おまけ:噂は届くよどこまでも
これまた深い森ね。真昼なのに薄暗いわ。生い茂った木々が陽光を遮っているからよ。人が踏み入ったことなどない、と言わんばかりの様相ね。
それだけに、人影があることにはものすごい違和感があるわ。
「なにかずっとついてくる人たちがいるみたいよ」
こんなところにまでついてくるだなんて、明らかになにかを企んでいるわよね。
「たまたま行き先が一緒なんじゃねぇの」
たまたまでとおるようなところじゃないわよ。
「こんな人が来ないような森の中で? 距離を維持しながら? ありえないと思うわ」
おそらくは町から、一定の距離を保ちながらついてきている集団なのよね。街道では目立たなかったわ。でも、森に入ってからは違和感が半端ないのよ。
気づかれてはいないつもりなのかしら。足を止めても近づいてはこないわね。
「じゃあお前のファンとか?」
しらけるボケをかまさないでよね。あたしのファンってどこから湧いてくるのよ。
「あぁ。ガルマさんと関わりたい人ならいるかもか」
ガルマさんの追っかけならありえるわね。
やっと歩きやすそうな草地に出たわ。と思いきや狭い範囲だけね。
「捕らえたぞベルタ」
「へ」
ついてきた人たちかしら。捕らえられたような感覚はないわよ。
ん。今、呼んだのはあたしの名よね。あたしはこの声に聞き覚えがないわよ。
「これは魔法封じの結界。瞬間帰還器を含め、一切の魔法は使えない。逃げることすらかなわぬぞ」
捕らえたというのは、魔法を封じたという意味なのね。それは無意味だわ。マアマさんの力は魔法じゃないものね。行動には一切の影響を受けないはずだわ。
魔法を使われるのはガルマさんくらいよ。それもおそらくは力を抑えるためなのよね。瞬間帰還器を封じるだなんて、あんたたちの自殺行為に等しいわ。
それはさておき、まさかこれもアルフの言うとおりだなんてね。
「ハァ。ガルマさんじゃなくて、あたしなのですか」
でもファンとは思えないわ。ティアラ狙いの賊かしらね。
「ガルマ? あぁ。竜人と噂の者か。竜人が人と旅などするわけがない。見た目を扮したところでわれらには通じぬ」
あはは。そう思いたい気持ちは察しますよ。
「あぁおっしゃっていますが」
「人とはそういうものだ」
現実離れした現実なんて受けいれられないものよね。当事者であるあたしですらも理解しがたい状況なのよ。
「愚かにもほどがある。本物であればわれらを倒すのも容易であろう。偽者だったらわれらの正体すらわかるまい」
ガルマさんを挑発するだなんてムダだわ。あんたたちごときを相手にはされないわよ。
「あぁおっしゃっていますが」
「正体は隣国の盗賊だな。依頼主は――」
「な、なんだと。少しはやるようだな」
ぶ。ガルマさんが応じられたわ。王様すらをも無視されるようなお方なのによ。
「ガルマさん? まさか力を使われたのですか。挑発に乗ったりしませんよね」
ガルマさんが力を使われるのはまずいわ。魔法を封じられたことが気に障られたのかしら。意図を確認して、どうにか抑えていただかねばならないわね。
「マアマが教えたのだ。無視されて不機嫌のようだ」
く。マアマさんが不機嫌になるのもまずいわ。
爆弾ふたつを突かれている気分ね。
「ちょ。マアマさん。きっとすぐに出番がくるでしょうから落ちついて」
「あい」
マアマさんの姿は人から見えないのよ。無視されたからと機嫌を損ねられていてはあたしの身がもたないわ。
「でもどうしてガルマさんにだけ教えるの」
「あはははは」
あら。笑われたわ。これなら大丈夫みたいね。不機嫌とおっしゃるから焦ったわ。
「どうせ、そのほうがおもしろいと思っただけだろ」
そんなところよね。あたしにはおもしろさのツボがわからないわ。
「ハァ。まぁ盗賊の正体なんて、どうでもいいわね」
ただ、マアマさんがなにをおもしろいと思われたのかだけは気にかかるわ。賊に襲われることは既に珍しくもないことなのによ。
「ふん。この国では恐れられているだけのことはあるようだ。が、われらの敵ではない。おとなしく降伏しろ」
うーん。結界がどうのと言っているから、既に手を出してきているとはいえるのかしら。でも実質的に影響が出ていないのに捕らえるべきなのかは悩ましいわね。
「あぁおっしゃっているわ。どうする?」
