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一人称視点版@あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
40/52

おまけ:愚行の代償

 殺風景な荒地ね。ところどころに草も生えてはいるわ。でもほとんどが岩場よ。

 おまけに、妙なにおいが漂ってきたわ。金網の柵が見えるわね。その中に小さな山がいくつもあるわ。


「くっさー。なによこれ。ゴミのにおいだわ。あの山ってゴミを積んでいるの? どうして焼却しないのよ」

「施設の敷地の中に積んであるみたいだな。どっかに施設の説明があるんじゃね」


 看板があるわね。不燃物廃棄場と書かれているわ。

 拠点から次々とゴミが運びこまれているように見えるわね。


「燃やせないなら埋めるべきだと思うわ。これじゃ不衛生よ」


 見るからに汚い液体が土壌に流れこんでいるわ。酷いにおいがするから、よくないものが風にとばされていそうよ。荒れ地になっているのは、一帯の生物が死滅してしまったからなのかもしれないわね。


「これだけ運びこまれ続けているんだったら、埋める手間をかけられないのかもな」

「処理できないとわかっていても、ゴミをつくり続けちゃうほどバカなのね」


 自然に還せないようなものをつくるべきではないわ。いずれは世界がゴミで埋まっちゃうわよ。


「町がきれいなのは、ここのおかげか。まぁそこら辺に捨てられるよりはマシじゃね」

「ゴミを出した人の家に全部戻してやりたくなるわね」


 マアマさんにお願いしてみようかしら。ゴミを出した人に責任を取らせるだけならば、(おご)りにもならないわよね。


「宿屋のベッドもゴミまみれになりそうだな」


 ぐぬ。宿屋は多くのゴミを出しているわ。でもそれは宿屋のせいではないのよね。宿泊客がつくったゴミなのよ。あたしも例外じゃないわ。そのゴミを、家の親父に押し付けるのは理不尽よね。それに、戻したところで処理できるわけじゃないのよ。


「……戻しても捨てなおすだけよねぇ」


 困ったものよ。ゴミをつくることが問題だと認識しつつも、つくらずに済ませる方法がないのよね。あたしが生きている間だけならば、マアマさんにお願いして消すことも可能なはずよ。でもそれじゃ根本的な解決にはならないのよね。


 しばらくはこの敷地沿いに進むのかしら。マアマさんに、においを消してもらいたくなるわ。

 不自然ね。物陰の入口を塞ぐかのように置かれた荷車が見えるわ。


「人がいるな。話を聞いてみるか」

「でも、なにか変な人ね。柵を乗り越えて出入りするなんて。おまけに荷車で見えづらくしているし」


 まるでゴミを運び出そうとしているかのようよ。普通の施設で見かけたなら、盗みだと思うところだわ。でも、ゴミなんて盗む価値もないわよね。利用価値がないからこそ捨てられたものなのよ。


「んじゃ俺だけ行ってみるわ」


 そうね。大したことではないだろうし、任せておくわ。


 ……随分と話し込んでいるわね。時折こっちを見ているようだわ。なんだか(おび)えだしたようにも見えるわよ。

 アルフったら、人様をおちょくったりは、していないわよね。心配になってきたわよ。あたしもいくわ。


「どうしたのよアルフ。こっちを見ながら話していたみたいよね。なにかあったの」

「いや。まだ使えるゴミを拾おうとしていたんだってさ」

「なんだ。いいことだわ」


 再利用できるのであれば、ゴミもゴミではなくなるわね。有益な物資になるのよ。ゴミ削減に貢献する、すばらしい活動だわ。


「ただ今の法じゃひっかかるからコソコソしていたと」

「なるほど。法にも欠陥があるからねぇ」


 捨てられたものにも所有権はあるのよ。違法なものや危険なものだってありえるわ。だからゴミの持ち出しを法で規制するのは当然なのよね。

 でもこの人は、再利用可能なゴミがあるというのよ。それもひっくるめて規制するのはもったいない話よね。再利用するための法整備をするべきだと思うわ。でも手間やら費用やらを考えると難しいのかしらね。今のところは融通の利かない法で規制されているはずなのよ。

