おまけ:隠すべきもの
平穏な山の麓の森ね。美しく静かだわ。これなら歩きづらくても気にならないわね。
ってぇ! 平穏だと思った端からなによ今の爆発音は。
「おぉ。なんだ。噴火か?」
あたしもそう思ったわ。遠くで爆発が起きたような音だったし、地響きがしたものね。
でも様子が違うみたいよ。
「びっくりしたわね。噴火なら遠くでも見えると思うわ。音も地響きも一瞬だし違うと思うわよ」
既に森は平穏さを取り戻しているわ。それに木々の隙間から遠方を見渡しても、煙らしきものは見えないのよね。
「んじゃ砲撃か? 森の中だし爆発するような施設なんてないよな」
ん~、たしかに巨大な砲だとしたら合点がいくわ。
見えない距離から地響きが届いているとなると、とんでもなく大きな砲よ。それにしては火の手もあがっていないし、平穏な森林を狙う意義があるとは思いがたいわ。おそらくは模擬弾ということよね。
「砲撃だとしたら演習かしら。戦争なんてもう何百年もないと教わったのにね」
有事への備えは必要よ。でもその術が軍事力だとは思えないのよね。火に油を注ぐだけだもの。
だからといって代替策を提示できるわけじゃないのよね。現状は仕方がないのかしら。
「マアマがいるから大丈夫とは思うけれどもやばそうだな」
そうよね。あたしたちはともかく、誰もが入れるような地域で演習なんてされたら危険だわ。
護りを重視される王様がそんなことを許されるわけはないし、やっぱり演習とは違うのかしら。
あら。今度は枝が折られて木の葉の散る音が…… 近くでなにかが地に落ちた音がしたわね。
さっきの砲撃で飛ばされてきたのかしら。よほど頑丈なものでなければ原形をとどめてはいなさそうね。
「もがー」
空耳かしら、人のような声が聞こえたわ。アルフじゃないわよね。
「ん? なんか落ちたほうから人の声がしたような」
よくあんな突然のひと声で方角までわかるものね。そういうところは感心するわ。
いやいや、感心している場合じゃないわよ。落ちたほうからですって。
「え。まさか人が飛ばされてきたの」
あの爆発音なら人が生きたまま飛んできただなんて思いがたいわよ。爆発音とは無関係なのかしら。
「あるいはここにいた人に当たったとか? 見に行ってみるか」
なるほどね。先に人が居た可能性を見落としていたわ。
近くとはいえ、森の中で人を探すのはむずかしいわね。声を出せるのなら呼びかけてみるべきかしら。
ん? きもっ! 地面から手足が生えて、ばたばたしているわ。なによこれ。
「おぉ。未確認生物発見」
未確認って、どうみても人の手足よ。……あぁ、そういうことね。
「これ。頭から地面に突っこんでいるぽくない?」
身体が地中に埋まるほどの衝撃を受けていてもこんなに元気だなんて、目の当たりにしていても信じがたいわ。
「ふつうそれ死ぬだろ。どんだけ硬い頭なんだよ」
頭が硬くてもふつうは死ぬと思うわよ。異常な光景過ぎるから理解するのに時間がかかっちゃったわ。
「とりあえずは元気にばたついているから引っこ抜いてみるわね」
えーと。これだけ元気なら力ずくで引っこ抜いても大丈夫よね。
足首を握って、大根みたいに引き抜けばいいのかしら。ほいっと。
あら。華奢な感じのおじいちゃんに見えるわよ。
冗談でしょ。こんな御老体で耐えられる衝撃ではなかったはずよ。それなのに、まるで無傷の様相だわ。
ちょ。なによその嬉しそうな顔と、両手を広げるジェスチャーは。嫌な予感がするわ。
「おー! これぞ運命の出会い。わが愛しの女神よ。誓いのベーゼを」
ぶ! まさか、逆さに吊られたまま、あたしにキスをしようとしているのかしら?
