おまけ:健康のための不健康
町に着いたわ。なにやら長い行列ができているわね。
え。行列が町の入口へと続いているわよ。並ばないと入れないみたいね。
「なんだこりゃ。入るのやめとくか?」
行列の原因次第よね。入ってみないとわからないかしら。瞬間帰還器で入らずに並ぶってことは、それなりの理由があるはずよ。
アルフは町への興味が薄いから、行列には萎えるわよね。動機をつくってあげないと苦痛かしら。
「これだけ人がくるなら、中でいいことがあるかもしれないわよ? おいしいものとか」
「並ぼうぜ」
ちょろいわ。早速並ぶわよ。
検問が厳しいわけではないみたいね。行列になっているとはいえ、歩みを止めずにスムーズに進めているわ。単に町へ入る人が多いだけなのかしら。
「ようこそ。旅の方ですね。恐縮ですが現在、連続殺人犯を捜索中です。宜しければ御協力ください」
ちょ。今の警備兵がとんでもないことをさらっと言ったわよ。しかも笑顔で言っていなかったかしら。行列で押されるから確認もできないわね。
「連続殺人てなによ。そんなに殺したい人がいっぱいいるわけ?」
ていうか。そんな危険な状況でどうして大量の人を受け入れているのよ。
「誰でもいいから殺したいって。精神病の類があるんじゃなかったか」
「だからって本当に殺しちゃうなんて。ありえないわよ」
身勝手にもほどがあるわ。どれだけ殺したくなったとしても関係がないわよ。みんなが欲望を抑えながら生きているわ。
「精神がおかしくなっているんだったら仕方がないのかもな。害虫を殺す程度の感覚なのかも」
「なら害虫だけを殺してよ。意図的に殺人を犯す人なんていなくなればいいのに」
殺す以上は殺されても文句を言えないわよね。生きる資格がないわ。
「それでは人が滅ぶな」
「へ」
ガルマさんたら突然に、なにをおっしゃるのかしら。
今の話は、同族である人による殺人の話なのよ。ガルマさんがなされる粛清や、人を襲う獣を含めた話ではないわ。
つまり、人が人を殺さなければ、人が滅ぶとおっしゃっているのよね。
「人を生む者はすべて人殺しだ。人殺しがいなくなれば人は滅ぶ」
ぶ。人の親がすべて人殺しだとおっしゃるのですか。
……あぁ。人には寿命があるからということね。
「……生まれた子はいずれ必ず死ぬ。つまりは殺している、ということですか」
「うむ」
ハァ。まぁたしかに、いずれは死ぬことを前提にしてでも生まなければ滅びてしまいますね。でも論点が違うのですよ。
「そういう理屈じゃなくてですね、悪人…… あ。善悪がないなら、殺人が悪ということもないのですか」
ややこしいわね。ガルマさんには人の法も倫理も関係ないのだわ。
「殺人者を悪だと定義して殺すのは自由だ。どちらもやっていることは変わらぬ。我も大勢殺している」
そうですよね。違法な殺人を悪とするのなら、法を無視して大量の人を粛清されるガルマさんも該当しちゃうわ。あたしのように怒る理由がないのよ。
「ガルマさんから見れば、ただの弱肉強食なのですね」
ガルマさんは竜神様と一体であられるのよね。人を寿命で縛られ、場合によっては粛清される側なのよ。
つまりは人殺しを問題視されないどころか実践されているのよね。
そのうえで、人が殺し合うか助け合うかは自身で考えて選べと、裁量の自由を与えておられるのだわ。
ガルマさんのお考えは理解しているわ。でも、認めることはできないわよ。
少なくともここは法治国家だわ。人が助け合う社会を築いているのよ。個人の裁量で殺すというのであれば、社会を敵に回すということだわ。社会の一員として、敵を許容することはできないのよね。
「あたしとしては違法な殺人が許せないかしら」
ガルマさんに法は適用されないから論外よ。
「法とやらのおかげで、死にたくとも死ねぬ者も大勢いるな」
法が問題だとおっしゃるのかしら。
「えぇ? ……病気で苦しんでいる人とか、自殺に踏み切れない人かしら。どうすればいいのでしょうね」
安楽死も議論はされているわ。生きる自由があるのなら死も選べるべきだとね。選べなければ自由ではなく強制なのよ。でも安楽死の手段を提供すると自殺ほう助や殺人の罪になるから違法なのよね。
むずかしいわ。本当に生きることがつらい人もいるのよね。
「考えよ。法とやらが正しいとは限らぬ。己で判断するしかない」
