おまけ:ふつうの娘になりたい
なによあの町は。けばげばしいわね。壁や地面が、派手な彩色で塗りたくられているわよ。絵になっているのかしら。隙間なく描かれていて、よくわからないわね。
町の入口も変よ。奇妙な生物が踊っているわ。見覚えのない種ね。近くに人もいるみたいだから、危険ではなさそうよ。
「なんだありゃ。町だよな」
「見るからに怪しい町ね。避けるのも手だわ。でも、もう夜だしねぇ」
こんな町じゃ、期待のベッドも、不気味な装飾になっていそうよ。げんなりするわ。
それに夜通し騒いでいそうよね。安眠できるのかも怪しいわ。
「拠点を登録してから、王都に飛んで泊まるのもありじゃね」
「そうね。入って出るくらいなら問題もないか」
とりあえず、この奇妙な生物はスルーでいいわよね。
「よぉお~こそ! わぁ~れらが仮装の町へ~♪」
え。これ、人だわ。仮装しているのね。なにに仮装したつもりなのよ……
「こ~の町で~わっ! す~べての人に、かっそ~をた~のしんでい~ただきまっす~♪」
話し方にまで仮装をしているのかしら。聞き取り辛いわよ。
「すべてって。俺たちもか」
踊るのをやめたわ。こっちを凝視しているわね。アルフの反応が気に入らなかったのかしら。
あら。大きく頷いたと思ったら、再び踊りだしたわ。
「ベ~ルタ一行の! かっそ~ですねぇ~~おっみ~ごとでぇす~♪」
「いや。仮装じゃなくて、そのベルタ一行なんだけれども」
ぶ。ティアラの光の噂のせいで、あたしの名前が出るのはわかるわよ。でも、あんたまでが肯定しないでよね。
「ちょっと。どうして、あたしの旅みたいな扱いになっているのよ。あんたの旅よね」
少なくともあんただけは、アルフ一行だと指摘して然るべきだわ。
「お前が一番目立っているんだから仕方がないだろ」
ハァ。そうだったわ、アルフは気にしないのよ。噂なんて気にするだけムダだと、普段から言っているものね。
「な~りきっておい~ででぇすね~~おぉおおおおいに結構! どうぞおはい~り~く~ださい~♪」
「まぁいいか」
全然よくはないわよ。この姿が仮装だってことになっちゃうわ。
でも相手にはしたくない話し方よね。誤解されたまま、スルーをしておくのが得策かしら。
あたしたちが騙したわけじゃないものね。きちんと説明をしたわ。納得しなかったのは相手の責任よね。
町の中は、いっそう派手だわ。そこいら中をスポットライトで照らしているわね。ノリのいい音楽も流れているわ。
それにここでは、みんなが仮装をしているのよね。あたしたちが、まったく目立たないわ。
「ベルタには、いい町じゃね? 久しぶりに注目されずに町を歩けるじゃん」
「注目されないのはいいわ。でも、落ちつかないわね。町というよりイベント会場よね」
アナウンスが流れるみたいよ。
「テーマ別・仮装コンテストを開始します。参加者はステージのほうへお集まりください」
「イベントもやるみたいだな。うるさいだけだし王都へ行くか」
「そうね。こんな状況でやるようなイベントはどうでもいいわ。拠点はどこかしら」
おかしな飾りが多すぎて、なにがどこにあるのやら、わかりづらい町だわ。
「最初のテーマはベルタ一行です」
な? 今のアナウンスは――
「拠点ねぇ。警備兵がいれば聞けるんだが。警備兵も仮装しているのか? 全然わからねぇな」
「それどころじゃないわよ」
アナウンスを聞いたわよね。放っておけるイベントじゃないわよ。
「へ」
「あたしたちがテーマって、なによ」
へ、じゃないわ。他人事じゃないのよ。
「同名の別人かもよ」
