おまけ:働かざる者は食われる
随分と、山の奥深くまできたわね。
険しい山ではないわ。傾斜は緩いのよ。とはいえ、ここまで人が立ち入ることは、ほとんどなさそうだわ。
だって大型獣が、あちこちを闊歩しているんだもの……
「これを秘境というのかね。むしろ卑怯と言いたい」
ごめん、スルーするわ。ボケに応じる気になるような状況じゃないのよ。
「あんなのを全部相手にするのは、さすがに手間ね」
ここは大型獣たちの生息圏なのよ。無暗に狩れば生態系を崩してしまいかねないわ。マアマさんに一掃していただくわけにはいかないのよね。
かといって、襲ってきた個体ごとに対応するのは手間がかかりすぎそうなのよ。数が尋常じゃないわ。それに罠アイテムで対応できる相手じゃないのよね。マアマさんに個別の対応をお願いしなければならないわ。拘束して放置だけじゃ、ほかの獣の餌食にされちゃうものね。
あたしたちへの攻撃だけを、マアマさんに無効化してもらって、大型獣を無視すればいいのかしら。いや、それだと大型獣の群れを引き連れて歩くことになりかねないわね。行き先が危険になりすぎるわ。
あ~、もう。どうすればいいのかしら。
ん? アルフったら、なにを縮こまっているのよ。あぁ、隠れながら進もうとしているのね。それじゃ対策にならないと思うわ。大型獣は、視覚だけで知覚しているわけじゃないのよ。
「マジか。あんなところに村があるぞ」
「ぶ。よりにもよって、こんな辺鄙で危険なところを開拓したの。たくましいわね」
1匹でも村を壊滅させそうな大型獣が、そこら中にいるのよ。どうやって生活をしているのかしら。
「呼ばれている方向ではないけれども、夜も近いし寄ってみるか。なんか対策方法を知っているかも」
「賛成」
小さな盆地に村をつくったのね。こんな山奥の危険な場所じゃ、ほかの集落との往来はむずかしいはずだわ。おそらくは、ほぼ自給自足で成り立っているのよね。
のどかな雰囲気の村よ。周囲の過酷さとは不釣り合いだわ。
放し飼いにされた鶏が、そこら中を歩き回っているわね。村の中だけが平和な別世界みたいよ。
「おぉ鶏がいっぱい。可愛いけれども、気をつけないと踏みつけそうだ」
「路上に出てきそうよね。小さい柵はつくったほうがよさそうだわ」
言っている端から、路上に出てくる鶏が見えるわね。
え。獣よ。村の中に獣が入り込んでいるわ。路上に出た鶏に向かって駆け寄っているわね。
「村の中に獣がいるぞ」
「幾らなんでも無用心過ぎるわね。これじゃ、村の中でも獣避けの罠アイテムが必須よね」
あの鶏は犠牲に…… あら?
獣が鶏を襲わないわよ。路上から鶏を追い戻したわ。
鶏が戻ったら、獣は近くの家屋で座り込んだわね。まるで鶏を監視しているかのようよ。
「あれ。食わないぞ」
「路上から追い出したように見えたわよ。まさか獣が放牧しているの?」
まさか獣の村なんてことはないわよね。獣よりの獣人なのかしら。でも仮に知能が高くても、前足じゃ道具も使えないわ。どうやって村をつくったのよ。
「村の人に聞いてみるか」
人がいるの?
