おまけ:進化せし魔物
広大な森ね。火山の麓にあるのが心配だわ。噴煙が絶え間なくあがって見えるのよ。
「火山かぁ。マアマさんがいた温泉も火山地帯だったわよね」
なつかしいわ、マアマさんとの出会い。
ほのぼのとした思い出が…… 皆無ね。卒倒しそうな出来事の連続だったわ。
「ほかほかー」
あはは。噴火さえしなければ、ほかほかでいいわよね。
「また温泉があるのかもな」
あるとしたら、今度はふつうに入りたいわね。アトラクションはもう要らないわ。
「でも、こんなに噴煙をあげているのは初めてね。今にも噴火しそうで怖いわ」
この一帯が火の海になっちゃうわよ。それも自然現象とはいえ、できれば避けたいわね。犠牲が大き過ぎるわ。
「いざとなったら火山ごと消してしまえばいいんじゃねぇの」
「やるわけないわよ!」
それこそ驕りだわ。火山も、護るべき自然の一部なのよ。
「実際、火山を消したら、下のマグマが噴出すだけだろうな」
だからといってマグマごと消したら、地熱が急激に下がってしまうわ。結局は生態系が狂っちゃうわよね。
「下手に止めたら地下で力が溜まりすぎて、どっかで暴発しちゃうと思うわ」
被害が出ないようにガス抜きをするだなんて、都合のいい方法があるのかしら。
いや、どんな方法でもダメよね。未来にどんな影響がでるのかを、あたしには予測できないのよ。目の前の被害を防ぐことで、より大きな被害を生んでしまう可能性を忘れてはいけないわ。
「逃げの一手だな」
そうね。マアマさんの力をお借りできなければ、考えるまでもなく逃げるしかないことだわ。やっぱり、あたしがどうにかしようだなんて、考えること自体が驕りでしかないのよ。
火山はさておき、この森は不思議な感じだわ。見た目はふつうの森よね。でも、妙な心地よさを感じるのよ。
「どうしてか、わからないわ。でも、気持ちのいい森よね」
空気が澄んでいるせいなのかしら。……それだけじゃないわよね。なにかの力に満ちた感じがするわ。
「肌に当たる風とかじゃなくて、気持ちが直接スーっとする感じだよな」
うんうん。噴火しそうで不安になる気持ちも、吹き流して和らげてくれるみたいよね。深呼吸で、こんなに落ち着くだなんて初めてだわ。
「良気に満ちておるのだ。微弱ではあるが、ベルタがティアラから放つ光に近い効果がある」
良気ですか。不思議な森があるものですね。
ティアラの光に近い効果となると、力の根源は水の精霊なのかしら。
「おぉ。すげぇ。毒や病気も治せるのか」
「うむ。時間はかかるがな」
かかるのですか。ガルマさんがおっしゃると、治る前に寿命が尽きそうに思えますね。
でもこれは、ティアラの光に比較されてのお話かしら。何百年もかかるのなら、実質的には治せないものね。
「ここに住めば医者要らずか。狩りには困らなそうだし。誰も住まないのかな」
そうよね。そんなにすごいところなら、人が集まって当然だわ。
「森の外に柵があったし、私有地なのかしら。進入は自由みたいだったのよね」
森を抜けたと思ったら町があったわ。
妙ね。周囲が森に囲まれていて、交易には不便な場所よ。なにより、今にも噴火しそうな火山が近くにあるわ。村ならともかく、町をつくるような場所ではないと思うのよね。
「おぉ。やっぱり住んでいたか」
「大型獣の村もやばかったとはいえ、噴火しそうな火山の麓の町も負けていないわね。たくましいわ」
いかに森がすばらしいとはいえ、火山が怖すぎるわよ。あたしたちはともかく、一般の人じゃ安心して眠れそうにもないわ。
「泊まっていくか?」
「そうね。まさかちょうど、あたしたちが来た日に噴火なんてしないわよね」
まさかとはいえ、自信がないわ。
狙ったかのように問題が発生しすぎの旅なのよ。
思いのほか、町の中は賑わっているわね。みんな、怖くないのかしら。
む。あちこちに、獣の像が祭られているわ。
「うわ。まさか、また神獣様かしら」
おっと。偽の神かもしれない、と口にするところだったわ。QB様のときみたいに、聞かれているかもしれないのよ。発言には気を付けなきゃね。
「神獣ではない。が、魔物から進化を果たした獣だ。聖獣と呼ばれておる」
ほ。神獣様ではないのですね。
……へ。今、魔物が進化を果たした、とおっしゃいましたよね?