所詮は愚かな人がつくった法なのだから、完璧にはなりえないわ。正しいとは限らないのよ。
「あはは。やっぱりそうなるんですよね」
法に従うべきかどうかについても考えねばならないとおっしゃるのだわ。
「おかしな法に曖昧な法。正しそうな法に則っても冤罪があるし。俺でも法依存はねぇな」
アルフですら法の矛盾は理解しているのね。そんなことを考える機会なんてあったかしら。
「かといって法を無視しちゃうと秩序を維持できないしね。竜神様が決めてくれればいいのに」
人としては、曖昧な法を、臨機応変に運用し続けるしかないのよ。
その過程で生まれる犠牲は多いし、極めて大きな問題もあるわ。それでも犠牲には目を瞑るしかないのよ。
それが今の人の限界なのだわ。だって愚かなんだものね。
「竜神様は、自分で考えろっていうんだろ。だったら、殺したければ殺せってことじゃねぇの」
先ほどのガルマさんのお言葉が、まさにそんな感じだわ。
「ひぃ。実際そうよねぇ。どうすればいいのやら。あたしにはむずかしすぎるわ」
さすがに連続殺人犯を野放しにすることが正しいとは思えないわよ。
「連続殺人犯が気に入らないんだったら、マアマに頼んで牢に送ればいいんじゃねぇの」
あたしも当然、犯人確保は考えていたわ。でも実際にあたしが襲われたわけではないのよ。犯行現場も見ていないわ。つまりは冤罪の可能性を否定できないのよね。
それに冤罪じゃないとしても、場合によっては見逃すべきかもしれないと思ったのよ。
「今の話を聞くとねぇ。殺している相手次第では赦されるのかしら、とか思えちゃうのよ」
本当に殺していたとしても、以前に拘束した領主のような相手なら、違法に殺したとしても赦さざるをえないわ。
だって官憲も司法権限も侵食したような相手であれば、違法でも自分で手を下すしかないものね。不可抗力よ。
「あぁ。無差別とは言っていなかったな。まぁ狙われなきゃ気にしなくてもいいんじゃね」
うん。あたしが手を出すには情報不足過ぎるわ。
「そうね。法治国家なのよ。まずは官憲に任せるわ」
さて。物騒な状況とはいえ宿くらいは開いているのかしら。さすがに人通りも少なく…… ないわよ。
まるで誰も連続殺人犯に警戒していないかのようだわ。子どもたちも無邪気に駆け回っているわよ。おまけに、あちこちでイベントが行われているみたいに賑やかだわ。
走り回っている警備兵はたしかに多いわね。でも、にこやかに子どもを連れて走っているわ。
うーむ。連続殺人犯を油断させる策なのかしら。
「幾らなんでも無警戒すぎると思うわ」
連続殺人犯から見れば狙い放題の状況よね。
「楽しそうに騒いでいれば、連続殺人犯も気になって出てくると思ったんじゃねぇの」
なにか聞き覚えのある話ね。
「おとぎ話じゃあるまいし。でも本当に、そんな雰囲気よね」
町中がお祭りって感じだわ。誰ひとりとして不安そうに見えないわよ。あたしひとりで警戒しているのがバカみたいだわ。
「お。そこで腕相撲大会をやっているぞ。ベルタだったら楽勝じゃね」
ハァ。ここだとアルフの能天気がふつうに見えるわね。
「かよわい乙女になにを言っているのよ」
参加者を見てみなさいよね。ムキムキの男の人ばかりだわ。
「……力だったら村でも一番だっただろ。腕相撲だったら勝てるんじゃね」
勝ってどうするのよ。それこそおかしな噂の原因になりかねないわ。
「あたしはガルマさんの加護を受けているからねぇ。勝ててもインチキよ」
あたしたちを護るために授けてくださった恩恵を悪用してはいけないわ。
「あぁ。競技は公平性に欠けるか。まぁ無理に参加することもねぇか」
アルフったらまたよそ見をしながら歩いているわね。男の人が近づいてきたわ。ぶつかるわよ。
「うわ。なんだ。離せ」
へ。賊避けの罠アイテムが発動したのよね。両手両足を拘束されて転がっているわ。スリだったのかしら。
「こいつ罠アイテムを知らないのか? 捕まるやつは初めて見たぜ。どうどうと犯行とかアホじゃねぇの」
アホじゃねぇのだなんて疑っては失礼よ。疑う余地のないアホだわ。でも罠アイテムを知らないことは仕方がないかしら。
「あたしたちも村にいたころは知らなかったわよね。町から出ない人なら知らないのかも」
警備兵がきてくれたわ。
「犯罪者の捕縛に御協力ありがとうございます」