……いるわ。作業に勤しんでいる人々が、まばらに見えるわね。獣の村ではなかったわ。
獣による鶏の監視を除けば、ふつうの村の様相かしら。
「お姉ちゃん。俺たちは旅で寄ったところなんだけれども、質問してもいいか」
「あら旅の方がみえるとは珍しい。しかも口のうまい子ね。おばちゃんでいいわよ。なにを聞きたいの?」
アルフの口がうまいですって。そんな感想は初めて聞いたわ。無礼が服を着て歩いているような礼儀知らずなのよ。
「え。そんな年に見えねぇけれども。まぁいいか。この村の獣は、鶏を放牧しているのか?」
いくつくらいから、おばちゃんなのかは、地域差や個人差があってわかりづらいわね。
「まさか。鶏を放牧しているのは人よ。人が獣を飼って、使役しているの」
「獣は人には、なつかないって聞いたけれども、違うんだな」
そうよね。弱肉強食の野生で生きる獣は警戒心が強いわ。なつくことはない、というのが定説よ。
「えぇ。私もそう思っていたけれどもね。獣使いさんが調教すると、なつくのよ」
「おぉ。獣使いって、かっけぇな。どこにいるの」
獣使いか。呼び名からして、大型獣への対策にも詳しそうね。
「そこの大きなお家に住んでいるわよ。でも人見知りが激しい人だから、会うなら注意してね」
「ありがと。行ってみるぜ」
たしかに、大きくて頑丈そうな家ね。でも立派な建物というわけではないわ。バラックよ。
家の中から賑やかな声が漏れてくるわね。大勢の人がいるようだわ。
「おーい! 旅の者だけれども、獣使いっているか」
「あんたも成長しているとは思うわ。でも、口の利き方は治らないわね」
これで口がうまいとか、ありえな――
きゃ。危ないわね。玄関の扉が、けたたましく開いたわ。荒っぽい人なのかしら。
あらあらあら。大勢の子どもたちが、押し出されるように次々と出てくるわよ。
「いらっしゃーい。あたしが一番弟子よ」
「また弟子入りか? おいらが一番弟子だぜ」
みんなが一番弟子を名乗っているわね。自己紹介のつもりなのかしら。
「一番弟子だったら、獣使いを呼んでくれよ」
「そこにいるよ」
そこって、家の中ね。覗かせてもらいますよ――
「きゃー!」
た、食べられているの? 数匹の獣が、倒れた人を貪っているわ。
「うわ! どうした」
へ?
貪られていたはずの人が上半身を起こしたわ。獣は四散したわね。
……寝ていた人を、獣が舐めていただけだった、ということなのかしら。
「なんだ、食われていたんじゃないのか」
あんたにも、そう見えたわよね。でも違ったみたいだわ。
「すみません。てっきり獣に食べられているのかと思って、悲鳴をあげてしまいました」
なんだか寝ぼけているような様子でこっちを見ているわ。
「あぁ客人か。どんなご用件で…… って、うわ! 竜人様?」
そりゃ驚くわよね。あたしも驚かされたから、おあいこかしら。
目は覚めたわよね。夢ではないのですよ。
「ガルマさんは同行してくれているだけだ。俺が話を聞きたくて寄ったんだ」
「いや無理」
お話を聞きたいというだけなのよ。それなのに無理だなんて、どういうことかしら。そちらから、用件を聞こうとしていたわよね。
「俺とは話をしたくねぇのか。ベルタだったらいいか?」
あぁ。人見知りが激しい人だと、村の人が言っていたわね。
「そうじゃなくて。竜人様を調教するなんて無理」
なるほど。目は覚めても、混乱はしているのね。勘違いにもほどがあるわ。
「そんなことは言ってねぇ。ガルマさんは同行してくれているだけだって言っただろ」
「え…… あぁ噂で聞いたやつか。いいぜ。俺も聞いてみたいことがある」
落ち着いたみたいね。あたしたちの噂を知っているみたいだわ。こんな辺鄙なところにまで噂が広がっているのね。
「お。なんか、ふつうだな。人見知りだったら、初対面は警戒されると思っていたぜ」
「人見知り? 俺が? ん~、好き嫌いは激しいかな。俺や獣を利用しようって腹のやつは、即追い出している」
そっか。獣を使役できるだなんて、すごいことだものね。獣使いさんを利用しようとする人が多いのだわ。
そういう人たちへの対応のせいで、人見知りだと思われちゃったのね。
「そりゃ当然だな。んじゃ早速聞くけれども、村で使役されている獣って、お前が調教したのか」
