おまけ:食われたい者
随分と深い霧ね。晴れる気配がまったくないわ。呼ばれる方向をアルフが特定できなければ確実に迷いそうよ。
それに視界が利かないだけの問題ではないのよね。進行を阻み、迷わせるかのように入り組んだ地形になっているわ。
まるで意図的につくりあげたかのようよ。でも攻撃的な悪意は感じないのよね。崖や、滑る坂のような危険な地形がないのよ。獣も襲ってこないわ。おまけに引き返すには楽な地形なのよ。障害物を避けていれば自然に戻ってしまうわ。
なにかを隠すための結界とも思えるわね。でもようやく霧の森を抜けたわ。それらしいものは、なにも見つからなかったわよ。
抜けた先は林になっているのね。完全に霧が晴れていて見通しがいいわ。
獣は見当たらないままね。鳴き声が聞こえるから鳥は多いみたいよ。動物がいないわけではないわね。
おぉっと。見当たらないと思いきや、大物の獣が待ち構えていたわ。
「あれのせいで獣が少ないのかな。罠アイテムじゃきつそうだな」
「なら構えておきますか」
マアマさんにとってはどんな大物でも一緒なのよね。さぁ、いつでもかかっていらっしゃい。
へ。咆哮…… というよりも悲鳴よね。あたしはまだなにもしていないわ。突然どうしたのよ。
「おぉ! 変身か? 角が生えたぞ」
角ですって。たしかに額になにかが生えているわ。あの形状は角というよりも……
「あれ、額に矢を射ちこまれたみたいに見えるわよ?」
ほら、倒れたわ。
「なんだ? 人か?」
わ。上から声がしたわ。
木の枝の上からよ。あたしたちに向って弓を構えている人がいるわね。
「おぉ。狩人か」
「人ですよ。矢は結構です」
賊ではなさそうよ。見知らぬあたしたちを警戒しているだけよね。手を振って争う意思がないことを示せば…… やっぱり弓を下げてくれたわ。
「わりぃ。ここで人に遭うとは思ってなかったんでな」
「やっぱ弓は、かっけー」
「うまい人はさすがね。罠アイテムじゃ厳しそうな大物を1発で倒すなんて」
あら、また弓を構え…… あぁ、獣にとどめを刺したのね。飛び降りたわ。
弓を背負ってから、こっちに向かって歩いてくるわね。驚きと心配が混じったような顔をしているわ。
「お前ら、どうやってここへ。親子3人でハイキングに来れるようなところじゃ…… どわ! 竜人様?」
あ。
人ですよ、とだけ答えたのはまずかったかしら。ガルマさんがおられることも話すべきだったわね。
「ガルマさんは俺の旅に付き合ってくれているんだ。優しいから警戒しなくても大丈夫だぞ」
妙なポーズで硬直しちゃっているわね。あたしたちの噂とやらも、ここまでは流れていないのかしら。ちょっと新鮮な反応だわ。
「お、おぉ。竜人様が一緒なら魔獣も心配することはねぇか」
「魔獣? なんだそりゃ。魔法を使う獣がいるのか」
初めて聞く言葉ね。魔物と呼ばれる獣の種はいるわ。でもそれらを魔獣とは呼ばないものね。方言かしら。
「いや。この辺りにだけいる獣のミュータントなのかな? 妙に強力で狂っているから魔獣と呼ばれている」
強力で狂っているから魔獣? ピンとこないわ。化け物とか狂獣とでも呼んだほうが合いそうよね。
「さっき倒した獣がそうか?」
「これはふつうの獣だ。魔獣も外見は同じだが簡単には倒せない」
さっきの獣も、ふつうは簡単に倒せないくらいの大物よ。罠アイテムじゃまず無理ね。魔獣はさらに上となると、大型獣並みなのかしら。そんなものが居るとは物騒なところだわ。
「外見が同じなら、堕ちた獣って意味かしら。それなら狂うのはわかるわ。でも、強力にはならないか」
理性を失って堕ちたものを魔物と呼ぶのよね。魔獣というのが、魔物の獣という意味だとすれば、理性を失った姿が狂って見えるのはわかるのよ。でも強くなる要素が思い当たらないわ。魔物とは違うのかしら。
「おそらくマンドレイクのせいだろうけれども。詳しい原因はわからねぇ」