すぐに気づいてくれたということは、警備はしっかりしているみたいね。
「この町では、罠アイテムは普及していないのですか?」
町は村と違って、見知らぬ人の来訪が多いのよね。罠アイテムを使うのは当然だと思っていたわ。
「平穏な町なので。無防備な人が多いですね。たまに、こういう輩が現れる程度ですか」
平穏ですって。なんの冗談かしら。
「え。連続殺人犯を捜索中ではないのですか」
無防備な人が多いなら、注意喚起して罠アイテムを奨励すべきよね。
「あぁ。そちらはもうすぐ捕まってしまいそうですね。ははは。ではスリの身柄はお預かりします」
ははは、って。笑いごとじゃないわよ。
むぅ。スリを詰問しながら連行していったわ。止める機会を失ったわね。
詰問はあたしが警備兵にしたいと思っていたのよ。でも職務を邪魔するわけにはいかないわ。
「捕まってしまいそう? なによそれ。やっぱりおかしいわよ」
まるで捕まらないほうがいいみたいだわ。
「捕まると困るってわけでもないみたいだったな。笑っていたし。言っていることと態度が合っていねぇな」
うんうん。どうでもいいことのような扱いよね。
「官憲の腐敗にしてはみんな明るいし。町ごと能天気なの?」
――銃声が響いた。
え。警備兵ですら銃は所持していないはずよ。
「出たわね」
いまだに捕まっていないだけあって、ふつうの賊よりも危険な装備をしていそうだわ。
「捕まりそうって言っていたし。最後の抵抗かな」
そうかもしれないわ。でも追い詰めたとしても銃は厄介よ。流れ弾がどこへ飛ぶかわからないわ。
「銃なんて、どうやって入手したのかしら。町の人が心配よね。一応見に行くわよ」
官憲に任せることにしたとはいえ、銃は危険すぎるわ。これだけ人が多いところだと、警備兵が町の人を護りきることはむずかしいはずよ。避難誘導を手伝うくらいなら驕りにもならないはずだわ。
「お前も将来は、警備兵が向いているんじゃね」
ん~。警備兵をやりたいとは思わないわね。今回は放っておけないから行くだけよ。
「あたしは農業をやる気だったわ。でも、今は進化を目指さないとねぇ」
そのためにもこんな事件はさっさと終わらせて欲しいわ。
「この辺りだったか」
広場になっているわね。人は多いわ。でも特に慌てた様子はないわよ。
「人だかりができているわね…… もう説明の看板が立っているわ」
どれどれ。
『軍隊による射撃実演コーナー
ゴム弾を使っていますが それでも危険なので 柵内には入らないでください』
「事件じゃなかったのか」
連続殺人犯が野放し状態なのに紛らわしすぎるわ。
「なんなのよこの町は! 人騒がせにもほどがあるわ」
これでは犯行に銃が使われても、銃声を気にしない人が多くなるわよ。
「町おこしの興行かね。町中でイベントやっているよな」
非常識にもほどがあるわ。時と場合を考えなさいよね。
「こういうときは中断するものよ。普段が平穏すぎてボケちゃっているのかしら」
警備兵も軍隊も、こういうときは町民を避難誘導すべきよね。逆に率先して町中へ連れ出しているわよ。
「軍隊まできているせいかな? 安心しているのかもな。嫌だったら町を出るか?」
嫌なのはたしかよ。でも今のところは事件も発生していないわ。
「大丈夫そうならベッドで寝たいわね。さっさと宿をとっちゃいますか」
適当に近くの宿でいいわよね。まだ早いとはいえ夕食も頼んじゃうわよ。
食堂にはまだほかの客はいないわ。こんな状況での食事はおいしくないわね。
なにやらアナウンスが始まったわ。
「連続殺人犯による25人目の被害者が出てしまいました。見つけたら無理せずに警備兵に任せましょう」
ちょ。大丈夫じゃなかったわ。捕まりそうって話はどうなったのよ。
「やっぱり危険なんだわ。なによこののんきな放送は。25人よもう」
って、宿の主はどうして笑っているのかしら。のんきに給仕をしている場合じゃないわよね。
「ははは。気になりますか。まぁ明日には捕まるでしょうよ」
なにを根拠にそんなことが言えるのよ。仮にそうだとしても、明日までにどれだけの被害が出ると思っているのかしら。
「笑い事じゃないですよ」
自分や身内が被害にあうまでは実感が湧かないタイプなのかしら。
「うちの子もやられちゃいましたけれどもね。自分で捕まえようとしちゃあ仕方がないですね」
な。なによそれ。