あぁ、もう、口を塞ぎたくなるわね。初対面の目上の人に対しているのよ。それも、こちらから情報提供をお願いする立場なのに、お前なんて口の利き方はありえないわ。
おっちゃんとか兄ちゃんと呼ぶほうが、まだマシに思えるわよ。
「おうよ。可愛いだろ」
この人も気にしないタイプなのね。当然のように応じているわ。
あたしが気にしすぎなのかしら。
「おぉ。なつけば可愛いな。でも獣ってふつうは、なつかないだろ。どうやってんだ」
「へ。ふつうは、なつくだろ」
不思議そうに答えているわね。本気で、そう思っていそうよ。
「そうなのか。俺なんかいつも、いきなり襲われているんだが」
なつかせる以前の問題よね。こちらが気づく前に襲ってくるのよ。
「そりゃ腹が減っているんだろ。なにか食わせてやれば、おとなしくなるんじゃね」
ふむ。囮になるような餌をぶら下げながら歩けってことかしら。
「そうなのか? 獣は餌づけできないって聞いたんだけれどもな」
うんうん。囮の餌で襲撃は回避できても、なつかせることはできないと思うわ。獣が獲物を食べているときだって、おとなしいとは言いがたいわよ。食事の邪魔をするやつは襲う、みたいな雰囲気に包まれているわ。
「餌づけ? その発想がダメなんじゃね。お前だって、上から目線のやつとは、仲よくしたくねぇだろ」
「おぉ。そういうことか」
まぁ、理屈ではわかるかしら。
獣に言葉は通じないとはいえ、態度で通じるものはあると思うわ。
「でも調教って、上から目線じゃね」
真上よね。相手を従わせようとするのだもの。
「そりゃ調教は、俺が先生で、獣が生徒になるからな。仲よくなった後に、お互いにその気になればの話だ」
調教の前に、なつかせてからってことね。
やっぱり理屈ではわかるとはいえ、そううまくいくとは思えないわ。
でも、さっき集まっていた獣は、無抵抗で寝ていた獣使いさんを襲ってはいなかったわね。
鶏を追い返していた獣も見たし、信じざるをえないかしら。
「どの獣でも調教できるわけじゃねぇのか」
「そりゃそうだ。気性が荒いやつには狩り、おとなしいやつは保育や管理とか、獣の得意で考えないとな」
まるで人の職探しみたいね。獣なんてみんな同じように狩るだけだと思っていたわ。個性があるのね。
「獣と話せるのか」
そうよ。獣の得意で、なんて簡単そうに言うから納得しちゃったわ。そんなのをどうやって判断するのかしら。
「いや。でも見てりゃ、なんとなくわかるだろ」
「気性が荒いかどうかくらいはわかるけれどもな。そんなんで決めれるんだな」
なんとなくねぇ。
あいまいというか、いい加減というか、前にもこんなやりとりをした気がするわ。
でも獣使いさんとは初対面のはずよ。
「調教内容が向いているかなんて、よくわからないときは実際にやらせてみればわかるだろ」
「なにをやらせてもダメなやつっていないのか。ダメというより、なにもやる気がないやつか」
人にはいるのよね。堕落して、どうしようもない人が。やる気のない人には、なにを言ってもダメな感じなのよ。
人の愚かさが原因だとしたら、獣にはいないのかもしれないわね。
「いっぱいいるぜ」
「そういうやつはどうすんだ」
いるのね。そういう獣を調教して役立たせられるとしたら、人の更生にも応用できるのかもしれないわ。
「そりゃ食うさ」
「……」
ですよねー。このうえなく正論だわ。
アルフは言葉を失っているみたいね。期待が大きすぎたのかしら。普段よりも呆けた顔をしているわね。
「なんだよ、当たり前だろ。働かないなら、食われるのが役割だ」
「あぁ、そのとおりだ。ただ、なんて言うか。当然のことを、当然に答えられることに、違和感を感じてな」
わかるわ。この人なら、違う答えを返してくれそうな期待感があったわよね。
「わけわかんねぇよ」
「先入観てやつかな。獣使いだったら、獣を食ったりしないのかな、みたいな思いこみが、勝手に生まれていた」
うんうん。獣は友達だから食べるな、なんて言い出しそうに思えたわよね。
「なるほどな。まぁ獣使いって呼ばれているけれども、俺は人でも獣でも、好き嫌いをはっきりさせているだけだ」
「獣使いって職を修練したわけじゃないんだな。天職てやつか」