誰かが魔獣をつくりだしたってことかしら。ホムンクルスの研究者がつくりだした、大型虫のような種かもしれないわね。
「そのマンドレイクってやつに直接聞けばいいんじゃねぇの」
「マンドレイクは植物だ。食った獣や、さらにその獣を食った獣が食物連鎖でおかしくなるのかなぁと」
あら違ったわ。かなぁって、推測でしかないのね。でも推測に至った理由があるはずだわ。
「そう思わせるような力を持った植物ということですね」
「あぁ。錬金術の材料として集めにくるやつもいるからな。不老不死の力があるとかなんとか」
ちょ。錬金術ってあの、若返りまでをも簡単そうにしてみせた術よね。そんな力を生み出す材料を食べたりすれば、おかしくなったり強くなるのも納得できるわ。
「おぉ。あの力の材料か。だったらすごそうだな。マンドレイクってどれだ」
そうね、外観を確認しておく必要があるわ。食用の植物と似ているならば、間違って口にもしかねないものね。
「ここら辺にも生えてはいるはずだが、探すのは面倒なんだよな。抜けたのなら小屋にあるが見にくるか?」
抜けた? 大根みたいに地面から抜いたということかしら。
「行く行く」
「もう。すぐに寄り道するから」
外観の特徴を聞いておくだけでも十分に思えるわ。
「この出会いにも意味があるのかも知れねぇぞ」
「気にはなるわ。でもねぇ」
「少し待ってくれな」
あら、狩人さんはどこへ…… あぁ、さっき仕留めた獣ね。脚一本くらいを切り取って担いだわ。
「んじゃ案内するわ」
「あれ。肉はそれだけしか持って帰らないのか」
もったいないわよね。ほとんどの肉を置いていく意味でもあるのかしら。
「こんなの全部持てるわけねぇだろ。毛皮剥ぐ道具も持ってきてねぇし」
ふむ。弓を背負っているから運びづらいということなのかしら。
「じゃぁあたしが運ぶわね」
「へ」
脚を落としたから出血が酷いわね。テープで簡単に止血しておいて…… リュックの上にぽいっと。
「お待たせしました。行きましょう」
「お、おぉ……」
変な顔をしているわね。止血の仕方が変だったかしら。暫定措置だし適当でいいわよね。
アルフに小声で話し出したわ。静かだから小声でも丸聞こえよ。というか、あたしに隠してアルフに話すことなんてないわよね。単に大声で話すようなことではないってことかしら。
「竜人様だけじゃなくて、お前らもふつうじゃねぇの? もしかして俺ピンチ?」
……なにを言っているのか、わからないわ。言葉は聞き取れているわよ。どうしてそう思うのかがわからないわ。
「いや襲ったりはしねぇぞ。ガルマさんの加護で護られているからふつうよりは強いだろうけれども」
あたしたちに襲われると思ったの? あたしのテーピングってそんなに怪しいのかしら。
「加護ねぇ。やっぱ竜人様ってすげぇな」
落ちついたみたいね。でもどうしてここでガルマさんが出てくるのかしら。加護の恩恵がわかるほどの力はみせていないはずよ。
まぁいいわ、さっさといくわよ。
着いたみたいね。小屋がひとつあるだけよ。ほかに建物は見当たらないわ。
「兄ちゃんはひとりで、こんなところに住んでいるのか」
「あぁ。家は追い出されてな」
な、なんですって。聞き間違いじゃないわよね。
こんな小屋にひとりで住んでいるということだし、きっと事実なんだわ。
「家族を追い出すなんてありえないでしょ! あたしが話しあうわ」
家族は最も信頼できる最愛の存在よ。それを追い出すだなんて正気の沙汰とは思えないわ。絶対になにかあるわよ。
「早合点すんな。ケンカしたわけじゃねぇ。独り立ちの練習みたいなもんだ」
練習なら独り立ちの前にするべきよ。追い出されてからするものじゃないわ。
「そんなの教えてもらえばいいわよ」
「教えてもらったさ。でも実際に独りで暮らしてみないと漏れがあってもわからないだろ」
あぁ。追い出される前に習うべきことは終えているのね。
「なるほど。親子で納得しているのなら、いいのかしら」