「口先だけみたいだし。無視でいいんじゃね」
ふむ。威嚇するだけで襲ってはこないのなら相手をする理由もないかしら。なら無視していくわよ。
「そうね。でもどうして、あたしなのよ。アルフの言うことはよく当たるわ。でも、ファンには見えないわよ」
「ちゃんとファンらしく追っかけしているじゃん」
言われてみれば近いかもしれないわね。
いやいや。さすがにファンなら法は犯さないわよ。……おそらく。
「こらまて。捕らえたと言っただろう」
だからなによ。捕らえた相手に、まてなんてセリフを吐く時点で矛盾を感じなさいよね。
「ふつうに歩けますが」
おっと、無視するんだったわ。答えてあげる必要もなかったわね。
「ち。身柄を拘束せねばわからぬか」
あら。襲う気もあったのね。それならお相手せざるをえないかしら。
「おぉ。いっぱい出てきた」
追ってきた人たちだけじゃないのね。四方から人影が現れたわ。
先回りして結界を仕かけていたのかしら。
「グールを食い殺す化け物と聞いていたが。ただの小娘ではないか。噂とはあてにならんものだ」
……今、聞き捨てならないセリフを吐いたわよね。
「へ。噂? グールを食い殺す化け物? 小娘? ……それってまさか」
あたしが化け物だという噂が流れているということかしら。冗談じゃな――
「ベ、ベルタ。相手にすんな。ガルマさんのことも変装だと思っている連中なんだ。ただの勘違いだよ」
む。アルフったらなにを慌てているのよ。
まぁ、こいつらの言葉を真に受けるなという意図はわかるわ。
「うーん。そうよね。あたしはグールなんて食べたことがないし」
アルフの言うとおり、ただの勘違いかしら。それにしても酷い勘違いよね。噂の化け物とあたしを間違えるだなんてありえないわ。
「やはりデマか。だが装備の価値は本物のようだ。これまでは運がよかったようだが終わりだ」
あなたたちの運は最悪だったみたいね。いや、これから更生できるのだから、よかったのかしら。まぁどちらにせよ終わりなのはたしかよ。
「さっきから捕らえただの、降伏しろだの、終わりだのと口先ばかりだな。びびっているのか」
あら。アルフが挑発を始めたわ。いつもは見ているだけなのにどうしたのかしら。
「こ、子どもふたりと、虚仮威しに扮する程度の者にびびるわけがないだろう」
あたしにもびびっているように見えるわよ。
「どもっているぞ」
「うるさい」
考えてみればあたしも変わったわ。これだけの賊に囲まれてもなんとも思わないのよ。本当に慣れって怖いわ。これも驕りなのかしら。
「いつまで、にらめっこする気なんだ」
本当にね。時間は有効に使いたいわ。
……ちょうど食事くらいならできそうな草地だし、今のうちに食べておくべきかしら。
「お前たち。われらに囲まれていることを理解できぬのか。勝ち目などないぞ」
囲んでからも結局は口だけなのね。食事に決定だわ。
深い森だけあって鳥の声も賑やかよ。焼き鳥に決定するわ。マアマさんよろしくお願いしますね。ほいっと。
「本気でそう思うんだったらさっさと…… おぉ?」
あはは。アルフの目の前に降らせたのね。
ちょうどいいわ。アルフがいらついているのも、どうせ空腹が原因なのよ。
「長引きそうだしね。軽く食事でもとっておきましょ」
食べていればその内に襲ってくるわよ。食事をしながらでもマアマさんを振ることくらいは造作もないわ。
「気が利くな。ベルタも慣れてきたみたいだな。これだったらずっと、にらめっこしていてもいいかも」
あたしはごめんよ。こんなところでムダに潰す時間はないわ。だからまだ早いのに食事の時間をずらしたのよ。
「き、貴様ら。なにをしている」
見てもわからないのかしら。なら言ってもわからないわよね。百聞は一見にしかずよ。
「へ。飯だよ。お前らの分はねぇぞ」
わざわざ説明してあげるだなんて優しいわ。苛立ちが吹き飛んだみたいね。アルフは上機嫌だわ。
「あぁ食った。大満足。でもさ。こいつらに付き合う必要あんのか?」
結局は食べ終わるまでに襲ってこなかったわね。なにをしに来たのかしら。隙をうかがっているとしたら食事中を逃す手はないはずよ。
「そうねぇ。食休みしても動かないようなら無視していきますか」
食事の時間をずらしてまで付き合ってあげたのよ。これ以上は構っていられないわ。