この人が獣使いを名乗っているわけではないのね。みんながそう呼んでいるだけなんだわ。職としては調教師なのかしら。ガルマさんを調教だなんて発想をするくらいだものね。
「おぉ。だから弟子入りしてくるやつは多いんだが、教えることもねぇし、勝手に見て習えと言ってある」
お話を聞いているかぎり、獣使いさん自身には、特別なことをしている意識はないみたいね。獣がなつくのは当然だと思っているから、なつかせ方を聞かれても答えようがないというところかしら。
「みんな揃って一番弟子を名乗っていたぞ」
「なんの一番だよ。一番を目指すよりも仲よくしろってんだ」
あら。みんなが一番を名乗るから、てっきり競わせているのかと思っていたわ。
誰にもなにも教えていないのであれば、みんなが一番弟子ともいえるのかしら。
「サンキュ。知りたかったことは大体わかったわ。そっちの聞きたいことってなんだ」
あら、こっちを見たわ。砕けた表情から一転して、神妙な面持ちになっているわね。
なによ、その真剣な眼差しは。あたしたちは初対面なのよ。いきなりそんな目で見られても困――
「そっちの娘、ベルタって言ったよな。まとう光で人を癒すって噂を聞いた覚えがあるんだがマジか?」
む。相当に危険な状態の人がいるのよね。
マジですとも。こういうときのために、ウンディーネ様が用意してくださったであろうティアラなのよ。
「癒したい方がおられるなら案内してください」
うわ。すごい勢いで立ち上がったわ。そんなに興奮しないでよ。
「マジか。すげぇ助かる。病気持ちの獣がいるから、弟子には近づくなと言ってあるんだが、バカがいてな」
「獣から伝染した病ですか。とりあえずは向いましょう」
病なら明確に害となる要素だから浄化できるはずだわ。ウンディーネ様、お力をお借りしますね。
「あぁ。村のやつは獣に接したりしねぇから、獣の病には無知なんだよ。対処のしようがなくてな」
「町へは連れていかないのですか」
瞬間帰還器を使えば、王都の施設で先進の治療を受けることができるはずよ。
「だって感染するんだぜ。町なかへ運んじゃダメだろ」
「あ。うかつでした。逆にお医者様を呼ぶことはできなかったのですか」
感染すると説明すれば、往診せざるをえないとわかってもらえるはずよ。
「ここまで来たならわかると思うが、超・辺鄙なところだからむずかしいな」
「そっか。町へは飛べても、村には拠点がないから飛べないんですよね……」
辺鄙なだけならともかく、とんでもなく危険なところに村があるのだったわ。村の中が平和すぎて失念しちゃうわね。
これも瞬間帰還器の課題だわ。十分な警備体制を敷いたところでなければ犯罪者の逃げ場に使われるから、拠点を置けないのよ。むずかしいわね。
結構歩いたわ。随分と広い建物ね。子どもたちと獣たちが仲よく生活しているわ。他所では見られない光景ね。
「そういや弟子の数もすげぇよな。村の子ども全員にしても多いんじゃね」
「町から預けにくるやつもいるんだ。親は汚ねぇことを考えていそうだが、子どもがやる気なら預かっている」
子どもをお金もうけの道具にしようとか考えていそうね。嘆かわしいわ。
まぁ子どもがやる気ならいいのかしらね。ここの楽しそうな様子を見れば、やりたくもなるとは思うわ。
「そんな親だったら、むしろ引き取ったほうが子どもにもいいか」
「獣は多いから、幾ら手伝いが増えても邪魔にはならないしな」
これからも際限なく増えていきそうで怖い気もするわね。
屋内につくられた小屋に着いたわ。ここに病気の子どもを隔離しているのね。
大量の本が無造作に積まれているわ。つらそうに横になった子どもがひとり…… だけじゃないわね。獣数匹が横になっているわ。感染源の獣かしら。なら一緒に治療しなくちゃね。あたしが護りたいと思うだけで効果対象になるはずよ。
「もう大丈夫だと思います。ここから出られなくて、本を読んで過ごしていたのですか」
寝ているだけでもつらそうだったのに、こんなに本なんて読めたのかしら。
「あぁ、それは治療方法を調べるのに集めた本だ。今回は役に立たなかったがな。今後活かせるだろう」
調べるためって、ものすごい量よ。随分と心配していたのね。救うことができて本当によかったわ。