それでも、追い出されたという言葉には引っかかるわ。送り出されたとでもいうべきよね。
「親がいつ死んでもおかしくない仕事だからな。独りで生きていけるかの確認が大事なんだ」
……農家のあたしと狩人さんでは家庭環境が違うということかしら。
「獣相手ですもんねぇ。納得しました」
狩人さんは獣相手の職業だから危険度が高いわ。弓を使うには軽装にせざるをえないし、獣に不意を突かれたときの存命率は低いのよ。それにここは、さっきみたいな大物に加えて魔獣までもがいる地域なのよね。覚悟の備えも重要になるのだわ。
「獣といえば、運んできた獣はどこに置きましょう」
そろそろ適切な処置をしないと腐り始めそうよね。
「あぁ助かったよ。小屋の脇の日陰に置いてくれるかな。せっかくだし焼くから食っていってくれ」
ひとりで食べる量じゃなかったわね。他には誰もいないのなら、運ぶ必要もなかったんだわ。ならば遠慮なくごちそうになろうかしら。
「おぉ! 食うのは任せろ」
食べる前に手伝うことを考えなさいよ。
「では肉はあたしがさばきましょう。その間に調理の準備をお願いできますか」
「おう。手伝ってもらえるなんて久しぶりだ」
食べ応えがありそうね。残しても傷むだけだし、おいしそうな部位から贅沢にさばいていくわよ。うりゃうりゃうりゃ。
「なんだこりゃ。小人のミイラ?」
ぶ。突然になにを言い出すのよアルフったら。小屋の隅になにかが積まれているわね。どれどれ……
「うそ。山積みされているわよ。一体なにがあったのよ」
それにしても小さすぎるわ。あたしの手のひらくらいの大きさしかないわよ。人の種なのかしら。
「それがマンドレイクという薬草だ」
えぇ? ……あら。よく見ると人型の人参のようなものかしら。直接に触るのは怖いわね。枝でこう、つんつんと…… 感触も植物の根のようだわ。
「これかよ。変な形した植物だな。人みたいだぞ。うまいのか」
アルフったら不用意に手に取ったわ。大丈夫なのかしら。
「死ぬほどうまいのかもな。死ぬ前に天国が見えるって話だし」
すかさず放り投げたわね。正解よ。これで少しは考えてから手を出すようになるかしら。
「毒かよ。なんでそんなもん集めてんだ」
「毒を抽出して矢に塗るんだ。かすっただけでも効果が出るし、矢が効きづらい大型に有効だ」
毒が目当てですって。
先に言って欲しかったわね。ティアラの光がもろにかぶっちゃったわよ。
「……てことは毒の効果が消えるとまずいよな」
うーむ。あたしのせいじゃないわよね。まさか毒を貯めていただなんて思わないわよ。
でも狩人さんだって、光で浄化されるなんて思わないわよね。先に説明するべきだったのかしら。
「そりゃそうだが。触ったくらいで消えやしねぇよ」
触るどころの話じゃないのよね。人の力を超えた浄化の光を浴びせちゃったのよ。
「もう遅いかも」
「なにが」
どう説明すればいいのかしら。ここで生じているであろう効果だけを話したほうがわかりやすいかしらね。
「あたしの周囲の光。これは毒とかを浄化するのです」
「ぶ。まじかよ」
あら。驚いただけという感じね。落ち込んではいないみたいだわ。貴重な品ではないということかしら。山積みしてあるほどだものね。
「その光は害となる要素を浄化する、と言ったであろう。害となるかどうかは状況による」
あら。まだ浄化されてはいない、とおっしゃっているのよね。
「身体につくまでは浄化されないのですか。なんともはや……」
やっぱりガルマさんのお言葉は深読みしないとダメね。薬も過ぎれば毒になるということなのだわ。同じものでも、害が発生するかどうかは状況に依存するのよ。
それにしても、そこまで見てから浄化する仕組みには呆れるしかないわ。ウンディーネ様が凄すぎるのよ。あたしごときが誤解してしまうのは仕方のないことだわ。
「一応試しておくか。よっと」
梁を射たわ。そんなことで毒の効果を試せるのかしら。
へ? なにかが落ちたわ。……ネズミが居たのね。