「魔物が進化できるのですか。最も進化から遠い存在ではないのですか。人にも例がないというのに」
理性を失って堕ちた、亜人や獣が魔物になるはずよね。強い理性を必要とする進化には至れるはずがないわ。
だって進化へ至るには、考えることが大切であると教えられてきたのよ。つまりは理性よね。魔物にはないはずよ。
「残念ながら大願には届いておらぬがな。人の力を凌駕する存在になっておる」
「QBはきれいだったけれども、この像はすげぇ怖い顔をしているな」
この像の容姿であれば、もとが魔物であることには信憑性があるわ。
「魔物から進化したからなのかしら。でも理性を失ったはずの魔物が、どうして進化に至れたのですか」
本能だけの状態から、進化を目指そうとすること自体がありえないですよね。
「人の供物と祈りが切っ掛けだ」
「え。そんなことで理性を取り戻して、進化にまで至ったというのですか」
それって、偽の神として祭り上げられたものが進化するということですよね。そんなのおかしいわ。
「獣使いの先祖がなした、と言えばわかりやすいか」
うわお。獣使いさんの先祖がやったとなれば納得しちゃうわね。調教された獣が、理性で行動するところを散々見せていただいたわ。あの人の先祖であれば、魔物でも調教しちゃいそうよ。魔物の気持ちですらも理解しそうだものね。
「おぉ。対等の目線で飯を食わせたってことか」
供物というのは、おそらくそういうことね。偽の神への信仰によるような供物とは違うはずよ。祈りというのも、調教に類するものかしら。
「やっぱり、そういう血筋だったんですねぇ」
獣使いさんの感覚は、あたしたちとはかけ離れすぎていたわ。獣への理解が深い家系で生まれ育っていたのよ。
「魔物でも意思疎通はできる。理性を取り戻し、護りたくなるほどの気持ちを感じ取ったのだ」
そういえば、疎通はできても話になるかは理性次第、と以前におっしゃっていたわ。理性を失った魔物を説得することはできないということよ。それでも気持ちは通じるのだわ。
理解はできたわよ。でも、どうやればいいのかは見当がつかないわね。あたしには意思疎通すらもできないわ。それを獣使いさんの先祖は、人の身でありながらも成し遂げたのよね。本当にすごいわ……
「なるほどな。今でも護ってくれているとしたら、町の人たちにそういう気持ちがあるってことか」
獣使いさんの先祖から引き継がれている可能性はあるわね。
ちょっとアルフ、どこへいくのよ。
「婆ちゃん。この獣の像ってなに?」
あいかわらず空気を読まないわね。像に祈りを捧げている雰囲気だったわ。邪魔をしたら怒られるかもしれないわよ。
「森の王である聖獣じゃよ。この町が栄えておるのは聖獣のおかげなのじゃ」
怒ってはいないみたいね。温厚な方でよかったわ。
でも、聖獣が町を栄えさせるという意味はわからないわね。
「聖獣て、なにしてくれるの」
「いろいろじゃ。森の恵みをわれらに与え、自然災害を防ぎ、疫病なども祓ってくださる」
へぇ。本当だとしたら、人からすれば、神のごとき力と言えるわね。祭られて当然だわ。
「マジか。すげぇな。どこにいるの」
「森の中におられる」
さっきの森ね。たしかに、なにかの力に満ちた感じだったわ。きっと聖獣の力だったのね。
「森に囲まれているから探すのは厳しいな。婆ちゃんは見たことがあるのか」
「お姿を見たことはない」
あら。なら、さっきのお話も、聖獣のお陰かどうかはわからないはずよね。
「会えないんじゃ疫病も祓えないよな。伝承があるだけってことか」
「旅の者には信じられぬかもしれぬな。この町が栄えておることこそが聖獣の存在を証明しておるのじゃ」
ほかの町は、聖獣が居なくても栄えているわ。証明になっていないわよね。
聖獣が実在することは、ガルマさんのお言葉でわかっているわよ。
でも、おばあさんの信仰は、妄想の神に対するものと同じではないのかしら。信じる根拠を示せていないものね。
