おまけ:おめでたいお花畑
ハァ。人を汚く感じるのは、視覚とは別なのね。賊らしき人たちがついてくることは見なくてもわかるわ。
それはさておき森に入ってから、無数に感じる反応が気になるわね。アルフを包む雰囲気が小さくなった感じかしら。邪霊を影と感じたのに対して、こっちは炎という感じよ。もしかしたら精霊様かしら。そうだとしたらステキね。
人がいい気分に浸っているのに、賊が近づいてきたわ。仕かけてくる気なのかしら。周囲の状況を確認しておくわよ。
森の中なのに獣の気配がないのは不自然ね。人の姿も見えないわ。でもそれなりに往来のある痕跡が見えるのよ。賊がよく利用しているところなのかしら。
「さっきから、なにを見ているんだ。なんか霊でもいたのか?」
できれば精霊様のほうを見ていたいわね。残念ながら今見ているのは賊よ。
「畏怖していても、賊は狙ってくるみたいね。森に入る前からつけられているわよ」
「お? 賊が来ているのか」
おそらくはティアラを狙っているのよね。賊であれば、魅了されていなくても狙ってくるのよ。煩わしいわ。
「霊以外についても探しやすくなっているのかね。俺には全然わからねぇわ」
「姿は見えていないのよ。でも隠れていてもわかる。見えていないのに見えているみたいな、変な感覚よ」
便利といえば便利ね。でも、見たくないものまでもを見せ続けられている感じなのよ。不快だわ。
「接触してくる人が残っていて、よかったな」
「いくら前向きに考えるといっても、それはないわ」
人恋しくなっても、賊に会いたくはならないわよ。
望みと現状が正反対なのよね。会いたい人には避けられて、避けたい賊ばかりが寄ってくるわ。
「んじゃどうする。襲ってくるまでは、手出しをする気がないんだろ」
「一応は警告をしておきますか」
そこと、そこと、あっちとそっちね。
こうして指させば、見つかっていることを自覚できるはずよ。
「この場に20人ほどおられる賊のみなさん。隠れてもムダですよ」
反応しないわね。
「断っておきますが、ひとりでも手を出してきたら全員を捕らえます。来るのであれば、その覚悟でどうぞ」
ふぅ。このまま大人しく引き下がってほしいところね。
なんだかとっても怖いのよ。ガルマさんのお墨付きとはいえ、ガーゴ様の影響がすべて判明したわけではないわ。下手に手出しをされると、なにが起こるのかがわからないのよね。
ここまで警告をしても手を出してくるのなら、どうなっても自業自得よ。あたしのせいじゃないわよね。
「行きましょ」
「よっゆー♪」
からかわないでよ。余裕があるのは、あんたのお陰なのよね。
「いろいろと気にしないようにしたら冷静になれたのよ。それに、あたしがやるわけじゃないし。ね、マアマさん」
「あはははは」
冷静に考えてみたわ。今のあたしには、警戒が必要な要素は皆無に等しいのよ。
今まではその自覚が、あまりにも欠けていたわ。だから過剰に警戒をしていたのよね。
でもアルフのお陰で、あたしの置かれた状況を自覚することができるようになったわ。
余計なことを気にしないようにした結果よね。心に余裕が生まれた感じよ。
今までに警戒していた物事の要否を、個別に検討して取捨選択したわ。結果として、心配する要素はほとんど残らなかったのよね。
「あら。ひとりだけを残して、ほかは引きあげたみたい」
「ひとりは監視役か? だったら策を練りなおしに、いったん下がっただけかな」
なるほど。さっきの警告では諦めてくれなかったのね。
「面倒くさくしちゃったかしら。まぁ賊が、なにをどうしたところで一緒なのよね」
賊が何人いても、マアマさんにとっては一緒なのよ。ひとりでも残っていれば、うざったさに変わりはないわ。
おまけに賊が出なおしてくるとなれば、現状を長引かせた分だけ、ムダなことをしてしまったといえるわね。
「いいんじゃね。これも、余計なことを気にしないようにする練習に使えそうだ」
それも前向きな発想のお手本なのかしら。とはいえ無茶な提案だわ。
「えー。賊は気にしたほうがいいわよね」