矢はかすっただけみたいなのに痙攣しているわよ。
「大丈夫みたいだぜ。効いているわ」
これが毒の効果なのね。たしかに強力そうだわ。かすっただけでも行動不能になっている感じだものね。
「毒で死んだ獲物って、食っても大丈夫なのか」
大丈夫とは思えないわね。かすっただけで、この効力よ。死ぬほどに服毒した獲物を食べたりしたら、無事では済むわけがないわ。
「水洗いしてから焼いて食っている分には大丈夫みたいだな。生で食うならやばいんじゃね」
焼いてからとはいえ食べているのね。あたしは遠慮したいわ。
「あんまり食いたくねぇな」
「まぁ毒矢を使うのは主に大型獣を駆除するときだ。食用の獣相手では使ってねぇ」
なるほど。狩りは食用の獣だけが相手じゃないものね。
軍隊が出動するような大型獣を相手にする場合は、狩人さんがいかに凄腕だとしても、矢のダメージのみで仕留めることはむずかしいはずだわ。でもこの毒を使えば対処できそうよね。矢が急所まで届かずとも、かすりさえすえば効果を期待できるのだもの。
「あれ? ねずみがいなくなっているぞ。獣が来て食われたのか?」
「かすっただけだから回復して逃げたんだろ。死ぬこともあるけれども致死性はそれほど高くない毒だ」
へぇ。強力な割には効果が持続しないのね。錬金術の材料ともいっていたし、副作用が残るようなことはないということなのかしら。
「一時的に痙攣させて行動不能にするだけか。確実に殺してしまうより便利かも」
そうね。状況に合わせて使い方を考えられるわ。
「効果は獣によって違いがあるから、便利といえるかは微妙だがな。幻覚や幻聴を起こすらしい」
獣によっては暴れまわったりもするということかしら。うかつに使うと危険かもしれないわね。
「天国が見えるってそういうことか。むしろ地獄が見えそうだけれども」
アルフにとってはお肉を食べられるところが天国よね。
「アルフの天国の準備はできたわよ。後は焼くだけなんでお願いね」
「おお。焼いて食うのは任せろ」
さぁ、あたしも食べるわよ。強そうな体躯だけあってちょっと硬い肉だわ。でも噛み応えがあっておいしいわね。
ふぅ。味も量も満足よ。あら、狩人さんも食べ終えたはずなのに、まだ調理をしようとしているわ。
「残りは燻製にしておこう」
燻製なんてできたのね。なら食べすぎるほどに食べなくてもよかったわ。肉が余ったらどうするのかを先に聞いておくべきだったわね。
「そういやマンドレイクを探すのは面倒って言っていたよな。なんでこんなにあるんだ」
そんなことを言っていたわね。この大きさで山積みだから1000株はあるのかしら。
「歩いているところを見かけたら狩っているのさ」
えーと。これは小人じゃなくて植物なのよね。手足に見えるのは根の一部なのよね。でも今、歩くと言ったわよね……
「……歩くんだったら動物じゃねぇのか」
「な。定義の根拠は知らねぇけれども植物らしいぜ」
うーむ。たしかに、動物を捕獲して食べる植物もいるわ。動けば動物とは安直に言えないわよ。
でも歩いているのなら、植えられてすらいないということよね。
植物という言葉自体が、動くものではなく、植えられたものだ、という定義から生まれていると思うのよ。釈然としないわ。
まぁ、今は植物か動物かは問題ではないわね。あたしたちにとってはどちらでもいいことよ。
「あれがワサワサ群生して動いているとか想像すると気味悪いな」
変なものを想像させないでよ。夢に出てきそうだわ。
「見かけるのは1株ずつだな。花が咲くと歩き出すみたいで、花を散らせると倒れる」
積まれたマンドレイクに花は咲いていないわ。射抜かれて散った後なのね。
「花が咲いているときだけ歩くとしたら受粉活動かしら」
「かもな。でもほかの株を探すというより、ぐるぐる回っていたり全力疾走していたりで意図はわからない」
むしろ受粉を否定するような動きに思えるわね。
「全力疾走…… 気味が悪いというよりこえぇな」