フンっ。
「さぁ行くわよ」
こうして元通りに埋めておけばいいわよね。あたしたちはなにも見ていないのよ。おじいちゃんなんて居なかったんだわ。
「もがー」
これだけ元気なら、いずれは自力で脱出できるわよ。脱出できないくらいに埋めてしまいたいくらいだわ。
「こえぇなお前。頭蓋が砕けるとか首の骨が折れるとか思わないのか。じいさんだぞ」
変質者に年齢は関係ないわ。乙女に手を出そうとしたのよ。
それにこれくらいで死ぬなら、見つける前に死んでいるわ。
「埋まっていた穴に戻してあげただけよ」
埋まっていたのはあたしのせいじゃないわ。それに埋めておくべきものよね。
そもそも、あたしが襲われかけたのよ。変質者よりも先に、あたしのことを心配すべきよね。アルフはそういうところが無神経なのよ。
って、アルフが付いてきていないわ。変質者の前にしゃがみこんじゃったわね。でも、あんたの力じゃ引き抜けないと思うわよ。
なにをする気なのかしら。手を合わせて…… まさか冥福を祈っているの?
「じゃぁせめて墓標でも」
「縁起でもないことを言わないでよ。わかったわ。助ければいいのよね」
あたしだって殺す気はないわよ。とはいえ助ける気にもならないのよね。引っこ抜いたらまた襲ってくるかもしれないわ。
近くに草むらがあるわね。引っこ抜いたら即座に草むらへ投げ捨てればいいのかしら。ほいっと。
「おちち。照れ屋な女神じゃの。誰もおらんのじゃから…… て、なんじゃ男つきか」
アルフを見たら途端にテンションを下げたわね。失礼だわ。アルフのお陰で助けられたようなものなのよ。
「なにがあったのか知らないけれども気をつけろよ。砲弾に吹き飛ばされたのか? よく生きていたもんだ」
優しいわねアルフったら。変質者に構う必要なんてないわよ。
「砲弾? なんのことじゃ。ワシは新型罠アイテムの研究開発中で…… オーマイガー! 失敗じゃ!」
なにをしていたのかを思い出したのかしら。悲嘆に暮れているみたいね。
それにしても新型罠アイテムの研究開発ですって。この変質者が罠アイテムの研究者だとでもいう気かしら。信憑性が皆無だわ。
「おぉう。竜人様だったらそこにいるぞ」
「オーマイガー!」
悲嘆が驚嘆に変わったみたいね。どちらにせよ救いにはならないと思うわ。
「なに遊んでいるのよ。さっさと行きましょ」
アルフの人なつこさは、おかしな人に対しても同等なのが問題よね。変質者の影響なんて受けさせるわけにはいかないし、担いででも連れていくべきかしら。
「このじいさんがさ。ガルマさんに用があるみたいでさ」
「ないわ!」
あら。叫んだ直後に青くなって縮こまったわ。今頃になってから変質者としての行為を自覚したのかしら。
「いえ、ありませんのじゃ」
あぁ、ガルマさんの前であることを一瞬忘れてつっこんじゃったのね。発言が無礼に当たると思って委縮しただけなんだわ。
「そか。んじゃ俺らは行くぜ。あんまり危ないはことすんなよ」
「あ……」
やっとアルフがきたわ。変質者がまだなにかを言いたそうにしていることは伝えなくてもいいわよね。
「なんなのよ。あのおじいちゃんは。手当たり次第なの? あんな人はいなくなればいいのに」
「そこまで怒るようなもんなのか。求愛行動なんて人それぞれだろ」
そこまで、ですって? あたしにとってはファーストキスを奪われかねなかったのよ。それを怒らずしていられるわけがないわ。
そのくらいはアルフも察して当然よね。あたしのことをなんだと思っているのかしら。
「あんなの愛じゃないわ。けだものよ。初対面でいきなりなんて、ありえないわ」
愛ならまずは相手の気持ちを確かめるわよ。さっきのは欲望だけであることがまるわかりだわ。
「初対面がダメか。だったら次に会ったときはいいのか」
ハァ。初対面でいきなりがどうしてダメなのかすらもわからないのね。アルフを相手に言ってもムダかしら。
「もう二度と会わないわよ」
そうよ、もう会わないのだし忘れてしまったほうがいいわ。思い出しても不快になるだけだものね。
「そうかな。この先から、さっきのじいさんの声が聞こえる気がするんだよな」
「へ。気のせいよね……」
あたしには聞こえないわ。耳が拒否しているのかしら。目まで拒否しだしたら襲われたときに困るわね。
そもそも後方に置いてきたのよ。前方に居るわけがないわ。
荒れ地に出たわよ。森の中に広い荒れ地があるのね。災害でもあったのかしら。
小さな工場のような施設があちこちに建っているのが見えるわ。でも町や村ではなさそうね。
ぶ。施設間を走り回っているのは、さっきの変質者に見えるわよ。
……まさかこれも、あたしが乗り越えるべき困難だとでもいうのかしら。もしそうだとしたら、力ずくで排除すればいいのよね?