「気にしてなんか状況が変わるのか? 賊に気づかなかったころの、以前の状態に戻るだけだろ」
ふむ。
警戒した挙句に襲われても、無視して不意に襲われても、結果は全員捕縛に決まっているということね。
「……そっかそっか。気にすることで状況が変わるかどうか、で判断するのよね」
「そうそう。どうでもいいことを気にする暇があったら、次の飯の献立でも考えていたほうが、よほど有意義だ」
アルフが能天気なのは、食事のことだけを考えたいからなのかもしれないわ。
「あはは。さすがに、どうでもよくはないわね。それにコソコソされるとやっぱり気になるわね」
「訓練してくれているんだ。ありがたいな」
アルフには感心するわ。でもそこまでは能天気になりきれないわね。
「あんたポジティブすぎよ」
危害を加えられる恐れがないことは理解しているわ。とはいえ、おぞましい害虫が徘徊するさまを見せつけられている気分なのよ。目を逸らせない状態でね。気にするなと言われてもむずかしいわ。
「賊以外のこともわかるのか」
「うん。動物も虫もわかるわよ。おまけに草や木もわかるし、精霊様ぽい方々までわかるわ」
賊以外は、いい意味で気になるわね。ずっと気にしていたい気分よ。
「え。ここにも精霊がいるのか」
慌てだしたわ。どうしたのよ。
あぁ、ケルピー様やガーゴ様のような、強力な精霊様だと思ったのかしら。
「断定はできないわ。でも、そんな風に感じる。とっても弱々しい感じの小さい方々で、い~っぱいおられるのよ」
「へぇ。精霊なんて、めったに遭遇するもんじゃないと思っていたんだけれどもな」
落ち着いたみたいね。アルフにも見せてあげたい光景よ。
「今まで見えていなかったわ。でも、たくさんの精霊様が自然を育んでくださっているみたい。ステキだわ」
「賊以外の動きも、気になって仕方がなさそうだな」
どちらかといえば、気にしたくて仕方がないというべきかしら。
「動物や精霊様は和むから、気分的には全然問題がないのかもしれないわねぇ」
「なるほど。和む対象だったら気にしても問題はないか」
うんうん。気にするほうが好ましい状況もあるのよね。
注意を削がれる問題はあるわ。でも気持ちが穏やかになって、思考が前向きになる感じがするのよね。
「そこら中に浮いていらっしゃるし、あんたの頭の上でも踊っておられるわよ」
「な? なんでだよ。俺の頭はステージか?」
あはは。また慌てだしたわ。
「お花畑にでも見えるのかしらね」
「ひでぇな。今のお前が言うと、マジでシャレになんねぇし」
見えないと、あたしの言葉で想像するしかないものねぇ。
「どうしてアルフの頭で踊るのかは、あたしにはわからないわ」
「邪霊ってことは、ねぇだろな」
それはありえないわね。邪な感じは、まったくしないわ。
「うん。感じ方が全然違うみたい。精霊様は、影じゃなくて炎みたいな感じがするのよ」
「まぁ邪霊だったらガーゴが浄化してくれるか。しかし炎も怖いな。俺の頭に火がついているのかよ」
言い方が悪かったかしら。イメージがまったく違うわ。
「あぁ。ん~。炎というよりも灯りかしら。危ない感じは全然しないわよ」
「なるほど。それでさっきの賊も、一般人ではないとわかったわけか」
残念ながらハズレよ。そこまで便利でもないのよね。
「そっちは微妙。たしかに嫌な感じはするわ。でも、一般人と大差はないのよね。今回は仕草とかで判断したわ」
ふつうの人も賊も、同じくらいに邪な気持ちを抱いているみたいなのよね。理性で抑えられるかどうかの違いしか、ないのかもしれないわ。
「ふむ? あぁそうか。一般人も邪は祓えないのか。誰からでも少しは嫌な感じがしてしまうんだな」
すごいわアルフ。見えなくても、あたしのつらさを察してくれるのね。とっても嬉しいわよ。
「ちなみに俺はどう見えるんだ」
そんなに不安そうな顔で聞かないでよ。心配しなくても、あんたは……
うふふ。さっき、からかわれたお返しは必要よね。
「……お花畑?」
「やっぱりそうなのかよ!」
真に受けちゃったわ。さすがにそれはないわよね。