「それだとマアマが納得しないんじゃね」
あぁ。あとで出番があるはずだと、なだめていたのよね。
「うーん。マアマさんが勝手に手を出したとしても、かばいたくなる相手じゃないのよね。お任せかしら」
「おっけー」
マアマさんの機嫌がなおっているなら任せても大丈夫よね。盗賊が多少酷い目に遭ったところで気にする問題ではないわ。周囲ごとを吹き飛ばすような懸念がなければいいのよ。
「今までで一番えぐい結果になりそうだな。盗賊相手に同情しそうだわ」
あはは。不安をあおらないでよね。マアマさんは挑発に乗りかねないのよ。大物狙いにもこだわっていたものね。えぐいことを考えかねないわ。
「心配しなくても手を出してくるわよ。仕かけまでつくっておいて手ぶらで引きあげはしないと思うわ」
もし手を出してこなかったときは……
マアマさんの考えるえぐいお仕置きってどんなのかしら。想像がつかないわ。見たくはないわね。
「手を出したほうがお互いにいい結果になるっていうのも変だけれども。びびっているみたいだが動けるのかね」
動かないとどうなっても知らないわよ。マアマさんが勝手にやるんだからあたしのせいじゃないわ。
「われらと一緒にきてもらおうか」
あら。自信ありげに笑みを浮かべて近づいてきたわね。またなにかを勘違いしたのかしら。
「お断りします」
今度こそ動きそうね。あんたたちにとって最悪の事態は避けられそうだわ。
「実力行使しかないか。やれ」
だ、そうですよマアマさん。ほいっと。
打合せどおりに牢で捕縛してくださったみたいね。あとは王都にまかせるわ。
「結局あいつらはなんだったんだ」
気にしなくてもいいと思うわよ。どうせティアラを狙ってきただけだわ。
「さぁ。一段とマヌケな盗賊さんて感じだったわね」
慎重と呼ぶには下調べがでたらめだったし、ただ臆病なだけだったわ。
「でも瞬間帰還器が魔アイテムだと知っていたみたいだったな」
む。秘匿されているはずの情報だったわね。賊が知っているだなんておかしいわ。
「そういえば。盗賊が魔法封じの結界なんて張れるのも変よね」
ミスったわ。賊相手に慣れすぎたせいか注意力が落ちていたわね。今までの賊とは明らかに知識や技術が違っていたのよ。
「ベルタ様」
ん。この声はまさか。
「え。王様? どうしたのですか」
どうして王様からあたしに連絡できるのかしら。あたしからしかできないと思っていたわ。
「突然申しわけありません。ノーム様にお願いしてつないでいただきました。今相談しても宜しいでしょうか」
王様が村娘に相談ですって。なによそれ。想定外だわ。
「ノーム様からマアマさんに連絡する力? あぁマアマさんが全部聞いていたのよね。大丈夫ですよ」
マアマさんはどこにいても一緒なのよね。みんなが常に話しかけているにも等しい状態なのだわ。だからマアマさんが認めれば、誰でもあたしに話しかけられるということでもあるのね。
「先ほど隣国の王が牢に送られてきたのですが。何事でしょうか。対処に困っておりまして」
隣国の王なんて知らないわよ。
ん。先ほど牢に送られてきたですって。まさか……
「へ。えー? 襲ってきた賊と仲間を送ったのですが。隣国の王の指図だったのですか」
賊の知識や技術は隣国の王から得ていたということなんだわ。
マアマさんがガルマさんにだけ賊の正体を教えていたのはこういうことだったのね。遊びの域を超えているんですよぉおおお。
「このままでは戦争に」
まずいわ。隣国の王を捕らえてしまうだなんて想定外すぎるわよ。
よりにもよって戦争になるですって。またあたしは驕ってしまっていたのかしら。あれだけ注意をしていたつもりだったのにね。
どうすれば。あたしはどうすればいいのよ――
「ならねぇだろ」
へ。アルフ…… 今は能天気な楽観視ができる状況じゃないのよ。
「と、申しますと?」
「隣国の連中は、そこに王がいるなんて知らないはずだ。今ごろは探し回っているだろうぜ」
……そうね。突然王が消えたように見えただけのはずだわ。
「いえ。王や貴族であれば万一に備えて、体内に識別標を埋めこんでいたり」
「えぐいな。でもマアマがそんなもんを見逃すわけがねぇ。あったとしても置いてきているさ」