「あぁ、実際にいることを聞いているから信じてはいるぜ。ただ、みんなが信じているんだったら、会えるのかと思ってさ」
「そうか信じるかい。ならばお主も護ってもらえようて」
あたしたちが聖獣の存在を信じるのは、ガルマさんのお言葉という根拠があるからなのよね。聖獣が護ってくれることを信じているわけではないわ。それでも護ってくれるのかしらね。
「町の人は聖獣になんかしているのか? 餌をやっているとかさ」
「森を買って、開拓から護っておるくらいじゃな。後はこうして欠かさず祈って、供物を捧げて感謝しておる」
ふむ。供物と祈りは続けているということね。でも、やっぱり形骸化していそうよ。偽の神への信仰と同じような内容になっているわ。おそらくは、獣使いさんの先祖がやっていたこととは違うわよね。
「ありがと。感謝の気持ちか」
戻ってきたわ。
町の人が聖獣をどう見ているのかはわかったわね。
「婆ちゃんは、信じていれば護ってもらえると思っているみたいだな」
「本気で信じていれば通じるってことなのかしらね」
根拠の有無はともかく、おばあさんの信仰心は本物みたいよ。気持ちが聖獣に通じているのかしら。
「妄想の神でなければ、信仰にも意味があるってことか」
「そうね。姿を見せてくれないんじゃ、妄想かどうかも確認できないとはいえ」
そういえば、実在するのに、どうして姿を隠しているのかしら。おばあさんが、見たことはないというくらいだから、偶然遭遇しないだけではないわよね。意図的に隠れている理由があると思うのよ。
「でもさ。護りたいって気持ちだったらベルタも負けてねぇと思うけれども。なにがたりないんだろうな」
む。あたしが進化できない理由かぁ。
そうよね。進化が可能であることは、聖獣によって実証されているのだわ。あたしには欠けている要素があるということよね。
聖獣の進化の経緯を考えると、あたしを信仰する人々が必要だということかしら。
……そんなわけがないわよね。そもそも信仰が生まれたのは、進化の後だと思うわよ。
となると、あたしに餌を与えて調教する人が必要…… あ・り・え・な・い・わ!
「ベルタを含め、人の場合は愚かさが邪魔になっておる。至極当然の簡単なことを理解できぬのだ」
「だとさ」
助言をいただけたわ。しかし、これはまた難解ね。
「曖昧すぎてわからないわよ。期待は持てたわ。でも、当然で簡単なのに理解できていないこと? なんだろ」
聖獣は、理解しているから進化できたということよね。獣にすら理解できるのに、人には理解できないことだなんて、想像がつかないわ。愚かさが邪魔になるような、当然で簡単なことねぇ……
「そっちに逃げたぞー」
「封鎖してある」
なんの騒ぎかしら。人だかりができているわね。
「なんか、あったのか」
「聖獣の像を壊してまわるバカがいたんで捕まえていたのさ」
既に捕らえたみたいね。見るからに酔っ払いだわ。観光客が悪酔いしたのかしら。
「警備兵がいないみたいだけれども。呼ばないのか」
そういえば、酔っ払いを連行しているのは一般の人みたいね。
この町では警備兵が見当たらないわ。
「この町は、町人全員が警備兵をかねているのさ」
うわお。老若男女を問わずということかしら。
「そりゃすげぇな。でも効率悪くねぇか。危険そうだし」
「聖獣に恥ずかしいところは見せられない。やれることは自分でやってこそ護っていただけるのさ」
随分と立派な心掛けだわ。町の人がみんな、こんな考えでいるとしたら、護ってもらう必要すらないように思えるわね。
「やれることって。狩りとか農耕とか炊事とか全部か」
「そうだ。無論全部ひとりで同時にやるわけじゃない。状況に応じてどの役割でもこなすのさ」
人には得手不得手があるわ。全員がすべての役割を担当するというのは、さすがにどうなのかしらね。
心掛けとしては、すばらしいと思うわ。でも実践するのは無茶だとも思うわね。
「お、おぉ。なんか、この町に住むのは大変そうだな」