「あはは。うそうそ。とっても優しくて温かい感じよ。嫌な感じは、まったくしないから安心して」
「おぉ。ひょっとして俺も、邪とやらを祓えているのか。俺かっけー」
祓う、ね。ニュアンスが異なるかしら。
「ん~。あんたの場合は、祓う以前の問題だって感じがするのよね」
「へ」
あたしにも詳しくはわからないわ。
でもあんたの場合は、邪な発想をしないというか、できないみたいな感じよね。
「祓わずとも寄りつかないみたいな」
人が汚く見えるようになって、考えていたのよ。
ごく一部の例外を除けば、誰もが邪な気持ちをもっているものなのよね。人の愚かさに起因するのだと思うわ。
でも、アルフからはまったく感じ取れないのよ。異質というほかないわ。
「……それ、ほめているんだよな?」
「邪すら避けるほどの能天気なのかしらね。あははは」
能天気だからこそ、邪な発想が湧かないのかもしれないわ。
「じゃぁガルマさんやマアマはどうなんだ。ものすごい化け物なんだろな」
もしそうなら、ガーゴ様がティアラに融合された時点で、あたしは卒倒していたと思うわ。
「それが見えないのよ。見えないというのはおかしいか。以前と一緒なの」
「へぇ?」
おかしな話よね。真っ先に目につくはずの、強大すぎる存在なのによ。
大きすぎて埋もれてしまうから、わからないのかしら。下手をしたら、世界を覆っていてもおかしくないわよね。
「お主の知覚は、非物理的な存在に対して有効だ。我やマアマは該当せぬ」
「ガルマさんやマアマさんが存在していないということですか? 意味がわかりません」
明らかに存在しているからこそ話せているのよ。そんな説明では納得できないわ。
「お主らは身体、精霊は霊体、それぞれ体を持っておるが、我々は竜力そのものなのだ」
ふむ?
存在とは体のことだ、とおっしゃるのよね。
力とは、体などから生み出されるエネルギーそのものだということかしら。
「霊ですらなかったのですね。認識不足でした。でも、その力としては存在しておられるのですよね」
これも言葉遊びみたいよ。よくわからないわ。
体であろうが力であろうが、存在するのであれば見えるのではないのかしら。
「うむ。だが物理的に、ここにあるわけではない。我々は竜神を核とする竜力なのだ」
「うん。前にも聞いた覚えはあるけれども、やっぱりわからん」
「物理的には遠くにおられるということですか……」
実際には空の果てにでもいらして、ここに幻覚でもつくりあげているとおっしゃるのかしら。
「物理的にはつながっておらぬ。存在する次元が違うからな」
「あたしにも、さっぱりわかりません」
物理的につながらない、とおっしゃられては想像もできないわ。お手あげよ。
しいて言えば、夢の中みたいなところなのかしら。ガーゴ様は夢の中にいらしたわ。
「お主の視覚は、目というセンサーで得ておる。人には次元を知覚するセンサーがない、ゆえにわからぬのだ」
「あたしには見えぬ物だらけということですか。ガーゴ様の力をお借りしている今でも……」
今まで見えていなかったものが見えて驚いているわ。でも、いまだにすべてが見えているわけではないのね。
「物と呼ぶのは少し違うが、そのような感じだ。人は物を知覚するための、物質のセンサーしか備えておらぬ」
物質のセンサーって五感のことよね。五感で知覚できるのは、すべて物理現象だわ。ガーゴ様のおかげで、あたしには非物理現象をも知覚できるようになったのよ。それでもまだ、知覚できないことがあるとおっしゃるのよね。
なんとなくは、わかるわ。先日までは霊なんて見えていなかったのよ。見えた霊は、想像とはまったく異なっていたわ。センサーがなければ、たとえ接していてもわからないのよ。知覚できなければ、説明されてわかるようなものではないのだわ。
おそろしいわね。つまりは、あたしの周囲は見えないものだらけなのよ。でもその見えないものからは、あたしが見えているかもしれないのよね。襲われれば抵抗すらもできないのだわ。
力を授かるほどに、あたしの無力を痛感させられるわね。