「一番弟子ふっかーつ!」
あは。子どもが跳ね起きてポーズを決めたわ。全快したみたいね。
「バカタレ! 一番なんて目指して、隔離した獣に触るからそうなるんだ。今度やったら破門だからな」
口頭では怒っているわね。でも笑顔を隠せていないわ。とても嬉しそうよ。
「らじゃー!」
返事はいいわね。でも、まったく懲りた様子がないわ。
「ありがとう。本当に助かった。すげぇ人もいるもんだな」
やっぱり誤解されるのね。あたし自身はなにもしていないのよ。
「人の能力としては、あなたのほうがすごそうですよ。でも病気の問題は、今後が心配ですね」
「あぁ。あいつらは言っても聞かねぇからなぁ」
おそらくは、隔離された獣が哀れで、どうにかしてあげたくて近づいちゃったのよね。獣使いさんの弟子だけあって、みんな優しい子よ。
それだけに、このままでは今後もほぼ間違いなく、同じような状況が発生するはずだわ。とはいえ、あたしがここに滞在し続けるわけにはいかないのよね。
「獣医を村に誘致できねぇのか」
「そうね。直接人を治せないとしても、原因だけでもわかれば対処を考えられるわね」
人の病に詳しい村人ならいるみたいだし、獣医から獣の病についての説明を受ければ、どうにかなる可能性が高いと思うわ。
「なるほど。獣ならいっぱいいるから、獣医の仕事はたっぷりあるし。村長に相談してみるわ」
動物の医療を志す方にとっては、ここは理想的な環境かもしれないわね。
「ほかに病の獣はいませんか。自然治癒する傷もすぐに治りますよ」
「やばそうなのは、生かしておいてもつらいだろうから、すぐに食っている。軽症のやつなら結構いるかな」
「光を当てるだけだし、ひとまわりすればいいんじゃね」
うんうん。乗り掛かった舟よ。みんな治しちゃうべきだわ。
「そうね。よろしければ獣のいるところをすべて、案内していただけますか」
「そいつは助かる。さすがに軽症のやつにまで手間かけさせるのは、気が引けて頼みづらかった」
手間というほどのことではないのよね。そこまで気をつかわれるとかえって心苦しいわ。
こっちは外よね。家の外にもいるのかしら。ん? なによ、この大きな家よりも大きなものは――
うわ。これも獣だわ。
「大型まで調教したのかよ……」
もしも町に現れたら、問答無用で軍隊が出動するであろう大きさね。
生かしたまま捕らえるどころか、倒すのも至難だと思うわ。
「あぁ。こいつらは村の警護役だ。見張りをしつつ、獣が来たら追い払う」
「軍隊並みの警護だな。よくなつかせられたもんだ」
まったくよ。これなら拠点を置いても大丈夫だと思えるわ。
大型獣まで含めた、獣の大群による警備よ。町の警備兵ですら壊滅させられるほどよね。飛んできた賊が、村の外へ逃げたとしても、大型獣の餌食なるだけよ。
でも獣による警備を維持できるのは、獣使いさんが現役の間だけなのかしら。だとしたら拠点は設置できないわね。
「ん? 大型のほうが、おとなしいやつは多いぞ。むしろ楽だ」
この村の近くで闊歩する大型獣を随分と見かけたわ。でも、おとなしそうな個体には見覚えがないわね。
「そうなのか。なつかせる過程で襲われないのか」
まずは餌を与えるのよね。でもそれからよ。どうするのかしら。
「獣は腹がいっぱいなら満足して、めったに襲ってこないぞ。人はいつでも襲ってくるけれどもな」
「あぁ。そうかも」
ふむ。闊歩していた大型獣は、空腹で獲物を探していたのかしらね。だとしたら、みんな気が立っていて当然なんだわ。
たしかに、この大型獣は、とてもおとなしいのよね。怒れば危険なはずなのに、今はとっても可愛く感じるわよ。我ながら不思議なくらいだわ。
「腹が減っているときに近づいたら、なにをやってもダメだ。まず餌で釣って、ひたすら食わせる。それからだ」
囮としての餌を少しだけ与えるんじゃなくて、満腹になるまで与えるということなのね。
「そうだな。人を基準に考えるから、ややこしくなるんだな」
獣が襲い掛かるときの条件は明確ということね。
冷静に考えれば当然かしら。自然の中で生き抜くのは大変なことなのよ。ムダに争って、体力を消耗していては生き残れないわ。襲ってくる理由があるはずだから、それを見極めて対処すればいいのよ。
