おまけ:力の蛇口
暖かい日差しね。なんだかこう、街道を歩いているだけじゃ物足りない感じがするわ。活力が湧いてくる感じよね。
「こう気持ちがいい天気だと一日中寝っ転がっていたくなるよな」
信じがたいことを言うわね。もったいないにもほどがあるわ。
「こんな日に運動しないで、いつするのよ」
そんなに大きなあくびをするくらいなら、押しながら走ってあげようかしら。
いや、ダメだわ。おそらくアルフは転ぶわよ。倒れたアルフをあたしが踏みつけたら潰れちゃうわよね。
「いや気分の話な。運動するんだったら涼しいほうがいいかな」
あんたは今まで、涼しくてものんびりと歩いて先導するだけだったのよ。説得力が皆無よね。
「汗を掻くくらいの陽気のほうが動きやすくていいと思うわ。暑すぎるとダメとはいえ」
人の身体って贅沢なのよね。暑すぎても寒すぎても活動しづらくなるわ。今はまさに適温よ。これほどの機会を逃していたら運動なんてできないわ。
「こう、いきなり冬になって、一面銀世界とかになったら寒いから運動するかもな」
よく言うわね。あんたが記憶喪失とはいえ、この半年のことは忘れていないはずよ。
「あんた冬の間は暖房の前で震えていたわよね……」
「そうだっけ」
そうよ。白々しいわね。冬は辺り一面が真っ白で…… そうそう、あんな感じに――
ちょ、なによあれ! 前方遠くの景色から、すさまじい勢いで白くなっていくわ。
「なんだ」
「こっちに来そうよ」
って言っている間に呑み込まれ…… ない?
止まったのかしら。アルフの足元までが真っ白になっているわ。前方一面が銀世界よ……
「どわ」
あんた鈍いわよ。今頃驚いて尻餅をついているわ。
白くなった道を足で突いているわね。下手に触ると危ないと思うわよ。でも調べないと進むこともできないわね。
「これ、凍っているんじゃね」
ぶ。さっきイメージしたとおりじゃ――
あたしのイメージの具現化って、まさか?
あ、あたしのせいじゃないわよね。あたしが冬の景色をイメージしたから、マアマさんがやったなんてことは……
ないわよ! そうだとしたら、遠くから凍りだして目の前で止まるだなんておかしいわ。
でも人の仕業にしては大層よね。マアマさんが遊びでやったとしたら、遠くから少しづつ凍結させる可能性もあるのかしら。でもあたしは、そんなことを望んでは――
なんて言い訳を考えている場合じゃないわよ。そもそもマアマさんは、あたしが嫌がることはしないわ。疑うことが失礼よね。
「ちょ。大変だわ。なにかの事故かしら」
ガルマさんは…… やはり平然としておられるわね。
街道上には多くの人々が凍りついて見えるわ。早く解凍して助けなくちゃ。
でもそれは驕りではないのかしら。マアマさんの力を借りなければ到底対処しきれない規模なのよ。麒麟様のときみたいに、目の前の人々を助けたせいで被害が増えたりしたら後悔してもしきれないわ。
「ガルマさん。これは神罰の類なのでしょうか。マアマさんに頼んで救ってはいけませんか」
「好きにするがよい。人の起こした事故だ」
よかったわ、お墨付きさえあれば安心して救えるわよ。
「ありがとうございます」
いや、よくはなかったわね。人の起こした事故とおっしゃったのよ。一体誰の仕業かしら、人として恥ずかしいわ。
一帯を凍結させるような兵器を開発していたのかしら。事故なら、兵器ではない可能性もあるわね。どちらにせよ、原因究明は後回しだわ。
「マアマさんお願い。今の事故に因る凍結を解除して助けてあげて」
「おっけー」
ではお願いしますね。ほいっと。
さすがだわ、一瞬で景色がもとに戻ったわよ。人々も動いているわね。バランスを崩して倒れる人もいるとはいえ、支障がでているようには見えないわ。
ここから見える範囲では、ね。
「心臓とかが止まったままの人がいるかもしれないから蘇生しないと」
凍結を解けば臓器も動きだすとは限らないわよね。どう対処すればいいのかしら。
足で周るにはあまりにも広範囲よ。蘇生が間に合うか怪しいわ。お願いしようにも、マアマさんは物理専門なのよね。どう頼めばいいのかしら。
「だいじょうぶー」
「え。蘇生までしてくれたの」
そうよ、マアマさんはいつも、あたしの言葉足らずな部分を補って対処してくださるわ。今回も――