そうね、小さいゆえの怖さみたいなものがあるわ。下手にくっつかれたら、手の届かないとこでどうにかされそうよ。
「怖いな。あの速度で不意に口に突っこんでこられると避けられるかどうか」
「まて。食べられにくるのかよ。マジこえぇぞ」
毒が意思を持って口にダイブしてきたら明らかに怖いわ。しかも、あの速度なんて形容するくらいだから、想像以上に速そうね。
「いや、来たら怖いなって話だ。ただ、食われるまで歩き続けているようにも見える」
食べられるまでねぇ。もしそうだとしたら、食べられることに意義があるのかしら。
「ん~。動けば肉食動物にも狙われて、食べられたら毒で動物が死んで、それを肥料に根を張るとか?」
「花の中に種子があるのなら、そうかもな」
食べられる目的ねぇ。なにかを見落としている気がするわ。
「食われるために歩くのか。植物だったら恐怖も痛みもねぇのかな。そもそも筋肉なしで、なんで動くんだ」
「な。見てのとおり形状だけは人っぽいけれども組織はふつうに植物ぽい」
「たしかにこんなの食って生き延びたら魔獣になるのかもって疑うわな」
それよ! 魔獣が生まれる原因かもしれないってことを見落としていたわ。
食べられることで魔獣をつくる意義は…… 魔獣がどんなものなのか、具体的にわからないと考えようがないわね。
そもそも発生原因よりも先に、遭遇したときの対処をまとめておく必要があるわ。
「魔獣が現れたときに注意することがあったら教えていただけませんか」
「そうだな。まず毒が効かない」
それは想像がつくわね。理にかなっているわ。
「マンドレイクの毒で生き残ったとしたら、そうでしょうね」
「次に身体に見合わない筋力。魔獣自身の攻撃で牙や足が折れる。折れて逃げ出すこともない」
わからないのはそこよね。錬金術の材料としての秘めた力なのかしら。わかっている効果だけで考えると、毒で痛みを感じなければ常に全力を出し切れるのかもしれないわね。幻覚作用もあるという話だったわ。
「痛みや恐怖がマヒしているってことかしら? 狂っているとはそういうことですか」
「あとは死んでも襲ってくる」
すとーっぷ。ホラーじゃないのよ。仮に事実だとしたら、強いだの狂っているだのという前に話すべき特徴よね。
この人、ちょっと抜けてはいないかしら。
「ちょ。それは魔獣というよりゾンビじゃねぇの」
「さすがにそれは信じがたい話ですね」
「だろうな。頭を射抜こうが心臓を射抜こうが襲ってくるんだわ。動かなくなるまで射ちこむしかねぇ」
……たしかにそのような状況であれば、死んでも襲ってくるといえるかしら。いかに錬金術の材料とはいえ、食べるだけで不老不死の効果が出るとは思いがたいわね。もし出るとしたら錬金術自体が不要になっちゃうわよ。
話を整理し直すべきね。
まずは、魔獣をつくりだしているのがマンドレイクかもしれない、という推論の確立よ。
なぜ魔獣をつくろうとするのか…… 魔獣の特性は死んでも襲ってくること……
いや、違うわね。頭や心臓を射貫くことで、死んだと思っているだけよ。ゾンビのようなものだとしたら、もともと死んだ状態で襲ってきているのよね。生死はともかく、魔獣になった時点で、頭や心臓を使っていないと考えるべきだわ。
となると、頭や心臓に代わるものが必要よね。
「……食べられたマンドレイクが操っているとか?」
マンドレイク自身が歩けるのよ。つまりは魔獣の体内に根を張るとか、なんらかの方法で操れる可能性があるわ。
「遭遇時点で、獣としては既に死んでいるってことか。それはありえるな」
マンドレイクが操っているとすれば、身体の損傷を厭わない行動も理解できるわ。マンドレイクは噛み砕かれても魔獣をつくりだせるくらいだから、射貫かれても行動に支障がでない説明もつくわね。
それにしても…… わざわざ魔獣をつくらなくても自力で歩けるのよ。魔獣をつくる動機に欠けるわね。
「死体を苗床にするんじゃなくて操るのかしら。だとしたら、どうしてだろ」
