おまけ:お持ち帰りはご遠慮ください
ここは鉱山らしいわね。山肌に採掘用の坑道がいくつか見えるわ。
絶え間なく岩を掘る音が聞こえてくるわね。大きな爆発音もしたわ。離れているから驚くほどの音ではないわね。
「これだけ音がしまくっていると動物は逃げていそうだな」
「下手に近づかれても危険だし、そのほうがいいかしら」
「……もしやベルタさんかい?」
あら。近くに人がいたのね。山を見ていて気付かなかったわ。
左手で横になった人がいるわね。
「はい?」
目の前に拳!
「きゃ」
あら? 当たらないわ。
一瞬で飛びこんできて寸止めしたのよね。なんて速度よ。寝転がった状態から、目の前に拳が現れるまでの動きが、まったく見えなかったわ。
「……失礼した。妙な噂を聞いて勘繰っちまった」
「え。噂ってどんな」
踵を返して去っていくわ。失礼だと思うのなら、説明くらいはしてほしいわね。
「……気にしないでくれ。ただの与太話だ。騙された俺がバカだっただけだ。勘弁してくれ」
元の場所に寝っ転がったわ。噂の当人としては、どんな与太話が流れているのかは気になるわよ。
「そうそう。噂なんて聞くだけムダ。行こうぜ」
むぅ。誤解だったみたいだし、つっこんでも仕方がないのかしら。聞いたところで、どうしようもないのよ。
「うーん。やっぱりティアラの光以外にも、変な噂が流れているみたいよね」
ティアラの装着を決めた時点で、目立つ覚悟はしていたわ。
だから噂が立つことは想定していたわよ。光が話題になることはね。でも、怯えられたり挑まれたりすることは腑に落ちないわ。
「噂っていうのは、関係のない話が混じったりしながら広がるからな。気にするだけムダだぞ」
「そうねぇ。でも、なにか物騒というか、好戦的な感じぽくない? さっきの人もそうだし」
光っているから戦いたいだなんて、ふつうは思わないわよね。噂になっているあたしを倒すことで、有名になりたいとかなのかしら。だとしたら酷い話よね。あたしは、どう見てもかよわい娘でしかないわ。そのあたしに挑むだなんて、性根が腐っているわよ。
「ガルマさんへの畏怖の念が絡んでいるとか、ありそうじゃん」
「あぁ。そういうのも多少は仕方がないかぁ」
ティアラの光であたしが目立つとはいえ、それ以上にガルマさんの存在は大きすぎるものね。ガルマさんに直接挑むのは無謀だわ。でも傍に居る人である、あたしで腕を試したいと考えるのはわかるかしら。
でもガルマさんのお傍にいるからって、強くなっているだなんて決めつけないで欲しいわよね。ガルマさんからは戦い方なんて、なにも教わっていないわ。加護を頂いているとはいえ、子どもが旅をするための補強目的なのよ。
「そうそう。ベルタが凶暴だーって噂もあるかもしれねぇけれども、そういうことだから気にするなよ」
「やめてよね。かよわい娘にそんな噂はありえないわよ」
でも、そんな目で見られているような気がすることもあるわ。ありえないことが起こりすぎている旅だし、ありえるのかしら。とはいえ、あたしを一目見れば、そんな噂があったとしてもガセだってわかるわよね。やっぱり気のせいかしら。
「さっきのおっさん、すごい動きだったよな。前に会った剣士の人並みじゃね」
「速度では、さっきの人のほうが上かもね。全然見えなかったもの」
寝転がった状態から、次の瞬間には目の前に拳が止まっていたのよ。気配すらも感じなかったわ。
「おっさんの動きが全然て。剣士の動きは見えていたというのか」
「今斬ったのかしら? って程度に、わかっただけなのよね」
そもそも見えなかったのは、剣さばきだけだったのよ。さっきの人は、起き上がって移動するところすらも見えなかったわ。
「へぇ。世界にはあんな達人がごろごろいるのかね。ひとり見ただけでも幸運だと思っていたんだが」
