おまけ:受けと攻め
なんて暗い森よ。まったくと言っていいほどに陽が差しこまないわね。
ティアラの光のおかげで、移動で視界に困ることはないわ。でもその先はまったく見えないわね。
怪物よ!
「うぉ。なんか出た」
少し大き目かしら。ティアラの光の範囲に入った途端に見えるから、びっくりするわ。
「見たことのない生物ね。化け物の類かしら」
向こうも警戒をしているみたいよ。動かないわね。
アルフったら、下手に近づくと危ないわよ。
「……これ、石像じゃね」
へ。
アルフが突っついても反応しないわね。
「本当だ。石だ。でもどうしてこんなところに」
こんなところと言ったものの、どんなところよ。
うわ。目の前に大きな建物があるわ。これは聖堂かしら。誰にも見てもらえないであろう暗闇には似つかわしくない美しさよ。
「あれ。こんな建物あったっけ」
「ティアラの光の外は全然見えないからね。近づかないと、わからなかったんだと思うわ」
それにしてもこれ、まるで今完成したばかりと思わせるほどの様相よ。美しく磨きあげられた感じだわ。
なのに人の気配がないというのはどういうことかしら。
というか、森の獣の気配すらもなくなっているわよ。危険なところだという可能性が高いわね。
「いかにも信仰系の建物よ。また厄介なことにならないといいわね」
むしろ妄想の神を祭っているほうがいいかもしれないわ。実在する者が祭られているとロクなことにならないのよ。いろいろとありすぎて身に染みたわ。
「ここだったら他人を巻きこむ懸念がなさそうなだけマシか。さっきの石像の怪物を祭っているのかな」
「うーん。あれは祭っているというよりも番をしているみたいに見えたわね」
この建物を護るために見張っているような雰囲気よ。
「番ねぇ。じゃぁこの建物は番でつくられているのかも」
「へ…… うわ。なにこれ趣味悪」
外壁の柱も壁面も、怪物の彫像が多数埋めこまれているわ。まるであたしたちを睨みつけているかのようよ。
「怪しさ満点すぎるだろ。これは旅に関係すると見た。内部調査してみるしかねぇな。入ってみようぜ」
「勝手に入っちゃダメよ」
旅に関係しようがしまいが、所有者の許可が必要だわ。
「こういう施設って誰でも入っていいんじゃねぇの」
見た目は聖堂よね。あまり関わりたくないとはいえ、アルフの言い分も理解できるわ。
「なんの施設か、わからないから断定はできないわね。でも、案内の人もいないし中で聞くしかないか」
とりあえずは入口から中を覗いてみるわよ。
うわぁ。外装以上に美しい内装だわ。無数の蝋燭で照らされているわね。きれいよ。
でも妙ね。屋内を満たす光は青白いわ。蝋燭の灯によるものではないわよ。
内部もやっぱり怪物の彫像だらけなのね。台座にも置かれているわ。床や天井にも巨大なレリーフが彫られているわね。
でも怪物よりも不気味なのが、この美しさよ。土足で入ることをためらうほどに、塵ひとつ見えないわ。
「すんげぇ数の蝋燭。これ全部灯す前に、最初のが燃え尽きるんじゃね」
「変よ変よ変よ。蝋燭が灯っているのに人の気配がまったくないなんて。これ幻覚かなにかかもしれないわ」
アルフが土足で入ったわよ。よくもためらわずに入れるわね。
あんまりあちこちを触らないほうがいいわよ。罠があるのかもしれないわ。
「実体はあるな。蝋燭の炎も熱い。仕かけはわからない。お?」
床を見て驚いているわね。あたしには、変わったものは見えないわ。
「どうかした? 床に変化はないと思うわよ」
「おぉ。変化がないぞ……」
く。
ボケをかます状況ではないわよね。ずっこけるところだったわ。
「なにを言っているのよあんた。なら、なにを驚いているのよ」
「土足で、きれいな床を歩いているのに足跡がつかない」
そんなことがあるわけ――
「え。うそ、なにこれ」
土を落としても消えてしまうわ。
「マアマさんが掃除してくれたわけじゃないわよね」
「してないー」
靴が消えていく様子はないわ。
建物を汚すものだけが消されている感じよ。
「妄想の神を祭るところじゃないのは確実ぽいな。なんかあるぞここは」
「なら中にいるのは危険よね? 一度外に出てどうするかを考えましょ」
消されるのが土だけとは限らないのよ。
と。アルフが手をつかんで引き止めてきたわ。
「俺は中にいるほうがいいと思う。まず第1に、襲ってくる気があるんだったら既に動きがあるはずだろ」
「可能性としてはそうだわね。でも、警戒して様子をみているだけの可能性もあるわよ」