「今まで噂で接触してきた人って、全部あたしで合っていたわよね」
そもそも、この町の入り口でも、あたしたちがベルタ一行の仮装だと間違えられたわ。別人だなんてありえないわよ。
「そうだっけか。まぁ仮装するくらいだったらいいんじゃね」
「よくないわよ。あたしってどんなイメージなのよ。見ておかないと」
あぁ、もう。ステージとやらの場所もわかりづらいわ。
もしも変な格好の人が受賞をしたら、おかしな噂が立ちかねないのよ。場合によっては名乗りを上げてでも、イメージを矯正しなければならないわ。
「みんな妄想で仮装しているんだからマジになんなよ。興醒めするぞ」
あたしで妄想するから問題なのよ。興醒めしたくないなら別のテーマにするべきよね。勝手にあたしで盛り上がろうとしている人たちの自業自得よ。興醒めしたところで、あたしのせいじゃないわ。
ようやくステージを見つけたわよ。
ステージ付近はすごい人ごみね。人気があるコンテンストなのかしら。
「では1番の方~」
ちょうどコンテストが始まったところね。
出演者はステージの後方に並んでいるみたいだわ。進行を待たなくても全員を見ることができそうよ。
「みんなリュックとモーニングスターとライトを背負っているだけって感じの娘だよな。問題ないだろ」
……問題ない、ですって? 冗談にもならないわ。どこを見て言っているのかしら。
「大ありよ! なによあの血糊。肉を咥えている人とか、人形をいくつか積んで背負っている人もいるわよ」
わけがわからないわ。あたしがいつ、あんな格好をしたというのよ。
「返り血を浴びたり、食事で肉を食ったりするだろ。人形は救護で運んでいるイメージとかじゃね」
返り血って、料理で肉をさばいたときとかよね。あんなに浴びるほどは被らないわよ。肉は口に入る大きさに切ってから食べているわ。咥えた覚えなんてないわよ。救護のときは人を背負うわ。でもあれ、荷物みたいに積み上げているわよ。死体の運び方だとしても扱いが酷いわ。
「どう見ても違うわよ。凶暴なイメージしか伝わってこないわ」
「落ちつけって。これも精神鍛錬だ。変に見えるのは、仮装が下手なだけだって」
そ、そうだったわ。感情を抑えなければならないのよ。
「ぐ。あんたの仮装は気にならないの?」
「みんな俺より格好いいじゃん。剣だけは俺のほうが格好いいかな」
まったく気にしていないわね。そもそもアルフの仮装には、それほどひどいものが見当たらないわ。
「あたしの仮装はおかしいと思うよね? 思うわよね?」
「だから落ちつけって。ガルマさんの仮装も酷いけれども、当人はなにも言わないだろ」
そっちは酷いといっても、似せるのがむずかしいだけに見えるわ。あたしの場合は、似せようとしているイメージ自体がおかしいとしか思えないのよね。
「そりゃガルマさんは気にされないわよ。でも――」
「まだ哀しみとか怒りへの耐性が低いんだろうな。ちょうどいい機会だと思ってしっかりと耐えておけ」
おそらくは図星だわ。アルフって、こういうところは鋭いわよね。
「う。それは自覚しているわ。でも、嫌な鍛え方ね……」
「そうか? 本当に哀しい思いをして鍛えるよりは、誤解されて哀しいって程度のほうがマシだと思うぞ」
……まさにそのとおりよね。誰かが傷つくような哀しい事件がなくとも精神鍛錬ができるのよ。ありがたい機会といえるわ。
「うぅ。我慢我慢我慢我慢……」
みんなの仮装が下手なだけなのよ。気にしちゃいけないわ。落ち着くのよ。
「さぁテーマベルタ一行の最優秀賞は…… 3番の方!」
3番て…… よりにもよって、血まみれで肉を咥えた仮装のチームだわ!