「どうだろ。犯罪者の中では、国で最上級の技術を有しているって刺客にも、大したのがいなかったし」
最上級と呼ばれる刺客よりも遥かに上なのよ。そんな人がごろごろいたら、最上級だなんて表現がおかしいわよね。
「刺客はお前がまとめて拘束したから参考にならなくね」
「さっきの人なら、どれだけの兵に囲まれていても、難なく王様の前に立てると思うわよ」
もし、さっきの人並みの達人が刺客に加担していたなら、あたしたちが王都へ着く前に終わっていたはずだわ。
「あぁ。そういう意味か。たしかに、それだけの腕があったら正攻法で、さっさと終わらせるわな」
「殴ってから即座に逃げたら、突然死に見えるかもね。近い域の人を除けば誰にも見えないわよ」
短期間にふたりもの達人に遭遇して驚いたわ。でも大勢いるわけではなさそうよね。
このめぐりあわせも、アルフを呼ぶ者の思惑なのかしら。
「寝転がっているだけなのに、修行好きの剣士と同等以上てすげぇな」
「休憩しているだけだと思うわ。さすがに寝転がっていて強くはなれないわよ」
たまたま寝転がっているところを見ただけよね。どうしてそう思えるのかが不思議だわ。
「おぉ。休憩は大事だな。飯にしようぜ」
あんたは休憩しかしていないわよ。修行をしてから言って欲しいわ。
「とは言ってもねぇ。さっき、動物は逃げていそうって話をしたばかりよ。お肉抜きにする?」
「ぐは。爆薬まで使っているから、結構遠くまで逃げていそうだよな」
なにかしら。激しい採掘音が一斉に鳴り響きだしたわよ。
「なんだ。これ、掘っているって音じゃねぇよな」
「なにか警告している気がするわ。でも、警告なら叫んだほうがいいわよねぇ」
採掘音じゃ、なにを伝えたいのかがわからないわ。
地響きがするわよ。やっぱり、なにかの警告ぽいわね。なにが起こるのよ。
「落石か」
あれね。山の上から、いくつもの岩が転がってくるのが見えるわ。
「あれだけ山の中で爆破していれば起きるわよね」
さてと、どうしたものかしら。
え。転がり落ちる岩が次々と消滅していくわ。なにが起こっているのよ。
「おぉ。落石粉砕装置でもあるのか」
「さっきの人みたいよ。打撃で破壊しているみたい」
やっぱり移動から攻撃までが見えないわね。攻撃後に、次の移動開始までが見える程度よ。
「ぶ。落石で修行していたのか。人の業じゃねぇな。そりゃ鍛えられるわ」
あら。破壊できなかった岩があるみたいだわ。鐘でも突いたような、妙な打撃音がしたわね。
「ち。危ねぇ! 避けろ!」
あたしたちに叫んだのよね。避けろと言われても困ったわ。でこぼこの岩場を転がってくるのよ。どこへ弾け飛ぶのかがわからないわ。
「来たら任せるぞ」
「まぁ、あのくらいなら」
音からして、岩というよりも金属の塊ではないかしら。他の岩は完全に粉砕されていたのに、あれは割れてもいないものね。
破壊する必要はないのよ。止めるだけなら材質が何であろうと関係ないはずだわ。マアマさんにお願いするほどでもないわね。
まるで狙ったかのように、こっちへ向かってくるわ。あの人には岩の進路を予測できていて警告してくれたのかしら。
結構大きいわね。直径3メートルくらいかしら。速度があるから、タイミングは慎重に合わせないとね。
「やっぱり来るのか。お約束だな。今思いついたんだけれども。あれをグールだと思って殴ってみねぇか」
「なによ突然。失敗したら押し潰されちゃうわ」
受け止める場合は、やばそうになったら受け流せるのよ。でも殴るとなると、止められなければ無防備の状態でぶつかることになっちゃうわ。
「精神鍛錬の成果確認だ。やばい状況で力まずに力を出せるかの実験だ。失敗してもマアマが護るだろ」
「まかせろー」