「やっぱり、ガルマさんやマアマさんて桁違いだわ。ここまで力をお借りしても、見ることすらかなわぬなんて」
あたしは人として、おそらくは誰も見たことのないようなものまでが見えているのよ。それでも、お力の大きさを認識することすらもできないわ。どれだけ遠くにいらっしゃるのよ。
「そうでもないぞ。既に我々の次…… っとなんでもない」
「……あたしも聞かないほうがいい気がしてきました」
あたしには課題が山積みなのよ。気が抜けるような評価を聞くべきではないわ。そもそも今、とんでもない力の差を痛感したばかりなのよ。気を引き締めるべきだわ。
「そうそう。気にすんな。進化するってことは人を超える、つまり人じゃなくなるんだろ。計算通りだ」
「どんな計算よ。でもそうか。竜神様のお話し相手になることが大願なら、それなりの力も要るのよね」
次元というものが、なにかは想像できないわ。でもそれを越えなければ、お会いしに行くこともできないのよね。それに寿命を克服しなければ、お話を続けることもできないわ。
数えあげればキリがないほどに能力不足よ。過剰なほどに力を授かったとはいえ、大願を果たすには、まったく力がたりていないのだわ。
「そうそう。順調順ちょ…… あれ。血か?」
あ、アルフ…… 行っちゃったわ。
そうね、視覚だけに頼っていたなら、あたしも救助に向かったわね。
木を背にして血まみれで座りこんだ人がいるのよ。大けがをしているように見えるわ。
「どうした兄ちゃん。大丈夫か」
ハァ。アルフは真剣に介抱をしているわ。
あたしは無視するつもりだったのよ。でもこうなったら相手をするしかないわね。
「く。賊に襲われた。助けてほしい」
「さっきの連中か。しまったな、俺たちの代わりに、兄ちゃんを狙っちまったのか」
……演技だとわかっていると、軽蔑の念しか湧かないわね。本気で心配をしているアルフに対する侮辱行為だわ。
「賊って、お仲間のことですか」
「な、なにを言っている。俺はこの森に狩りをしにきて、突然現れた賊の集団に襲われたんだ」
苦痛に顔をゆがめるそぶりは上手だわ。以前のあたしなら騙されたわね。
「どうしたんだベルタ。お前いつもと様子が違うぞ。怪我をしているし、まずは治してやらねぇと」
そうよね。状況が見えないアルフには、あたしの態度を不審に思うはずだわ。
さっきは、あたしの警告で賊が引き上げたあとなのよ。その賊がほかの人を襲うことは十分に考えられるものね。
それに、疑いをかけるにしても、まずは怪我の治療をしてあげないと、命に関わりかねないと考えるわ。
あんたの気持ちはとってもわかるのよ。正しい行動だと思うわ。
でもね、違うのよ、アルフ。
「この人、さっきの賊のひとりよ」
「ちぃ」
逃げ出したわ。元気に走っていくわね。
「おぉ。隠れてもムダだし、正攻法でも敵いそうにないと気づいて、搦め手で来たってことか」
「慌てて逃げる必要もないのにねぇ。捕らえる気なら、とっくに全員を捕らえているから」
どうにも滑稽だわ。
……哀しくなるわね。
「さすがに賊はマアマの力を知らないだろ」
「そうね。でも滑稽よね。ハァ」
アルフの言うとおりよ。賊が滑稽に見えるのは、賊がマアマさんの力を知らないからだわ。つまりは無知だからよね。
「どうした」
「ガルマさんやマアマさんからは、あたしたちがこんな滑稽な存在に見えているのかと思うとね……」
ガルマさんやマアマさんから見れば、あたしはあまりにも無知なのよ。
あたしの言動のすべてが滑稽に見られているはずなのよね。
「だからこそ進化を目指すんだろ。しっかりしろ」
「うん…… 人じゃ話し相手にすらならないって意味が、少しずつわかってきた気がするわ」
竜神様からすれば、見えて当然、わかって当然のことが、説明されてもわからないほどに人は無知なのよ。だって説明されても見えないのよ。認識できないのよ。想像しても遠く及ばないのよ。
「お前も人と話すのがバカらしくなってきたのか」
「まさか。ただ人が築いてきた文明も、竜神様から見れば、子どもの砂遊びみたいなものかなってね」