「ちょっと待ちなさいよ! どうしてその娘なのよ!」
「鍛錬鍛錬」
あー! 拍手と歓声とアルフがうるさいわね。あたしの抗議がかき消されちゃうわ。
「あんなのが選ばれるなんて、ありえないわよ」
「みんな噂で聞いただけなんだろ。お前を見たこともないのだろうから仕方がないって」
見たことが無ければ、あんな姿になるというのかしら。おかしいわよ。噂で広まっている特徴なんて、光っている娘というくらいのはずよね。
「だからって、あんな格好はしたことがないわよ。どんな噂になっているっていうのよ」
「チーム制だからな。俺やガルマさんの仮装が評価されたのかもよ」
あのチームのアルフとガルマさんて、どんなのだったかしら――
「ベルタの仮装が真に迫っていると、特に高い評価を受けました!」
やっぱり、あたしのイメージがおかしくなっているわよ。ここで矯正するしかないわ。
「ふー!」
「もしここで乱入してみろ。いっそう荒くれ者のイメージが大きくなるぞ」
うぐ。
……あの、とんでもないイメージが裏付けされることになりかねないのね。
「じゃぁどうしろっていうのよ」
黙っていても、あの姿があたしだってイメージは広がっちゃうわ。
「耐えろって。精神を鍛えたいんだろ」
「……こんな思いをしながら耐えなきゃいけないなんて。泣けてくるわ」
あたしは、かよわい乙女なのよ。覚えのない凶暴な姿だと他人から思われるだなんて耐えがたいわ。お嫁にもいけないわよ。あんな娘を迎えようだなんて人はいないわよね。あたしの将来は絶望的だわ。こんなにつらいのなら――
「目の前で惨劇が起きて、怒りや哀しみに呑まれたらどうなると思う。マアマを握っているんだぞ」
「! そうよね。これくらいは笑って見過ごせなきゃ本当に危険なのよね…… でも、あー!」
「べるたー。よしよし」
今のあたしに、甘えは許されないのよ。もし感情に呑まれて、いっときでも世界の消滅を願ったりすれば、現実に消滅させかねないわ。
わかっているわよ。でも、こう、こらえがたい、なにかがこみあげてくるわ。これが愚かさなのよね。わかってはいても、抑えがたいのよ。
「次のテーマは動物です」
「あとは見なくてもよさそうだな」
「もう精神力のげんかーい」
あー。疲れたわ。ぼーっとするわね。もうどうでもよくなってきたわ。
みんな仮装なのよ。まやかしなのよね。なにが見えてもスルーすべきなのだわ。
「では一番の方~」
大型獣の足音のような地響きがしたわねー。
「おぉ? なんだ」
「大型獣にでも仮装してきたのかしらね」
動物がテーマだとか言っていたのよー。
「どうやって。できるわけねぇだろ」
「だってほら」
ステージの屋根の上で、大型獣に仮装した人が足を上げているわー。
「あれ本物だ! やばいぞ」
「え」
ほ、本物?