なるほど。精神鍛錬を続けてはいたわ。でも成果を確認する方法がなかったのよね。
マアマさんに護っていただいているとはいえ、失敗したときの恐怖は多少あるわ。これは絶好の機会かもしれないわよ。
「さすがねアルフ。あたしには思いつかなかったわ。よ~し、弾け飛ぶかもしれないから離れていてね」
「やべ。そこまでは考えていなかった」
慌ててガルマさんの後ろに隠れたわね。そこが一番安全だわ。
さてと。恐怖で力むと力が出ないって話だったわね。怖くても、力を抜いて構えることが大切なのよ。
「リラックスした状態から…… ほいっ!」
きまったかしら。土煙が立って見えないわね。
晴れてきたわ。岩は地面に埋まっているわね。砕けずに変形して裂けているわ。やっぱり金属塊だったみたいね。
「成功! どう?」
おっとっと。周囲の地面が陥没していたわ。半径5メートルくらいかしら。やっぱりオリハルコンって頑丈なのね。こんなに細いのに折れないどころか、傷ひとつもついていないわ。マアマさんが宿っておられることも関係するのかしら。
それにしても、これほどの打撃力とは思わなかったわ。全力を出すときには、足場にも気を付けないと危なそうね。
「おぉ。すげぇな。火事のときほどではないけれども、グールをやったときよりは遥かにいいと思うぞ」
ぶ。今の攻撃でも、全力を出せていなかったというのかしら。
「えー。会心の一撃だったと思うわよ」
きちんと見てから言っているのかしら。オリハルコンの力を借りたとはいえ、簡単に岩を砕く人ですらも砕けなかった金属塊が裂けたのよ。乙女にしては上出来過ぎるくらいよね。
「十分だと思うぞ。ただ、まだ伸ばせるってだけだ。精神鍛錬の成果が出ていると思っていいんじゃね」
そうよね。ティアラの光で、さらし者になる恥辱を耐えた甲斐があったのだわ。
常にスポットライトを浴びながら人前に出ているような状況なのよ。恥ずかしいなんてものじゃないわ。
「やったー。でもグールのときみたいな恐怖はなかったからなぁ。同じ状況で出せるかは怪しいかも」
とはいえ、今グールに遭遇しても、怖くならないと思うわ。これは精神鍛錬の成果というよりも、1度経験しているからよね。
「今のお前にそれほどの恐怖を感じさせられるやつがどこにいるんだよ。次に試すのは恐怖以外かな」
ここにおられるわよ。おふた方もね。慣れたとはいえ、今でも常に恐ろしいと思っているわ。あたしたちに協力してくださっているとはいえ、お力があまりにも大きすぎるのよ。
さすがにガルマさんとマアマさんは除外よね。下手をすれば、お試しで世界が消えかねないわ。
「まぁ、いたとしても相手にしたくはないわね」
恐怖を感じるのは危険があるからよ。お試しのために、この身を危険にさらすのは割に合わないわ。
あら。さっきの人が近づいてきたわよ。今度はゆっくりね。
「……なんという力。人の業ではない。ベルタ。俺の拳はわざと避けなかったのか。受けきれたというのか」
そちらの速度のほうが、人の業ではないと思いますが。なんて、つっこみは無意味よね。
ま~た、なにか勘違いをしているみたいだわ。さっきは噂で誤解をしたと自覚したばかりのはずよね。学習をしないのかしら。再び仕かけてきそうな雰囲気よ。
次に来るとしたら、おそらく寸止めはしないわよね。
その場合はマアマさんが…… まずいわ。どうにか説得をして、手を出させないようにしないと消されかねないわね。
「へ。いえ、全然見えない動きでしたよ」
「こいつは力が強いだけで武闘家じゃないんだ。対戦相手だったら、ほかを探してくれ」
マアマさんをしまっておいてと。闘う意志がないことを示さないとね。
なにかを考えだしたみたいだわ。
「……いや。これほどの力であれば策を弄するより、よいか」
「なにを言ってんだ」