人がどんなに探究を重ねて、知識を積みあげても、高が知れているのよ。それを事実として実感するとね。きっついわ。
「あぁ。俺たちがすげぇと思うことでも、児戯でしかないってことな。そんなのは、わかりきっていたことじゃん」
「うん。理屈ではわかっていたつもりだったわね。でも、実際に見える範囲が広がると、実感がすごいのよ」
絶望に近い感覚よね、これ。知れば知るほどに、大願成就なんて不可能に思えてくるわ。
「それも気にしないほうがいいことだろな」
「そうね。少なくとも今は、気にしても状況は変わらないわね」
今あたしが気にするべきことは……
ハァ。気が滅入って頭が回らないわ。やっぱりあたしはダメね。
「さ~て次はどんな手を使ってくるのかな。賊のお手並み拝見といくか」
「この先に、さっきの賊が集まっていたわ。でも、全員が移動しているわね」
賊の相手をしていたのだったわ。気を紛らわせるにはいいかもしれないわね。
「一斉攻撃でもしてくる気か。あるいは罠でも仕かけておいて、遠くから観察するつもりか」
「離れていくから攻撃ではないような。罠にしても、あたしたちがそこへ行くのかは読めないはずなのよね」
引き上げてくれたのなら嬉しいわ。でも移動の様子からして、引き上げるというよりも逃げ出したみたいな感じなのよね。まるであたしたちが襲撃をしているみたいだわ。
「ふむ。集まっていたのはどこだ」
「進路から少しだけずれるのよ。あの辺り」
アルフが木に登りだしたわよ。
あぁ、視界が遮られた場所だったわ。登らないと見えないのね。感覚の違いに慣れないわ。
「小屋がいくつか見えるな。集落が襲われていたのかな」
そうだとしたら、あたしも慌てているわよ。
「誰もいない状態になっているし、誰かが殺されちゃったような様子もないのよね」
「被害者が見当たらないってことか。こっちを狙っていた連中だし、一応は確認をしておくか」
生活の跡があるわね。
食べかけの料理をも放り出して、荷物をまとめて逃げ出した様相よ。
「これ賊のアジトじゃね。ベルタを襲うというよりも、ここから遠ざけたかっただけなのかも」
あぁ。賊からしてみれば、竜人様がアジトへ向ってきたと思うわよね。
どうにか進路を変えさせたいと思うのは当然かしら。
「可哀想なことを…… って思うこともないか。後ろめたいことをしているからムダに逃げるのよね」
あたしたちは移動をしていただけなのよ。逃げ出す必要なんてなかったわ。
「だな。同情はしなくていいと思う。こっちを監視していたぽいやつは、まだいるのか」
「ううん。ほかの賊に合流して移動しているわ。移動先で迷惑をかけなければいいわね」
アジトを失ったとなると、よその集落を襲って新たなアジトにしようとするかもしれないわ。
賊なんてやめれば、そんなことを繰り返さなくてもすむのにね。
「賊にそれを期待するのは無理だろ。ここにいようが、どこへ行こうが、迷惑はかけるさ」
「そうよね。でも、怯えて逃げるくらいなら、反省して更生してくれないかしら」
賊も、あたしたちと同じ人なのよ。考え方ひとつでやり直せるわ。
あたしたちに襲われると思って逃げたのなら、襲われる側の気持ちがわかったはずよ。
「そんなやつも、いるといいな」
いないと言いたそうね。でもその言葉を呑み込んでくれたのだわ。
竜神様ですらも、人を見捨ててはおられないのよ。同じ人である、あたしたちが、賊を見捨てることは傲慢なのよね。
それに集落を見るかぎりは、それなりに秩序立った生活を営んでいたように見えるわ。
「こんな集団生活ができるんだったら、町やら村でもまともに生活ができそうだよな」
「ね。どうして、わざわざ道を踏み外しちゃうのかしら」
賊にとっても、まっとうに生きたほうが幸せなはずなのよ。
……きっと理性がたりないのよね。目先の欲望に抗えないのだわ。
「食べかけの料理を見ると食欲が湧くよな。俺たちも飯にしようぜ」
「あんたの食欲は、いつでも湧いているわよね。あっちに、いいところがあるみたいよ」
今回はあたしも、食事を考えていたところなのよね。
「飯によさそうなところもわかるのか」