目が覚めたわ。ステージ付近の人たちが危ないわね。救出をお願いしますよマアマさん。ほいっと。
うわ、危なかったわ。釣った直後にステージが踏みつぶされたわよ。
「間に合ったぁ。ありがとうマアマさん。心を読まれていることも、こういうときには助かるわね」
「あはははは」
さて、大型獣をどうにかしないとね。ステージを踏みつぶした状態で止まっているわ。人的被害は出ていない様子ね。
「こんな町なかに来るまで警報も出さないなんて。警備兵はなにをやっているんだ」
そうよね。大型獣に町へ侵入されてしまうことは、それほど珍しくはないわ。でも侵入される前に警報を出すのが当然よね。
「とにかく被害が出る前にどうにかしないと。拘束しても、ほかの人が怖がるだろうし消しちゃうべきか」
「いや。どうせだったら焼肉にしようぜ」
く。この状況でも食事につなげるのは、どうかと思うわ。
「あんたはねぇ。まぁこれだけ人がいれば食べきれるか。マアマさんお願い」
「どっかーん」
ステージの上に積まれた焼肉をイメージして…… ほいっと。
あいかわらず、お見事ですよマアマさん。ステージの復元も完璧だわ。
観客は騒然としているわね。別に説明する必要はないかしら。
「あぁ~? 僕のペットがぁ。消えちゃったぁ」
「へ」
あたしはペットなんて消していないわよ。
叫んだのは、あの人よね。取り押さえられて、泣き叫んでいる声が同じだわ。
取り押さえているのは警備兵よね? 仮装していてわかりづらいわ。それらしい装備はしているわね。
アルフが行ったわ。そっちは任せるわよ。
「どういうこと」
「こいつが大型獣を仮装だと言い張って町に連れこんだんだ」
どこからつっこむべきか迷う説明ね。
「いや。見ればうそだって、わかるだろ」
「そうなのだが。大型獣に話しかけると返事をしたんだ。それで強引に押しきられた」
話せる大型獣ですって? そんな希少な個体を焼肉にしちゃったのかしら。でもあの状況では仕方がなかったわよね。
「大型獣が返事?」
「へへへ~。腹話術さ。うまかっただろぉ」
つまんないオチね。警備兵がそんなのに騙されないで欲しいわ。
今まで泣き叫んでいたのに、もう笑っているわよ。頭のネジが抜けている感じね。
「お前が大型獣を調教したというのか」
それはないと思うわよ。獣使いさんならともかく、こんな人にできるわけがないわ。遭遇した時点で食べられて終わるはずよ。
でもペットとして、ここまで連れてきたというのよね。となると調教されてはいたのかしら。もし獣使いさんから盗んできた個体だとしたら…… やっぱり焼肉にしたのは、まずかったかしら。
「すごいだろう。家来にやらせたんだ。大型獣の巣から卵を盗んできて孵化させて育てたんだぞ~」
「大型獣が卵から孵るとは知らなかったな。それでこいつを親だと思ったのか」
獣使いさんが関係なかったのは、よかったわ。
でも、こんな人でも大型獣を操れる手段があるということよね。これは危険すぎるわ。
「そうだ僕の子だ。隠したのは誰だぁ。どこに隠した。次のコンテストこそ、うまくやるんだぁ」
「全然反省してねぇなこいつ」
うまくやるって、どういうことかしら。大型獣を使役させるようなコンテストではないわよ。
「ステージに立たたせて腹話術を使えば最優秀賞も確実なんだぁ」
……もしかして、ステージを踏みつぶそうとしたのではなく、ステージの上に立たせようとしたのかしら。そして腹話術で、大型獣の仮装だと言い張るつもりだったとか……
「お前はわかってんのか。人を大勢、殺すところだったんだぞ」
ステージの背後には壁があったわ。この人からは出演者が見えていない可能性もあったわね。
でもコンテスト中のステージに人がいないわけがないわ。
仮に大型獣の入場が認められていたとしても、見えなかったですまされる問題ではないのよ。