あ。またアルフが近づいていったわ。……とりあえずは任せようかしら。
「ようじいさん。おいてきたのに、なんでここにいるんだ」
「瞬間帰還器で飛んだのじゃ。おんしらこそワシの研究所に何用だ? ま、まさか竜人様の怒りか」
瞬間帰還器ですって。とても町には見えないわよ。いや、研究所と言っていたわね。
ただの研究所に拠点を置いてもらえるだなんて、国に認められた研究施設ということなのかしら。そもそも拠点を置くなら警備も前提になるという話だったわ。でも警備兵どころか、変質者以外には誰も見当たらないわよ。
「いや。たまたま通りがかっただけだ。じいさんの研究所に拠点があるのかよ。すげぇな」
「おうともよ。罠アイテム開発の重要拠点じゃ」
……拠点を備えた研究施設ともなれば信憑性も湧くかしら。最新の罠アイテムを活用しているとすれば警備兵が居ないことにも納得がいくわね。でもこの変質者が研究なんて言葉を口にしてもやっぱり信憑性がないわ。
「罠アイテム? さっきも言っていたな。色事の研究じゃないのか」
やっぱりアルフですらそう思うわよね。
「あいにくと課題が山積みでのぉ。そっちの研究までは手が回らんのじゃ」
ふむ。変質者でも、研究者としての仕事はしているということなのかしら。
いやいや。罠アイテムは世界中の人々を助けているのよ。それをこんな変質者が研究開発していただなんて信じがたいわ。
「重要拠点と言う割りに、じいさん以外には人が見当たらないんだが」
あ、そうよね。共同研究している方が優れていれば罠アイテムの研究開発も可能なのかしら。
「今どきの若いもんは軟弱での。数キロメートル吹っ飛ばされただけで、すぐに逃げ出しおるのじゃ」
見当たらないだけじゃなくて、本当に居ないのね。
「数キロメートル? そりゃ逃げ出す以前に死人が出るだろ」
そういえば、変質者も頭から落ちたような埋まり方をしていたのよね。それでも無傷だったわ。どういうことなのかしら。
「この森には緩衝フィールドを展開しておるのじゃ。強い衝撃ほど軽減するから怪我することもあるまい」
へぇ。緩衝フィールドとやらの凄さは変質者の埋まり方で目の当たりにしたわ。となると信じざるをえないのかしら。
「いや。強い衝撃を吸収するのに数キロメートル吹っ飛ぶって。やばすぎだろ」
「あぁ。緩衝するのは衝撃のみじゃからな。押し飛ばされはするのじゃ」
謎が解けたのはよかったわ。でもあたしはさっさと旅を再開したいのよね。
それに罠アイテムの研究者だと認めるとしても、変質者であることに変わりはないわ。
「殴られても緩衝するからって、セクハラしまくって皆逃げたんだと思うわよ」
「ごほん。まぁスキンシップを誤解する者もおるにはおったかな」
色欲丸出しで相手を不快にすることがスキンシップだとはよくも言えたものね。
「ひとりも残ってねぇってことは。女しか雇っていなかったのか」
「当然じ…… ごほんごほん。たまたま才能のある者が女性ばかりであったのじゃ」
認めたわね。そんなことだと思っていたわよ。
「ベルタがいうとおりのじいさんだったみたいだな」
「そうよね。さっさと行きましょ」
ここに長居していたら、あたしの怒りがマアマさんに伝わって施設ごと破壊しかねないわ。罠アイテムの研究開発が本当だとしたらまずいわよね。それになにより、変質者の相手をし続けることが不快なのよ。
「随分と嫌われたもんじゃな。ワシは仲よくしたいだけじゃのに」
変質者と仲よくなんてしたくないわ。
「押してもダメだったら引いてみろってな。女から寄ってくるように頑張ればいいんじゃね」
ちょ。アルフったらまた相手をしているわ。しかも変質者に助言をしてどうするのよ。
「金目当てで寄ってくる女なら大勢おるぞ。じゃが、そういうのは好かんのじゃ」
色目当てと金目当てでまさにお似合いだわ。それを好かないだなんて矛盾しているわよ。
「女のほうも、色目当てで寄ってくる男は好かないんじゃねぇの」
「おおう。そういうことかぁああ。金と色をおきかえると納得できるぞ。おんし若いのに達観しとるな」
……達観もなにも、当たり前のことよね。そんなことすらわからない頭で研究開発ができるのは謎だわ。