いわばここは先方の手の内よね。敵意があるとしたら、圧倒的にこちらが不利だわ。
「第2に外は真っ暗だ。こっちのほうが視界が広いだけ警戒しやすい」
「相手からも丸見えと言いたいとはいえ、ティアラがあるからこっちは外でも丸見えか。たしかに不利ね」
ティアラの光を隠すことはできないわ。どこへ行ってもあたしたちは丸見えなのよね。
それに外にも彫像が置かれていたわ。中のほうが危険とは一概に言えないわね。
「第3に聖獣の森と似た気持ちよさを感じる。ここは邪な感じがまったくしないんだ」
「言われてみれば。見た目が気になって意識していなかったわ」
怪しい要素は多いのよ。でも害となる要素は見当たらないのよね。
うーむ。アルフの言うとおり、現状では外のほうが危険と言えるかしら。
「第4にガルマさんとマアマがいるから、なにが起こっても心配しなくていい!」
「それを言っちゃ身も蓋もないわよ。なるべく頼らないように意識しているのに」
外に出ても同じということになるわ。
「まぁそれは最後の保険だ。とりあえずはここの正体を確認するうえでも中で出方を待ちたいな」
「わかったわ。彫像から見られている感じなのを除けば居心地もいいしね」
土が消されたことは怖いわ。でもなんというか、消されたというよりも浄化されたような感覚がしたのよね。ティアラの光が、害となる要素を無効化する感じに似ていたわ。なんとなく親近感すら感じているのよね。
「じゃぁ飯にしようぜ」
「ここで?」
いつものこととはいえ、突拍子もないわね。
「においに釣られて、なんか出てくるかもよ」
「あんたじゃあるまいし」
すべてを食事に結び付ける感覚には呆れるかぎりだわ。でも筋は通っているのかしら。
仕方がないわね。身を潜めているであろう、ここの主に一応は断っておくわよ。
「ここで食べちゃダメなら早く出てきて警告してくださいね」
問いかけても反応はないわ。
「森の中だし食材には困らないか。マアマさん、適当においしそうな肉と木の実をお願いしていいかしら」
「まかせろー」
もう献立もお任せするわ。料理をイメージしなくても大丈夫よね。ほいっと。
中央に焼肉と木の実が現れたわ。おびき寄せるのなら中央がいいということかしら。
「下手に注文をつけるより、あたしの食べたいものをマアマさんに探ってもらったほうが正確なのよね」
と~ってもおいしそうだわ。早くいって食べるわよ。
「それはそれでどうかと思うが。意思疎通の練習もあるんじゃなかったっけ」
「あ…… うっかりしていたわ。空気を読む練習だけじゃなくて、思いを言葉で伝える工夫も大切よね」
言葉に頼りすぎてはいけないと学んだわ。でも言葉を捨てるわけにもいかないのよ。
伝えるべきことを、誤解を与えないように言葉で紡ぐのは、思いのほかむずかしいのよね。
「なにもしていない俺が忠告するのも変だけれどもな。か~、やっぱマアマの飯は最高だな」
「忠告には感謝しているわよ。やりたいのはあたしなのよね。ん~おいし。マアマさんありがとね」
「えへへへへ」
誘いをかねて、これ見よがしに料理のおいしさをアピールしてみたわ。でも、なんの反応もないわね。
「しっかし彫像は多いけれども、どれも祭っているって感じじゃねぇよな」
「ねぇ。なんの施設なのかしら。建物のデザインからして信仰系に違いないとは思うのよねぇ」
聖堂だとは思うわ。でも信仰対象になるような像は見当たらないのよ。
食事を終えてもまったく変化がないわね。
「マアマの飯の誘惑に勝つとは化け物か」
「あたしたちと同じものを食べるとは限らないわ。そもそも本当に、なにかいるのかしら」
土は勝手に消えていたわ。とすると、蝋燭を勝手に灯す仕組みになっていることも考えられるわね。
最初は人がいるはずだと思ったわ。でも、錬金術を思いだしたのよ。これくらいは不思議でもないわ。
「蝋燭も全然減ってねぇし。誰かが近くで管理しているってわけじゃないのかもな」
「ならもう出る? 家捜しなんてしたくないわよ」
無断で入るだけでも気が引けているのよね。屋内の品を漁るだなんてとんでもないわ。
今ここに人がいないとしても、誰かが管理を維持していることは明白なのよ。
「同感だ。だから最後の手段を使おう」
「最後って、なによそれ。まさか破壊活動なんてもっと嫌よ」
冗談とはいえ、火山を消せだとか、アルフはとんでもないことを言い出すのよね。
そんなことはマアマさんにさせないわよ。
「寝よう」
「……それが最後の手段?」
食事の後はそれだったわね。力が抜けるわ。
予想はできたはずよ。どうして思いつかなかったのかしら。我ながら情けないわね。
