇ気持ちのいい森だし。欲しくなるのはわかる」
「まさか化け物がつくった国ってことはないわよね」
あんな化け物が、こんなステキなところをつくるとは思いがたいわ。
「だとしたら、塔じゃなくてこっちにいるだろ。ん? そういや、あいつはなんで塔にいたんだ」
「へ。だから、こっちを侵略するためよね」
さっき、あんたも肯定していたわよ。
「いや。攻略されたのは、ずっと前らしいじゃん。あんな、なにもないところへ残ったり、戻る意味なんてあるか?」
それもそうね。あっちで侵略の準備をしていたのなら、物資であふれかえっていたはずだわ。でも、なにもなかったのよ。
こっちにも、化け物が拠点をつくっていたような様子はないわね。
「……化け物は飛べなかったってこと?」
「ぴんぽーん」
マアマさんが肯定されたわ。あの模様の転移機能は、化け物に対しては発動しなかったのね。
「なるほど。不法入国を防ぐ仕組みはあるわけか。なら、どうしてあたしたちは飛べたのかしら」
「どうでもよくね?」
ふむ。あたしたちは全員飛べているから、調べる意義がないということよね。
「ほかの冒険者さんたちが来たら、戻れなくなって困らないかしら」
「瞬間帰還器くらいは持っているだろ」
持っていてもムダよ。教えていなかったかしら。
「瞬間帰還器で、国境はまたげないわよ」
「え。そうだったのか」
一般人がここに飛ばされたら、地上へ戻る手段がないのかもしれないわよ。
いや、ここも地上ではあるのかしら。ややこしい状況をつくってくれたものだわ。
「国境をまたいで飛べるなら、通行証なんて無意味だわ」
「なるほど。まぁ、戻れないようなやつは飛べないんじゃね? 知らんけれども」
どういう理屈よ。
いや、ありえるのかしら。
「うーん。化け物が飛べていないのなら、セーフティが設定されていることはたしかよね。大丈夫なのかしら」
「仮に飛んできたとしても、こっちで食いつなげばいいんじゃねぇの。それともこの森は危険なのか」
気配を見るかぎり、動植物の楽園という感じね。精霊様も無数にいらっしゃるわ。
「ううん。見た目通りにステキな森よ。そうね、塔を攻略できた人なら大丈夫か」
この森よりは、あの塔のほうが危険よ。魔物もギミックも残したままだものね。あの塔を攻略できた人であれば、こちらへ飛ばされても問題はないはずだわ。
「そうそう。冒険者だったら冒険できたほうが喜ぶだろ」
子どもが誤って飛んでくるような可能性は実質的にないのよね。
なら当面の問題はなさそうだわ。となれば、あたしたちのことを考えるべきね。
「これからどうすんのよ」
「どうもしねぇよ。今までどおり、呼ばれている方向に向うだけだろ」
これだけ状況が変化しても、まったく動じていないわね。やっぱり能天気ってすごいわ。
「どこへ行っても迷わないのは本当に便利ね。その結果が空の上なのよね…… 本当にいいのかしら」
このまま進むことに不安を感じるわ。でも今に始まったことじゃなかったわね。不安を凝縮したような旅なのよ。
それにしても、アルフの感覚ってすごいわよね。改めて感心するわ。
あたしには、いろいろなものが見えるようになったのよね。それでも、ここが空の上だなんて、わからなかったのよ。
でもアルフは察していたわ。先入観なく、ありのままを素直に受け入れて判断しているのよね。あたしは反射的に現実逃避をしていたわ。
空飛ぶ大陸だなんて未知の世界よ。今までの知識が通用するとは限らないわ。アルフのように、ありのままを受け入れなければならないのよ。
また課題が増えてしまったのだわ。泣きたくなるわね。でも泣くことはいつでもできるわ。今は旅を進めるわよ。




