おまけ:名前で察しろ
静かな町ね。あまり活気を感じないわ。その割に人々は明るいようね。
ここが町の中央かしら。大きな彫像が設置されているわ。見覚えのない容姿ね。なにかの獣を模しているのかしら。
かなり古いみたいね。尻尾は折れてしまったかのような痕跡が見えるわ。
「獣を祭る町なのかね。肉の恩恵って意味では俺も祭りたいくらいだな」
そんな理由で祭ってはいないと思うわ。
神格の獣といえば麒麟様よね。この像とは似ても似つかないわ。となると空想の産物かしら。
「感謝することは大切よ。でも偽の神として崇拝していなければいいわね」
町の中央に像を設置しているとなると大きな勢力かもしれないわ。目的次第では滅びの種になりかねないわね。あたしがどうにかすべきなのかしら。でも邪な信仰だと決まったわけでもないのよね。
あら。木の葉が1枚だけ降ってきたわ。近くに木は見当たらないのにね。どこから――
「え。降ってきた葉っぱがカードに変化したわよ」
まるで狙ったかのようにあたしの手のひらに落ちてきたわ。触れた瞬間に変化したわよ。
「へ。カードが飛んできたのを見間違えたんじゃねぇの」
「葉っぱが手にくっついてから変わったから見間違いじゃないと思うのよね」
どうみても葉っぱじゃないわ。うーむ…… 曲げても透かしても葉っぱに戻らないわね。
仕かけがあるようには見えないわ。ただのカードよ。
「手品かね。なんのカードだ」
「なにか書かれているだけみたいね。クセが強くて読みづらい字だわ。読みあげるわよ」
今晩モーニングスターを頂戴に参上する 怪盗QB様
「だ、そうです」
馬鹿馬鹿しいわね。凝ったメッセージだから期待をしたのに損した気分だわ。
「あはははは」
「自分で書いているってことは”様”も名前の一部なのか。ネーミングセンスがひでぇな」
まったくよね。妙なトリックを使える割に抜けているわ。
「え。誰だ」
へ。アルフったらなにを慌てているのかしら。周囲を見回しているわね。
「どうしたの」
「知らない声で文句を言われたんだが。誰もいないな」
変ね。近くには誰もいないわ。遠くから言ったのならあたしにも聞こえるはずよ。
「あたしは気づかなかったな。空耳ではない?」
「そうかも。まぁどうでもいいし宿を決めようぜ」
ふむ。ただの気のせいみたいね。
でも宿かぁ。犯行予告を受けちゃっているのよね。
「どうしよう。今晩来るって書いてあるし、宿屋に迷惑をかけちゃいそう」
騒ぎを起こしたくはないのよね。かといってベッドで眠れる機会を逃したくはないわ。いっそ今から捕らえてしまうべきかしら。
うーん…… 現状では予告されただけなのよね。子どものいたずらかもしれないわ。この程度のことでマアマさんに釣ってもらうのはやりすぎよね。トラウマでも残してしまっては酷だわ。
「迷惑な予告だな。宿屋に相談してみようぜ」
「そうね。こんな予告をするなら有名人かもしれないか。宿屋で対策をしているかもしれないわね」
まずはこの宿屋で尋ねてみるわよ。このカードを見せればわかるかしら。
「先ほどこんな予告をもらったのですが。今晩こちらに泊めていただくのは御迷惑でしょうか」
「あちゃぁ。旅の人を狙っちまったか。宿泊は大歓迎ですが、うちじゃ盗難は防げないと思いますぜ」
犯人を知っているみたいだわ。ここでは盗まれることが常態化しているかのようね。困った様子だわ。
予告されていても犯行は防げないみたいね。でも、あたしの場合は盗まれる心配がないのよ。泊めていただければ十分なのよね。
「お知り合いなのですか」
「まさか。有名なんですよ、そいつ」
そりゃ予告してから盗むなんてことが常態化しているならば有名にもなるわよね。
予告する以上は警戒が厳しくなるはずだわ。それでも犯行を防げないということは、なにかがあるわね。
また腐敗した権力かしら。いや、葉っぱをカードに変えた不思議な術をもっていたわね。それで犯行に及ぶのかしら。
「有名な盗賊ですか。なにか特徴でもあるのですか」
「予告をしたら、必ず盗んで、必ず返すんですわ」
「は?」
予想外の返答がきたわ。盗みの手口の見事さじゃなくて、盗品を返すことで有名になったのね。
すごいことではあるかしら。予告をすれば警戒は厳しくなるのよ。その状態で、盗むだけではなく返しにも現れるなんてね。警備をおちょくっているのかしら。