「おぉ。寝こみも襲ってこないんだったら接触しようがないと諦めよう」
「無用心すぎるわよ。そもそも寝ていたら、現れても確認できないわ」
筋が通っていそうな言い訳をしても、さすがに無理があるわよ。
「ガルマさん、大丈夫だよな」
「我は起きておる」
ちょ。あんたはガルマさんをなんだと思っているのよ。ガルマさんもどうして応じるのかしら。
「え。誰か来ても、ガルマさんが対応したら逃げちゃうんじゃ」
「そのときは起こしてやろう」
うぅ。極力ガルマさんには頼らずにすませたいのよね。
でも、起こしていただくだけなら問題はないかしら。
「ガルマさんがそうおっしゃってくださるなら…… 寝ちゃいますか」
なにかがいるという気配すらもないのよね。起きていても、やれることが思いつかないわ。
「おぉ。ここの光も眠りの邪魔にはならない感じだし。陰に行かなくてもいいだろ」
「壁際は気分的に彫像が怖いしね。ここで寝ちゃいましょ」
野宿をしているから、広いところで寝るのには慣れているわ。それでもこの状況には違和感を感じるわね。
眠れるのかどうか…… あやし…… くぅ。
「ベルタ」
ハ。
……あら? ガルマさんに起こしていただいたのではないのかしら。お姿が見えないわ。
アルフもいないわよ。マアマさんもいないし、ほかの荷物もないわ。
まさか土と同じように消されてしまったんじゃないわよね。
「ん~。ありえない。つまりこれは夢ね」
今のあたしはガルマさんのおそばにあるのよ。このような状況になる可能性は皆無だわ。
「それにしても変な夢ねぇ。これから、なにか起きるのかしら」
見たところ、寝る前と同じ光景よね。
む。奥からひとりで歩いてくる人がいるわ。夢だとわかっていても緊張するわね。
……うそよ。その姿は――
「お、おかあさん!」
「待て。私はお主の母ではない。お主と話をしたくて、お主が最も会いたい者の姿を借りたのだ」
おかあさんの声よ。
でも、おかあさんじゃないですって。
いくら夢の中とはいえ、おかあさんを冒涜することは許さないわよ。
「な。ふざけないで! おかあさんはお前の道具じゃない!」
消えたわ。
「すまぬ。母と死に別れておったのだな。そこまでは見ておらなかった」
声だけが聞こえるわ。さっきの、おかあさんの声じゃないわよ。今度はガルマさんの声に似せているのかしら。
「あたしと話をしたい? いや、これはあたしの夢だったか」
「ここはお主の夢に相違ない。だが私は夢ではない。お主の夢に介入させてもらっている」
んーむ。夢であることを、夢に肯定されたわ。でもその夢が、自分は夢ではないって…… ややこしいわね。
眠っているあたしに、声の主が話しかけている感じなのかしら。
「そんなまねをせずとも、話したいなら直接会いにくればいいではないですか」
「それができぬゆえだ。ガルマ様に仲介を頼んでもみたが、直接話したほうがおもしろかろうと言われてな」
ガルマさんの差配だと言ったわ。
……ガルマさんのおそばで名を出せるとなれば、おそらくは事実だと思えるわね。邪な者なら消されているはずだわ。
「おもしろって…… 本当におっしゃりそうね。でも話すだけなら、おかあさんの姿を借りなくてもいいのでは」
「姿を見せずに話しかけても警戒されると思ってな。私には本来の身体がないゆえ、お主に見せる姿がないのだ」
今のあたしは、ガルマさんのおそばで眠っているのよね。そのあたしの夢に介入できるような、身体を持たぬ存在となれば……
「精霊様とかですか」
「うむ。だが結果として余計に警戒させてしまったな。あさはかであったわ」
腑に落ちないわね。本当に精霊様であれば、わざわざ話しかけてくる意図がつかめないわ。
「おかあさんの姿を読み取れるのなら、話さずともあたしの考えを読めるのではありませんか」
「問わねば考えぬであろう。考えた結果を聞きたいのだ」
ふむ……
ここの雰囲気はとても清々しいわ。ガルマさんも、いまだにあたしを眠らせたままなのよ。それに会話のやり取りから考えても、声の主は信用できるわね。本物の精霊様だわ。
なら……
「御配慮を察せず申しわけありませんでした。失礼ながら、もう一度母の姿を見せてはいただけませんか」
あたしを騙そうとされたわけではないわ。御好意でおかあさんの姿を見せてくださったのよ。ならば拒む理由なんてないわ。
「よいのか。私はこのままでもよいし、別の姿にもなれるのだぞ」
「はい。一番会いたい姿であることに相違ありませんので」