 法を守るべきとはいえ、法の趣旨を考えれば、この人の行動は正しいと思えるわ。あたしは法の番人ではないし、口出しをする筋合いではないわね。

 わ。どうしたのよ。いきなり、すがりついてきたわ。


「み、見逃してくれ」

「へ。あたしは警備兵じゃないですよ。ひっかかる法とやらも知らないから通報しようもないですし」


 あら、へたりこんだわ。恐怖から解放されて安堵(あんど)した、と言わんばかりの顔ね。そんなに通報されるのが怖かったのかしら。


「ハァ。てっきり、もう食われるものかと」

「へ。食うってなにを」


 あたしはゴミなんて食べないわよ。失礼しちゃうわね。

 ちょ。アルフったら引っ張らないでよ。なにを慌てているのかしら。


「あー。人を食ったようなやつって(うわさ)になっているみたいだぞ。邪魔しちゃ悪いし行こうぜ」


 ゴミを食べると思われていたわけではないのね。

 とはいえ、その(うわさ)とやらも問題だわ。


「えー。あたしは人をバカにしたりはしていないわよ」

「さっきも、処理できないゴミをつくるのはバカって言っていたじゃん」

「それは意味が違うわよ。人を食ったようなっていうのは、相手をからかうような――」

「う・わ・さ。(うわさ)だからな。化けたり尾ひれがついたりするんだよ」

「そりゃそうね。でも、(うわさ)になるほど言っているかしら」


 バカという発言は多いかもしれないわね。反省の余地があるわ。とはいえ、そんなことで、人を食ったようなやつだなんて(うわさ)がたってしまうのかしら。()に落ちないわ。


「ごく一部のゴミでも再利用されているんだったら、ここも一応は役に立っているのかな」

「いやいや。やっぱりゴミをつくらないようにしないとねぇ」


 あの荷台に山ほど積み上げて再利用しても、誤差にしかならないわ。それほどここには大量のゴミがあるのよ。おまけにすごいペースで増え続けているわ。


「むずかしそうだな。肉を食っても骨や皮は残るし」

「そうね。自分が食べる分だけなら埋められても、お店じゃすごい量になるわよねぇ」


 簡単に解決できるのであれば、こんな施設がつくられることもなかったのよ。


「ここにゴミを集めているのは、大人の娯楽の町とやらと同じ発想か」

「なくせないなら、せめて1箇所にか。窮余の一策なのかしらねぇ」


 ゴミを集めたところで、問題の先送りにしかならないわ。周囲への被害抑制を最優先にしているのかしら。


 今度はこっちに向かって歩いてくる人がいるわね。


「これは…… ベルタ様御一行ですか」


 ただの村娘を、様呼ばわりしないでほしいわね。この人も変な(うわさ)を聞いたのかしら。

 とりあえずは受け流しておくわよ。


「はい。施設の方ですか」

「は。この施設の警備のひとりです」


 ちょうどいいわ。ゴミ処理の今後の方針について聞けるかもしれないわね。

 でも、施設管理じゃなくて警備と言ったわよ。ここにはゴミしかなさそうよね。


「ゴミの廃棄場にも警備が必要なのですか」


 なにを守っているのかしら。さっきのゴミ再利用の人とかを捕えるためだとしたら、この施設への警備兵の配置はもったいない気がするわね。


「拠点がある以上は悪用される可能性がありますし、滞在時間は少なくとも来る人は多いですからね」

「そっか。あと、担当が違うとは思いますが、この施設についてお伺いしても宜しいですか」


 拠点の警備兵じゃ、ゴミ処理の方針とは無関係かしら。一応は聞くだけ聞いてみるわよ。


「は。ベルタ様への協力は最優先にと、王より全国営施設に触れが出ております」


 ぶ。顔から火が出る思いって、こういう感覚のことなのね。

 様呼ばわりされる原因が、よもや王様だったとは参ったわ。それにしても全国営施設にって、どんだけよ。


「……大げさな王様ねぇ」

「はは。ですので、答えられることには、すべてお答えします」


 国営施設のってことであれば、警備兵でも国策に詳しいかもしれないわね。


「では、ゴミは野ざらしにするしかないのでしょうか。不衛生ですし、もう少しどうにかしたいですよね」

「おっしゃるとおりです。国を挙げて取りくんではいるのですが、いまだ解決できずに()めている現状です」


 根本対策が見つかるまでの暫定措置ということよね。


「国の直轄ということですか。検討はされているのですね。それはよかった。でもむずかしいのですね」

「はい。消滅させてしまってはいずれ資源が枯渇するでしょうし、再利用の方法を模索しております」


 ここでいう再利用とは、要は土に還して資源に戻すということよね。


「埋めて分解するなら、ノーム様にお願いするわけにはいかないのでしょうか」


 ノーム様のお力であれば、たやすいはずだわ。国策となれば、いずれ王様が代わっても、ノーム様に引き継いでいただけると思うのよ。


「王が否定しております。これ以上、人の尻拭いを押しつけてはならぬ、われわれで、なんとかしようと」

「ごもっともですね…… ありがとうございます。よくわかりました」


 さすがは王様だわ。反論の余地がないわね。ノーム様にゴミ掃除をさせようだなんて、もってのほかだったわ。

 そうよ、あたしたちが解決しなければならない問題なのだわ。


「は。では見回りを続けさせていただきます」


 うーむ。今の話だと、解決のめどはたっていないみたいよね。この先も検討を続けるだけで、進展しない可能性が高いということよ。あたしたちで解決すべきとはいえ、あたしたちだけでどうにかするのが最善の手だとも思いがたいわ。