「盗む手口はいろいろなんですがね。数日したらいつの間にかもとのところに戻されているんですわ」
うーむ。とんでもない実力をひけらかしたいだけの愉快犯なのかしら。それならもう少しマシな手段がありそうよね。
お話からすると、賊が来るのは間違いなさそうだわ。なるべく宿屋に迷惑をかけたくないわね。集められるだけの情報を集めて対策を考えるべきだわ。
「盗むというより勝手に借りている感じですか」
数日で返すということは、その数日の間で使うために借りているということよね。
「えぇ。神出鬼没で借りて返す感じです。今では警備兵も打つ手なしの状態なんですわ」
警備兵が既に打つ手なしですって? 罠を仕かけて人海戦術をとってもダメだったということなのかしら。
おっそろしいわね。もしも盗み以外の犯罪にまで手を広げられたら、極めて危険そうだわ。
「それで野放しの状態だと」
「実質的な被害は今までなかったですしね。でも旅の人を対象にされちゃ返せないでしょうしねぇ」
旅人が狙われるのは初めてということよね。それだけマアマさんに惹かれたということなのかしら。
「そうですね。ふつうは翌朝に発ちますから数日も戻ってこないとなると困るでしょうね」
「でしょうねって…… 他人事じゃないですよ」
他人事なのよね。盗まれる可能性なんて、まったくないんだもの。
仮にわざと盗ませたとしても、あたしが呼ぶだけでマアマさんは戻ってこられるのよね。心配をする要素がないわ。
強いて言えば、犯人が無事では済まないであろうことを心配するくらいよね。
「あ。お気遣いありがとうございます。でも大丈夫な根拠があるので御気になさらず」
「竜人様ですか。たしかに、いかにQBといえど竜人様が相手となれば……」
呼び捨てにされているわ。”様”は名前の一部じゃなかったのね。
「いえ。ガルマさんは見ているだけだと思うかしら。あはは」
そのガルマさんが、経験を敬うとおっしゃるほどの方を、QBは狙っているのよね。呆れておられるはずよ。
「そうですか。ではお部屋へ御案内しますが、QBに対する警備は期待しないでくださいね。申しわけない」
「了解しました」
宿の主は確実に盗まれると思っているみたいね。疲れきって諦めている雰囲気だわ。やれることはやり尽くして、それでもダメだったという感じかしら。
では部屋に荷を下ろして、と。どうしたものかしら。
「町や宿の警備を無視して確実に盗むなんて結構な凄腕みたいだな」
「そうね」
手口はいろいろと言っていたわ。周囲に迷惑をかけないようにしたくても対策方法を考えようがないわね。
「でも命名とか、ベルタを狙う時点でマヌケなのは確定だな」
「マヌケはお前だ」
え。
なによ今の声は。知らない声が近くから聞こえたわ。室内に誰かが潜んでいるわね。
「あれ。また空耳だ」
ふむ。カードを入手したあとに、文句が聞こえたと言っていたときの声なのかしら。アルフの気のせいじゃなかったのね。
「今のは、あたしにも聞こえたわ。部屋の中に誰かいるの?」
呼びかけても返事はないわね。
人が隠れられそうなところは見当たらないわ。すぐ隣から発したような声だったのにね。
「状況からしてQBって野郎だろうけれども。捕まえちまうか?」
挑発をかねた提案ね。
……挑発には乗ってこないわ。さっきの一言は失言だったのかしら。
「ん~。盗み以外の危害は加えないみたいな噂だし」
狙われているのはマアマさんなのよね。あたしが対処を決めるべきではないのかしら。
「相談しておきたいこともあるんで今は様子をみますか」
「おぉ。必ず盗まれるって手口も気になるしな」
QBがこの部屋に潜んでいることは間違いないと思うわ。行動が読めないなら誘導すべきよね。こちらの手の内を明かしてしまえば動くかしら。手の内をどうするかはマアマさん次第ね。
「で。その相談なのですが。襲ってきたらどうしましょうかね、マアマさん」
「あそぶー」
あはは。思ったとおりだわ。マアマさんはとにかく遊びたいのよね。
うーん。ここはお任せするしかないかしら。
「ですよねー。少し付き合ってみましょうか」
周囲への迷惑を考えれば、さっさとQBを捕らえてしまいたいわ。でもQBが来ることは防げないと宿屋も認識しているのよ。そこまで覚悟されているならば、マアマさんの自由にさせてあげたいわ。