夢でもいいからもう一度会いたい。何度も何度も思い続けていたわ。
もちろん、おかあさんではなく精霊様だとわかっているわよ。それでも、さっき見せていただいたおかあさんに会いたいわ。
「……本当にすまなかったな。ここはお主の夢の中だ。存分に見るがよい」
あぁ。おかあさんよ。もう、顔もはっきりとは思い出せなかったのに、まさに生き写しだわ。
これは夢の中なのよ。わかっていても涙がこみあげてくるわ。
「ありがとうございます。お話とやらをお聞かせください」
夢でもいいわ。おかあさんの優しい笑顔をもう一度見られるだなんて、感謝してもしきれないわよ。
「まずは尋ねたい。お主からウンディーネ様の力を感じるのはなぜだ」
「ウンディーネ様から頂いたティアラを装着しているからだと思います」
妙ね。精霊様であれば、それくらいはおわかりのはずだわ。
「……たしかにティアラからも感じるが、お主の内からも似た力を感じる」
「えぇ? それは初耳です。あたしはただの人なのですが」
どういうことよ。ずっとティアラを装着していたから、身体の中にもウンディーネ様のお力が溜まっているのかしら。
「……あふれるほどに満ちた生命力。それに穢れを拒む心。そうか、水属性と相性のよい資質をもつ者か」
「はぁ。そうなのですか」
勝手に納得されているわよ。やっぱり話す必要なんてないと思うわ。
「お主はガルマ様とマアマ様とウンディーネ様のお力に護られておる。だが欠けた要素も残ってはおるか」
「過剰なほどに護っていただいております。これ以上はあたし自身が強くならねばならないでしょう」
急に話が変わったわ。
欠けた要素というのは、おそらくは精神の脆さのことよね。
「ふむ。お主は調和の維持のために、人を襲う獣でも逃がしておる。人を襲う邪霊も逃すべきだと思うか」
「思いません。邪霊は食物連鎖には含まれません。ですがあたしには邪霊を祓う術がありません」
物語での邪霊を知ってはいるわ。現実に遭遇したことはないのよね。
「うむ。ひとつには非物理的存在への対処手段が欠けておるな。では邪霊に遭遇したらどうする」
「現状では逃げるほかありません。状況によってはガルマさんが対応されるかも知れませんが」
というか、ガルマさんを見たら、どんな邪霊でも逃げ出すわよね。今まで遭遇しなかったのは、そういうことだと思うわ。
「ガルマ様以外の者が勝手に祓うことに異存はないか」
「術師とかですか…… 邪は祓うべきと認識しております。真に邪霊であれば異存はありません」
そういえば考えていなかったわね。身体を持たぬ意思に襲われたときの対処も必要なのよ。
あたしは護っていただいているから警戒心が薄れていたのね。でも、目の前で襲われる人を見過ごしたくはないわ。考えておくべき問題なのよ。
「お主の経験を見るかぎり、物理対象への措置には慣れておる。非物理対象として、引き続き邪霊で問うぞ」
「はい。考えておかねばならぬことでした。考える機会を与えていただいたことに感謝します」
邪霊ね。たしか、邪な霊の総称よ。邪霊という種があるわけではないわ。
身体から独立した、邪な者を総じて呼ぶのよね。たとえば、堕ちた精霊なども含まれるわ。
憑依や受肉で身体を持っていることもあるというお話だったわね。その場合も、身体の破壊で滅びないのであれば邪霊として扱われるということだったかしら。
現実感が乏しくて、深く考えることはなかったわ。でも今、こうしてご指摘を受けるということは、遭遇する可能性がある脅威ということなのよね。
「お主は弱者を救いたいと思っておる。直接には人を害せぬような、弱々しい邪霊も祓うべきだと思うか」
「……食物連鎖には人より弱い者も含まれます。自然を害するような邪であれば祓うべきです」
精霊様が、わざわざあたしに会いにきて問われているのよ。それなりの意味があるはずだわ。
真剣に考えてから答えなきゃね。
例えば微生物が邪霊に滅ぼされれば、自然は成り立たないのよ。人より弱い邪霊であるかは関係がないわ。
「お主は驕りを恐れておる。邪霊を祓うことができたなら、祓うことは驕りにつながると思うか」
「……他人の功を奪うような場合はつながるのかも知れません。驕りの判断はむずかしいです」
驕りが絡むと独断では判断しがたいのよ。
ふつうに考えれば、邪である時点で祓ってしかるべきだと思うわ。
でも祓うことを生業としている人もいるのよ。そのような人を差し置いて祓うのは驕りよね。
「その他人が、確実に祓える状況が存在すると思うのか? 任せて殺されても自業自得とみなすのか?」