「楽ではないな。だが心も身体も充実するぜ。死ななきゃ聖獣に癒してもらえるんだし」
ふーむ。聖獣を見てはいないのよね。それでも、聖獣に癒してもらっていると認識しているみたいだわ。どういうことなのかしら。信仰による思い込みなのかしらね。
「その考え方は怖えぇけれども。なるほどな」
信仰心が、自意識の向上に役立っているのだわ。いい傾向ではあるわね。
ただ祈るだけではダメだという信仰みたいよ。努力を怠れば護ってもらえないという認識なのね。
あたしも努力を怠ったつもりはないわ。でも、当然で簡単なこととやらは皆目見当がつかないわね。努力で理解できるものなのかしら。
「陽が落ちてきているぞ。宿を取らないと間に合わなくならね」
「いっけない。温泉があるかもだし、なんとしても取らなきゃ」
温泉なんて、めったにない機会なのよ。あるのなら、なんとしても探し出さなきゃね。
……よし、あったわ。期待通りの温泉宿を見つけたわよ。
こんな危険なところでも、町として栄えていられるのは、温泉で集客できるからなのかしら。
「やっぱり温泉は、潰れていない宿がいいわね」
「あはははは」
笑い事じゃないですよ。あの温泉が廃墟になってしまったのは、マアマさんが原因なのよね。
とはいえ、マアマさんは人と仲良くしようとしただけなのよ。問題があるとしたら、逃げ出した人のほうかしら。いや、そう断定するのも酷よね。岩がしゃべりだしたら、あたしだって逃げだしそうよ。これも運の力なのかしらね。
「森に囲まれているから、飯も期待できそうだ」
こんな辺鄙な場所でも、拠点があれば知名度次第で賑わうのよね。温泉に聖獣に、良気の森とくれば、有名になっていて当然かしら。
さて、問題はここからよ。温泉宿は人気が高いわ。本来なら簡単には部屋を取れないのよ。空いているといいわねぇ。
難なく夕食と一泊を取れたわよ。でも他の客を断っているように見えたのが気になるわ。人数とか料金の問題かしら。
「ついているわねぇ。なにかすごい人気みたいなのに部屋を取れたわよ」
「あ、あぁ。ついていたな」
どうしたのかしら。棒読みセリフになっているわよ。
「なにか言いたそうね。あぁガルマさんがいるからか」
空いていたのではなく、無理やり空けてくれた可能性が高いわね。
「そう。そのとおりだ。ほかに理由はないぞ。早速飯にしようぜ」
いかにもほかの理由がありそうな態度ね。まぁいいわ、今考えるべきは、そんなことじゃないのよ。食事を済ませたら、進化の条件について考えないとね。せっかく新たなヒントをいただけたのだもの。
華やかに彩られた料理だわ。見た目だけは満点ね。でも香りからして怪しいわよ。お味は…… これは食べ物なのかしら。
「ここおかしいぞ。なんで、わざわざ、まずく料理するんだ」
「味より見た目って感じね」
食べるのがもったいないくらいに、きれいに飾られているわ。
でも色づけのためなのかしら? 調味料の味しかしないほどに味つけが濃いわ。薬くさいと思える品まであるわね。
「料理は見るもんじゃねぇ。食うもんだ」
同感だわ。これは料理というよりも見世物よ。
「まぁ、あんまり見た目が酷くても、食べる気がしないとはいえね」
さすがに、これはやり過ぎよ。味と香りの両立は大前提だわ。
「贅沢をいう気はないけれども、これはないわ。素材の味が殺されて、もったいなさすぎる」
ここまで食が進まないアルフを見るのは初めてね。大丈夫かしら。
「ほかのお店に行く?」
「いや。食わないと、もったいないから食うけれどもさ。森に期待していたから落差でダメージが酷いわ」
アルフも、食材となった生命の大切さは理解しているのね。
でも、英気を養うためでもある食事なのに、この調子はまずいわ。どうにかしないといけないわね。
「明日の朝食は、マアマさんに焼き鳥づくしでもお願いしましょうか」
「まかせろー」
どうかしら。おそらくはこれが、あんたの一番の好物よね。おまけに、この森の鳥なら特においしそうよ。