「気のせいかマアマが喜んでるような」
「あたしもそんな感じがしていたのよ。いつも無視されて不機嫌だったから、狙われて嬉しいのかしら」
マアマさんが狙われるなんて機会はめったにないのよね。おそらくは貴重な遊びの機会なのよ。
「うれしー」
「あはは。でもかなり不安なので、なるべく早く戻ってきてくださいね」
QBがなにを考えているのかがわからないのよ。マアマさんが遊びでQBの望みをかなえられて、とんでもないことになる可能性を否定できないわ。あたしにとっては、とてもリスクの高い賭けなのよ。
「べるたー。すきー」
「え。いったん盗ませる気かよ。前にマアマを狙われたときには譲れないって捕らえていたじゃん」
もちろん譲る気はないわ。少しマアマさんに遊んでいただくだけよ。具体的にどうするかを決めるのはあたしじゃないわ。
「マアマさん次第かしら。あたしはモーニングスターの持ち主とはいえ、マアマさんとは遊び相手だからねぇ」
普段のマアマさんは、あたしのお願い以外のことはなにもしないわ。だからあたしが主であるかのように見えるかもしれないわね。でも実際にはマアマさんは完全に自由なのよ。マアマさんがあたしを喜ばせようとしてくださっているだけなのよね。それが遊びだとおっしゃるのだからありがたい話だわ。
「あぁ。お願いはできても強制はできないのか。そりゃそうだな」
マアマさんは立場も実力も、実質的に神様なのよね。いつあたしを見捨てられてもおかしくはないのよ。マアマさんのお気持ちを無視してお願いするだなんて許されることではないわ。あたしは遊び相手でしかないのよ。驕りは捨てなきゃいけないわ。
「ものすごく心配ではあるわね。でも、マアマさんが遊びたがっている以上、わがままは言えないわ」
「だいじょうぶー」
「はい。信じていますよ」
決してQBに譲るわけじゃないものね。たとえマアマさんがQBの手にあっても、あたしの嫌がることはされないはずだわ。
「だったら今晩に備えて飯だな。いっくぜー」
「はいはい」
腹ごしらえは大切よ。食堂へ行きますかね。
さて、なにを食べようかしら。えーと…… 料理のメニューじゃないわよこれ。眠気覚ましや疲労回復のメニューが充実しているわね。QB対策の名残なのかしら。
「苦労のあとが見えるような品揃えですね」
「一時期は材料が追いつかないくらいに需要があったんですがね。今は皆諦めていますよ」
やっぱりQB対策の一環だったのね。まさに町を挙げて取り組んでいたという感じかしら。
「特別な効果は要らないから、うまい肉を頼むぜ!」
「へいへい。もともとそっちのほうがメインなんで任せてくだせぇ」
QBは夜遅くまでこないかもしれないわ。体力勝負なら肉は正解ね。少し多めに食べておくべきだわ。
「町に活気がないのは皆疲れ果てちゃったからなのかしら」
「がんばっても成果がなかったときの虚脱感か」
相当にがんばったのは、このメニューを見れば一目瞭然よね。
「町ぐるみで対応してダメだったって雰囲気だし仕方がないか」
「QBは明らかにマヌケぽいのにな」
挑発の不意打ちね。応じるかしら。
……物音ひとつしないわ。
「さすがにもう反応しないわね」
「少しは理性も残っているみたいだな」
まぁいいわ。対策方法は決まったものね。QBにとってはおそらく最悪な展開になるわ。
さて。十分に食事はとったわ。QBが来るまでは部屋でゆっくりと休むわよ。
「あぁ食った食った。食ったせいか眠くなったな。俺は寝るぜ」
さっきは、今晩に備えて飯と言っていたわよね。なにに備えていたのよ。
「あたしはお風呂に入っておこうかしら」
「おい」
「きゃ。あんた、さっき寝てなかった?」
アルフは寝室へ入ったはずよね。どうして背後に立っているのかしら。
「QB様が来ると予告しているのに、風呂に入るとは何事だ」
「へ」
QB様? アルフったら起きたまま寝ているのかしら。
「もういい。俺がモーニングスターを護っておくから預けておけ」
……なるほど。このアルフがQBなのね。
被害者の身内や、持ち主に変装することで、正体がばれないように盗み出していたのだわ。ここまでそっくりに変装できるのなら、警備を強化しても見抜けないかしら。