「……人に確実などありえませんね。考えを改めます。邪霊を祓うことは驕りにつながりません」
やっぱりむずかしいわ。
対象が邪であり、祓うことができると前提された条件なのよね。ならば迷う要素はないのだわ。犠牲を抑えるには、邪は無条件に祓うべきなのよ。
「お主の母の姿を借りる邪霊が現れたとしよう。お主に祓えるか? あるいは祓うことを他者に望めるか?」
「……そのような事態は避けたいですが…… 断言できるものではありませんが祓えると思います」
この夢と似た状況よね。
あたしは、おかあさんの姿で現れた精霊様を祓おうとしていたわ。まして相手が邪霊だとわかっているのであれば祓えるはずよ。
「その根拠は」
「おかあさんが死んだことは理解しております。なにより邪霊がおかあさんの姿を借りるなど許せません」
夢の中でよかったわよ。もし現実で、マアマさんを握っていたなら、どうなっていたことかわからないわ。
「質問を変えよう。お主はティアラで目立つことを精神鍛錬に活用しておる。さらに目立つことを望むか」
「あう。心情的にはつらいですが望みます。現状には慣れてきているので鍛錬効果が薄れていそうです」
今でも注目を浴びたくはないわ。でも、目立つつらさがマヒしてきた感じなのよね。
「たしかにおもしろいなお主は。目的のためには苦痛を厭わぬのだな。では最後に。お主はなぜここへ来た」
「え。あたしはアルフの旅に同行しているだけです。ここに来たのはあたしの意志ではありません」
むぅ。おもしろいことを言った覚えはないわ。あたしとは感覚が違うのかしら。
「そのアルフはなぜここへ来た」
「正体不明のなにかに呼ばれているそうです」
この質問はあたしにするまでもないはずよね。答えるまでもなく、おわかりのはずだわ。どんな意図があるのかしら。
「つまりいまだ旅の途中であり、その先になにが待ち受けているかはわからぬのだな」
「そのとおりです。でもあたしは進化しなければならないので旅を続けねばなりません」
あ。まずいことを言ってしまったのかしら。
おかあさんの優しい笑顔を保ってくださっていたのに、突如険しい顔つきになられたわ。
「進化を目指す意義は大きい。だが、なした人などおらぬ。進化を責務などと考えることは驕りではないのか」
ぐ。あたしのような小娘が進化を口にしたせいで、ご気分を害されたのかしら。
「はい。あたしは過ちを犯してしまいました。なんとしても進化して導かねばならぬ人々がいるのです」
「なせると思っておるのか」
うぅ。厳しい問いが続くわね。
「正直に申せばわかりません。ですが人の寿命など精々100年。最後まで尽力してみせます」
「赤の他人のために短い一生を犠牲にするというのか」
……それは違うわ。
償いのために進化が必要であることはたしかよ。でも進化を目指す目的は、贖罪のためだけではないわ。
「犠牲ではありません。そもそも人は大願を果たすためにつくられたと聞いております。渡りに船でしょう」
「人には選択の自由が与えられておる。大願成就や過ちを無視する選択肢もあるのだぞ。望みはないのか」
あたしの望み、ね。
あたしは幸せなのよ。この世界が大好きだわ。だからこそ、この世界を維持したいのよ。それがあたしの望みだわ。
「世界が滅べばすべての望みが消えます。大願成就は必要です。あたしは最も目指しやすい立場にあります」
「ほぉ。お主が最も大願成就に近い人であると? そう自覚しているということか」
言葉にされるとおそれ多いわね。でも客観的に見ても、今の立場がそうであることに間違いはないわ。
「驕りと思われて結構です。たしかにあたしは未熟ですが、この最高の環境で目指さぬ選択はありません」
あたしはまだ子どもよ。人としてすらも未熟だわ。でもあたしに与えられた環境は、誰よりも大願成就に近づける状況であることに間違いはないのよ。たとえ精霊様に無理だと断言されても、最後まであがいてみせるわ。
あら。お顔に笑みが戻られたわよ。どこを見ておられるのかしら。
「ふ。なるほど。直接話せとはそういうことでしたか」
「はい?」
そういうことって、どういうことかしら。
こちらに向きなおされたわ。
「惚れた」
「は?」
おかあさんの顔と声で、そんなことをおっしゃられても困るわ。
「私もついていこう。お主に欠けた要素を少しは与えてやれそうだ」
「え? ついてくるとおっしゃっても直接会えないのではなかったのですか」
夢の中でもなければ、話すことすらもできないみたいよね。ついてきてどうされるというのかしら。