「よさそうなところがわかるというか、精霊様が誘ってくださっているみたいに感じるわね」
確証はないのよ。でも確信に近い感覚なのよね。
「おぉ。そりゃ期待できそうだな」
着いたわ。
お花畑が広がっているわよ。いい香りが漂っているわね。
小川も流れているわよ。涼しさを運んでくるようだわ。
「いいねいいね。まさに飯を食うためのスポット。花畑って、俺への当てつけじゃねぇよな」
あはは。お花畑と言われたことを、まだ根に持っていたのだわ。
「でも精霊様は食事なんてされないわよね。こんなところで食べたがるのは人だけなのに、どうしてわかるのかしら」
アルフの言うとおり、ここは食事に最適と思えるところよ。
でもそれはあくまでも、人にとってはのお話なのよね。動物によっては、安全そうなところへ運んでから食べたりもするわ。
普段は人に関わっておられないであろう精霊様が、人の好みを認識されているのは不思議よ。
「精霊だから?」
「身も蓋もないわね。あたしたちが精霊様のことを知らなくても、精霊様はあたしたちを知っているってことか」
ハァ。やっぱり、あたしたちがあまりにも無知――
「もしかして献立のお勧めもあるのか。特産の食材とか」
おっと。また余計なことを気にしていたわね。
お勧めの献立はいっぱいあるのよ。
「ちょっと待ってね…… こんなもんか。マアマさんお願い」
「てやー」
イメージを整理しきれているのか怪しいわ。でもマアマさんなら大丈夫よね。ほいっと。
どれだけあっても、マアマさんなら一瞬ね。30品目はあるわ。レシピを覚えるのに精一杯で、数えていなかったわね。これほどに、いろいろとつくったのは初めてだわ。
「おおおお。なにこれ。フルコースってやつ?」
そうなのかしら。並べて順に食べれば、そう呼べるのかもしれないわ。
「森にある香辛料とか、レシピとかもいろいろ教えてくださってね。試していたら、こんなにできちゃった」
「どれどれ」
やっぱり肉にかぶりつくのね。フルコースだと思うのなら、前菜から食べるべきよ。
「おー! うまい! 食ったことねぇ味だけれども、いけるぞ」
「香りもすっごくいいわよね。まぁ、つくってくれたのがマアマさんだから当然なのよね」
「えっへん」
食べきれないほどつくっちゃったはずなのに、うそみたいに消えていくわ。お腹のどこに入るのか不思議なほどよ。
「やべぇな。食欲をそそる香りが半端ない。まだ肉があるのに、この俺が山菜に手を出しているぞ」
自分の行動が信じられないみたいね。自然に山菜へと手が伸びてしまうのよ。わかるわ。
「一緒に食べたほうが肉の味も引き立つからね。この料理に限ったことじゃないわ」
「だな。今まで、もったいないことをしていたかもな」
やっぱり食事はいいわね。お腹が満たされると気分も晴れてくるわ。
「かー。食ったー。もう食えねー」
「あら。デザートはこれからなのに」
マアマさん、お願いしますね。ほいっと。
これまた、おいしそうよ。
「当然デザートは別腹だ」
「ならよかったわ。一気に料理のレパートリーが増えたわね」
知らなかったわ。この果実も食べられたのね。ジューシーな甘味と酸味がすばらしいわ。満腹でも苦にならないほどの爽やかな口当たりと喉越しよ。
「そういえば。レシピを教えてもらったんだよな。精霊が見えるだけじゃなくて、意思疎通もできるのか」
「ううん。ただ素材の上で、跳ねたりぐるぐる回ったりされるだけ。でも、なんとなくわかるのよ」
どうしてわかるのかは説明できないわ。なんとなくなのよ。
「そんなんでレシピがわかるのかよ。別の意味ですげぇな」
「ね。自分でも不思議だわ。でも、もう不思議には慣れたわ」
考えることが大切とはいえ、考えるだけムダなことだらけなのよ。考えるための知識が足りていないのよね。だからいくら考えても答えなんてでないわ。
なら知識を得るまでは、ありがたく恩恵を受けるべきよね。不思議の解明はあとでいいわ。
「ボディランゲージってやつか? 違うか。でも言葉に頼らぬ意思疎通ってやつができているぽいな」