「そんなのはパパがなんとかしてくれるもーん」
「は?」
えーと。そんなの、というのは、無差別大量殺人のことかしら。
だとしたら、あまりにも常軌を逸した発言よね。正気とは思いがたいわ。なにか誤解をしているのかしら。
警備兵が説明をしてくれるみたいだわ。うんざりした様子ね。
「こいつは富豪の嫡男なんだ。問題を起こすたびに捕らえるのだが、すぐに金で解放されてしまうんだ」
つまり、さっきの言葉は本気だったというのかしら。誰を何人殺しても、なんとも思わない輩だということなのよね。
「ハァ。やっぱり、ほかにもクソ領主もどきがいたか。ベルタ任せた」
「どうしようかしら。たしか保釈や示談の制度があるから、お金で解決することも違法ではないのよね」
クソ領主のときとは違うのよ。司法権限を侵食したり、警備兵を懐柔しているわけではないわ。
法に則って、お金で解決しているのであれば、王様でも処罰できないわよね。
「へ。放っておくのか」
「まさか。富豪の関係者全員にするか、富豪親子だけにするか、対象の絞り方に迷うのよ」
ガルマさんが、人の法を軽視されるのも当然よね。穴だらけにもほどがあるわ。
とはいえ、あたしが法を破る気はないわよ。法治国家に生きる人として、法を遵守するわ。あたし自身はね。
法で裁けないのであれば、法の上に立つお方にお願いするまでよ。
ただ、お金で雇われて、家事や雑務をこなしているだけの人までもを罰するべきかは、判断に悩むのよね。
「ここじゃ有名なバカみたいだし。そんなのに協力しているやつは、まとめて処理でいいんじゃねぇの」
「それもそっか。一応はここに、いったんまとめますか」
警備兵の目の届かないところへ…… って策を、前に相談して決めたわ。でもこの状況じゃ無意味よね。拠点を探すことすらも困難な町であるうえに、イベントで大勢が集まっているのよ。無関係を装って、とぼける策は使えそうにないわ。
かといって、こんなのを野放しにはしておけないわよね。なるようになるしかないのかしら。
仕方がないわね。マアマさん、お願いしますよ。ほいっと。
うは。イベントで人ごみがすごいのに、200人ほど釣ったわよ。邪魔ね。それに目立ちすぎだわ。注目を浴びているわよ。
「なんだ。武装したやつが結構いるぞ」
物騒ね。半数以上が、軍隊にも匹敵しそうな装備をしているわよ。なにをしていたのかしら。
「な…… なぜここに突然、富豪の関係者が。武装しているのは私設軍隊の連中だ」
警備兵には説明をしておくべきだったかしら。混乱させてしまったみたいだわ。考えていた策を使えなくて、あたしも混乱気味なのよね。
「軍隊て…… クーデターでも起こす気だったのかよ」
警備じゃなくて軍隊と言ったわね。公然と武力制圧でもしていたのかしら。そうだとしたら無茶苦茶だわ。
「これはどういうことなんだ。まさかお前たちの仕業だとでもいうのか?」
警備兵が切れそうだわ。確証がなくても、あたしたちの仕業だと思える状況よね。今からでも正直に説明をしておくべきかしら。
「こんなまねを人にできるわけがねぇだろ。神の裁きじゃね」
「!」
……正直な説明というには微妙ね。間違ってはいないわよ。でもマアマさんは、あたしのお願いを聞いてくださっただけなのよね。だからその言い方には語弊があるわ。まぁ、あたしが説明したところで大差はないかしら。
警備兵は絶句しているみたいね。なにを考えているのかは想像がつくわよ。信じられないとはいえ、ほかには説明がつかないってところかしら。
拘束した連中に、ちょっかいを出す人が現れているわね。富豪一味と因縁でもあるのかしら。
このまま放置していては、別の事件に発展しかねないわ。さっさと片づけるわよ。
主犯の富豪とやらは…… 目の前の人かしら。衆目にさらされたくらいで動揺しているぽいわね。胸倉をつかんで吊り上げれば落ち着くかしら。よいしょっと。