「凍結解除してからー、助けたー」
ん? ……えっへんとかの肯定じゃなくて、説明をされたわ。
補ってくださったのではなく、あたしがお願いをしたということかしら。
「あぁ。凍結解除と、助けるのを分けてとらえたのね。今回はよかったわ。でも、気をつけないと怖いわね」
言葉を分けると別の意味に解釈されかねない言い回しになると危険だわ。
「あはははは」
いまだ街道に倒れている人は見当たらないわね。戸惑っているような人が残っている程度かしら。これで一安心ね。
「まだ解決はしていねぇぞ。首謀者をほっといたら、またやらかすんじゃね」
「そうね。マアマさん、いつもの捕縛をここにお願いね」
「どっかーん」
ではいきますよ。ほいっと。
2組が拘束されてきたわね。
1組はひとり、いや1体というべきかしら。白衣を着たサイボーグね。
もう1組は…… 装備からして冒険者かしら。5人いるわね。
「くそー。動けねー。捕まっちまったか」
「うそぉ。防御結界は維持していたわよ。どんな術式よ」
「てぇかココどこだよ。ボス部屋じゃねぇぞ」
「ボスも目の前に拘束されているようですね。第三勢力が介入したようです」
「んだとぉ! どこのクソボケが……」
クソボケで悪かったわね。
急に静まったわ。ガルマさんがおられることに気づいたのね。
サイボーグは最初から観念したかのように黙ったままだわ。
さぁて。これだけのことをしでかしたのよ。許されはしないわ。とはいえ、まずはなにが起こったのかを確認しなくちゃね。
「じゃあ説明してもらえるかしら」
「いや、はしょりすぎだろ。こいつら状況わかってねぇぞ」
へ。
あぁ、この人たちには現状が理解できないわよね。凍結犯として拘束したことから説明すべきだったわ。
とんでもないことをしでかしてくれた怒りでうっかりしていたわね。こんな状況に慣れすぎちゃったのも原因かしら。
「ワタクシハ マドウキノ ケンキュウヲ シテオリマシタ」
あら。サイボーグがしゃべりだしたわ。落ちついた様子ね。自分の置かれた状況を把握しているみたいだわ。魔動機の研究者だと自己紹介しているのよね。
「おぉ。なんか変な声でしゃべった」
「モウシワケナイ ハツオン ソウチハ テキトウニ ツクッテ シマイマシタ」
ふむ。研究に没頭するから、会話機能はどうでもいいということかしら。研究者さん側で捕らえたのは、ひとりだけだものね。
ならば、まずは研究者さんに説明をしてもらおうかしら。
「研究が失敗して凍結事故になったの?」
「カレラガ ケンキュウショノ ゾウフクキニ トウケツノ マホウヲ ウチコンダノ デス」
魔動機の研究と言っていたわ。となれば増幅器とやらも魔法用よね。そこに凍結魔法を撃ち込んだのが原因であると。
事故といえば事故かしら。一帯を凍結させたのは偶発的だものね。それでマアマさんからは消されずに済んだのかしら。アルフの直前で効果が停止しているということは、おそらく増幅器だけを消滅させたのよね。
もう1組も落ち着いたみたいだわ。凍結魔法を撃ち込んだ言い分を聞きましょうかね。
「あんたたちは、どうしてそんなことをしたの」
「え。話が見えないんだけれども」
……すっとぼけている、という感じではないわね。
研究所とやらにいたのであれば、ここでなにが起こったのかも知らないのかしら。
「あんたたちが撃った凍結魔法が増幅されて、この辺りが広範囲に凍結されていたのよ」
「え。迷宮のボス部屋に入ったら、やばそうな装置が見えたから、とっさに仲間に凍結させたんだけれども」
答えている人がリーダーぽいわね。緊張と混乱の中でも正直に答えようとしている雰囲気を感じるわ。
うーん。事故を起こした自覚がないどころか、研究所に踏み入った認識すらもないかのような言い分よね。迷宮を攻略していたつもりみたいだわ。見た目通りに冒険者で間違いなさそうね。
雰囲気からしてウソをついてはいないと思うのよ。でもそうなると、迷宮のボス部屋で放った凍結魔法が、なぜか研究所の増幅器に当たった、ということになるわ。
「迷宮のボス部屋? 研究者さんは研究所で撃たれたのよね? 話が合わないわよ」
「マホウノ ヒトクノ タメ ケンキュウショノ イリグチヲ メイキュウカ シテイマス」
は?