突然に頭を下げてきたわ。さっぱり、わけがわからないわよ。
「……手を貸してほしい」
「いきなりそんなことを言われてもな。冒険者の仕事を奪うようなことはしたくねぇし」
え。いや、頭を下げてきているのよ。そんな門前払いをしなくてもいいと思うわ。
お話くらいは聞いてあげてもいいわよね。
「……飯を食わせる程度の礼しかできぬゆえ、冒険者を雇うには――」
「乗った」
ぶ。両極端が過ぎるわ。今度は話も聞かずに応諾するだなんて、なにを考えているのよ。
……なにも考えていないのだったわ。アルフに飯の一言は問答無用なのよ。
「あんたねぇ」
手を貸せと言われただけなのよ。悪事なのかもしれないわ。話も聞かずに引き受けるだなんて――
「……世話になっている者が落石に閉じこめられたのだが破壊できぬのだ」
そういうことなら喜んで協力するわよ。
「案内してください」
鉱山を登るのね。
この人でも破壊できないとなると、さっきの金属塊にでも閉じ込められたのかしら。
「でも閉じこめられた人がいるんだったら、町に救援要請を出すべきじゃなかったのか」
それもそうね。あたしに仕かけた後は、横になっていたわよ。変だわ。
「……人ではないのだ」
「あぁ。そりゃ要請しづらいな。動物か? 助けた瞬間に襲われるとやばいな。どんなやつだ」
そっか。この旅を思い返すと、魔物や妖怪でもおかしくはない流れなのよね。警戒をする必要があったわ。
「……鉱山の妖精だ。人のように採掘をする。襲ってくることはない」
「おぉ。精霊は見たけれども妖精は見てねぇな」
精霊なら恐ろしい話が多々あるのよね。でも、妖精では思い当たる話がないわ。危険度は低いといえるかしら。
そもそも、落石に閉じ込められて、出られない程度の力量なのよね。警戒はしなくても大丈夫かしら。
「世話になったって言っているし、人に協力してくれている存在なら助けないとね」
「お前は妖精には興味がねぇのか」
驚いたように聞くわね。あたしが興味をもたないと、おかしいのかしら。
「ん? どんなのかしらとは思うわよ」
物語で知っているだけなのよね。実物を確認してみたいとは思うわ。
「精霊に会うときとはテンションが違うと思ってな」
あぁ。精霊と妖精を同列に考えているのだわ。
「四大元素精霊様が世界を支えてくださっているってお話に憧れているからね。妖精の話はピンとこないかしら」
精霊には肉体がないわ。霊体だものね。ケルピー様のように受肉でもしておられないかぎりは、落石に閉じ込められるなんてことはないのよ。自然を護り育むとかの、重要なお役目を担ってもおられるわ。
妖精については、よくは知らないのよね。閉じ込められているのであれば、肉体は持っていそうよ。物語では、陽気に遊ぶことくらいしか覚えていないわ。
「なるほど。話に出てくる妖精は主にイタズラ好きなやつか」
「そうね。特に威厳も脅威もなかったから、あんまり覚えていないのよね」
蝶や小動物に近いイメージかしら。動物との違いといえば…… 人と話せるものがいることくらいよね。ほかには思いつかないわ。
「そういや、なんでおっさんが妖精の事故を知っているんだ? 一緒にいたんだったら連れ出せたと思うんだが」
「……落石の影響を確認しに行ったら妖精が集まっていた。その岩の奥から叩く音が聞こえたのだ」
「それで推測したってわけか。その仲間じゃ助けられそうにないってことなんだな」
「……おそらく間に合わない。掘り始めの坑道に見えるゆえ、中には食料はおろか通気孔もないだろう」
妖精は食料や空気を必要とするのかしら。物語では食事をしていたような覚えがあるわね。となれば、おそらくは呼吸も必要だと思うわ。
「掘っていたら入口を塞がれたってことか。急がないとやばそうだな。その割にはのんびり寝ていたな」