頭が悪いだけで、意図的にセクハラをしているわけではないのかもしれないわね。
「ベルタも許してやれよ。罠アイテムには世話になっているんだしさ。じいさんは反省しているぜ」
「そうね。本当に反省しているのならね。でも半径1メートル以内には近づかないでよ。不安で仕方がないわ」
故意ではないにしてもセクハラをしている事実に変わりはないのよね。おいそれとは近づけないわ。
「拒絶されるといっそうそそるのぉ。っと言うのもいかんのか。反省反省じゃ」
ほら。言った端からこれよ。
「全然反省しているようには見えないわ」
「この年まで染みついているクセだったら簡単には抜けないんじゃね」
抜けないのなら危険なままだわ。なにも変わらないわよ。許す要素がないわ。
「すまんのじゃマイハニー。ワシにいっときの時間をくれい」
「ダメそうね。馬鹿にされている気がするわ」
まずは人として、反省の仕方から勉強しないとお話にならないわね。
「ワシは真剣なんじゃが詫びるのもむずかしいのぉ。そうじゃ。ワシが近づけぬなら王都で馳走しよう」
ようやくまともな言葉になったわ。とはいえ受けいれられない提案なのよね。
「王都はダメよ」
「へ。なんでじゃ。可愛い娘が大勢…… おっとと。無意識に口走るのは、どう自制したものかのぉ」
なるほど。無意識に口走るのね。根が深そうだわ。
「ガルマさんやベルタが王都に入ると王様が飛んでくるんだ。王様に迷惑をかけたくないんだと」
「あぁ。以前にそんな話を聞いたな。あれは、おんしらじゃったか。大丈夫じゃ、王には先に伝える」
「へ」
まるで王様と交流があるみたいな話ぶりね。
施設のひとつへ向かいだしたわ。王様への通信設備でもあるのかしら。
でも罠アイテムの研究者なら、通信設備も携帯化できそうなものよね。
「あのじいさんも王様と知り合いなのか」
「そうは見えないわねぇ。でもこんな拠点を任されているのならありえるのかしら」
戻ってきたわ。なにかを持ってきたわね。王都への瞬間帰還器かしら。
「近衛兵から王に伝えておいたのじゃ。馳走するだけじゃから王もノーム様も挨拶不要とな」
「あーん。ノーム様にはお会いしたかったな。でもお仕事邪魔しちゃダメよね」
お詫びというのならば食事よりもノーム様に会わせてほしかったわ。でもあたしの心をマアマさんが読んで、本当にノーム様を呼び出しかねないから、きちんと言葉で否定しておかなきゃね。
「じいさんすげぇな。王様と面識あるのか」
「あいつがガキのころからよく知っておるよ。うちは代々王家に仕える研究職なんじゃ」
「そんな家柄なのに、どうしてそんなに品がないのですか……」
想像よりもさらに王様と親しそうだわ。でもあの尊敬に値する王様に仕える者とはみなしがたいのよね。
「うーむ。知識は学んだのじゃが品位は学んでおらぬからかな」
「あの王様に仕えているんだったらこんなもんじゃね。馬車の中で暴れるくらいだし」
「たしかに品位よりは実力を取ると思うわ。でもねぇ」
言われてみれば王様の品位も問われると答えがたいわ。とはいえ馬車の件は、竜人様であられるガルマさんへの対応を急いでおられたのよ。仕方がないわよね。
「そろそろ準備も整うじゃろう。参りましょうかの。飛ばしますぞ」
飛ばすと言ったわね。同行者を飛ばせない制限を外した瞬間帰還器ということなのかしら。そんなものが使えるとしたら、やっぱり本当に罠アイテムの研究者みたいね。
着いたわ。たしかに王都の町並みと、見覚えのある馬車…… これって王様が乗られていた馬車よ。それがどうして拠点にあるのかしら。
「ここからは、この馬車を使ってくだされ」
「ぶ。町なかで馬車なんか使うのかよ。歩けばいいだろ」
町の外だとしても、この馬車はないわ。王様の乗り物なのよ。
「片づけてもらった刺客にはワシも狙われておりましてな。そのときの名残ですじゃ」
あぁ、関係者を刺客から護る手段としても使っていた馬車なのね。
「まぁいいけれども。すげぇ場違いな気がするな」
「最初に見たときは呆れたわ。まさかその馬車に自分が乗ることになるとはね」