「一方的に教えていただくだけなのよねぇ。でも、なにかすごく嬉しいわね」
仮に話せるとしても、ここは精霊様でいっぱいなのよ。会話では混乱してしまうと思うのよね。
具体的に意思伝達されている仕組みはわからないわ。でも精霊様の意図を汲めていることはたしかだと思うのよ。
「ガーゴ様々だな」
「うん。町では本当に焦ったとはいえねぇ」
人を消しているかもしれないと思ったときには、もう本当にどうにかなりそうだったわ。
でも結局、ガーゴ様のお力は恩恵のみを与えてくださっていたのよね。
「それなんだけれどもさ。ひょっとして、マアマがガルマさんの口封じをしたんじゃねぇの」
いきなり、なにを言い出すのよアルフったら。
「へ。マアマさん?」
そんなことをされるわけがないわよね。意図がわからないわ。
「あはははは」
……まさかと思ったのに、肯定されたわよ。
「やっぱな。あれだけ影響力の高い力を、ガルマさんが事前に説明しないのはおかしいと思ったんだ」
「そういうことだったのですか……」
ガルマさんは、マアマさんの経験を敬っているとおっしゃっていたわ。
そのマアマさんからの要請であれば、受けいれられても仕方がないわね。
それにしても想定外だったわ。マアマさんの遊びに、ガルマさんをも巻き込まれるだなんてね。
まぁ、説明してくださらない理由が判明しただけでもよかったわよ。不安がひとつ解消されたわ。
「それもまた経験になると、我も考えたのだ」
少し言い訳ぽく聞こえますよ。
「たしかに大きく動揺してしまいました。落ちついて対処をできるようにならねば、ということですね」
実際には危険がない状況で、危機感をあおられたのよ。経験を積む訓練としては申し分なかったわね。
「慌てるべき状況で、落ちついていても困るけれどもな。見きわめがむずかしいよな」
「そうね。でも今回は、ガーゴ様との問答とかを思いだせれば、対処もできたわよね」
今思えば、人に危害を加えるかもしれないという懸念で混乱していたのだわ。
「ガーゴ絡みで、なんか起きることは予測すべきだったか。でもまぁ、大差ないって言葉に騙されていたしな」
「まさにそれよね。ガルマさんにとっての大差は、あたしたちとスケールが違うことを肝に銘じておかなきゃ」
ガルマさんのお言葉で安心していなければ、ガーゴ様の影響を警戒していた可能性は十分にあったのよ。問答についても思い返せていたのかもしれないわ。
ガルマさんとあたしでは感覚に差があることをわかっていたはずなのに、つい同じように考えてしまうことの怖さをあらためて思い知るわね。
「ちなみに、まだ隠している能力とかあるの?」
そうね、まだ発現していないお力の有無については伺っていなかったわ。
……視線を逸らされたわよ。
「なるほど」
おそれ多いとはいえ、アルフとガルマさんがツーカーの仲に見えるわ。
「ガルマさんて、そういうところはわかりやすいですよね。お優しいから、正視もできなくなるのでは」
あはは。天を仰がれたわ。
「マアマが物に宿るわけを痛感するわ」
「あはははは」
ふむ。そういえばマアマさんであれば、身体の創造なんて容易なはずよね。物質を統括され、この世界をも創造されたお方なのよ。人と遊ぶために、あえて用意されていないとおっしゃるのかしら。
「目線すら読ませないためってことか。それ、たまたまじゃなくて、マジで考えてやってんのか」
「えっへん」
この口調も、人と遊ぶためだったものね。あたしたちに意図を読ませないようにされるのは、それほど重要なことなのかしら。
「どこまで本気なのか、全然わっかんねーよ。わからせないように振るまっているんだったら、やっぱすごいのか」
「我も、人と接してはおったが、行動をともにするのは初めてゆえな。経験不足は否めぬ」
そうですよね。お立場上は、人と行動をともにされる機会が訪れる可能性なんて、考えもされないはずだわ。あたしやアルフのわがままを聞いてくださって、今もここにいらっしゃるのよ。
「無理をお願いして、申しわけありません」
本当に、無理というか、むちゃくちゃよね。われながら呆れるわ。