「断っておきますよ。お金で牢から解放されても、拘束は解けませんからね。しっかりと更生してください」
ではマアマさん。いつものように、王都の牢へお願いしますね。ほいっと。
人ごみの中に、広い空間ができたわ。これはこれで目立つわね。あたしたちと警備兵が、観客に囲まれている感じだわ。まるで見世物よ。
「な。なにをした!」
震えているわね。やっぱり警備兵にはきちんと説明をしておくべきだったわ。神の裁きだなんて、アルフの説明じゃ怖くもなるわよね。
「王様のところへ送っただけですよ。彼らの状況が知りたければ、王様に聞いてください」
「なにを言っている。そんなことをできるわけがないだろう」
論より証拠よね。今、目の前でやってみせたわ。送られたことを確認する方法として、王様に聞けばいいことも伝えたのよ。それでも信じられないというのなら、どう説明をすればいいのかしら。
「今見ていただろ。神の力じゃなければなんだっていうんだ」
またアルフったら。あんたの言葉で、警備兵は動揺しているのだと思うわよ。
「お、俺は秩序を守る警備兵として、ほ、法にもとづいて判断しなければ」
震えたまま、つぶやきだしたわよ。怖くても警備兵としての立場を維持する姿勢は立派だわ。あたしも見習うべきね。
とはいえ、説明を続けても埒が明きそうにないわ。
「やっぱ面倒くせぇな。わりぃ、ガルマさん頼む」
あう。結局はこの方法しかないのかしら。ガルマさんを頼らなくてすむように策を練っていたのにね。大衆に注目された状況までは想定していなかったわ。
「毎々すみません……」
「うむ」
ガルマさんが警備兵の前に歩み出られたわ。
でもおかしいわね。警備兵の様子が変わらないわよ。竜人様に、人の法が通用するだなんて思ってはいないわよね。
「竜人に仮装した者か。お前がなんだというのだ」
あぁ。さっきのコンテストのせいね。ガルマさんに仮装した人だらけなのよ。まさか本物が混じっていただなんて思わないわよね。
「ハァ。お前、ガルマさんが仮装に見えるのか」
「え…… よく、できてはいるが…… ま、まさか?」
青ざめちゃったわ。ようやく状況を理解できたみたいね。ガルマさんをお前呼ばわりした人は、そうはいないと思うわよ。
「富豪を処理したときに察しろよ」
「し、失礼しました! 竜人様の差配ということで処理させていただきます!」
ほかの警備兵に連絡を取り始めたみたいね。これで一段落かしら。
「あれ本物だって」
「なんか噂と違ってふつうよね」
「でもあの光は不思議」
観客にも、あたしたちの正体がばれたみたいね。普段よりも注目を浴びているわ。
「結局こうなるのよね。さっさと王都へ行きましょ」
まずは拠点を探すのだったわね。警備兵がいるから聞けばわかりそうよ。
「いやいや。これはお前にとっては絶好の機会じゃね」
アルフったら、どこへ行くのよ。そっちはステージだわ。
……焼肉を食べ始めたわね。あんたにとっての、絶好の機会にしか見えないわ。
「なにがよ」
「ここでふつうの娘らしくしていれば、次のコンテストではふつうの娘が選ばれるんじゃね」
な。
いつもの食い意地かと思えば、あたしのことを考えていてくれたのね。
「アルフ天才! そうよね。傍目には、あたしはなにもしていないから、ふつうに見えるわよね」
大型獣を消したことも、富豪一味を捕えたことも、あたしがマアマさんにお願いしてやったこととは、わからないはずなのよ。それどころか、さっきの警備兵への説明があるから、ガルマさんの仕業だと思われているはずだわ。
「そうそう。焼肉が冷めちまうから、さっさと食おうぜ」
「う。肉を咥えたイメージは消したいのよね」
コンテスト最優秀賞の姿と被るのよ。あの姿を思い出させるような行動は避けたいのよね。
「みんなー! これはさっきの大型獣の肉だ! もったいないから食おうぜ」