「そのわけはこれだ」
なにか小さなものを手渡されたわ。
「石ですか?」
「説明する時間はなさそうだ。朝が来た」
ハ。
目の前にアルフがいるわ。ガルマさんもマアマさんもおられるわね。夢から覚めたのだわ。
「おはよ。俺より起床が遅いなんて珍しいな」
「うん。夢とは思えないような夢を見ていたのよ」
意味深な夢だったわね。あの精霊様は結局なんだったのかしら。
「夢なんてそんなもんだろ」
「そうなのよね。でも――」
おっと。右手で目をこすろうとしたら、なにかを落としそうになったわ。手になにかを握っているわね。
「え。これ。夢の中でもらった石だ」
どういうことよ。精霊様は消えたのに、石は現実にまで現れるだなんておかしいわよね。
「石? 妙だな。ここには塵ひとつ見えないぞ。どこから拾ったんだ。うぉ?」
「なに? ついになにか出たの」
なにかが襲ってくるかもしれないと警戒していたのだったわね。夢の印象が強すぎて忘れていたわ。
「いや消えた」
「なにがよ」
その要領を得ない答え方はやめてほしいわ。
「大量にあった彫像だ。全部消えている」
うっそぉ。床も壁も、埋め尽くさぬばかりだった彫像やレリーフがすべて消えているわ。
「え。えー。寝ている間に全部消えちゃったの? どうして」
勝手に土が消えることには驚いたわ。次になにが消されるのかと警戒もしていたわよ。でも、もともとあった彫像が消えるだなんて夢にも思っていなかったわ。
「寝ている間に動きだしたとか?」
「んなわけないで…… しょとも言えないのかしら。不思議なところだしね」
移動したのなら、彫像が埋まっていた場所には穴が空いていそうよ。
でもそんな痕跡すらないわ。もともと、なにもなかったかのようなきれいな壁面になっているわね。
「寝ている間の変化は彫像の消失と、代わりに現れた石ころか」
「夢の中で精霊様に会ったのよ。夢でしか会えないわけがこれだと言われて渡された石なのよ」
アルフなら、この石を見て、なにかに気づくかしら。
「わからん。色んな意味で」
「あたしもよ。ガルマさんとも話したと言っておられましたが?」
今回は、精霊様がガルマさんの名を出しておられたわ。ガルマさんも当事者の可能性が高いわよね。御説明いただけるのではないかしら。
「水の精霊だ。大精霊ではないが最上位に属する」
「水? 石ではないのですか。ケルピー様と同じ感じですか」
ここに来てから水は見ていないわ。石造りの彫像と建物に、夢の中でもらった石。
精霊様がおられるのだとしたら、石の精霊様だと思っていたわ。
「ウンディーネやケルピーと同じ水の精霊ではあるが、受けと攻めの違いがある」
「え? え? 突然なにをおっしゃる気ですか」
受けと攻めって、精霊様同士でもそういうことをなさるのですか。だとしても、そんなお話を今されても――
「ティアラの光を見てのとおり、ウンディーネの力は自らの生命力を高め、降りかかる禍を浄化する。受けだ」
「あ、なるほど」
そうですよねー。誤解するほうがおかしかったわ。
「対して、夢に訪れた精霊は、対峙する邪を祓う。禍が降りかかる前に、生命力を牙として浄化する。攻めだ」
「水は生命と浄化の源とおっしゃっていましたが、同じ水でも扱い方が違うのですね」
力の根源が同じでも、能力によって扱い方が異なるということなのだわ。
「だがその石については聞いておらぬな。全員でひとつの石に受肉する意味か」
ガルマさんも聞いてはおられないのですか。となると自分で調べるしかないのかしら。
鉤のようなものがついているわね。腰ひもとかに引っかけられそうだわ。
「全員? おひと方でしたよ。憑依じゃなくて受肉ってことは、この石が精霊様なのかぁ」
引っかけられる形状の精霊様ねぇ。
……んふふふふ。鉢巻を外して、と。
「石ならついてこれるって意味だったのかしら? 受けと攻めなら一緒にいたいですよねぇ」
ついてこられるとおっしゃっていたわ。となれば、引っかけるところはティアラしかないわよね。
ティアラを外すと壊れちゃうから、装着したまま引っかけないといけないわ。この辺りかしら。当たったわ――
ちょ? 石が溶け出したみたいな感触よ。手の中から消えていくわ。
「え、なに? なに?」
うそぉ。石が消えちゃったのかしら。あたしは石をティアラに引っかけようとしただけなのよ。精霊様は大丈夫なのかしら。
「おぉ。すっげぇ、かっけぇ!」
アルフったらうるさいわね。なにを騒いでいるのよ。
……まさか? 手鏡はどこだったかしら。あったわ。
ぶ。誰よこれ。……あたしよね?