そこが引っかかるわね。緊迫した状況に聞こえるわよ。慌てふためけとまでは言わないわ。でも落ち着きすぎよ。
「……ひとつには策を練っていた。もうひとつには頼れそうな者が現れぬかを見ていた」
冷静沈着ね。やっぱり精神も鍛えているのかしら。緊迫した状況でこそ、落ち着いて考えることが大切なのよね。
「それでいきなり力試しか。確認の仕方が悪かったな」
「……噂に惑わされた未熟。恥じ入るほかない」
突然の力試しも、内心の焦りから生じたということかしら。噂はさておき、出会ったときの言動には納得がいったわ。
「すごいやつほど自分を未熟って言うんだよな。未熟の意味が変わりそうだ」
それは解釈の仕方が違うと思うわ。すごい人だからこそ未熟さを自覚できるのよ。
「自分の未熟さって、凡人にはわからないのよね。あたしも痛感しているわ。わかれば対策もできるのに」
進化を目指すには未熟な部分を鍛えるべきなのよ。でもあたしには、どこが未熟なのかすらもわからないのよね。
なにかを極めれば、わかるようにもなるのかしら。でも、あたしごときに極められるようなことなんてねぇ。
「お、おぉ。お前の場合はガルマさんを基準にしているから、未熟の次元が違いそうだけれどもな」
怯えているように見えるわね。気のせいかしら。あたしは怒ってもいないわよ。
アルフはときどき変な反応をするのよね。おかしな妄想でもしているのかしら。
「……ここだ」
大きな岩ねぇ。これを持ちあげられるかは怪しいわ。でも、転がす程度ならできそうよ。
少し削った痕があるわね。妖精たちが挑戦していたのかしら。
「でかいけれども、これ、ただの岩じゃね? おっさんだったら叩き壊せそうだけれども」
そうね。さっきの金属塊とは違うわ。動かすよりも砕くほうが楽そうよ。
「……崩れると中の妖精が危ない」
「そうだった。ただ壊せばいいわけじゃなかったな」
目的を忘れちゃダメだったわ。中の様子がまったくわからないのよね。
岩に大きな衝撃を与えたら坑道が崩れる危険もあるわ。ここは安全策をとるべきよ。
「そういうことなら、岩を動かさずに妖精だけを助け出したほうがいいですね。マアマさんお願いします」
「どっかーん」
「……む?」
妖精の数も大きさもわからないのよね。まずは広さを確保するべきだわ。近くに空地があるから、そこへ釣るわよ。
マアマさん、お願いしますね。ほいっと。
え。妖精って、これ?
「きゃー!」
「どうした!」
小人よ。コップ程度の大きさしかないわ。
「可愛い!」
「……またかよ。その、喜ぶときの悲鳴は紛らわしいぞ」
疲れきって倒れているみたいね。でも呼吸は安定しているわ。膝の上で休ませてあげるわね。ティアラの光も効くはずよ。
もう起きたわ。きょろきょろしているわね。しぐさもすっごく可愛いわよ。
ちょ。突然走り出したわ。
「あー。行っちゃった」
ゆっくりと見ている暇もなかったわ。まぁ、走れるほど元気になったから、よしとするわよ。
「助けたかった妖精って、あの小人のことか?」
「……そうだ。ありがとう。驚いた。岩を動かさずに助けられるとは思ってもみなかった」
驚くだけで、どうやったのかを聞いてはこないのね。動じない精神もすごいわ。
食事の準備を始めたわよ。アルフと約束した、お礼の食事ね。
「……さっき捕獲した動物と、近くに生っている木の実だが、構わんよな」
「それ最高! だけれども、この辺りに動物がいるのか? 爆発音とかで逃げたと思っていたんだが」
音に鈍い動物でもいるのかしら。ゲテモノは勘弁してよ。
「……逃げた。が戻ってきたようだ。慣れたのだろう」
「ずっと続いていれば慣れもするか」
ふつうの動物みたいね。よかったわ。達人だと、修行の一環で変なものまで食べていそうよ。そこが不安だったのよね。