「王様らしいとはいえ、力及ばぬときは頼ることが、正しい選択だと思えるわね」

「天災とかだったら頼るだろうけれども、人がつくりだした問題まで頼るのは別なんじゃね」


 最善の手があるとしても、責任を取るべき者が、無関係な者に丸投げするのは、おかしいということかしら。


「……そうよね。自分に責任があることまで頼っちゃダメよね。やっぱあたしは、まだわかってないわ」

「ダメってほどでもないとは思うけれども。型にはめて考えすぎるのも、どうかと思うぞ」


 ふむ。無関係な者を頼るのであれば、納得してもらえるだけの対価を用意すればいいということかしら。

 なんらかの形で、最終的な責任を取ればいいということよね。


「むー。あんたみたいに、いろいろと思いつかないのよ」


 考えれば考えるほど、どうすべきなのかが、わからなくなるわね。


「考えこむと視野が狭まるからな。それでも俺みたいに考えなしよりは、いいと思うぜ」

「あたしも最初はそう思っていたわねぇ。でも、あんたを見ていると、能天気になることも大切かしらと思えてくるわ」


 あたしが考え抜いて出した答えよりも、アルフの思い付きのほうが、正解に思えることが多いのよね。


「おぉ。俺を参考にするんだったら飯にしようぜ」

「どういう理屈よ。さすがにここは不衛生だし、くさすぎるわね。もう少し進んでからね」

「だな」


 ゴミから出る有害物質のせいで環境汚染が広がっているみたいよ。

 暫定措置の状態が、長期間続いてしまっているのだと思うわ。


「なんか植物は枯れているし、気味の悪いカビみたいなのが、はびこっているな」

「こんな状況だと動物にも影響がありそうよね」


 直接の影響は移動で回避できても、食物連鎖で体内に有害物質が蓄積するわ。


「食べたらこっちにも影響しそうだな」

「どうにかしたいわ。でも、惨状を人にわからせるには放置しないといけないのよね」


 今積まれているゴミであれば、すべて消滅させることも、マアマさんには容易なはずよ。

 でも下手に解決してしまっては、問題がないものと誤解されかねないわ。

 (おご)りは禁物よね。今は、あたしが手を出すべきではないのよ。


「なんか騒がしいぞ」


 前方から激しい爆音が(とどろ)いているわね。軍隊が戦闘をしているみたいだわ。


「こんなところに大型獣が出たのかしらね」


 軍兵が通行を規制しているわ。随分と憔悴(しょうすい)しているみたいね。苦戦しているのかしら。


「ベルタ様御一行ですか。この先は危険です。通行はお勧めできません」


 それでも進まなければならないのですよ。お邪魔だとは思いますが通してもらいますね。

 一応は状況を聞いておくべきかしら。


「なにがあったのですか」

「は。化け物が出没しまして、討伐作戦を遂行中です」

「化け物? 大型獣じゃなくて? 妖怪の類ですか」


 未知の相手ということよね。対応手段がわからずに苦戦というところかしら。


「いえ。その。ゴミの有毒物質の影響で生まれた生物のようで。獣とは呼べぬ姿をしております」


 ゴミのせいで生まれたですって? あたしたちが捨てたゴミのことよね。


「……つまりは人がつくりだしてしまった化け物ということですか」


 なによそれ。最悪だわ。あたしたちのせいで化け物として生まれてしまったのよね。それをあたしたちが滅ぼそうとしているというのよ。ありえないわ。傲慢にもほどがあるわよ。赦されるわけがないわ。

 ゴミは増え続けているのよ。このままじゃ、この先も哀しい生物が生まれ続けてしまうということよね。でもゴミを出さずに生活するなんて、できないと思うわ。どうすればいいのよ。