何人かは寄ってきて食べ始めたわね。でも肉の量に対して少なすぎるわ。
イベント会場の喧騒の中なのよ。アルフが叫んでも、届く範囲がしれているのよね。
「司会の姉ちゃん。アナウンスしてくれ。焼肉無料配布だ」
「え。ステージの上のあれ? 食べても大丈夫なんですか。突然現れて怖いんですけれども」
目の前でアルフが食べているのよ。安全性はわかるわよね。
「さっきの騒ぎを見ていただろ。神様のお手製料理だぞ」
「えーと、そのぉ…… なんの肉なんですか?」
アルフが叫んだのを聞いていなかったのかしら。そういえば、声をかけるまでは呆けていたみたいだったわね。
焼肉を司会の目の前に突き出したわ。あんたが口を付けたものなのよ。その人に食べさせる気じゃないわよね。
「さっき襲ってきた大型獣だ」
「おぉー。てっきり人の、いやなんでもないです。まずステージを空けないとだしね。了解しましたー」
……今もしかして、人の肉と言いかけたのかしら。どこからそんな発想が湧くのよ。
あ。富豪一味が消えたように見えたからかしら。やっぱり説明をしないと誤解を生むわね。
でも焼肉が現れたのは、富豪一味を送る前よ。おかしな誤解はしないで欲しいわ。
おかしな噂って、こういう誤解から生まれているのかしら。
「みなっさーん! 本物のベルタ一行から、大型獣の焼肉の差し入れだそうです。頂いちゃいましょう!」
大勢集まってきたわ。これなら食べきれそうね。
「今晩はここに泊まるか。ふつうのベルタを見せつけておこう。宿屋に行って飯にしようぜ」
「う。今日は食事はいいかしら。焼肉をお腹いっぱい食べてきなさいよ」
肉を咥えるだなんて、した覚えがないのに、あんなイメージが広がっていたのよね。食事をしているところを見せたら、また新たに変なイメージが生まれかねないわ。
「ふつうに食事をするところも見せておいたほうがいいぞ。空腹で凶暴な顔つきになったらどうするんだ」
「ならないわよ! でもそうね、ふつうに食事をするってイメージの上書きは必要よね」
既におかしなイメージが広がっている以上は、それを変えておく必要があるのだわ。変なイメージを生みかねない行動に気を付けながら食べるしかないわね。
「すまんなマアマ。焼肉はうまかったけれども、今回はみんなにごちそうしておくわ」
「おっけー」
そっか。焼肉はマアマさんにお願いして、つくっていただいたものなのよ。食べないのは失礼にあたるわ。
「あ。お願いしておいてごめんなさい。その、あたしのイメージがですね――」
「あはははは」
慌てて取り繕ってもムダだったわ。マアマさんには心を読まれているのよ。説明の必要はなかったわね。
宿屋もやっぱり派手よ。でもこの宿屋は、妖精の姿をあしらった明るい雰囲気がいいわ。ここにするわよ。
まずは夕食よね。あたしのイメージを、未来をかけた食事なのよ。ごくふつうに…… いやお上品に? どう食べればいいのかしら。
「ふつうにって意識しすぎなんじゃね。食べ方が、ぎこちなくなっているぞ」
「そうなのよ。じれったいわね」
自然に振るまおうと意識するほどに、ぎこちなくなるのよ。
ふざけた噂を訂正する貴重な機会なのよね。まさに全身全霊で挑む心情よ。思わず力んでしまうわ。
「意識しなければ、ふつうになるんじゃねぇの」
「簡単に言うわね。でも、それがむずかしいのよ」
あんたには簡単なのかしら。噂も気にしていなかったものね。あたしには、気にしないということがむずかしいわ。
考えこんでいるみたいよ。アルフにとっては、なにがむずかしいのかを理解できないのかもしれないわね。
「そういや富豪の一味を送ったときの話だが。警備兵の視界の外でマアマを振るべきだったな」
「それね。前に打ち合わせをしておいたのにごめん」