ここで騒いでいても見世物にしかならないわ。さっさと乗り込んでいくわよ。
さすがに親父の荷馬車とはまったく別物ね。外を見ていないと進んでいるのかどうかもわからない静かさわ。
やっぱり王都の町並みはほかの町とは別世界の様相ね。ここで生まれ育った者ならば、ほかの町での生活はむずかしそうだと思わせるわ。
「あれ。町を出ちまったぞ。町の外に飯屋があるのか」
「いや。店じゃなく、うちの者に準備をさせておりますじゃ」
「じいさんの家か。ベルタが切れそうなものがなければいいけれども」
これまでの言動からすれば、ないわけがないわよね。
「いかがわしいものが見えたら入らないわよ」
「残念ながらワシの趣味に合う品は持ちこめんのじゃ」
「自宅なのに持ちこめないのか? あぁ家族の目とかか。そんなのを気にするタイプには見えないけれども」
「品物はないが、本物がいっぱいおるから問題はないのじゃ」
本物ですって? それは――
なによ、急に馬車の走る音が変わったわ。舗装された道から木の板に変わったような音かしら。それも地面に埋めずに浮かせているかのような響き方だわ。
一体どこを…… 大きな掘を渡っているところね。そして今くぐったのは…… 城門?
「え。ここお城よね」
「じゃから王に仕えておると言ったじゃろ。ワシはここに住んでおる」
「げ。俺、堅苦しいのは嫌だぞ」
「ワシだって嫌じゃ。ワシの区画では誰の尻を触っても文句は言われぬから安心せい」
尻ですって? 本物がいっぱいというのはそういうことなのかしら。
「言わないわけがないでしょ」
「すまぬ、また失言じゃ。マナーなんぞは気にせんでいいということじゃ」
馬車が止まったわ。降りる前に周囲の様子を確認しないと不安で仕方がないわね。
案の定、大勢のメイドさんが待機しているわ。……というかメイドさんしか見えないわよ。
「男がいねー」
「ここにおるじゃろ」
ハァ。いかがわしいものが見当たらないだけマシなのかしら。降りても問題はなさそうね。
「王都は食材も最高なんだよな。ノーム様ばんざいってな」
「ここにいらっしゃるのよね。お近くに寄れただけでも満足しなきゃね」
ノーム様のおそばだと思うと気分もよくなるわ。少しは食事も楽しめそうかしら。
食堂までは結構歩くのね。研究成果らしきものが大量に陳列されているわ。あら。封術紙まで陳列されているわよ。
「封術紙は罠アイテムではないですよね。魔法も研究されているのですか」
「ほぉ。封術紙を知っておるのか。封術紙は罠アイテムの祖というべき発明じゃな」
祖ねぇ。見た目も用途もまったく違うわよ。
「封術紙と罠アイテムに関係があるようには見えませんが」
「封術紙の保護は完璧じゃ。どんな魔法も安全に発動できる。だが発動したあとの魔法は脅威なのじゃ」
「どんな魔法でも封じられる便利さが仇ということですね」
「うむ。そこで特定の魔法を封じてから配布する魔アイテムを開発したのじゃ」
「瞬間帰還器とかですよね」
あ。驚いているみたいよ。これは内緒の話だったわ。つい口にしちゃったわね。
「秘匿情報も知っておるのじゃな。なら話しても問題なかろう。罠アイテムも魔アイテムのひとつじゃ」
「なるほど。そうであろうって気はしていました」
魔法でも使っていなければありえないような便利さだものね。
「魔法を秘匿しておる以上、おおっぴらに魔アイテムとは言えぬしな。それに魔法を使わぬものも含む」
「魔法を含めた混成装置ですか。道理で便利なわけですね」
魔アイテムや封術紙までがこの変質…… もとい、おじいさんの一族の功績だったとは驚きよ。変質者とはいえ、変質者呼ばわりはやめておくべきかしら。
「じゃろじゃろ? 頑張って研究しとるんじゃ。今は大型獣や銃のような強力な力への対応が課題じゃ」
「あぁ。強力な力に耐えられるかを試して吹っ飛ばされたのか」
なるほど。砲撃で飛んできたわけじゃなくて、罠アイテムで衝撃に耐えようとして飛ばされたのね。
たしかに、あの威力を無効化できたならば銃や大型獣にも余裕で対応できそうだわ。
「そうじゃ。小型軽量の罠アイテムで大きな力に対抗するのは難儀でな。やりがいもあるんじゃが」