……幾つもの迷宮が点在していることは聞いているわ。でも、研究所が迷宮をつくっているなんて聞いたことがないわよ。
でもまぁ、一応は話がつながったわね。
「秘匿はわかるわ。でも、警備兵とかに頼めなかったの」
「ケイビヘイモ ヒトデ アリ ヒトクノ タイショウト ナリマス」
警備兵までもが信用できないほどの研究だということかしら。
「あぁ。王都やダメ領主のところにもダメな警備兵はいたわね。その可能性を踏まえて迷宮化か」
「まさに事故だな」
迷宮をつくった意図はわかったわ。
でも内部が迷宮化されているとはいえ、冒険者が研究所に侵入するなんてことは許されるわけがないのよね。そこが腑に落ちないわ。
「それにしても表向きは研究所なのよね。どうして攻略に入ったのよ」
「えぇ? 入口は廃墟だったぜ。あれを研究所と言われてもなぁ」
表向きも研究所ではなかったというのね。まったく気づいていなかった様子よ。驚いているみたいだわ。
でも…… 驚いて見えるのは、答えているひとりだけなのよね。仲間らしき人たちは、彼を白い目で見ているみたいよ。
「ソトヘ デル ヒツヨウガ ナイノデ スウヒャクネン ホウチ シテオリマシタ」
「どっちもどっちだな」
ハァ。入口が荒れて、廃墟同然になっていたことを認めるのね。冒険者側を責めるわけにもいかないのかしら。
「俺たち以外にも大勢入りこんでいるぜ」
「大勢って。そんなに広いの」
研究所よね。冒険者が1組も入れば騒ぎになりそうなものよ。そんな状況で、ほかの冒険者までもがくるのかしら。
「100階層くらいはあったか」
「15階層です」
つっこみ役もいるのね。リーダーらしき人のボケっぷりに耐え切れなくなったのかしら。
それにしても100を15だなんて、リーダーらしき人はアルフ以上の能天気かもしれないわね。そこまで錯覚するほどに苦労して攻略したのかしら。
「迷宮に挑んだ目的は?」
「すげぇ力が手に入るって噂だ」
やっぱりアルフと似た感じだわ。あいまいというか適当というか、なにも考えていないというか…… 勘弁してほしいわ。
「間違ってはいないわね」
増幅器ですごい力を引き出せたことはたしかよ。秘匿されていても噂は立つのね。
状況は把握できたかしら。双方の話に矛盾はないわ。おそらくは事実を話しているわね。犯意もないようよ。
となると、被害が大きいとはいえ、ただの事故なのよね。牢へ送るような事件ではないかしら。
「でも手に入れちゃいけない力なのよ。とりあえずは、その迷宮に入っている人は全部連れてくるわよ」
増幅器自体はマアマさんが消しちゃっていると思うわ。でも研究資料とかを持ち出されると問題よね。
マアマさん、お願いしますよ。ほいっと。
本当に大勢いたわ。50人ほどかしら。
もう、うるさいわね。叫んでも声がかき消されそうだわ。みんな動けないから、手をたたけばこっちに気づくかしら。
「みなさん静かに。みなさんを拘束して迷宮から連れ出したのはあたしです。これから説明します」
まずは、みんなが入っていた迷宮が研究所であることを説明して、勝手に侵入してはならないことを理解してもらって……
「あぁ? ボスが研究者だろうがなんだろうが、迷宮にあるもんは踏破したやつのもんだろうが」
……賊が混じっていたのね。
ほめるべきなのかしら。拘束された状態で、しかもガルマさんを前にして、そんなセリフを吐けるだなんてね。ある意味ですごいのかもしれないわ。
「ほかにも同じ考えの方はおられますか?」
静まり返っているわね。優しく聞いても応じないということは、ほかには居ないのかしら。
ではマアマさん、さっきの賊を王都の牢へお願いしますね。ほいっと。
ん? ほかの人たちの顔つきが悲壮な感じになったわよ。心配しなくても、あんたたちを送る気はないわ。