お肉の焼けるにおいがおいしそうだわ。それだけに獣がひかれてきたのかしら。なにやら大勢で近づいてくる気配がするわよ。
「音楽? 獣じゃ、なさそうだけれども、人にしては気配が小さすぎるような」
たしかに、これは音楽だわ。大勢で奏でているみたいよ。
「楽しそうな演奏だわ。でも、知らない楽器を使っているみたいね」
音がするのは、こっちかしら。岩盤に反響して、わかりづらいのよね。
現れたわ。妖精よ。岩陰から大勢出てくるわ。
「うぉ。増えた」
「きゃー! なにこれ。少し持って帰りたい」
可愛いのがいっぱいよ。見ているだけで和むわ。連れていけたら絶対に楽しいわよ。
「品物じゃねぇって」
品物も担いでいるわね。なにかしら…… 料理よね? 見たことのない料理だわ。
「……珍しい。妖精は見られることを嫌う。それでも出てくるほどに感謝しているのか」
「えー。こんなに可愛いのに、見られるのが嫌だなんて。意地悪ね」
出てきたってことは、今は見てもいいはずよ。見られるためにきたのよね。
「妖精にとっては、ふつうなんだろ。お前だってティアラをつける前は、注目されるのを嫌がっていたじゃん」
「あぁ。そうね。たしかに注目を浴びるのは嫌ね。体験しないと相手の気持ちってわからないものね」
あれだけ恥ずかしい思いをしておきながら、立場が変わるとコロっと忘れていたわ。妖精さんが可愛いのは、あたしに見せるためじゃないのよね。凝視しては失礼だったわ。
「持って帰りたいなんて言いだすやつまでいるしな。自己防衛もかねているんだろうよ」
「え。無理矢理連れ去る気なんて毛頭ないわよ。少しだけ一緒に来てくれたらいいなぁというか……」
また余計なことを口にしていたわね。妖精の大群を目の当たりにして、思わず声に出しちゃったのよ。
妖精にも家族や仲間がいるのよね。うかつに言葉にはしないように気を――
「いやー! 可愛すぎる。全部持って帰りたい」
料理を置いて、一斉に踊りだしたわ。この動きがまた可愛いのよ。
「今言ったことをもう忘れてねぇか。まぁ踊るんだったら見せる気だろうからいいけれども。これ食っていいのかな」
忘れてはいないわ。でも今の、不意打ちで踊るのは反則よ。反射的に叫んでいたわ。
初めてみる料理ね。妖精の料理を人が食べられるのかしら。見た目も香りも、おいしそうではあるわ。
「うむ。仲間を助けてもらった礼だそうだ」
「おっしゃぁー。未知の料理いっただきまーす」
お礼の料理なのよ。なにもしていない、あんたが最初に、がっつかないでよね。
でもまぁ、毒見役としては優秀なのかしら。
「おぉ。味も香りも食感も知らない料理だが、うまいぞ」
あたしもご相伴にあずかるわよ。
「うんおいしい。でもここまで知らない料理だと、食べても大丈夫なのかが不安ね」
素材も味つけ方法も見当がつかないわ。
ほかの動物が食べるものにも、人にとっては毒となる場合があるのよね。
まして妖精がつくったものなのよ。食べものとは呼べぬ材料が含まれている可能性すらもあるわ。
「大丈夫だろ。毒だったら浄化されるんだし。お前の大好きなウンディーネ様を信じておけ」
「それもそうね。なら食べるわよぉ」
こういうのを珍味というのかしら。初めての味だから不安を感じるのに、とってもおいしいわ。
妖精たちが踊るのをやめて、こっちを見ているわね。呆気に取られているみたいだわ。どういうことよ。
あたしたちが、この料理を食べられるとは思っていなかったのかしらね。
ふぅ。ごちそうさま。
妖精たちは帰っちゃうのね。楽しそうに飛び跳ねながら移動していくわ。
「おぉ。食ったー。お礼の2倍増しは効いた」
「あはは。2度と食べられない味かもだし、覚えておかないとね」
あたしが知っている食材では再現できそうにないわ。材料は知らないほうが幸せなのかもしれないわね。