どうして笑顔のままでそんなことを言えるのかしら。どうして仕方なさそうに両手をあげるだけなのよ。
子を奪われた親の態度には見えないわ。
いや、今はそれよりも、残った人々の安全を考えるべきね。こうしている間にも、連続殺人犯が襲ってくるかもしれないわ。
「そんな。みなさん避難するべきですよ」
正気とは思えないわ。ショックが大きすぎておかしくなってしまったのかしら。
「あぁ。こっちには来ませんよ。警備兵だらけですからね。逃げながらひとりでも多くを狙うでしょう」
……頭がおかしくなった、という話ぶりでもないわよね。
やはりこの町はおかしいわ。子を殺されても平然としている宿の主の態度は、人としてありえないわよ。
この町の人々は、悲しみや恐怖の感情を奪われているかのようね。でもそんなことが可能なのかしら。
マアマさんに頼んで、連続殺人犯を捕らえてしまうべきなのかもしれないわね。
でもそれは驕りではないのかしら。だってガルマさんが犯行を問題視はされていないのよ。この状況であたしの判断で動いては、麒麟様のときの二の舞になりかねないわ。
緊迫感がないとはいえ、警備兵は捜索に動いているのよ。ならばやはり任せておくべきなのかしら。
「なにか頭がおかしくなりそうだわ。みんなおかしいわよ。感情を壊すような魔法でもかけられているのかしら」
そうでもなければ理解できない状況だわ。
「それだったら俺たちにも影響あるんじゃね」
それもそうかしら。すべての人に影響しているみたいだものね。
「うーん。あたしたちが来る前に、町の人たちにかけたとか」
それでガルマさんに気づいて逃げ出したとしたら、あたしたちにはかけなかった説明がつくわ。
「旅で寄ったぽい人も次々に来ているぞ。でも、みんな平然としているしなぁ」
むむ。たしかに。あたしたちより後からきた人たちもおかしいのよ。
「あぁもう。わからないわね。お風呂でさっぱりして、さっさと寝ましょ」
ハァ。お風呂に入ってもさっぱりした気分にならないわ。
アルフはもう寝ているのね。あたしも寝るわ。
……せっかくのベッドだったのに、気持ちのよくない朝ね。
連続殺人事件には関わらないと決めたわ。もちろん協力はしたいわよ。でもその結果が、より悲惨なことになる可能性を否定しきれないから手を出せないわ。
ほかに手がないのならともかく、警備兵が対応しているものね。
「あたしたちの出る幕じゃないみたいだし。さっさと町を出ちゃいますか」
またアナウンスが始まるわ。犠牲者が出てしまったのかしら。
「間もなく大食い大会のエントリーを締め切ります。参加される方はお早くお越しください」
く。能天気すぎるわよ。
「うぉ。大食い大会だって。あれだったらガルマさんの加護も関係ない。参加してもいいんじゃね」
こっちの能天気も負けていないわ。
「毒でも盛られていたらどうするのよ」
連続殺人犯が犯行を繰り返している最中だわ。手口も不明なのよ。
「そんなのはどこでもありえるだろ。気にしていたらなにも食えないぜ」
連続殺人犯が野放しになっているのよ。ほかとは状況が違いすぎるわ。
「確率の問題だと思うのよねぇ。それに、まだ捜索中の連続――」
「そもそも毒対策だったら参加したほうがいいんじゃね。ほかの参加者の分もティアラで浄化されるだろ」
話の腰を折らないでよね。
でもたしかに、みんなを護るうえでは参加するべきかしら。
「あぁそうか。毒はもう心配しなくてもよかったのね。そういうことなら参加してみますか」
早朝からの大食い大会にもかかわらず参加者は多いわ。
でもこれ大食い大会よね。どうして武装した人が多いのかしら。
子どもの参加者はあたしたちだけみたいだわ。
えーと。10分の間に食べたお肉の量を競うのね。1皿200グラムってステーキみたいよ。それなのに参加費は無料なのね。どんなお肉だか怖くなるわ。
アルフは気合いが入っているわね。
でもこれだけ参加者がいるのに、どうしてあたしを睨んでいるのよ。あたしは勝負をする気はないわ。
おっと。始まったわよ。
みんなすごい勢いね。お肉を噛まずに呑み込んでいるわよ。まるでお肉が飲みものみたいだわ。
あたしはやっぱり連続殺人犯が気になるのよね。お肉に異物を混入されていないかを、よく噛んで確認するわ。うん、なかなかいいお肉ね。
あっと。時間だわ。