いや、変装しているとは限らないわね。あまりにもアルフにそっくりよ。もしかしたら、本人が操られている可能性もあるのかしら。
まずは寝室を確認するべきね。いやそれよりも、アルフをここへ釣――
「ふあぁ。寝る前に出すもん出しておくのを忘れていたぜ」
あら。アルフのほうから出てきたわ。
「変装だったか。なら万一のときは拘束しても問題はないわね」
いや。アルフ当人が操られていたとしても、拘束するのは問題なかったかしら。
「貴様? なぜ起きられる」
アルフが起きてきたことに驚いているみたいね。アルフになにかを仕かけていたということかしら。
「おぉ! 俺がいる。ドッペルゲンガーてやつ?」
並べてみても、どちらが本物のアルフか見分けがつかないわ。どうすればこれほどまでに似せられるのかしら。
「違うわ! そんなことよりどうやって術を破った」
「術ってなんだ」
「しらばっくれるな。貴様の頭につけた葉で、一晩は睡魔から逃れられぬはず」
なるほど。術とやらで寝かせたつもりだったのね。あいにくと、食事後にアルフが寝るのはいつものことなのよ。
「へ。おぉ。頭に葉がついていた。術とやらが害とみなされて、浄化されたんじゃね」
あたしもそう思うわ。この宿に入ってからはずっとティアラの光の範囲内に居たものね。
「害? 浄化? 未知の防御術式でもあるのか」
たしかに、町の人たちでは見抜けないであろう見事な変装だったわ。
でも困ったわね。盗んでもらわないとマアマさんが遊べないのよ。それなのに混乱して葛藤しているみたいだわ。
とりあえずは落ち着かせなきゃね。突っつけば落ち着くかしら。
「ところで。正体がばれちゃいましたよ、どうします?」
「お、俺が本物だ。モーニングスターを渡せ」
無茶振りのごり押しもいいところね。混乱しているのかしら。
でもよかったわ。盗む意欲は消えていないようよ。
「マヌケなのはわかっていたけれども。底抜けだなコイツ」
そうね、予想よりも残念な人だわ。マアマさんは楽しめるのかしら。
「こんなのだったわよ、いいの?」
「あそぶー」
やる気みたいね。なら予定通りに盗ませるわよ。
「ではどうぞ。乱暴に扱っちゃダメよ」
「おう。って、重! こいつは運ぶのも一苦労だな」
大丈夫かしら、ヨタヨタとふらついているわよ。どうにか部屋からは出ていけたわね。
さてと、もうあたしにできることはないわ。
「じゃぁ寝るわよ」
「え。マアマが戻るのを待たなくてもいいのか」
そりゃ不安だし待ちたいわよ。でもマアマさんはあたしの心を読んでいるからねぇ。
「待っていたら急かしているみたいに思われかねないわ。ゆっくり遊ばせてあげたいし」
いくらマアマさんを信用しているとはいえ、起きていたら気になって仕方がないのよね。
「なるほど。おっと俺は出すもん出さなきゃ」
「あ。あたしもお風呂に入ろうとしていたわ」
まずはお風呂で気分を楽にしたほうがいいわよね。
いいお風呂だわ。マアマさんも楽しめているのかしら。
あぁいいお風呂だった…… てぇっ? なによこれは。
獣なの? 異様に美しいわね。獣と呼ぶのがためらわれるほどよ。神々しさすら感じるわ。
前足に付いているのはマアマさんよね。
「あら。マアマさんお帰りなさい。随分早かったわね」
「あはははは」
つまりはこれがQBの正体ということかしら。見覚えがある気はするわ。でも思い出せないわね。
「楽しめたみたいでよかったわ。QBって獣だったのね。きれいだわ。なにか尻尾がいっぱいあるわね」
この美しさと、尻尾の特徴がありながらも思い出せないだなんて変――
「神獣だ」
……今、心臓が止まったかと思ったわよ。
「え。えー? 麒麟様と同じ神獣ですか? あたし、またやっちゃったんですか」
あたしのせいじゃないわよね。今回はマアマさんがやりたがったのよ。あたしからお願いしたわけではないわ。
でもマアマさんにお任せすると決めたのはあたしよね。あたしにも責任があるのかしら。
「問題ない。神獣ではあるが、妖怪としての役割だ。人に刺激を与え、進化の意識を促す役目を担う」
妖怪? 神獣が?
よくわからないわ。でも問題はないとおっしゃっているのよ。大丈夫よね。
「妖怪って悪いイメージしか…… あ。善悪は関係ないか。すぐ忘れちゃうな」
あたしからは悪行にみえても、正の行動をなさっているのかしら。そうすると、盗みが正ということよね?