忘れていたわけではないのよ。ただ状況が違い過ぎたのよね。警備兵が容疑者を取り押さえた状態は想定していなかったのよ。本来なら、そんな状態なら警備兵に任せておけばいいものね。とっさに応用がきかなかったわ。
「まぁ人目が多かったし、警備兵に引き渡してから送ることは想定していなかったしな。次からだな」
「しっかりと更生するかしらねぇ」
富豪の嫡男とやらは、完全におかしかったわよ。法を遵守しようとする意識すらもなかったわよね。
「バカすぎて更生を理解できないかもな」
「それ、まずくない」
更生できなければ、拘束されたままで死ぬしかないのよ。
「大丈夫だろ。親が更生したら、その場で学ばせるだろ」
「一緒に送ったから大丈夫か」
当人も、親がどうにかすると言っていたし、その親の言葉なら聞くわよね。きっと……
「世なおしの旅をしているわけじゃないんだけれどもな。巻きこまれて放置はできないわな」
「そうね。本来なら町の人たちで、どうにかすべきだったのだと思うわ。でも、私設軍隊はないわぁ」
一般人で対処できる域を超えてしまっているわよ。協力せざるを得なかったわ。
「警備兵を懐柔できなくて、つくったのかな。だとしたら、ここの警備兵はまともだな」
そうね。震えながらも法を遵守しようとしていたわ。信頼に値すると思うわね。
あら。いつの間にか全部食べ終えちゃったわ。
「ふぅ。ごちそうさま」
「ふつうに食えたな。これで変な噂も訂正されるかもな」
そうよ。ふつうに食べようと苦慮していたのだったわ。
「あ。本当だ。雑談で意識を逸らしてくれたのか」
まったく気づかなかったわ。そういえば、雑談に入る前に少し考えこんでいるみたいだったわね。ふつうに食べることを、意識しなくてすむ方法を、考えていてくれたのだわ。
「精神の脆さっていうのは、気にしすぎるところから来るのかもな。気楽にいこうぜ」
「言っていることはわかるわ。でも、簡単そうでむずかしいのよ」
肉体的な苦痛を除けば、見なかった聞かなかったと忘れてしまえば、ほとんどの感情は抑えられるということよね。
意識することは大切だわ。でも、感情に呑まれてはいけないのよ。呑まれない程度に自制する必要があるのよね。
「この町は、こんなもんでいいだろ。今日は寝て、明日さっさと出よう」
「そうね。つらかったとはいえ、経験としてはよかったのかしら。でも、もう十分だわ」
さぁ、寝るときもふつうに…… って意識しながらも眠れるかしら。
ハッ。朝だわ。ふつうに眠れたわね。ティアラの光のお陰かしら。
あとはふつうに町を出るわよ。って、宿の主に呼び止められたわ。
「よろしかったらこれをどうぞ」
アルフに袋を渡したわね。仮装セットと書かれているわ。
「なんだこれ」
「この町を訪れた思い出にと、旅の方に配っている粗品です。お手軽に仮装を楽しめますよ」
仮装はもう、こりごりよ。思い出したくもないわね。
「へぇ。ありがと。おぉ角とかあるな。ベルタによさそうだ」
怒ったときに着ければ似合うってことよね。
「わかっているわよ。似合わないようになれって言うのよね」
「おぉ。すげぇ。怒らないのか。昨日だけでかなり成長してねぇか」
怒らせるつもりで言ったみたいね。テストのつもりだったのかしら。
「昨日の今日だからかもね。まだ身についてはいないと思うわ。でも、意識してみるわ」
昨日は精神的に疲れすぎて、本当にどうでもよくなったのよね。今は多少のことでは怒る気にもならないと思うわ。
「気にしすぎも注意な」
「あー。バランスがむずかしすぎるわよ……」
意識しすぎてもダメ、しなくてもダメなのよね。どのくらい意識すればいいのよ。先が思いやられるわ。
でもマアマさんと共にある以上は、感情を抑えることが喫緊の課題なのよ。要は、感情に呑まれない程度に意識するのよね。やってみせるわよ。
この町でのあたしのイメージは矯正できたはずだわ。おかしな噂をすべて矯正するためにも先へ進むわよ。