「おぉ。希望が持てたわ。今晩はこれで我慢するぜ」
流しこむように食べ始めたわ。食事はアルフにとって最大の楽しみのはずよ。心中を察するわ。
「でもここは料理も人気があるのよねぇ。見た目のほうが大切な人が多いのかしら」
「この肉も、塩をかけて焼くだけのほうが遥かにうまいだろうになぁ。あぁクソ泣けてくる」
食事で苦しむアルフを見るだなんて、これが最初で最後かもしれないわね。大抵のものは喜んで食べるのよ。
ふぅ。どうにか食べきったわね。食事がつらいだなんて悲しいことだわ。
「んじゃ明日の焼き鳥に期待して寝るわ」
「あんた温泉は」
せっかくの温泉宿なのよ。それなのに温泉に入らないだんて、宿を取れなかった人にも悪いわ。
「マアマがきれいにしてくれるんだから風呂なんていらね」
「風情がないわね。露天風呂とか特に気持ちいいのに」
洗うことだけが目的なら、みんなわざわざ温泉まで来ないわよ。お風呂で十分だわ。
「俺の場合は、気持ちいいというより、猛烈に疲れるんだよな。体質の違いかも」
「そうだったのね。なら仕方がないわね。おやすみ」
お風呂で疲れるだなんて、もったいない体質だわ。こんなに気持ちがいいのにねぇ。
火山を眺められる露天風呂がこの温泉の売りらしいわ。
「絶景ね。これは人気が出るはずだわ。夜でも火口が赤く見えてきれい。でも……」
暗くなって、見えづらくなっているはずなのよ。それなのに、噴煙が増えているように見えるわ。
でもほかの人たちには、慌てた様子がないのよね。気にしなくても大丈夫なのかしら。
いいお湯だったわ。大満足よ。
あら? 通路に、なにかを祭ってあるわね。これも聖獣の像だわ。
説明文を張ってあるわね。聖獣の由来かしら。なになに…… なにかあったら祈りましょう。
なによそれ。自分たちでできることはやるという話はどうなったのかしら。
「祈って解決するなら、そりゃ祈りますがね」
聖獣の像につっこんでも仕方がなかったわ。
そもそも、聖獣に祈るのならともかく、像に祈るのは違うと思うわよ。
思っても言えないのが歯がゆいわね。神獣様ではないとはいえ、QB様のように聞いている可能性があるのよ。下手なことは言えないわ。
聖獣は神獣様よりも強く信仰されている様子なのよ。身近に感じられる、なにかがあると思うのよね。つまりは聞かれている可能性も高いということよ。
いや、もしかしたら立場の違いのせいかしら。麒麟様は人を裁かれ、QB様は人に苦難…… もとい刺激を与えておられたわ。でも聖獣は、人にとって厳しい役目を担っていないのよ。だから身近に感じているだけなのかもしれないわ。
おっと。こんなところで考えていたら湯冷めしちゃうわね。あたしも寝るわよ。
わ! 地震よ。大きいわ。
「おおおおお」
「まさか、この地震て」
こっちの窓から火山が見えるわね。やっぱり噴煙が増しているわ。それどころか、火口付近が変形しているようにすら見えるわよ。
「あれ噴火しそうに見えるわ。町の人を避難させないと危ないかも」
「この町の住人のほうが詳しいんじゃね。って、なにやってんだ、あいつら」
なにって…… ぶ。あの張り紙通りに、本当に祈っているわ。それも、町の人が総出で祈っているみたいよ。
温泉客は見当たらないわね。瞬間帰還器で逃げたのかしら。
地震だけでも緊迫した状況のはずよ。加えて、今にも噴火しそうな状況なのに、祈る人々の様子は落ちついているわ。
ふつうは信仰心があってもパニックになる状況よね。聖獣とは、そこまで信頼できる存在なのかしら。
「神頼みかよ」
「神じゃなくて聖獣よね。聖獣で、どうにかできるものなのですか」
進化した聖なる獣とはいえ、結局は獣なのよね。獣が噴火をどうできるというのかしら。本来の獣というものは、火からすらも逃げるものなのよ。
「その気があればな」
どうにかできる、とおっしゃるのですか……
「マジか。進化すっげー。ただの魔物が火山噴火を、なんとかするほどまでに強くなれるのか」