うん。マアマさんならあたしがイメージした以上のことをしてくださるわ。まったくといっていいほどに穴がないのよ。
「なるほど。たしかにマアマ様の差配であれば。今までどおり更生を待って解放すれば解決するということですな」
「そういうこと。神罰だから更生するまで動けない、ってことだけ説明してやってくれ」
え。え。え。
なによ。アルフが解決しちゃった…… のよね。
「承知いたしました。問題の多い国でしたが、これで改善するでしょう。ありがとうございます。では失礼」
あたしは戦争になるかもという懸念で、再びおかしな考えになりそうだったわ。
そんな状態からいとも簡単に救ってくれたわよ。
「アルフすごーい。マアマさんのやることがわかっちゃうのね」
マアマさんが言葉足らずな部分を代弁したかのようよ。すごいわ。本当にすごいわよ。今ほどあんたに感心したことはないわ。
「逆だな。やることを考えるんじゃなくて、やれないこと以外はやるとみなすんだ」
「へ。余計にわからないわよ」
それこそ、世界の破壊すらやるってことよね。
「隣国の王がこの国にいるかどうかとか、識別標で居場所を探知っていうのは、全部物理現象だろ」
「あぁ。物理現象ならすべて対処してくれるってことか。そういう考え方のほうが楽ね」
マアマさんにやれないことなんて限られるわ。問題点が見つかっても、それが物理現象を伴うものであれば対処してくださっていると考えればいいのよ。
「どうせ考えるんだったら、なるべく考えずにすむ方法を考えたほうが楽だろ」
うんうん。こういうのも発想力なのかしら。勉強になるわ。
「まずは考えるべきことを考えるか。アルフは実践していたのね。あたしはまだまだだなぁ」
わかってはいても、課題を示されるとどうしてもその解決策に考えがいっちゃうのよね。
「俺の場合は考えることが面倒だからなんだけれども。まぁいいか」
あはは。それで最適解に至れるんだから本当にすごいわよ。
物事を考えるには順序があるわ。課題が生じる原因から考える必要があったり、課題をあえて無視するほうが正しい場合もあるのよ。
言うのはたやすいわ。でも、実践には相当の機転が必要になるのよ。あたしには、とんでもなく高いハードルだわ。
「それにしても。王がダメな国もあるのねぇ」
この国に生まれてよかったとつくづく思うわ。
「よかったな。ベルタが捕らえていなければ、いずれはガルマさんに国ごと粛清されていたんじゃね」
確かにね。あんな王しか見習えない国民は堕ちるしかないのかもしれないわ。
「笑えない話ね。本当に運て大切だしすごい力だと思うわ。生まれる国なんて選べないものね」
みんなの運がよくなればいいと思うわ。でも竜神様ですら操れない力なのよね。
「いっそ今のうちに、すべての国の王を更生させてしまえばいいんじゃね」
理屈としては正しいのかもしれないわね。
「あはは。さすがにそれは驕りだわ。襲われたわけでもないし。善悪が判断基準にならないなら裁けないわ」
アルフの言い分も理解はしているつもりよ。
でも襲ってくる賊の一味を現行犯で捕らえただけでも、戦争を起こしかねなかったのよね。驕った言動は厳禁なのよ。
裁かれるべき王はまだいる可能性があるわ。とはいえ、それを判断する能力があたしにはないのよ。
「つまりベルタがさっさと進化して導くしかねぇってことか」
ぐは。結局はそうなるのかしら。
「それは言わないでよね。これでも焦っているのよ」
すぐにできるものならとっくに進化しているわ。
「わりぃ。そもそもベルタの責任じゃねぇし聞き流してくれ」
あたしが他国の王を裁くべきではないとはいえ、今後他国へ行く可能性が高いことはたしかなのよね。この国だけで旅が終わる根拠はなにもないのよ。
「まだ行くと決まったわけじゃないわ。でも、よその国へ行った場合のことも考えておくべきかしら」
早くから考えておいたほうが対策漏れにも気づきやすいはずだわ。
「やることなんてどの国でも一緒だろ」
さっき隣国の王を捕えて送って問題になったばかりなのよ。気づいてよね。
「よその国の賊まで、この国に送りつけるわけにはいかないわよ」
国が変われば法も常識も変わるわ。この国で育ったあたしたちの考え方を押し付けるわけにはいかないのよね。
「おぉ。一から考えなおしか」