「じゃぁ、研究者さんは入口の整備を維持する。装置の暴発には万全を期すってことでいいかしら」
「キモニ メイジマス ア キモガ ナイ エート ジンリョクヲ チカイマス」
生真面目なのかしら。ただの慣用句なんだから、肝があるかどうかなんて関係がないわよ。
「冒険者さんたちは、研究所には立ち入らないようにお願いしますね」
「ハイ」
「みんな変な声になっているぞ」
そうね。あんたもたまにあんな声になるわよ。
みんなわかってくれたみたいだし、このまま解放してもいいかしらね。
マアマさん、お願いしますよ。ほいっと。
「拘束は解きました。ここで解散にします」
わお。一斉に瞬間帰還器で退散したわね。冒険者だけあって、逃げることには慣れているのかしら。とはいえ、今更逃げる必要も意味もないのよね。
「だー。せっかくボス部屋まで攻略したのに骨折り損かよ」
「ついていましたよ。ベルタに拘束されながらも解放されたのですから」
あら。最初の1組の2人が残っていたわ。
「ベ、ベルタ? こいつが?」
「なによ。あたしのこと知っているの?」
あんたに、こいつ呼ばわりされる覚えはないわよ。
「あ、いえ。お噂はかねがね……」
「竜人様が一緒の時点で気づいてくださいよ。ほかの冒険者はもう瞬間帰還器で逃げていますよ」
つっこみ役ぽい人は冷静みたいね。あたしたちのことは噂で聞いていただけってところかしら。
「げ。あいつらまで逃げたのか。んじゃ俺も失礼します」
「ベルタの噂は英雄説のほうが正しそうですね。真相に近づけたのは収穫でした。では私も失礼」
ふえ? 真相ってなによ。噂がいくつもあるということかしら。
「ちょっと、噂って――」
むぅ。瞬間帰還器で飛び去ったわ。
「ザンネンナガラ ワタクシメハ ゾンジマセン」
研究者さんもまだいたのね。逃げる必要がないことを理解しているのかしら。終始落ちついた様子だわ。
それにしても噂ってなによ。気になるわね。
「英雄説ってなに? ウンディーネ様のティアラの光で有名になっているだけじゃなかったの」
「研究者さんも知らないくらいだし、大したことないって。気にすんな」
知らないのは研究に没頭していたからよね。大したことないかはわからないわよ。
「研究者さんは研究所に戻るのか。ここがどこかわかるか? 歩いて戻れるかい」
む。アルフったら噂には興味を示さないわよね。あたしたちのことなのによ。気にしても仕方がないというのはわかるわ。でもどんな内容かは知っておきたいわよね。
まぁ、まずは研究者さんの心配をするべきかしら。遠くから凍結してきたことを考えると、研究所はかなり遠いのかもしれないわ。おそらくは研究対象の増幅器も消されちゃっているのよね。
「マズハ オウトヘ ムカイマス オウニ セツメイヲ シナケレバ」
王様に相談ですって。国家絡みの施設だったのね。なら罠アイテムの研究施設のように、拠点はありそうだわ。心配するまでもなさそうね。
「数百年ぶりじゃ王様も代わっていそうだな」
入口を数百年放置とか言っていたわね。王様は研究所の管理を引き継いでおられたのかしら。
「ツウシンハ シテオリマシタ」
そういうことね。終始落ち着いていたのは、王様からあたしたちのことを聞いていたのかしら。
「なるほど。あの王様が知っている研究だったら問題はないみたいだな」
「そうね。増幅器ってすごく危険そうだわ。でも、突然乱入されることまでは想定していなかったか」
「メンボクナイ ナガイアイダ コウリャク サレナカッタノデ ユダン シタ ヨウデス」
そりゃ数百年も攻略されなかった迷宮であればねぇ。サイボーグといえども警戒が緩んでしまうのはわかるわ。
「モシ トメテ イタダカナケレバ ジバク シナケレバ ナラナイ トコロデシタ」