 言い訳なんてしている場合じゃないわね。軍隊に攻撃されているという化け物を助けなければいけないわ。謝らなきゃ。会って償わなければいけないのよ。


 見えたわ……

 酷い。なんて酷い姿なのよ。まるで大型獣のゾンビね。自ら噴き出す体液で、肉が(ただ)れ落ちているみたいだわ。骨が露になってしまっているわね。鳴き声というよりも悲鳴をあげ続けているわよ。(ただ)れ落ちた箇所には、新たな肉がぶくぶくと湧き出てみえるわ。延々と自傷行為を続けているというのかしら。

 痛いわよね。苦しいわよね。もがいて、助けを求めて。それなのに、加害者である人から襲われるだなんて、あんまりすぎるわ。

 あたしたちが捨てたゴミのせいなのよ。あの子は被害者なのよ。どうしてこんな仕打ちができるのよ。


「撃てー」


 この人たちは、人を護るために、仕方なくやっているのよね。赦されない行為とはいえ、大義はあるのよ。

 軍の攻撃は、あの子には効いていないように見えるわ。肉が飛び散ってもすぐに湧いているもの。骨にまでは衝撃が届いていないみたいだわ。

 あの子の攻撃は強力ね。歩いた跡が腐食しているみたいだわ。バリケードや砲台を軽くなぎ払っているわね。食べられている兵までいるわ。

 この兵力じゃ、倒すどころか、進行を止めることすらできないと思えるわね。


「策を練りなおす。いったん退却。防衛隊は残って後退しつつバリケードの追加。無茶はするな」


 動機はさておき、攻撃の中止は賢明よ。被害者を攻撃するだなんて、もってのほかだわ。


「お嬢ちゃん危ない。こっちへ避難して」


 ……避難ですって。やりたい放題やっておいて、そのせいで生まれた被害者を足蹴にしておいて、どの面さげて、どこへ逃げようというのかしら。すべての責任はあたしたちにあるのよ。


「なんだこの娘は。全然動かせない。誰か手伝ってくれ」

「その方はベルタ様だ。なにかお考えがあるはずだ。お前たちは退却しろ」

「え。し、失礼しました」


 しっかりと見なくちゃ。でも涙でよく見えないわ。近くで見ると一層酷いのよ。全身大やけどなんて言葉が生ぬるいくらいだわ。ただ生きているだけで、全身を溶かされ続けているのよ。激痛なんて言葉じゃ言い表せない苦しみよね。あなたを、こんな目にあわせてしまったのは、あたしたちなのよ……

 あなたには、どんなに償っても償いきれないわ。せめてその傷をウンディーネ様のお力で……

 ダメだわ。まったく効果が見えないわね。どうしてよ、あたしはこの子を護りたいと思っているわ。

 そうか。今の痛々しい姿が、生まれたときからの本来の姿なのよ。ここからは治しようがないのだわ。あたしには、この子の苦しみを和らげることすらもできないのね。あたしはなんて無力なのよ。

 え。あたしを無視して移動を始めたわ。そっちはバリケードよ。軍と争う必要なんてないわ。


「待って!」


 止まってくれたわ。言葉が通じるのかしら。

 ならば、直接聞いてみるわよ。


「あたしはどうすればいいの。あなたを助けてあげられないの」


 ……答えてくれないわ。身動きもしないわね。話す手段がないのかしら。

 動きだしたわね。大きく振りかぶって…… こっちに飛び掛かってきたわ。

 あたしに恨みをぶつけようというのね。いいわよ、当然の報いとして受け取るわ。

 残念ながら、マアマさんがおられる以上は、あたしを傷つけることはできないと思うのよ。でも、あたしがあなたを護りたいと思っている以上は、マアマさんがあなたを消すこともないはずだわ。まずは気が晴れるまで、あたしを攻撃してちょうだい。そのあとで、償い方を相談させて――

 な? 消え…… た? あの子がいないわ。接触すると思った瞬間に消えたわよ。


「え…… マアマさん?」

「……」


 うそ…… よね……

 あたしはあの子を助けたいと思っていたわ。

 あたしが護りたいものなら、マアマさんは護ってくれるはずよ。

 でも、今の消え方は、どういうことなの。

 マアマさんは、どうして答えてくれないのよ。


「マアマを責めるな。あやつが選んだ結末だ」


 たとえガルマさんのお言葉でも、そのような理不尽な選択は理解できません。


「自ら消滅を望んだと、おっしゃるのですか」


 そもそも、あたしを襲えば消滅させられるだなんて、あの子にはわかるわけがないわ。そんな選択はありえないのよ。


「あやつは不死だった。死にたくとも死ねなかった。だから消えられる手段を教えてやったのだ」

「そんな」


 ガルマさんは、どうしてそのような提案をされたのですか。あたしはあの子を助けたかったのですよ。

 