「人はバカばっかだな。なにを考えているのか、さっぱりわからん。なにをやっても満足しねぇ」
あなたも人ですよ、なんてつっこみは要らないわね。あたしも同感だわ。
人の欲望には際限がないのよ。目的を達しても、さらに新たなものを欲するわ。どうして満足しないのかしらね。
「ガルマさんのお墨つきだからな。人は最も愚かな種だとさ」
「ぐは。一番かよ。ろくな一番じゃねぇな……」
まったくよね。汚名返上するには、愚かさを克服して進化しなければならないのですよ。
さて、獣たちの治療を進めないとね。
この獣は足が曲がってしまっているわ。でも大丈夫よ。曲がった原因を浄化しちゃうからね。
こっちは毒物を食べちゃったのかしら。吐しゃ物で辛そうよ。すぐによくなるから安静にしていてね。
あとは、うわっと。獣の体内から、虫がいっぱい這い出してきたわ。寄生虫かしら。虫除けの魔アイテムで排除できたみたいね。
よしよし、みんな元気になったみたいよ。
「すげぇな。みんな若返ったみたいに、元気になっていくぞ。やっぱあんたも、竜人様の仲間みたいなもんなのか」
ぐは。おそれ多いにもほどがある誤解だわ。
「あたしは、ただの人ですよ。光を放つティアラをつくられたのがウンディーネ様なのです」
「ベルタが使わないとダメらしいから、半分はベルタの力といえるかもな」
そうだといいわね。でもあたしが意図的になにかをしたわけじゃないから実感がないわ。
なんだか大騒ぎになっているわね。元気になった獣たちと子どもたちが、じゃれあっているんだわ。
楽しそうね。これなら、もうあたしたちに用はなさそうかしら。
「んじゃ俺らは行くか。この村に宿屋はあるのか」
村に宿屋はないほうが多いのよね。
いまさら野宿に抵抗はないわ。とはいえ、大型獣が闊歩する山で寝るのは気が引けるわね。村の中で野宿させてもらおうかしら。
「宿屋はない。寝るだけでいいなら、ここに泊まっていけや。ボロだが雨風くらいはしのげるぜ」
「そりゃありがたいな」
嬉しい申し出ね。
マアマさんに護られているとはいえ、外は落ち着いて寝られそうにない環境なのよ。
「そろそろ飯時間だし、食堂で待っていてくれ。おい弟子、この方たちを案内しておけ」
「らじゃー!」
おっと。お世話になるなら少しは働かないとね。
「料理ならお手伝いしますよ」
「いや大丈夫だ。弟子や獣の分を一緒につくっているから、数人客が増えても変わらないんだ」
ふむ。勝手が違いそうだし、下手に割り込むと御迷惑をかけかねないかしら。
「そうですか。ではお言葉に甘えます」
「おう。弟子の命の恩人だ。気合入れてつくってくるぜ」
当番が決まっているのかしらね。配膳は一部の子どもたちがやっているわ。
あっちの長テーブルは子ども用にしても低いわね。え。獣たちが並んで座りだしたわ。子どもたちよりも行儀がいいくらいよ。
さすがにあたしたちとは別の料理なのね。獣に合わせて、生肉や生野菜を配膳しているわ。
「あれって、もと仲間の肉だよな。なんかこう、不思議な光景に見える」
「あたしは、獣が並んで座って待っているほうが、不思議な光景に見えるわ」
「そうか? 外でも食い合いしている連中だから気にしないだろ。行儀は調教の成果だ」
調教って本当にすごいのね。それとも獣の資質が、ダメな人たちよりも上だということなのかしら。
「理屈ではそうなんだけれどもさ。能天気な俺のほうが理屈ぽくなっているな。勘狂うぜ」
ここにいると、獣に対する認識が大きく変わっちゃうのよね。
「さぁ、じゃんじゃん食ってくれよ。食いきれないほどに、つくってあるからな」
「それはそれで、もったいなくないか」
遠慮しなくて済むのは嬉しいわ。でも余らせたくはないわね。動物にせよ植物にせよ、生命が犠牲になっているのよ。
「余った分は処理して家畜の飼料にたすんだ」
「おぉ。ムダがねぇな。だったら遠慮なく」
それなら文句なしね。きちんと食物連鎖を考えているみたいよ。
みんなはもう食べ始めているわ。食事開始の合図はないのね。あたしも頂くわよ。
「お。大味だけれども、なかなか」
「俺に上品な味つけは無理だぜ。たいていのもんは塩を振って焼くだけで十分だ」