ぶ。問題大ありだったわ。
そうよ、万一のときには研究成果を土に還す手はずを整えておられた王様なのよね。そんな王様の配下であれば、秘匿順守への覚悟においても順ずるのは当然だったわ。
「ちょ。迷宮を攻略している人たちも巻き添えですか。そんな対処はダメですよ」
「セカイノ キキニ チョッケツスル ケンキュウ ナノデス」
たしかに、とんでもない威力ではあったわ。なにがあろうとも奪われるわけにはいかないわよね。
「そんなのを単独で研究すること自体が無理だと思うわよ」
「ハイ アサハカ デシタ」
反省はしているようね。同じ過ちは冒さないと思うわ。
でも秘匿のための単独研究だとすれば、安直に人も増やせないわよね。
「王様に相談するんだったら大丈夫だろ。すげぇ心配性だし」
ふむ。そうよね。相談すると言っていたのだったわ。
「今はノーム様がいらっしゃるから、研究所を移す可能性もありそうね」
「ワタクシメモ ソウ オモイマス」
場所にこだわらないのであれば、ノーム様の助力で十分な差配を期待できるわ。
「んじゃ俺たちは行くぜ。研究者さんもめげんなよ」
「ハ アリガトウ ゴザイマス デハ ワタクシメモ シツレイ シマス」
研究者さんも瞬間帰還器で飛び去ったわ。今度こそ、あたしたちだけになったわね。
「罠アイテムもそうだったけれども。研究機関て王都の外にも結構あるんだな」
「そうね。おそらく、ノーム様に協力していただく前からある施設はそのまま使っているのかしら」
あれだけ広い王都なら、場所に困ることはないはずだものね。どれだけ危険な研究だとしても、ノーム様がおられるのだから心配はないわ。
「研究だと途中で中断して施設を移すのも大変そうだしな」
考えられる理由はそんなところかしら。秘匿しているものを移設するのは大変そうだわ。
「それにしても秘匿のために迷宮をつくるなんてねぇ。国家経営の魔物の巣よ。信じられないわ」
国家にとって、魔物は排除すべき対象よ。よもやそれを使役していただなんてね。
「実際に見てみないと断言はできないけれどもさ。侵入者を殺さずに排除するようにはしているんじゃね」
ふむ。迷宮とはいえ、魔物を放しているとまでは言っていなかったかしら。
「まるでアトラクションね。それであんなに冒険者が集まっていたのかしら」
遺跡のようなところが見えてきたわ。警備兵と作業員らしき人たちが集まっているわね。
警備兵がこっちに敬礼しているわ。
「研究所ってこれかな」
「対応が早いわね。王様らしいわ」
研究者さんからの一報で、王様が即座に指示を出されたのかしらね。
それにしてもひどい荒れようよ。冒険者が言っていたとおりだわ。とても研究所には見えない様相ね。看板らしきものも残ってはいるわよ。それでも廃墟にしか見えないわね。
これじゃぁ冒険者が研究所だと気づけずに侵入することも頷けるわ。
「たしかに見た目はアレだけれども。街道沿いに迷宮なんて怪しいと思えよと」
「あはは。そうよね。こんなのまであるとなると、ひと口に迷宮と言っても目的はいろいろありそうだわ」
そもそも迷宮なんて、冒険者のためにつくられるわけじゃないのよ。それぞれに存在目的があるのよね。研究所でなくても、勝手に入ってよいものではないわ。
「せっかくだし、さっきの話を確認しておくか」
へ。
警備兵のほうへ歩いていったわ。
「兄ちゃん。ここって研究所の入口の迷宮だよな」
「は。先ほどみなさまに救っていただいた研究所です」
研究所を救ったわけじゃないのよね。
「入口は迷宮なんだろ。魔物は侵入者を襲うのか」
確認ってそのことね。たしかに気にはなるわ。
「は。1階は誤って入った者を追い返す威嚇のみ。2階は瞬間帰還器を取りつけて強制送還、3階は――」