「大きな力なんて、上をみたらキリがねぇしな」
上、ね。ガルマさんやマアマさんの力を知っていれば、キリがないとしかいいようがないわよ。
でもきっと、研究者であるおじいさんには際限なくうえを要求されるのだわ。
「一般人が遭遇する可能性が高い力への対応が目標じゃ」
「王様に仕えているだけのことはありますね。品がなくても人々を護ることが目的なのですね」
口先ではまともになってきたわ。でも品のなさは抑えきれないみたいね……
「品位も学ぶから、もう責めるのは勘弁してほしいぞ」
「そういやベルタにしては妙に絡み続けるな」
これも無意識にやっているのかしら。アルフにも見えているはずよね。気にならないのかしら。
「だってメイドさんのお尻を触りながら言っているのよ」
言動不一致にもほどがあるわ。さすがに許容できる光景じゃないわよ。
「なんと。無意識に触っておったのじゃ」
うそではなさそうね。驚いて慌てて手を引っ込めたように見えるわ。もしかして、意識を失うと勝手に手がいかがわしい行為に及ぶのかしら。
「おんしら、今後ワシが触ろうとしたら避けて注意してくれ」
「かしこまりました」
メイドさんは終始澄ました表情ね。感情が読めないわ。
「メイドさんは嫌じゃなかったのか」
「親愛の表現以上のことはなさりませんので特には」
ふーむ。本心なのか、主をかばっているのかがわからないわ。無表情は職業スキルなのかしら。
「よかったなじいさん」
「本心ならね」
「立場上は言えぬか。ワシのほうから気をつけねばならんのじゃな」
落ち込んだわね。
あら。メイドさんが1歩前に出て1礼したわ。
「ひとこと申しあげます。御主人様の研究はわれわれを救っております。その一助になれたなら光栄に思います」
表情が出たわ。おじいさんに対して微笑みかけているわね。とても優しい笑顔よ。
「俺には本心に見えるぞ。でなきゃ黙っていればいいところだし」
「そうね。おじいさんも身を挺して研究しているわけだし。事情を知っている人なら気持ちもわかるわ」
変質的な行為とはいえ、理解者へのスキンシップならばあたしにも認められるわよ。それでも人前でやることではないと思うのよね。
「ありがとよ。相手の気持ちで考えねばじゃな。罠アイテムの仕様設計と同じじゃ」
罠アイテムの仕様設計時には相手の気持ちを考えていたのね。たしかによくできているわ。どうしてそれが女性に対しては思い至らなかったのかしら。
「そうそう。瞬間帰還器なんかも花摘み中は実質的に使えないから緊急避難できないしな」
「おぉ! それは盲点じゃった。至急対策を考えねばじゃな。隠蔽機能を付加すべきか」
え、なに。突然に雰囲気が盛り上がったわよ。えーと…… 花摘み中の緊急避難?
「出てくるものは、においまで隠さないとな」
「それは出口を塞がないと根本的な――」
「なにを言いだすのよ! 乙女の前でそういう話をする性格をなおしなさい!」
話の内容が具体的すぎてグロいわ。
「えー。乙女の意見も反映すべきだろ」
「黙って察しなさい」
デリカシーってどう教えればいいのかしら。アルフは無頓着すぎるわ。
「たしかに食事を前にしてする話ではなかったのじゃ。まずは食ってくれ」
「おう。ノーム様の恵み。待っていたぜい」
「こういうときはあんたもいいことを言うわ。まさに至福よね」
わお。たしかにマナー要らずね。おじいさんが率先してがっついて食べているわ。これなら王城でも気がねなく食事ができるわよ。
ん~、おいしいわ。王城だけあって、食材も味つけも王都の宿を上まわっているわね。ノーム様の恵みを最大限に享受しているかのようよ。
「ごちそうさま! まさにごちそうだったな。んじゃさっきの話の続きだけれども」
「お茶飲んでるのよ! それに察しろって言ったわよね」
最高の余韻にひたっているのに、いきなりぶち壊そうとしないでよ。
「えー。お前ら乙女のための話なのにな」
今ここでするような話ではないってことよ。
「大丈夫じゃ。おんしのような意見があることがわかったんじゃ。国民から意見を集ってみるわい」
「それはいい手だな」
「あたしもすばらしいと思います」