「同意だ。むしろ素材がよければ、そのほうがうまい」
なんとなく、アルフがふたりいるかのような錯覚をするわね。
あぁ、獣使いさんとのあいまいなやりとりに覚えがあったのは、アルフと似ているからなのだわ。
「あんたたちは相性がよさそうね」
「そうかもな。なんかこう、気安く話しやすくはあるな」
気安さとは、ちょっと意味が違うわね。
「あんたは王様に対しても気安いわよ……」
「俺も話しやすいな。人がみんな抱えているような嫌な感じが、お前らからはしねぇ。獣みたいだ」
あら。あたしもなのね。あたしは似ていないと思うわよ。
「ほめているのか。けなしているのか微妙だぞそれ」
けなす? あぁ、獣みたいという部分かしら。
「あはは。言葉だけ見るとね。でも好意はわかるわよ」
獣使いさんは、人と獣を区別していないみたいだものね。蔑視の意図はないはずよ。
「気安くなりすぎて、竜人様の存在を忘れそうで怖いわ。全然しゃべらねぇし」
ガルマさんは、アルフの隣で食べておられるわね。たしかに終始無言に見えるわ。でも獣たちと意思疎通をされている可能性があるのよね。
「ガルマさんがしゃべるときは、むずかしい話だからな。話しだしたら覚悟したほうがいいぞ」
「やっぱ竜人様こえぇ」
「あはは。獣使いさんなら、怖がらなくても大丈夫なはずですね。あたしも最初は怖かったし」
ガルマさんのお言葉は、とんでもなく重いという意味では怖いわ。でもあたしたちに危害を加えるようなことはないのよね。あたしたちを導くためのお言葉なのよ。
「お前は顔を怖がっていただけだから、意味が違うと思うぞ」
「だからそれは本人の前では言わないでって」
竜人様が実在されることを、しらなかったせいもあるわ。おまけに、夜の暗闇の中で、非力なこどもがふたりだけだったのよ。賊や獣が、いつ襲い掛かってきてもおかしくはない状態だったわよね。不安が限界まで高まっていたわ。そんな状況で、お顔を顎下から焚き火で照らしだされていたのよ。あれ以上に怖い状況があるのなら教えて欲しいものだわ。
そうよ、あのときに怖かったのは、あんたの能天気で生まれた状況のせいよ。あたしのせいじゃないわ。
ふぅ。テーブル上のお皿はほとんどたいらげたわね。
「満足してもらえたかい」
「おぉ。満腹だ」
「十分に堪能させていただきました」
余らせる心配は不要だったわね。
「よかった。実は残りの量が結構危なかった。獣が全部元気になった反動で、食欲がすごかったわ」
なるほど。急激に全快したなら、そりゃお腹も減るわよね。
「嬉しい誤算だな」
「まったくだ。明日からの働きに期待できるってもんだ」
後片付けも子どもたちがしてくれるのね。こうしている間だけは、弟子という感じがするわ。
片付けた後はみんなで移動するのね。どこへ行くのかしら。
うわぁ、干し草だらけの広間よ。いい香りで満ちているわ。足元がふかふかよ。
ここでなにを…… あぁ、もう就寝するのね。食べてすぐに寝るだなんて、こういうところもアルフのまんまだわ。
「んじゃ消灯すんぞー。雄はこっち、雌はあっちな」
「雄雌かよ」
「あぁ。繁殖期だけ分けるのも面倒だしな。常に分けている」
「いやいや。弟子もいるんだから、雌雄じゃなくて男女…… って、お前は人と獣を区別していなかったな」
分かれるのは当然よ。でも、広間の半々に離れるだけなのね。敷居もなにもないわ。
あら。獣使いさんはなにもしていないのに、獣が勝手に雌雄に分かれだしたわよ。
「ねぇ。どうして獣が、きちんと雌雄で分かれているの。獣使いさんの言葉を理解しているの?」
「それは寝るところを調教しているからだな」
これも調教なのね。言葉は通じなくても意図を伝えることはできるのだわ。
「調教ってすごいのね。あたしの村でも家畜にできたらなぁ」
いつも満腹になるまで餌を与えてはいるわ。あとは調教の技術を学べば、あたしにもできるのかしら。
「お前、獣全部の性別を確認したのか」
あら。家畜の識別方法はアルフに説明していなかったかしら。
「首輪の色が性別だと思ったのよ。違うの?」
「そうだ。青いのが雄で、赤いのが雌だ」
「へぇ。よく気づいたな」