やっぱり危険な魔物を放しているわけではないわね。侵入者を傷つけないように排除しようとしていることが明らかだわ。
「あぁ。わかった。ありがとう。やっぱそういうことか」
「さすがにこれは攻略中に気づいてほしいわね」
お話に聞く迷宮は、とても危険なところよ。こことは似ても似つかないはずだわ。まともな施設であることに気づいて然るべきよね。
「結局この研究所はどうするんだ」
「は。設備を移して閉鎖します。秘匿すべき装置が消滅したので、よい機会と判断されました」
早くも移設まで決まっていたのね。増幅器を消してしまったであろうことは結果オーライだったのかしら。
「消滅? マアマか」
「あはははは」
やっぱりね。そうでなきゃ、アルフの目前で都合よく凍結効果が止まったりはしないわよ。
「魔法はマアマの管轄外だからな。物質である発生源を消滅させるであろうな」
「研究者さんが消されてなくて、まだよかったと思えますね」
ん? 警備兵が固まったわ。どうしたのかしら。アルフが突っついても動かないわね。
「ベルタの凍結攻撃も強力だな」
どうしてあたしなのよ。警備兵の相手をしているのはあんただわ。そもそも凍結攻撃ってなんのことかしら。
「あんた、ときどきわけのわからないことを言うわよね」
警備兵は気を取り直したみたいだわ。もう大丈夫みたいね。なんだったのかしら。
「作業の邪魔になるだろうし行くか。兄ちゃん、がんばってな」
「は。事故の被害を抑えていただき、ありがとうございました」
何事もなかったかのように先導を再開したわね。まだ問題が残っている気がするわよ。ん~……
そうだわ。魔法が秘匿されていなかったのよ。
「大切なことを見落としていたわ。冒険者が凍結魔法なんて使えていいの?」
冒険者がどこで学んだのかも気になるわ。でもそれよりも現状よ。あちこちで魔法をぶっぱなしていては、危険なうえに秘匿にもならないわ。
「知らね。国家から通行証をつくれる権利とかをもらえるような冒険者だったら教えられるのかもな」
「有名な冒険者だったってことか。なら研究所かどうかはすぐに気づきそうなものだわ」
名が売れるまで経験を積んでいるにしては、あまりにも間が抜けているとしか思えないわよ。
でも、数百年間もの間に攻略されなかった迷宮を突破したのよね。実力はあるのかしら。
「仲間は優秀そうだったけれども、リーダーぽいのが微妙だったから押しきられたんじゃね」
「……15階層を100階層とか言っていた人か。あんな人に秘匿なんてできるのかしら」
聞かれたらなんでも答えちゃいそうよね。素直というかバカ正直というか……
「さぁな。実際に事故が発生したんだから、王様が対策するだろ」
それもそうね。冒険者の魔法で発生した事故であることについても、研究者さんからの報告を受けているはずだわ。
「あたしが心配することじゃないか」
今回のような事故や事件を起こさないために魔法を秘匿しているはずなのよ。事故が起きた以上は対策するわよね。
「でもベルタが、たまたまここにいなかったらどうなっていたんだ。研究者の自爆か」
そうなると、一帯は凍結されたままで、研究所に居た人たちは全滅ね。最悪だわ。
「攻撃した冒険者は防御結界で護られておった。自爆より先に増幅器を破壊したであろうな」
そこまで見えておられたのですか。
そうなると、あたしたちがいなくても結果は同じだったのかしら。
いや、凍結被害は残るわよね。
「もう少し被害が広がってからで、凍結したところは放置ってことか。かなり死人が出ただろうな」
強大な破壊の魔法はあっても、その被害を回復するような魔法はないのよね。だからこそ秘匿する必要があるのよ。
「やっぱり魔法って危険なのねぇ。マアマさんみたいに抑制する意思がついてくれるといいのにね」
「えっへん」