そうね。言葉や通貨が統一されているとはいえ、意味合いや価値は大きく異なることもあるのよ。
たとえばこの国で崇拝する一部の物事を、憎悪の対象とする国もあるわ。
約束を破って当然と公言する、実質的に秩序が破綻した国すらもあると聞くのよ。
約束を軽視することは理性の欠如を意味するわ。つまりは既に人とは呼べぬ、魔物に相当する者たちのコロニーということよ。
諸国にとって、それらを人として扱い続けることは限界に達してしまっているわ。さすがにそのような国とは国交を断絶する流れになりつつあるわよ。
でも、あたしたちの場合は行かざるをえなくなる可能性があるのよね。
「ろくに拠点がない国や銃が規制されていない国や。さっきの盗賊の国なら魔法も秘匿されていないかもね」
王が更生したとしても国家の建て直しは大変そうよ。
「魔法封じの結界なんて張るくらいだしな。魔法を使われる機会がある国ってことだろうな」
厄介そうね。死角から魔法で狙ってくるとしたら、あたしが気づく前にマアマさんが消しちゃうわよ。あの王のせいで多くの国民が堕ちているとしたら、国ごと滅ぼすことにもなりかねないわ。
「いざというときに瞬間帰還器を使えないのは危険すぎるわね」
マアマさんに頼るのは不安なのよ。遊びで拒まれる可能性があるのよね。まぁ、そのときに危険なのはあたしたちじゃなくて周囲よ。あたしにできるのは、被害を抑えてくださるようにお願いすることだけなのよね。
「でもさ。あいつら結界を張ったって言っていただけだよな。効いていたのかな」
む。どうでもよすぎて気にしていなかったわ。
「そういえば確認はしていなかったわね…… あのときに虫が寄ってきた覚えはある?」
あたしは覚えがないのよね。普段は寄ってこないから、もしきていたなら気づいていたと思うわ。
「ねぇな。こんな森に虫がいないわけねぇし。虫除けの魔アイテムの効果はあったんだろな」
そうよね。魔法も封じられてはいなかったのだわ。
「本当に口先だけの盗賊だったのね。そんなのを王が使うなんてどんな国よ」
一応権力はあるわけだし、それなりの人材を選んでいるはずよね。
「隣国と言っていたから未開の辺境の国てわけじゃないはずだけれどもな。類は友を呼ぶってやつじゃね」
なるほどね。王の質が低いと賊の質も下がるということだわ。
「お似合いではあるわね……」
まぁ、隣国については王が更生するはずだからこの際どうでもいいわ。
まずはそれ以外の国を考慮すべきかしら。
「どの道、拠点がろくにない国では、瞬間帰還器には頼れないわね」
この国みたいにすべての町で設置されているわけじゃないわ。主要な町にしか飛べないとしたら、飛ぶたびに結構な距離を歩きなおさねばならなくなるわね。
「今までもほとんど使っていねぇし。大丈夫だと思うぞ。あとは住んでいる人に代替策を聞けばいいんじゃね」
ガルマさんとマアマさんがいらっしゃるから、実質的に使う機会がなかったのはたしかよ。でも今後もそうだとは限らないわ。
「代替策があればいいわねぇ。でも、すごく危険で不便な暮らしをしているって噂なのよ」
不条理だわ。為政者が愚かなせいで民が苦しまなければならないなんてね。
「まともなやつが王にならなきゃ、そうなるか。とりあえずはこの国を出ないことを祈ろうぜ」
他人事みたいに言うわね。あんたの呼び主次第なのよ。とはいえ、あんたに言っても仕方がないかしら。
「それが一番よ。でもね。通行証をもらって襲われて。他国絡みが2度続くと3度目が気になるのよね」
こういうジンクスって嫌なことほど該当するのよ。
「心配しすぎだと思うぞ。国を渡り歩いている冒険者の人だっていたんだし。なんとでもなるさ」
他国の噂は不安要素の塊よ。気にはなるわ。
でも、実際に他国をまわってきた冒険者に遭遇したばかりなのよね。鍛えているとはいえ、ただの人がまわれる程度の危険なのよ。
「それもそうね」
越境が決まってから対応を考えても十分に間に合うはずだわ。
それよりも、今はもうひとつの問題を解決しておかないといけないわね。
「他国のことはおいておくとして。賊を直接牢に捕縛する手段は見なおすべきかしら」
未確認の対象を釣るときは要注意なのよ。大物狙いの釣りで気づいていたはずなのにね。あたしのバカバカバカ。