「さらに苗床を増やしたいとか」
ふむ。魔獣になることで強力な力を操れるということね。
「動かなくなるまで死体を増やしてから苗床にすればいいってことか。考えるほどに怖い植物ね」
「まぁ全部妄想だけれどもな」
そうね。推論の辻褄は合ってきているわ。でも根拠はなにもないままよ。どれだけ考えても妄想にすぎないのよね。
「てかさ。そんなに強いんだったら、ここは制圧されて魔獣だけになってねぇか」
「増え続けているって感じではないな」
魔獣の強さから考えれば、この地における食物連鎖の頂点にいそうだわ。小屋に積まれていたマンドレイクの数から考えても、既に魔獣だらけになっているはずよね。となれば、魔獣が増えない要因があるはずよ。
「死体だとしたらすぐに腐って動けなくなるのかもしれないわ」
「なるほど。維持はできない強さか」
とりあえずは辻褄合わせの妄想でも、推論を確立しないと暫定対策も立てられないのよね。この辺りで対策の検討に移るべきかしら。
「推論通りだとしたら気絶とかも狙えないだろうから、確実に動けないようにしないといけないのね」
「今使っている獣避けの罠アイテムは気絶式だから無効ってことか」
「拘束式の罠アイテムでも併用しないとダメよね」
捕縛した後はどうすればいいのかしら。今の推論からすれば食用にする選択肢はないのよね。食べれば魔獣にされちゃうわ。しっかりと焼けば大丈夫という可能性はあるわね。
狩人さんは今までどうしていたのかしら。
「魔獣を倒したらどうしています?」
「倒したときには大量の矢でボロクズになっているからそのまま放置だな」
ですよねー。下手に近づくのも危険だし正解だと思うわ。
でもマンドレイクにとっては、きっと身体を動かせなくなっただけよね。植物としての機能は果たせると思うのよ。
「それが繁殖の一助になっているのかも知れませんね」
ボロクズになっても苗床として支障があるとは思えないわ。遺体を処分しないかぎりは、新たなマンドレイクを生み出す素になりそうよ。
「苗床の推測が当たっていればそうなるな。燃やすべきなのか」
「燃やしても、やばいガスとか出たりして」
「そりゃお手あげだぜ」
埋めても燃やしてもダメとなると死体処理に手間がかかりすぎるわね。
燃やす手がダメと決まったわけではないわ。でもそもそも、林での焼却は火災に至る危険度が高いのよね。
「野放し状態だと生息地域が広がってしまいますよねぇ」
そんな危険な生物が世界中に蔓延したら、生態系が無茶苦茶になっちゃうわ。どうにか対策を……
「いや。それがマンドレイクも魔獣も林からは出ないんだ。昔から」
「へ」
なによそれは。ここの土でしか生息できないとかなのかしら。
たしかに、これほどまでに危険な魔獣が、一般に認知されていないのは不思議だと思っていたのよ。
林の外に出ない確証があるのならば繁殖しても問題にはならないわ。林を封鎖すればいいだけの話よ。
「この林自体がおそらく真円になっている。いろいろと変なんだよな」
「林の外へ逃げれば追ってこないということですか」
こないとすれば、林から出ないのではなくて、出られないのかもしれないわ。
「あぁ。外から撃ち放題だから弓でも倒せているみたいなもんだ。中だと射抜いてもひるまずに寄るからな」
出られないと考えて間違いなさそうね。土の相性なんてレベルの話ではないわ。
「テリトリーが決まっているのかぁ。真円て人為的ぽいわよね…… 中心になにかある? それとも」
人為的ぽいぽいぽい。こんな不思議な現象を起こしそうな人の話があったような…… あ。
「マンドレイクを錬金術の材料として集めにくる人がいる。そう、おっしゃってましたよね」
「おぉ。それも昔かららしいぞ」
つながったわ。収穫のために繁殖させる仕組みをつくったと考えれば矛盾はないわね。
「その人か関係者がつくった、マンドレイク栽培地ではないのですか。この林は」