ちょ、アルフ? 突然立ち止まって振り向かないでよね。ぶつかるわよ。
「抑制? マアマが? まぁ力の大きさの割りには抑制していると言えるのか……?」
そんなに驚くようなことかしら。
「なんとなくよ。最近少し、ガルマさんやマアマさんが力の抑制に苦労しているのがわかるのよね」
「へぇ?」
あたしごときが言うのはおこがましいと思うわ。でもあたしの気持ちひとつで、マアマさんが力を振るいかねない状況なのよ。下手なことを考えられないのよね。
「麒麟様のときに驕りを自覚してからさ。マアマさんの力を過剰に出しそうで怖くてしようがないのよ」
「過剰ねぇ。俺の場合は、たりないほうが多いからなぁ」
ん~、どう説明すればいいのかしら。筋力が大きいのとは違うのよね。あたし自身も明確に理解しているわけではないからむずかしいわ。
「人とは力の出し方が根本的に違うと思うのよ。あたしたちは力を使いたいときに、力をこめるわよね」
「そりゃそうだ」
「ガルマさんやマアマさんは、普段から抑えるのに大変で、使うときに抑えを緩める感じかしら?」
「そうなの?」
わからないことを説明しようとしても、やはりわからない説明にしかならないわね。
「近いな。だが抑えるのが大変なわけではない。力を少しだけ出すのがむずかしい」
「俺が知っているような物事でたとえられないかな」
「ふむ。力を水にたとえるなら、海溝の底につけた蛇口を捻ってコップに水を注ぐようなものか」
「水圧で蛇口がクソ硬いうえに、ちょっと捻っただけですごい勢いで噴出すからコップからあふれるってことか」
やっぱり、あたしたちとは違うのよね。全力を出し続けるほうが楽だということかしら。
「筋力とは力の使い方が逆なのですよね」
「たしかに、そりゃむずかしいし怖いな。だから力を加えて出す方向で世界をつくったのか」
「えっへん」
なるほど。筋力の使い方を竜力と同じにすると、未成熟な生物では己が身をも滅ぼしてしまうからなのね。あまりにも扱いがむずかしいのよ。
「魔法は力が大きい割りに、人が直接使えちゃうから問題になりやすいのよね」
魔力も筋力同様に、力をこめるほど強くなるわ。筋力との違いは、貯めてから一気に発動するところかしら。効果を調整しづらい仕組みに思えるのよね。
「制御手段が確立すれば秘匿しなくてすむようになるか。それは研究されていそうな気もするな」
「そうね。その過程が魔アイテムなのかしら」
魔法の秘匿は秩序維持のためにあるのよ。だから秘匿したままであれば、活用しようとする取り組みもあるわ。魔アイテムが生み出されていることもそうよね。ならば秘匿しなくてすむように制御する研究も進められているはずだわ。
「だったら大丈夫そうな気がするな。魔アイテム以外の魔法は、禁止するフィールドとかつくりそうじゃね」
「あぁ。緩衝フィールドはすごかったわね。あんな感じで世界の魔法を防げるなら秘匿不要にできそうよ」
緩衝フィールドは効果も範囲も聞いたことがないほどの規模だったわ。対魔法でも期待できそうね。
「魔法封じの結界なんてのもあったし。完成も近いんじゃね」
「あれは効いてなかったわよね」
まぬけな盗賊が言っていただけだわ。虫避けの魔アイテムは封じられていなかったと思うのよね。
「まぁ魔アイテムで制限できているんだったら、封じる理屈はわかっていそうじゃん。期待してほっとこう」
「結局あんたは、ほっときたいだけなのよね。まぁいいわ。ここで議論しても仕方がないし」
実際、ど素人のあたしたちに提案できることなんてないわよね。魔法については王様にお任せしておくべきだわ。
それにあたしは、魔法よりもとんでもない力に囲まれた状況だものね。
あたしが為すべきは、この状況を活かして進化を目指すことよ。そのためには旅を進めなきゃね。