とはいえ、賊に王が絡んでいるだなんて、想定外すぎて仕方がないわよ。
「そうだな。刺客に貴族が絡んでいた時点で、今回の事例は想定しておくべきだったか」
あぁ。それもあったわね。想定して然るべきだったのかしら。賊がマヌケすぎて、気が緩んでいたのかもしれないわ。ハァ。
「いったん近くに集めるとなると。やっぱり説明が必要になるわよねぇ」
なにが絡むのかわからない以上は、王様に丸投げは無理があるわ。
「そうでもなくね」
へ。警備兵への説明を省くために丸投げを提案したのはあんたよ。忘れたのかしら。
「さすがに説明は要るわよね。大勢拘束して知らんぷりじゃ怪しまれるわよ」
それで毎回のようにガルマさんへ責任転嫁してしまっていたわ。
「ベルタがやったって思われなきゃ大丈夫だろ」
思われなきゃって。町中でやれば一部始終を見られることが……
「へ。あぁ。マアマさんの力を知らなければ、あたしがやったってことは誰にもわからないのか」
隣国の王が消えた理由を隠し通せるのと同じことよね。
「逆に知っていれば説明の必要がねぇしな」
警備兵の目の前でやったとしても、傍目には賊とあたしの因果関係は見えないわ。あたしがマアマさんを空振りするだけで賊が拘束されるんだものね。
あたしから関わりをばらさなければ、疑われることすらないと思えるわ。賊がなにを喚いたところで、本来は小娘にできるはずのないことなのよ。
「さすがはアルフ。余計なことをしなくて済むように考えるって大切ねぇ」
まぐれじゃないわよ。今日は続けて的確な指摘をしてくれているものね。
「へへん。あとはより白々しく。目の前に集めるより、離れたところに捕らえたほうがいいだろな」
ふむ。直接の因果関係が見えないとはいえ、マアマさんを振った直後に賊が現れたり消えたりじゃ怪し過ぎるということね。とぼけやすい状況からつくるべきなのよ。
「そうね。話を聞きたい場合もあるだろうから人気のないところが理想か」
土地勘のない町だとむずかしいかもしれないわね。マアマさんにお任せでもいけるかしら。
「それでもいいけれども。警備兵の前に集めてから、野次馬のフリで話しかけてもいいんじゃね」
まさにより白々しくね。ウケるわ。
「あははは。そっか。警備兵がいる場合は無理に王都に送る必要もないしね」
送る機会を省ければ、あたしが怪しまれる要素も半分に減らせるわ。
「そうそう。考え方がわかってきたじゃん。警備兵に丸投げするかは見てから判断すればいいしな」
面白いわ。真面目に考えていたのがバカらしくなってきたわよ。
「マアマさん。捕縛した賊は牢に送る前に、こちらに集める方法に戻しましょう。細かいところは状況次第で」
「おっけー」
わからないものね。短所だと思っていた能天気がどんどん魅力的に見えてきているわ。長所でもあるのよね。
「失礼ながら。ベルタ様御一行でしょうか」
また知らない声ね。上からだわ。
木の枝から前方に飛び降りてきたわね。
「またぁ? ここなら目の前に捕縛でいいか」
できたての作戦を試してみようかしら。警備兵がいないところなのは残念ね。
「おいおい。まだ賊とは決まっていねぇから」
こんなところでまともな面会は期待できないのよね。さっきの賊で、もううんざりなのよ。
「このようなところで、正体不明の私を不快に思われることは承知しております。ですが至急お伝えしたいことが」
ふむ。表向きは礼儀正しいわね。
「なんか様子が違うな」
だからといって安心はできないのよ。
「まずは油断させるって手口もよくあるわね。でも、一応聞いてみましょう」
こんなところで声をかける正当な理由があるというのなら聞かせて欲しいものだわ。
「大変恐縮ながら。わが国の王が貴殿らに盗賊を差し向けたとの情報が入りました」
へ。
……王まで絡むとなれば、さっきの連中のことで間違いないわよね。
「急ぎ追ってはきたのですが、いまだ見つけられずにおります。くれぐれも御注意いただきたい」
とっても正当な理由ね。賊じゃないのかもしれないわ。
「そいつらだったら、王と一緒に捕らえたぞ」
ぶ。それがばれていないから戦争にならないのよね。あんたが言ったのよ。
「ちょっとアルフ。ばらしちゃっていいの」
やっぱり能天気はダメだわ。さっきまでの発想が良かったとはいえ、肝心なところで致命的よ。