……人に刺激を与えて進化の意識を促すとおっしゃっていたわ。刺激というのが盗みであれば正だと思えるわね。
「はーっ。すっきりした」
「あんた今まで入っていたの? 便秘?」
あたしがお風呂に入ったときからこもっていたわよね。長すぎるわよ。
「いや。中に本が置いてあったから読んでたんだ。妖狐が俺つえーする妙な視点の作品だった」
アルフに読めたとなると絵本かしら。いや、旅の間も勉強していたみたいよね。もう大抵の字は読めるのかもしれないわ。
「マアマさんが帰ってきたわよ」
「なんだ早かったじゃん。なにこの獣。お土産の肉? 食うのがもったいないくらいにきれいな毛だな」
この神々しい姿を見ても、第一声がそれなのね。獣といえば無条件に肉なんだわ。
さっき食事をすませたばかりで満腹のはずよ。しかも排泄直後なのに、よくも食欲が湧くものだわ。
「QBらしいわよ。妖怪としての役割を担う神獣ですって」
「そんなのを食べてもいいのかよ」
ありえないわ。神獣だと聞かされても肉から離れられないのね。
「誰も食べるなんて言ってないわよ」
ようやく食用ではないと理解したのかしら。QBを…… もとい、QB様を観察しはじめたわね。
「1、2…… 9尾だからQBか。安直だけれども、まぁありか?」
命名の由来ね。察する辺り、QB様とは気が合うのかもしれないわ。
QB様はお役目を果たしておられたのよね。ガルマさんが問題ないとおっしゃったとはいえ、お邪魔をしてしまったのかしら。
床に寝かせたままじゃ失礼だわ。でもベッドに運べる大きさでもないわね。とりあえずは頭だけでも膝に抱き上げてと。
本当にきれいな毛並みねぇ。感触も不思議だわ。たしかにあるのに、ないかのような軽さよ。
「疲れ果てて気絶したのかしら。神獣なのにマアマさんのことがわからないものなの?」
「妖怪としての役割ゆえ、知識も能力も著しく制限されておる。神獣としての自覚もなかろう」
御自身の正体すらをも把握しておられないのですか…… なんだか酷なお話ね。
あ、目を覚まされたみたいよ。……QB様が発光されだしたように見えるわ。ティアラの光を反射されているわけではないわよね。
「ここは…… どこだ」
「おはようございます。QB様」
気が付かれてもおとなしくされたままね。アルフに変装されていたときの威勢が皆無だわ。よほど酷い目にあわされたのかしら。
「捕まってしまったのか。この俺が人ごときに負けるとは」
人に負けた? ……あたしの仕業だと思っておられるのかしら。
「捕まえてはおりませんし、QB様のお相手は人ではありませんでしたよ」
「なんだと」
抱いたままだと、捕らえているように思われるのかしら。
ならQB様には膝から降りていただいて…… これで誤解は解けるわよね。
代わりにマアマさんを膝に抱いて…… QB様に御紹介させていただくわよ。
「このモーニングスターには、世界の創造主とも呼ばれる方がおられるのです」
「……なるほど。信じがたいが俺の妖術がまったく効かなかったのだ。信じるしかないな」
うわ。睨むようにマアマさんを見つめておられるわ。
信じるしかないということは、説明されてもマアマさんを認識できないのね。能力制限とやらのせいなのかしら。
「QB様のお役目についても伺いました。邪魔はいたしませんが、モーニングスターは諦めてください」
あたしごときがお願いしてもよいことではないのかもしれないわ。でもマアマさんに固執されていては、お役目を果たせなくなってしまうと思うのよね。
「負けた以上は執着する気はない。だが俺の役目とはなんだ。俺はやりたいようにやっているだけだ」
ガルマさんがおっしゃったとおりね。神獣としての自覚をもってはおられないのだわ。
それでもお役目を果たしておられたのは不思議ね。妖怪の本能として刷りこまれていたとかなのかしら。
「はい。あたしは人なので詳しくはわかりません。これまでどおりにお好きになさってください」
神獣であられることは、あたしから説明することではないわよね。そのようにつくられたお方なのよ。
「ふん。俺より強いくせに俺を敬う姿勢とはおもしろいやつだな。名を教えろ」
まだ誤解されているわね。マアマさんが黙られたままだし、あたしの説明だけでは信憑性に欠けるのかしら。
「あたしは人です。弱いですよ。名はベルタと申します。QB様のお相手をなされたのはマアマ様です」
「そうか。覚えておこう」
立ちあがられたわ。もう大丈夫なのかしら。
それにしても、QB様がマアマさんを狙われた目的がわからないわ。お役目の邪魔をしてしまったのであれば、あたしが補うべきよね。
「ひとつお伺いしたいのですが。モーニングスターを狙われたのはどうしてですか?」
「ベルタが俺の彫像を見て偽の神とほざいていたからだ。まぁその力だったら認めざるをえまい」
あ、あたしのつぶやきのせい?