「でもその気があるかどうかなんてわからないし。ここじゃ火砕流に呑まれたりしそうよ」
窓からじゃ視界が悪いわ。とりあえずは路上へ飛び降りてっと。さて、どう対応したものかしら。
この町を護りたいとは思うわよ。でも、苦難を乗り越えて進化を目指すことが人の役割なのよね。
それなのに町の人々は祈るだけよ。こんな状況で、あたしが町ごとバリアとかで護る選択は正しくないわよね。
とはいえ、町の人たちを避難をさせようにも、聖獣を信じきっていては動かないと思うわ。あの安心しきった表情はなによ。ありえないわ。
あたしが安直に護るべきではないとはわかるわ。でも、じゃぁ、どうすればいいのよ。町の人たちは、できることは自分でやるはずの人たちよね。
……そうだわ。町の人たちにできることの中で、自然の脅威に対抗できる唯一の手段が、聖獣に祈ることなのよ。逃げることも含めた、自由な選択肢の中から、あえて信仰を選択したのだわ。温泉客が逃げているのだから、逃げればいいということに気づかないわけがないものね。
でもそれでいいのかしら。信仰で苦難を乗り越えようとすることが正しいとは思えないわ。自力でどうにかしようと挑戦すべきではないのかしら。あたしなら――
あ。あたしには偉そうに言えないわね。あたしだって、自力でこの町を護れるわけじゃないわ。あたしがマアマさんを頼ることと、町の人が聖獣を頼ることは同じなのよ。
あたしがマアマさんを頼ることは正しいのかしら。
……周囲の力に頼ってでも、最善の選択を考えることが大切だと教わったわ。
自分の力が及ばぬ状況で頼ることは正しい選択なのよ。
現状で町の人が聖獣に頼ることは正しいのかしら。
……噴火から町を護る力は、人々にはないわ。人が避難できても町は滅ぶのよ。
頼れる力があるのならば、頼ることが正しい選択だと思えるわね。
あたしがマアマさんに対して抱くほどの信頼を、町の人が聖獣に対して抱いているのであれば、頼ることこそが正しいはずだわ。
そうよ、妄想の神に祈っているわけではないのよね。聖獣は実在するわ。
聖獣への信頼が裏切られたときには町が滅ぶのよ。それは覚悟しているということよね。
わかったわ。今回は手を出さないでおくわよ。町の人が信頼する聖獣を、あたしも信じてみるわね。
正直にいえば、あたしは聖獣の力や思惑を知らないから不安よ。でもここで手を出すわけにはいかないわ。だって、聖獣に対する町の人たちの信頼を疑ったら、マアマさんに対するあたしの信頼をも否定することになる気がするのよ。それはマアマさんに対する裏切りだわ。
ちょ。こんなときに、なんて強烈な突風かしら。吹き飛ばされそうよ。
「きゃー。嵐まで来るの」
なにかしら。なにかが駆け抜けるような音が遠くから響いたわ。
「なんか白くて、でかいのが森の中を飛んでいったぞ」
「へ。空じゃなくて森の中を飛んでたの?」
森の中は木々が密集しているのよ。でかいのじゃ、ぶつかっちゃうわ。
それらしい姿は見えないわね。木々が倒された様子もないわ。
「走っていたのかもだけれども、飛んでるみたいなスピードだったな」
ひ。すごい爆音が轟いたわ。
「噴火?」
地震に別の地響きが加わっているわね。噴火を止めることはできなかったみたいだわ。
このままでは町や森が火の海に沈んでしまうわよ。あたしのせいじゃないわよね。あたしが対応を放棄しなければ……
今はそんなことを考えている場合じゃないわ。火砕流をどうにかしないと。いや、それは驕りだったわ…… とはいえこのままじゃ……
あら? 様子が変ね。
「……には見えないな。むしろ噴煙は減ってきているみたいだぞ」
地震と地響きも徐々に収まってきたわ。
町の人たちは祈りを終えているわね。今は像に供物を捧げているわ。
「聖獣が噴火を防いでくれたのでしょうか」
「火山の下に溜まっていたマグマを食いおったな」
「食うって……」