「マアマが捕らえていないってことは仲間じゃないんだろ。大丈夫じゃね」
敵の敵が味方とは限らないわ。
「同業者の可能性とかもあるのよね。戦争にはしないでよ」
捕らえた場所までは話していないから、まだセーフかしら。厳しいわね。
「王も? そういえば王宮で騒ぎが起きたと連絡を受けましたが。ここにいながらどうやって」
これ以上のボロを出すわけにいかないわ。
まずは先方の素性を確認しないとね。
「その前に。あなたはどなた?」
説明されたところで信用できるものではないわよ。それでも、発言の矛盾を見抜く要素にはなりえるわ。
下手な話をすれば戦争になりかねない状況なのよね。慎重にならざるをえないわ。
「御挨拶がまだでした。私は隣国の革命軍の者です。他国の民にまで迷惑をかけて申しわけない」
「王に抗う勢力ということですか」
あの王の下でも堕ちずに決起していたというのね。本当なら立派だわ。
「われわれが正義とまでは言いませんが。今の王は悪政が酷く、放置できない者が集っています」
賊を使って小娘を襲うような王だものね。隣国とはいえ全然知らない国なのに想像できちゃうわ。似たような領主を見たからかしら。
「それだったらもう大丈夫だぞ。そっちの王は更生するまで戻らないから」
革命を起こす必要はなくなったわね。
「なにを根拠に…… あ。たしかにそのような噂もありましたね」
「噂?」
さっきの盗賊も、噂がどうのと言いながら襲ってきたわよね。
「と、とにかく。今はそっちの王も、その仲間も拘束中だから。戻って休めばいいと思うぞ」
ん。またアルフが慌てているみたいよ。どうしたのかしら。さっき食べたばかりだからお腹が空いたわけじゃないわよね。
「そうですね。このタイミングでの王宮の騒ぎから考えて信用に値します。ありがとう」
今ここにいるあなたが、どうして隣国の王宮の騒ぎを知っているのかしら。あたしたちが王を捕えたのはついさっきなのよね。
「おぉ。一応これ内緒な。口外すると戦争になるかもって話があったし」
むぅ。あたしが話しかけようとすると邪魔するかのように話し出すわね。アルフったらなにを考えているのよ。そもそも一応で済ませていい話じゃないわ。
「たしかに。場所や手段は私も聞いておりません。更生中であることだけを伝えるなら大丈夫かと」
本当にそうしてくださいよね。アルフみたいに口が滑ったら冗談抜きで戦争になりかねないのよ。
それはさておき、王宮の騒ぎを知っている件について聞かないとね。いや、それ以前にどうしてここへ来たのかを聞くべきかしら。あたしたちがここにいるだなんてことはわからないはずよ。
「心配してくれてありがとな。気をつけて帰れよ」
ちょ。まだあたしはなにも聞いていないわよ。どうして勝手に帰そうとするのかしら。
「いえ。このたびのおわびとお礼はまた機をあらためて必ず。では失礼させていただきます」
あ。木の枝にまで飛びあがったわよ。身軽なんてものじゃないわ。
まだ上に大勢いたのね。みんなで引き上げていくわ。
「なによ。あたしも聞きたいことがあったのに。どうしてすぐに追い返すような言い方するのよ」
挙動不審過ぎるわ。まるであたしが質問をしたら困るかのようよ。
「いやだから。噂なんて聞くだけムダだって」
あぁ。それも気になってはいたわ。でも大したことじゃないわね。
「違うわ。どうしてあたしたちの居場所がわかったのかよ」
この広い国で、賊にも革命軍にも見つかるだなんて偶然とは思いがたいわ。
「おぉ。そういえば変だな」
「そもそも。あたしが狙われることも変だわ」
ティアラの光を見て襲ってくるのならわかるわよ。でも、会ったこともない隣国の王の指示できたのよね。どうして隣国の王があたしを知っているのよ。
「ま、まぁ。それはオリハルコンやティアラの光が珍しいから。な」
噂というのはティアラやオリハルコンのことかしら。いくら珍しいとはいえ、隣国の、それも王の耳にまで届くだなんてどんだけよ。
「ん~。それはそうかもしれないわ。でも、なにか附に落ちないのよね。妙にあんたが焦っているように見えるし」
噂の内容がそんなくだらないことだとしたら、あんたの挙動に合点がいかないのよね。なにかを必死でごまかそうとしているかのように感じたわ。