「人に協力的だったら、料理屋でも人気が出るんじゃね」
「ティアラの光がなくても大丈夫かは不明だし、どうだろ。なによりも、見られることが嫌いらしいし」
協力的といっても、採掘活動での話よね。妖精も掘るらしいから、ついで程度だと思うわ。
「そういや見られるのが嫌なのに、どうやって協力してくれていたんだ」
「……岩を叩く音だ。鉱脈を教えてくれたり、落石を教えてくれたり、遭難者を助けてくれる」
なるほど。姿を見せずとも、鉱夫にとっては非常にありがたい存在だと言えるわね。
「落石の前の騒ぎって妖精だったのか。そりゃ助けたくもなるわな」
岩を叩く音だけでも、警告であることは推測できていたわ。初遭遇でも通じるほどに、わかりやすいのね。
「お話ではイタズラ好きな妖精ばかりだったわ。でも、実際はそうでもないのかしら」
とっても可愛いし、今の説明だと勤労で優しいわ。物語の設定とは合わないわよね。
「……嫌いな者にはイタズラをして迷わせたりする」
あはは。妖精にまつわるお話も、でたらめではなかったのね。
「やっぱそうなのか」
「なにが相手でも、嫌われちゃダメですよね。書いた人たちは、みんな嫌われていたのかしら」
やっぱり自分の目で確認しないとわからないものね。それにしても、人に対しては協力的な存在なのに、書き手の人がみんな嫌われているとしたら妙な話だわ。
「見られるのが嫌だったら、見ただけで嫌われそうだしな」
ぶ。見られるのが嫌かどうかなんて、教えてくれなければわからないわ。嫌われた人は多そうね。
「それはショックだわ。そういえば、口はきいてくれなかったわね」
「そもそもしゃべれるのか、あいつら」
物語では、おしゃべりだったと思うのよね。
「……話せる。が、声を聞かれることも嫌う」
「なるほど。もっと仲よくなれば話せるかもか。だが見られることも嫌だったら、むずかしそうだな」
今回のような事故がなければ、仲よくなる機会なんて、ないのかもしれないわ。
そう思うと一層会いたくなってきたわね。妖精…… 様じゃ、よそよそしいかしら。上位の存在でもないと思うしね。
「あーん。ほかにも妖精さんが埋まっていないかしら」
「物騒なことを考えるなよ」
つい口に出ちゃうわね。感情的に高ぶると、言葉にしちゃう感じなのかしら。次は抑えてみせるわよ。
食後の一服も終わりね。この人とは、ここでお別れだわ。
出会いがしらの寸止めには驚かされたわね。でも妖精さんと出会う機会を与えてくれたことには感謝するわ。
「……では行くか。世話になった」
「おう。ごちそうさま」
「こちらもいい経験ができました」
さて、いくわよ。って、肩に、なにかが乗ったような感じがしたわ。
「あら?」
妖精さんだわ。この顔は、閉じ込められていた個体よね。どうかしたのかしら。
「ありがとー」
うわわわわ! 耳元でお礼をささやかれたわよ。嬉し過ぎて、また叫んじゃうところだったわ。でも抑えたわよ。
お礼を言いに来ただけだったのね。帰っちゃったわ。
「どうした?」
「声聞けたー! 妖精さんにお礼を言われちゃった」
あ。結局叫んじゃったわ。
今のは仕方がないわよね。懸命に声を抑えていたところで、アルフが問いかけてきたのよ。あたしのせいじゃないわ。
「そりゃよかったな。ベルタにだけってことは、やっぱり声を聞かれたくはないんだな」
「声も可愛かったー」
妖精さんの踊りって、こんな感じだったかしら。まさに、こんな気分よ。
「また妖精に会う楽しみも増えたな」
「うんうん。早速次の妖精さんを探しに行きましょ」
「いや旅の目的まで変えるなよ」
そうね。もし大願を果たせたら、妖精さんを探す旅もいいかもしれないわ。そうと決まれば、まずは進化を目指さないとね。張り切っていくわよ。