能力としては、すごいと思うわよ。でも、進化のイメージとは合わないわね。原始的というか乱暴というか。むしろ退化して強くなったような……
「太陽の象徴とも呼ばれておる」
「信仰されるだけのことはあるのですね」
マグマを食べたという割には、涼しくなったようには感じないわ。程度をわきまえているということよね。考え無しの乱暴な手段だと思えるのに、実際には自然への影響を考えたうえで対処をしているのだわ。
「信仰されているから護ってやりたいと思うってことか。でも神頼みじゃ人が堕落しそうだな」
「堕落すれば見捨てるであろう」
町の人にはそれがわかっているのかしら。恥ずかしいところは見せられないと言っていたものね。
聖獣は、人を襲う恐ろしい魔物から進化したのよ。魔物であったころの聖獣についても、町の人たちは知っているはずだわ。堕落すればどうなるかや、進化できる可能性についても深く理解していそうね。
「そういや全員が警備兵で、やれることはなんでもやるとか言っていたもんな。大丈夫そうか」
「こんなことが続いているのなら、姿を見せなくても信じられるわ」
祈りに応えて、これほどの力を発揮してくれているとなるとね。
町の人たちの信仰の根拠が理解できたわ。たしかに、姿が見えるかどうかなんて関係がないわね。
「隠れているわけではないのだがな。普段は人には見えぬ」
「あれ。んじゃ噴火前に森の中を飛んでいた白いやつとは違うのか」
「それが顕現した姿だ。普段は良気として森に漂っておる」
ぶ。思い切り吸い込んじゃっていましたよ。大丈夫なのかしら。大丈夫よね、みんな呼吸しているはずだもの。
「おぉ! ベルタの光に近い効果って、聖獣の仕業だったのか。婆ちゃんの言ったとおりだったんだな」
そういうことだったのね。良気のお陰で、森で療養すれば疫病も祓われるわ。姿は見えずとも聖獣の恩恵であることを、町の人たちは理解していたのよ。
「森に入ったときから会っていたのですね。本当に、どこになにが潜んでるかわかりませんね……」
下手なことを口走らなくてよかったわ。
もし機嫌を損ねていたら、町が犠牲になりかねなかったわよ。
「まだ夜中だし寝なおすか」
「完全に目が覚めちゃったわね」
「ティアラの光があるから大丈夫だろ」
「そうね。出発するにはまだ暗いわね」
温泉に入り直すのも手よ。でも疲れを残すのはよくないかしら。……今回はおとなしく寝ておくわ。
気持ちよく寝直せたわね。さすがはウンディーネ様のお力よ。
町は何事もなかったかの様相だわ。
「あんなの日常茶飯事って感じね。誰も気にしてないみたい」
「この町が栄えているのは、聖獣のおかげって婆ちゃんが言っていた。今だったらよくわかるわ」
そうね。あのときは、聖獣がいなくてもほかの町は栄えているだなんて思っちゃったわ。でも違うのよ。おばあさんが言いたかったのは、噴火からでも護ってくれているから、危険な場所でも栄えていられるということだったのね。
「でも聖獣が寿命とかで死んだら、どうなるのかしら」
町も森も滅ぶしかなくなりそうよね。
「この聖獣は死んでもすぐに復活する」
「不死じゃなくて、死んで復活ですか」
そもそも普段が良気の状態で、いつでも顕現できるのよね。死の概念も、ふつうの生物とは異なりそうよ。
進化って、なんでもありみたいね。愚かさを克服して賢くなるだけみたいに思っていたわ。全然違うわよ。
「ベルタもそうなるのか……」
どうして他人事なのよ。目指すべきはあたしだけじゃないわ。
「あんたも進化は目指しなさいよ」
「どう進化するかはその者次第だ」
進化の先は決まっていないのね。そりゃそうだったわ。だからこそ直接には導いていただけないのよ。大願へと至れる進化を目指さなければならないのよね。
「よーし。朝飯目指して出発しようぜ。やっきっとり♪ やっきっとり♪」
「どうして進化が朝飯におき換わるのよ……」
朝食の焼き鳥づくしを約束していたわね。たっぷりと食べて、あたしも進化を目指すわよ。