あー。ティアラのバンドが変わっているのだわ。質素だったのに、今は美しいレリーフで飾られているのよ。荘厳な雰囲気を醸しだしているわね。というか、自分でもなんだか怖いわよ。なにかこう、威圧感を生み出しているわよね。
「うっそー。石がティアラに融合しちゃったの? これ大丈夫なのですか?」
「……」
え、ガルマさん? なにかを堪えるようにうつむかれたわ。
どういうことよ。深刻な事態にでもなってしまったのかしら。
「ガルマさん?」
「ふ、ふは、ふはははは」
ガルマさんが笑われるだなんて、いつ以来かしら。こんな笑われ方をされたのは、大願のお話のときくらいよね。
「あははははは」
ちょ。マアマさんまで笑われだしたわ。怖いわよ。
ガルマさんとマアマさんが、大笑いの合唱だなんて、ただことではないわ。
双方にとっては笑い事でも、人の世界にとってはとんでもない災厄となる可能性があるわよ。
「ガルマさん!」
「す、すまぬ。受肉した意味を考えておったら、先にお主が答えを出してしまったので思わずな」
答え? これが石を手渡された意味だとおっしゃるのですか。
「おぉ。ついにベルタはガルマさんを超えたのか」
「シャレにもなっていないわよ。あたしが答えを出したんじゃなくて勝手に融合したのよ」
「うむ。その結果として、お主はさらにおもしろい人となった。笑わずにはおれぬ」
おもしろい人とはどういう意味かしら。精霊様にもおっしゃっていたみたいなのよね。
人が使う場合と、ガルマさんが使われる場合では、まったく意味が異なるのよ。
「……あたしがじゃなくて、協力してくれる力がですよね。あたしがおもしろいって言い方は酷いです」
まるで奇人変人の類みたいよね。
「そうだな。お主の穴がまたひとつ埋まったのだ。しかもこれは…… ふ、ふはは」
「またぁ」
不安だわ。不安過ぎるわよ。外観が変わっただけで、これほど笑われるお方ではないわ。絶対になにかがあるのよ。
それにさっきの笑いとは少し雰囲気が違うわ。少し困られているかのような空気を感じるのよ。
でも、ガルマさんが困られるようなことなんて、ありえるのかしら。あったとしたら、あたしごときにはどうしようもないわよね。
「過去にもマアマを手にした者は数人いたが、自惚れて自滅した。対してお主は、力を自覚すらしておらぬ」
「えぇ? マアマさんの怖さなら十分自覚していると思いますよ」
あたしには強大すぎるお力ですものね。驕りになるのが怖くて、お願いすることをためらってばかりだわ。
「マアマよ。どう思う」
「べるたー。すきー」
ありがとうございます。じゃなくて、答えになっていませんよ。
「そうだな。好ましい愚かさと言えるか」
むぅ。ガルマさんには通じておられるわ。説明をしたところで自覚はできない愚かさ、という意味なのかしら。
となるとおそらくは、自覚できないほどの力を得てしまったということよね。
「ひっどーい。でもそっか。精霊様もあたしを助けてくださるのですね。ありがとうございます」
もう今更よ。神域のマアマさんがおられる以上は、精霊様のお力を新たに授かったところで大事には至らないはずだわ。
「ティアラと融合することでベルタの生命力を使えるうえに、ティアラとの相乗効果もある。考えたものだ」
ふむ。要は精霊様の能力も向上されたということかしら。あれだけ笑われるほどの向上ということよね。
あたしは、もとの能力すらも知らないのよ。さっぱりわからないわ。
「考える時間なんてなかったと思いますが。精霊様だからか。ところでお名前はないのですか?」
精霊様なら知識も能力も、あたしの想像を絶するはずだものね。即座にお考えになられたということなのだわ。
「多くの名で呼ばれておったな。全部聞くか?」
御自身で名乗られているわけではないのですね。
「いえ。あたしは、なんとお呼びすればいいのかと思いまして」
「好きに呼べと言っておる」
ないわ。あたしごときが精霊様の名付け親になるだなんてありえないですよ。
「そんなおそれ多い。マアマさんみたいに、自分でつくるとかして特定できませんかね」
「ガーゴと名乗ることにしたそうだ。マアマと同じ命名方法を認められるとは、と喜んでおったぞ」
またおかしな解釈をされてしまっているわ。あたしの言い方がおかしいのかしら。そんなことはないわよね。
「え。認めるってそんな大層な。ガーゴ様もあたしのことを誤解していませんか」
直接にはお話できないから一層伝わり辛いわ。ガルマさんならば的確に伝えてくださっているはずなのによ。
「お主を一番誤解しておるのは、お主自身だ」
「う。客観的に自分を見ろってことですよね。気をつけます」
おそらくは、ノーム様のお言葉のことよね。すべての精霊様からすれば、マアマさんを手にするあたしの立場が上になるのよ。
でも、そんなのおかしいわ。マアマさんの力は、マアマさんのものなのよ。あたしのものではないわ。