完成度が高いとはいえ改良の余地はあるのよね。より多くの民から意見を募るべきだわ。
「俺からもうひとつ。通信設備の携帯化はできないのか」
「それは幾度も議題にのぼっておるな。じゃが利便性よりも悪用のリスクが高くて実用化にいたっておらぬ」
「悪用を封じる方法が先に必要か。なるほどなぁ。便利だからつくるってわけにはいかないんだな」
ふむ。ありそうでないものについては、護りを重視した結果として採用されなかったものがあるのね。中途半端に不便さが残っている理由もわかってきたわ。
護りを重視というのは思っていたよりも影響範囲が広くてむずかしいことみたいね。
おっと、おじいさんがこっちを向いているわ。今回はいかがわしいことを考えているわけではなさそうな顔つきよ。
「ところで。ハニー、じゃなくてベルタちゃんがまとう光はどういう仕組みじゃ? 応用したいのじゃが」
研究者らしい問いかけね。そういう話なら喜んで応じるわ。
「これはウンディーネ様のティアラの光です」
「つけ加えるとベルタの命が燃料だ」
「変な言い方しないでよ。生命力ね」
「ひょえ。ノーム様に並ぶ力となれば応用のしようがないのぉ」
あら、落ち込んじゃったわ。これほどの研究者でも、ウンディーネ様のお力の応用はさすがに無理なのね。
「おまけにベルタ以外が使うと殺人光になるらしいぜ」
「どうしてそう茶化して言うのかしら」
「それは生命力が燃料であれば想像はできるのじゃ。ワシが知りたいのはエネルギー転移の仕組みじゃ」
想像できるんだわ。やっぱり頭が悪いわけじゃないわよね。研究対象以外には頭が働かないということかしら。
「転移? ベルタの命で発光しているんだから転化じゃねぇの」
「あんた、そんな言葉は知っているのね」
あたしが読んであげた本には書かれていなかった言葉だと思うわ。あたし自身にも覚えがない言葉だものね。
「いや。移るんじゃなくて化けるから転化って表現がいいかなぁと。適当に言葉をつくってみた」
勝手につくらないでよね。言葉というのは…… そういえば言葉って誰がつくるのかしら。
「転化の後じゃな。ベルタちゃんの周囲に発光空間をつくっておる。つまり空間内に光を転移させておる」
あぁ。前に不思議に思ったまま答えが出なかった件ね。光が透過するしない以前に転移していたのだわ。ちょっと見ただけでわかるだなんて凄いわね。
「おぉ。転化で通じている」
「そういうことだったんですか。ティアラを隠しても照らすし、影ができないので変だと思っていました」
謎がひとつ解けて少しすっきりしたわ。
「罠アイテムに応用できれば飛躍的に性能改善できるのじゃが。研究課題追加じゃな」
「あ。範囲ということであれば。これ虫除けの魔アイテムですが参考になりますか?」
「ほぅ……」
測定器なのかしら。なにかを測っているように見えるわね。
「見事なできではあるが仕組みとしては拡散しておるだけじゃな」
「やっぱりウンディーネ様がつくられるものは別格なのね」
「じゃな。まぁ研究する楽しみが増えたと思っておくのじゃ」
諦めもいいわね。貸せとも協力しろとも言わないわよ。能力的にも人格的にも優れた人物なのかもしれないわ。でも致命的なまでに品がないのよね。
さて、お茶も終えたし研究施設に戻るわよ。
「世話になったのじゃ。埋もれていたのを助けてもらったうえに助言までもらえるとはな」
「こっちは罠アイテムには世話になりっぱなしなんだ。これからも頼むぜ」
そうね。間接的にはずっとこの方に助けられてきたのよ。
「第一印象が最悪でしたが。今までの功績と、今後の改善の意志は尊重します。お達者で」
これまでの恩を考えれば、今回の品のない行為については目をつむるべきよね。変わろうともしているわけだし。
「そうそう。王都に入っただけで出迎えては迷惑じゃと王には言っておいたぞ。今後は気がね無用じゃ」
「おぉ。そいつは助かるぜ。飯のまずい町だったら王都で口なおしだな」
「こちらが迷惑というわけではないのですが。お気遣いには感謝します」
結果としては有意義な出会いだったのかしら。少なくとも気は晴れたわ。さぁ旅を再開よ。