知らないとわからないものなのね。あたしは幼いころから、首輪や鼻輪での識別が当然だったから、疑問すら湧かなかったわ。畜産家以外には常識ではないのかしら。
それはさておき、これから寝るのよね。寝具が見当たらないわよ。どう寝ればいいのかしら。
「ところで、ベッドが見当たらないわよ?」
「あぁ弟子のまねをしてくれ。干草にシーツかけて、そのうえに寝るんだ」
ふむ。部屋の隅に積まれたシーツと枕を運んで、好きなところに敷いて横になっているわ。
「究極の簡易ベッドね……」
お手軽とはいえ、それほど悪くはなさそうよ。干し草の香りも、踏み心地も、抜群だものね。どれどれ……
うん、なかなか。まともなベッドにも劣らないかもしれないわ。寝心地は思いのほか、いい感じよ。
「みんな横になったな。んじゃ消灯!」
うぅ。ティアラの光のせいで明るいままだわ。宿屋と野宿ばかりだったから、うっかりしていたわね。
「……ごめんなさい」
「まぁこのくらいなら眠れるだろう」
「むしろ眠りやすいぞ。安眠効果も抜群の光だ」
「マジか。便利すぎだな」
ナイスフォローよ、アルフ。ただ、ほかの人にとっても安眠効果があるかは未確認なのよね。どうか効きますように。
不思議なくらいに静かだわ。子どもって、寝ろと言われても騒ぐものよね。あれだけ獣と、はしゃぎまわっていた子どもたちが、おとなしく横になったままよ。
いや、動いている子がいるわ。違う、動いているのは獣たちよ。子どもたちに寄っていくわね。こっちにもきたわ。
ぶ。覆いかぶさってきたわよ。
「ぐほ。なんだ。獣が乗ってきたぞ」
「こっちもよ。ふっこふこで気持ちよすぎて避けたくないわね。なんなのこれ」
「布団だ」
うわお。それで子どもたちは動かずに待っていたのね。
それにしてもこれ、生きた毛布よ。すごく暖かいわよ。すごく柔らかいわよ。すごく気持ちいいわよ。
「……道具扱いって酷くねぇか」
う。調教で強制しているとしたら、よくないのかしら。
「お互い様なんだから問題ねぇだろ」
獣にとっても気持ちがいいということかしら。あたしにはわからないわ。でも、気持ちよさそうに寝ているようには見えるわね。
「そういうもんか。まぁこれは、やばいくらいに気持ちいいわ。すぐに眠れ……」
本当にやばいわよ。上等なベッドも目じゃないわ。気持ち…… よすぎて…… くぅ。
な、なんの騒ぎ? すごい音よ。
……朝なのね。獣と鶏の声が目覚ましとは、けたたましいわ。
「おおう。びっくりしたけれども一発で目覚めたな」
「ぐっすり眠れたから、気分も体調も快適ね。これはクセになるわ」
最高の一夜だったわね。干し草と獣が、ベッドを超える寝具になるだなんて思いもよらなかったわ。
獣使いさんは、もう外で作業をしていたのね。
「快調快調。んじゃ行くか」
「ありがとな。獣医のほうは村長が探しに行ってくれたわ」
夜明け前から手配していたのね。みんな早起きなんだわ。
「手回しいいですね。こちらこそお世話になりました」
「あちこちに、まき餌しておいたから、しばらくは大型獣もおとなしいはずだ」
「おぉ。そいつに困ってここへ立ち寄ったんだった。言ってなかったのにすげぇ気が利くな」
あたしも忘れていたわ。ここの獣がおとなしくて、獣に慣れちゃったのよね。大型獣への対策を聞くためにこの村へ寄ったのだったわ。
「そりゃわかるさ。ここに来るやつは全員困るんだからさ。まぁお前らは例外だったかもだけれども」
「いえ。本当に助かります。なるべく無茶なことはしたくなかったので悩んでいたのです」
なにかをアルフに手渡したわね。鶏卵かしら。
「朝飯のときにこれを飲むといいぜ。生み立てのほやほやだ。丸呑みはすんなよ。割って中身だけな」
「おぉ、ほかほかしているぞ。サンキュ。飯のときまで割れないように、俺が手に持っておくか」
なら早めに朝食にすべきかしら。山道で両手を使えないアルフがまともに歩けるとは思いがたいわ。
「旅の無事を祈る」
「お元気で」
村に寄ってよかったわ。こんなに危険な地域で、のどかな生活を送れるだなんて、わからないものね。
……あれだけ闊歩していた大型獣をまったく見かけないわ。食べものの力は偉大よ。
せっかくのまき餌をムダにしないように、さっさと山を越えなきゃね。さぁ旅を再開よ。