「消される瞬間、あやつはお主に感謝しておったぞ」

「感謝? あんな姿にしてしまった人である、あたしをですか? ありえない。そんなの間違っている」


 信じられないわ。ガルマさんが、うそをつかれないことは、わかっているわよ。きっとあの子がなにか誤解をしていたのだわ。


「人が苦しみを与えた。だがお主が現れたおかげで苦しみから救われたのだ」

「苦しみを与えた時点で、感謝されるいわれなどありません」


 典型的なマッチポンプよ。加害者が償うのは当然だわ。それなのに、償うどころか、被害者を消してしまったのよ。どこに感謝される要素があるというのかしら。


「苦しみはあらゆる者が与える。世界を創造した竜神はもとより、弱肉強食の世界なのだ」


 う。たしかに。あたしたちへ苦しみをもお与えになる竜神様に対し、あたしは感謝をしているわ。


「でも。苦しみしかない生涯なんて」

「それをお主が救済したから感謝したのだ」


 あたしたちは、あの子に苦しみを与えてしまったわ。そのうえで、苦しみから逃れる手段を与えていなかったのよ。あの子は不死として生まれてしまったがゆえに、死という逃げ道すらも塞がれていたのだわ。あたしがその道となったから、感謝されたのだとおっしゃるのね。


 理屈ではわかるわ。不死の身で、苦痛に苛まれ続けるあの子にとっては、消滅こそが救いとなりえたのかもしれないわね。でも、仮にそうだと判明しても、あたしにはあの子を消すだなんて選択はできなかったはずよ。だからガルマさんは、あたしを襲うように提案されたのだわ。償いたいと思っている、あたしに償わせるために。


 やっぱり、苦しみを与えてしまった人であるあたしが、感謝されるだなんて納得はできないわ。でも、苦しみから逃れられたことへの感謝は理解できるわね。あの子の姿は、それほどまでに辛い状態だったと思えるもの。

 我ながら矛盾を感じずにはいられない感情よ。でも、マアマさんのおかげで、あの子が苦しみから救われたことは間違いないと思うわ。


「……マアマさん。ありがとう」

「べるたー。いいこー」


 軍の指揮官らしき人が戻ってきたわ。

 なによ、こんなときに、その(うれ)しそうな顔は。少しは空気を――


「ベルタ様。化け物を退治していただき、国に代わって感謝を申しあげます」


 ……なんですって……

 アルフ以外の人に対して、これほどの怒りが湧いたのは初めてかしら。身体が震えて止まらないわよ。

 あたしがあの子を退治したですって? さらにはそれを感謝ですって? 暴言にもほどがあるわよね。

 あの子がどれだけ苦しんだ末に消滅を選んだのか、想像もできないわよ。あんたは、一体どこまでエゴの塊なのかしら。

 あの子があんな姿で生まれたのは、あの子が苦しみ続けなければならなかったのは、あの子が自らの消滅までをも望んだのは、すべてはあたしたちのせいなのよ。


「王様にお伝えください。このような哀しい生物が2度と生まれないよう、対策を最優先にお願いしますと」


 これ以上暴言を続けるのなら…… あたしも我慢しきれないわよ……

 人がそこまで愚かなら…… 滅ぼしてしまっても…… あたしのせいじゃないわよね……


「は、は! たしかに拝命いたしました。直ちに帰還して報告して参ります」


 ようやく悲壮な顔つきになって飛んだわね。少しは、あたしたちの立場を理解したのかしら。

 あたしもダメね。恐ろしいことを考えていたわ。いまだに怒りを抑えられないのよ。本当に愚かだわ。

 愚かさかぁ。自然に還せないゴミなんてものをつくりだすのは人だけなのよね。それだけじゃないわ。人が誇る文明の多くが、自然を破壊することで成り立っているのよ。人だけが、この世界に迷惑をかけ続けているのよね。

 人は幾度も滅ぼされてきたわ。それは、滅ぶべき存在になり果ててしまったからよ。自業自得なのよね。今回も同じ――


「こういうのも進化すれば解決できるのかね」

「大願を果たすほどの進化であれば造作もなかろうな」


 ……そっか。解決方法は、初めから示されていたのだわ。すべては大願につながっているのよ。


「のんびりしては、いられないのよね。本当に。先を急ぎましょ」

「え。飯……」


 聞こえているわよ、アルフ。食事も大切よね。でも少しだけ待って。今は進まないと気が済まないのよ。

 あたしたちがこうしている間にも、犠牲は増え続けているはずだわ。人の愚かさは、深刻な犠牲を生み続けているのよ。一刻も早く、進化を目指さなければいけないわ。


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