あちゃぁ。まさに口は禍のもとね。大失敗だったわ。
一般論を口にしただけのつもりだったのよね。でも今回は例外だったのよ。QB様は実在したわ。QB様に対する信仰への非難と捉えられてしまったのね。
「申しわけありません。あの彫像がQB様を模したものとは存じませんでした」
見覚えがあると思ったら、彫像の容姿と同じだったからなのね。最大の特徴である毛並みの美しさと9本の尻尾が欠けていたから気づけなかったわ。
「次の機会までには術を磨いて借りを返そう」
え、QB様が消えたわ。
いや、代わりに木の葉が現れているわね。変化なさったのかしら。窓の外へ飛んでいかれたわね。
「こわー。ガルマさんがいなかったら本当に食べちゃっていたかも?」
「あはははは」
神獣だとわからなければ、肉をムダにするわけにもいかないものね。
「マアマが生かしていたから、なんかあるとは気づいただろうけれどもな。神獣もいろいろなんだな」
「あたしだって神獣様への信仰なら文句ないわよ。妄想じゃないもの。言葉って怖いわねぇ。くしゅん」
うぅ、湯冷めしちゃったわ。もう深夜なのよね。
「今日は寝るわよ。遅くなっちゃったし話しているとほかの部屋に迷惑だわ」
「おぉ。寝る準備は万端だ」
うっかりつぶやくこともできないなんてね。安心できるのは寝ている間くらいなのかしら。
今日はもう疲れたわ。せっかくのベッドなんだし堪能して寝るわよ。
よく眠れたわ。特に運動はしていなかったのに疲れていたのかしら。心労は多かったものね。
では宿屋を出るわよ。宿屋の主は驚いたような顔をしているわね。
「おはようございます。モーニングスターはご無事ですね。QBが失敗したのは初めてでしょうな」
町の人には、QB様についての説明はしないほうがいいのかしら。お役目を果たされるうえで差しさわりがありそうよね。
「昨晩はお騒がせしました。あたしたちはこれで発ちます。QB様にはよろしくお願いしますね」
「え。様? 盗賊によろしくと言われても困っちまいますが。QBとなにかあったんで?」
あたしも説明には困っちゃうのよね。正直に答えるわけにはいかないわ。
「いえ。今回は見逃していただいただけですよ」
「QBと話せたんですか? どんなやつでした」
ちょ。興奮して詰め寄ってきたわ。これじゃ傍目には危ないおっさんよね。よほどQB様の正体が気になるのだわ。
「重責を背負ったお方です。QB様からの試練には諦めずに真摯に対応されたほうがいいと思いますよ」
「すんげぇきれいだったぜ」
QB様は正体を隠し続けておられるのよね。あたしがばらすべきではないということよ。アルフにもわかっているみたいね。
「えぇ? べっぴんのえらいさんが盗賊なんてやっているんですかい。さっぱりわかりませんな」
あはは。きれいな人だと思っちゃったのね。でもそのまま勘違いしておいていただくわ。ごめんなさいね。
「はい。あたしにもわからないので詳しくは話せません」
「こりゃ皆に伝えてQBへの対応を考えなおすしかねぇな」
いい流れね。QB様のお役目は、皆さんの進化の意識を促すことにあられるのよ。諦めちゃいけないわ。
「そうそう。町の彫像を修復されるといいことがあるかもしれませんよ。ではお世話になりました」
QB様は御自身の彫像であることを認識されていたものね。あたしが余計な一言をつぶやいたせいで不快な思いをさせてしまったわ。なら逆に、彫像を大切にすれば喜んでくださると思うのよ。
「あれは町のシンボルなんで修復はします。ありがとうございました。立ち寄られた際はまたどうぞ」
ではQB様、失礼しますね。大変なお役目ですが、よろしくお願いします。あたしも人のひとりとして、QB様の御活躍には期待しております。
とはいえ、あたし自身はQB様から進化の意識を促していただける状況じゃないのよ。旅を進めなきゃね。