それでもお願いし続けるしかない状況なのよ。
「よい。我が問いに答えぬ機会は増えるかも知れぬが察せよ」
「はい。それについては、今回の件で十分に学ばせていただきました」
理不尽だと思うようなことがあっても、それはあたしたちのためであると察するべきなのよ。ガルマさんの立場を考えれば当然のことだったわ。
「一服もしたし行くか。飯によさそうなところも教えてもらえるんだったら今後はお任せだな」
「うーんどうだろ。ここは陽気な精霊様だらけよ。でも、森の外はそうでもなかったし」
人が開拓したところでは見かけなかったわ。正確には、精霊様が少なすぎたのよね。気配に気づいても、気のせいかと思っていたのよ。森に入るまでは、気配の正体が精霊様だとも思っていなかったしね。精霊様もあたしには構っていられないほどに、お忙しかったのだと思うわ。育むべき自然が、大きく損なわれてしまっていたものね。
「なるほど。自然を育んでいるとしたら、自然豊かなところじゃないとダメってことか」
「性質も性格も、本当にいろいろって感じよ」
そのあたりは人と同じといえるのかしら。それぞれが思い思いに行動をされているみたいなのよね。
「言われてみれば当然か」
おっと。アルフが歩き出したと思ったら、突然立ち止まって振りかえったわ。
なによ、またその不安そうな顔つきは。
「ところで、俺の頭にまだ精霊はいるのか」
あぁ、アルフには見えないのだったわね。
安心していいわよ。あんたの頭の上は、特別扱いをされているみたいだわ。
「順調に増えているわよ。もう100体はいらっしゃるかしら。大きな輪をつくられて、楽しそうに踊っておられるわね」
「増えてって…… 頭を掻くこともできねぇのかよ」
両手で頬を押さえだしたわよ。変な顔をつくって嘆いているわ。身体の上に森をつくられた巨人さんと同じような気持ちになっているのかしら。きっと邪魔をしたくないのよね。
「あぁ。それは大丈夫よ。触ろうとしても、すり抜けちゃうから」
「先に言えよ。ずっと我慢していたぜ」
慎重に摩るように頭を掻いているわ。気にしなくても大丈夫なのにね。
「あはは。そこら中に浮いておられるって言ったわよね。ぶつかるのなら、歩くこともできないわ」
「うーむ。精霊は俺の頭に乗れるのに、俺の手はすり抜けるのか。矛盾してはいねぇか」
さっきの次元のお話から考えれば、一方的に干渉される可能性はあるのよ。矛盾はないわ。
ただ、頭の上の精霊様については、その位置に見えるだけなのよ。アルフに干渉しているのかはわからないわ。
「あたしに言われてもな。そもそも、頭に乗っているのか、浮いているのかもよくわからないし」
「おぉ。そうか。頭にいるからといっても、乗っているとは限らないのか。だー。ややこしい」
見ていても、よくわからないのよね。アルフの頭に糸をつないで浮いておられるような感じかしら。アルフが頭を振ると、ゆっくりとついて行くように移動されるのよね。
あ~、こうして見ていると和むわ~。
「気にしなくてもいいと思うわよ。人からは見えない前提で、精霊様は活動しておられるのでしょうから」
「おう。そうさせてもらおう。つーか、本物の花畑もあるのに、なんで俺の頭なんだよ……」
あたしに聞かれても困るのよね。まぁ、考えてはみるわよ。
「ずっと踊っておられるしねぇ。ん~…… 精霊様の雰囲気からして、おめでたいとか?」
「そりゃ頭の上じゃなくて、中身の話だろ」
ナイスアルフ。期待通りのつっこみよ。
「酷いことを言うわね」
「言わせてんじゃねー」
ばれたわ。あからさまだったかしら。
人に避けられることがつらいとはいえ、精霊様が見えるようになったことは救いだわ。見ているだけでも和めるお姿なのに、わざわざあたしに構ってくださるのよ。みなさんが、あたしたちを応援してくださっているのだわ。
気力がみなぎってきたわよ。もともとあたしはこの世界が好きだったわ。でも、思っていた以上にステキな世界であることがわかったのよ。この世界は絶対に維持しなければならないわ。旅を再開よ。