「意識したことはなかったな。私有地としての柵もねぇし」
昔からということであれば、地元の人たちからは忘れられているのかもしれないわね。
「地元では、危険だから近づくなと語り継がれている感じですか」
「そうそう」
やっぱりね。現地の人にとってはマンドレイク栽培の目的なんてどうでもいいことなのよ。正確に伝える意義がないのだわ。近づきさえしなければなんの問題も起きないのでしょうからね。
「代を重ねるうちに、危険な理由を伝えることが省かれちゃったのかしら。推論はできますね」
すべてが錬金術師の仕業だと考えれば簡単だわ。錬金術が絡む時点でどんなことでも辻褄は合うのよ。植物が歩くだなんて矛盾も含めて納得がいったわ。
「となると。ここはこのままでいいのかしら。柵と注意書きくらいは欲しいわねぇ」
あたしたちみたいに、なにも知らずに迷い込むと危険すぎるわ。
「今まではここに迷いこむやつなんていなかったからなぁ。途中で行動阻害の毒霧があるし」
「え? そんなのなかったですよ。濃い霧の妙な森ならありましたが」
厄介な進行阻害があったのはたしかね。霧で視界を塞がれたうえに自然に追い返される地形だったわ。アルフが呼ばれていなければ森を抜けられなかったかもしれないわね。でも偶然に抜けてくる人もいるとは思うわよ。
「ここからでも見えるぞ。林の向こうは霧がかかっているだろ」
やっぱりあたしたちが抜けてきた森ね。あの霧に行動阻害の効果なんてあったのかしら。
「ティアラの光で毒を無効化するから、ふつうの霧だと思っていたんじゃね」
「あぁ。知らない人が近づけない仕かけになってはいたのね」
それで遭遇時に狩人さんは驚いていたのね。ふつうの人ならば偶然にも抜けられないのだわ、きっと。
「勝手に浄化されるのも問題かもな」
「浄化されなかったら危険だったわよ。こういうこともあるって注意するしかないわね」
そもそも浄化されなかったら進めなかったわよ。そっちのほうが問題よね。あたしは森の破壊なんてしないわよ。
「反対側は村の柵があるから、注意も聞かずに入る人はいないと思う」
実質的な安全は確保されているみたいね。
「俺たちがさっさと出ていけば解決ってことだな」
「骨折り損だったわね」
「俺はおもしろかったけれどもな」
狩人さんにはおもしろかったのね。魔獣の謎を推論できただけでもお役には立てたのかしら。
「そうだな。おもしろかったからよかったことにしておこう」
「変な生物がいるって知識が得られたのはよかったわね。推論は推論のままでいいか」
立証するには錬金術師とやらが来るのを待たないといけないものね。
「昔からって話だから、無理に結論出さなくても大丈夫じゃね」
「被害者が出たって話は聞いてねぇな。俺も大丈夫だと思う」
錬金術かぁ。あの人は隠者になっていたから別の人よね。他にも結構いるのかしら。
錬金術が絡んでいるところはわかるようにしておいて欲しいわね。こっちが混乱しちゃうわよ。
「んじゃそろそろ行くか。また弓の練習をしたくなってきたな」
そうね。魔獣の活動範囲が林の中だけだとわかった以上、日が暮れる前に林を抜けておきたいわ。
弓は…… この旅では既に不要なのよ。マアマさんが狩ってくださるものね。
「旅が終わってからの楽しみでいいと思うわよ」
よいしょ。食休みにはちょうどいい謎解きだったかしら。
「おっと。ちょいと完成には早いが燻製肉を持っていくかい」
「ありがとうございます。でも肉は現地調達しているので大丈夫です」
それに狩人さんは肉を持ち帰るのも大変そうだし、なるべく置いてたほうがいいわよね。
「そうか。じゃぁ気をつけてな」
「兄ちゃんの弓は格好よかったぜ。またな」
アルフが燻製肉に執着しないのは意外ね。さすがに魔獣化の話の直後じゃ食欲も湧かないのかしら。
「お世話になりました。そちらも魔獣にお気をつけください」
あたしたちも、林を抜けるまではマンドレイクと魔獣に気を付けなきゃね。さぁ旅を再開よ。