「あ~。居場所はそうだな。盗賊は町からついてきたぽいし。革命軍は盗賊を追ってきたんじゃね」
ふむ。革命軍のほうはまぁ納得がいくわね。
「他国からきた盗賊が、どうしてあたしのいる町を知っているのよ」
隣国の王の指示できた以上は、偶然じゃないはずだわ。
「それはあれだ。え~と。盗賊同士で貴重品を持っている人の位置情報を交換したりしてんじゃね」
必死ででまかせを考えていたように見えたわ。気のせいかしら。まぁ、盗賊の情報網というのはありえる話よね。
「なによそれ。あたしの居場所が盗賊に監視されているってこと? 嫌すぎるわね」
驕りの件がなければマアマさんに頼んで一掃するところだわ。
「あともうひとつ疑問があるのよ」
「ナ、ナニカナ」
声が上ずっているわよ。今日のアルフはよくも悪くも変だわ。
「王宮で騒ぎの連絡があったって言っていたわよね。他国からどうやって連絡受けたのかしら」
遠距離通信設備なんて、町でしか見たことがないのよね。個人で携帯できるようなものは聞いたことがないわ。
隣国の王を捕らえたのはつい先ほどなのよ。連絡を受けたのはこの森の中で間違いはずだわ。
「それはわかんねぇな。他国の通信技術が進んでいるのか。あるいは通信魔法があるとか」
あぁ。隣国の技術のほうが進んでいる可能性はあるわね。魔法も秘匿されていないみたいだから考えられるわ。
「魔法も存在はする。が、あやつが使ったのは意思疎通能力だ」
あら。ガルマさんから種明かしをしていただけるなんてね。これは考えてもわからないことだからかしら。
「能力ってことは。誰にでも習得できるものではないのですよね」
「うむ。あやつの場合は、双子の兄弟とのみ疎通できるようだ」
なるほどね。とても稀なケースなんだわ。どおりで聞いたこともないわけよ。
「おぉ。もとが一緒だったから、みたいな感じなのかな。なんか、かっけー」
「そっかぁ。ふつうの人に見えても特殊な能力を持っている人がいるんですねぇ。気をつけないと」
亜人なら警戒もするわ。ふつうの人でも例外がいるのは盲点だったわね。
「お前が言うと、つっこみたくて仕方がないんだけれどもな」
くだらないことはつっこまなくていいわよ。
「聞きたかったのは、それくらいかしら。少しはすっきりしたわ」
とはいえ、あたしたちが賊に監視されているかもしれないという話はうざったいわね。ティアラの装着で目立つ覚悟をしていたとはいえ、町の外でも追われ続けているだなんて気持ち悪いわ。
「通行証もらって、襲われて、救援がきて。他国絡みは3回終わったから一段落だな」
「そうね。すぐに国境越えをしそうなジンクスは消えたわ」
やっぱり3度目があったということでもあるわね。ジンクスおそるべしだわ。
「んじゃベルタのファンも消えたし。心置きなく進むか」
ファンという表現はさておき、実質的にはまたアルフの言うとおりだったのよ。
「まさか本当にあたし目当てだったなんてねぇ。あんたの言葉が怖いわ」
さすがに今回はしらけてスルーしていたわよ。ファンなんて言い方をしなければまだ信憑性があったわね。
「目立つのは自覚してんだろ。俺の言葉は関係ないと思うけれどもな」
そうね。アルフが言わなくても来るときは来るかしら。
「ティアラを隠していてもこれだもんねぇ。まぁこれも精神鍛錬。がんばるわよ」
なんといっても、ウンディーネ様があたしに与えてくださった機会なのよね。この程度でへこたれてはいられないわ。
「そういや。効果は出ているぽいな」
「え。本当? どうしてわかるの」
まだ装着を始めて間もないのよ。はた目にわかるほどの効果が出ているとは思いがたいわ。
「ティアラを着けてから、一度も俺は殴られていないぞ」
あんたの評価なんて、そんなところよね。
「それは関係あるのかしら。まぁ我慢できているってことなのかしら」
一番鍛えられそうなのは忍耐力だものね。可能性はあるわ。
「ウンディーネ様ばんざーい」
「あはははは。ばんざーい」
それにしても驕りって本当に怖いわね。どんなに注意していても驕りと思える言動をしてしまっているわ。今回なんて、降りかかった火の粉を払っただけなのよ。
だからといって怯えてなにもしないわけにもいかないのよね。あたしは進化しなければならないわ。さぁ旅を再開よ。