……そんなことは精霊様にもおわかりよね。きっと精霊様にとっては、マアマさんの存在がそこまで大きく絶対的だということなのだわ。
「残る穴は、精神的な自滅を除けば時間と次元くらいか。よくもここまで。感心したぞ」
「だから、ガーゴ様が来てくれたのも、ただの運ですってば」
努力して身に着けた力ではないわ。感心されても困るわよ。
「運の脅威は説明したであろう。運を味方につけること。これ以上に感心できることがあろうか」
「うぅ。そんなのはあたしが意識してやったことじゃないんですぅ」
運が、竜神様ですらも頼る力であることは覚えておりますよ。でも、あたしが努力して味方してもらったわけではないのです。
「意識して運を引き寄せるなど、竜神にもできぬわ。まぁ今はアルフを呼ぶ者の力も多分にあろうがな」
「そう、それですよ。とんでもないことになっちゃうのは、あたしのせいじゃないです……」
「べるたー。いいこー」
あたしは、なにもしていないわ。それなのにどうしてあたしが感心されるのよ。こんなのおかしいわ。
「よくわかんねぇけれども、とりあえずは見た目が格好よくなったってことだろ。いいんじゃね」
「お気楽すぎるのよあんたは。そう言えば具体的になにが変わったのかはわからないわね。邪を祓うの?」
ガーゴ様の能力の性質については伺ったわ。攻撃寄りなのよね。でも、ティアラと融合された結果、ティアラの効果にどう影響したというのかしら。ティアラの光の範囲の邪霊を祓われるとか――
「お前は常に邪を祓い正を求めているって言われていたじゃん。実質的に今までと変わらないってことだろ」
「大差はない」
むぅ。あたしには邪を祓った覚えなんてないのよね。
「だったらやっぱ気にしなくていいんじゃね。邪を祓う力が強くなったとしても問題になることはねぇだろ」
「本当に? ガルマさんの笑いがすごく気になるんですが」
目を逸らされたわよ。
ガルマさんにとって大差がないのは事実だと思うわ。でも、あたしにとってはとんでもない差がありそうよ。
「マアマさん…… は教えてくれないわよね」
「あははははは」
あたしの葛藤をご覧になって楽しまれているみたいなのよ。そんな遊び方をされないでいただきたいわ。
「ハァ。まぁもともと過剰な力に護られているし、さらに増えても同じなのはたしかね。気にせずに行きますか」
少なくとも、今のところは変わった感じがしないわ。ガルマさんの笑いが気になるとはいえ、あたしには認識できないような変化かもしれないのよ。
「そうそう。気にしない訓練も大事だぞ。お前はいろいろ気にしすぎだ」
「そうだったわね」
おっと。癖で手拭の鉢巻をするところだったわ。
「あ。ガーゴ様申しわけありません。ティアラは人を魅了してしまうので手拭で隠しますね」
では改めて鉢巻を…… と?
ガルマさんに制止されたわ。
「隠さなくても問題にならぬように対処したと言っておる」
「え。さっき手鏡で見たときは宝石がきれいに見えたままでしたが。というか格段にきれいな外観に……」
むしろ魅了の力が強化されているのかもしれないわ。
「うむ。気高い威厳を持たせることで畏怖せしめて、手の届かぬ品だと諦めさせるそうだ」
「そんな無茶な」
ショック療法の類かしら。
たしかに威圧感はあったわよ。でも、強欲な人が簡単に諦めるとは思いがたいわ。
「ほかの人の反応を見てから決めりゃいいんじゃね。魅了されてからでも隠せば大丈夫だったし」
「うぅ。恥ずかしいとはいえ精神鍛錬もあるし試してみますか。夢での質問はこういうことだったのか」
さらに目立ちたいかと問われたのよね。肯定したのだから文句は言えないわ。
「んじゃ行くか。仲間が増えて精神鍛錬効果もアップしそうときた。いいことずくめだ」
「そうよね。前向きにとらえないと」
まずは外へ出るわよ。無事でよかったとはいえ、長い夜だったわね。ずっと夢を見ていたから、あんまり眠った気もしないわ。
「あら。森の中も明るくなったのね」
森の奥まで見通せるようになっているわ。彫像が消えたことと関係があるのかしら。
「へ。真っ暗なままだぞ」
「え…… たしかに明るくはないわね。でも暗いところもわかるわよ?」
「非物理的な存在をも知覚する能力だ。ゆえに物理的な明るさに関係なく視界を確保できる」
ガーゴ様のお力の影響ということかしら。暗いのにはっきり見えるって変な感覚ね。
「……今までと変わらないのではなかったのですか」
喜んでばかりもいられないわ。あたしに認識できる変化があったのよ。おそらくはこれだけじゃないわ。
「大差ではなかろう。次にノームに会ったときは姿も見えよう」
「す、ステキ! ガーゴ様ありがとう!」
ノーム様のお姿を拝見できるだなんて最高だわ。早速お目通りに王都へ…… というわけにもいかないわよね。ノーム様のお役目を邪魔するわけにはいかないわ。
次にお目通りできる機会が待ち遠しいわね。そのときにお叱りを受けないように、しっかりと成長しておかねばならないわ。さぁ、旅を再開よ。