異物確認に気を取られてあまり食べられなかったわね。食べ足りないわ。
へ。あたしが優勝ですって。58皿しか食べていないのよ。みんな少食ね。
「くそ。やっぱベルタにだけは勝てねぇ」
だけってなによ。そもそも大食い大会なんて初参加だわ。
「失礼ね。人を大食らいみたいに言わないでよ」
時間制限があるものね。お腹いっぱいまで食べたわけじゃないわ。大食いというよりも早食い競争よね。
「大食い大会で優勝しておいて言うなよ」
そこは不思議よね。あたしたちだけが子どもだから、勝ちを譲ってくれたのかしら。
「変なものが入っていないかを確認するのに夢中だったのよ。だからあんまり食べた気はしないわね」
結局なにも問題は見つからなかったわ。無事に終わってよかったわよ。
「賞品はなんだったんだ」
さっき受け取ったこれね。結構重くて大きな箱よ。中身は聞いていないわ。
高級感が皆無なのよね。でも保存性能はよさそうなつくりに見えるわ。ラベルが貼ってあるわね。
「高性能薬品セット? 医薬品かしら」
旅に危険はつきものだし役立つかもしれないわね。
「肉じゃなかったか。賞品は軍隊のお下がりから提供されています、だってよ」
お肉はいい品だったのに賞品はお下がりなのね。
「じゃぁ、この町のイベントって軍隊が主催だったのかしら。軍隊の薬品て危険じゃないの」
一般人へ贈る賞品に、それほど危険なものを含めるとは思いがたいわ。でもこの町の能天気さを見ると心配になるのよね。
「どれどれ。1粒で3日は眠気がきません。1本で3日は痛みを感じません。1口で3日は排泄――」
危険性は微妙ね。とはいえ、明らかに怪しい薬だらけだわ。
「もういいわよ! そんな不健康な薬品要らないわ」
一時的にはよくても必ず身体に大きな負担がかかるはずよ。
「こんなものが必要になるような仕事なんだろうな。軍隊は」
あぁ。使いたいわけじゃなくて、使わざるをえないような状況があるのかもね。
「苦労は察するわ。でも、あたしがもらってもねぇ」
進化を目指すうえで必要になるとは思いがたいわ。
この先になにがあるかもわからないとはいえ、さすがにこんな怪しい薬を頼る気にはならないのよね。
「売り飛ばすか?」
そうしたいのもやまやまよ。でもあたしは優勝したうえに光っているから、ムダに注目を浴びているのよね。
「次の町までは一応持っていくかしら。もらってすぐに売るんじゃ、主催者に失礼な気がするし」
賞品にした以上は、主催者にとっては価値があると思っている品のはずよね。それを不用品のように扱って見せるのは気が引けるのよ。
「ほい。お下がりだから気にしなくてもいいとは思うけれども。ベルタだったら重いってほどでもないか」
大きさは結構邪魔ね。まぁ今はリュックも空いているから問題はないわ。
「要らないなら譲ってくれないかな?」
およ。
女性よね。背は高いし戦士風だわ。
「え? どちら様ですか」
あたしの目線まで身をかがめて話してくれているわね。
武装をしていても、威圧して奪おうという雰囲気はないわ。
「あちこちを旅している冒険者なんだけれどもね。迷宮とかで迷ったときの保険に欲しいんだ」
あぁ。これが冒険者なのね。直接見るのは初めてかしら。
「なるほど。不健康な薬でも、いざというときには役に立つってことか」
そりゃそうよね。あたしみたいに、ガルマさんやマアマさんに頼れるわけじゃないのよ。軍隊以外にも需要はあるんだわ。
「うちのメンツも賞品目当てに参加していたんだけれどもね」
振りかえったわね。あちらの人たちがお仲間ということかしら。
いかにも限界まで食べたという感じで座り込んだり寝転がったりしているわね。
「全然歯が立たなかったよ。あんたすごいね」
あれですごいと言われても困ってしまうわ。勝ちを譲ってくれたんじゃなかったのかしら。
「いえそんな。ではどうぞ。必要とする方が持っていかれたほうがいいと思います」
薬の価値は理解したわ。でも、ガルマさんとマアマさんが同行してくださっている以上は、やっぱり使う機会がないと思うのよね。
対して冒険者にとっては、命を左右するほどに重要な品だわ。この人たちにこそ与えられるべきよね。
「ありがたい。お代は幾らかな」
譲ったほうが、次の町まで運んで売る手間が省けてありがたいくらいなのよね。
「結構ですよ。どうせ要らなかったものですし」
あら。少し驚いた様子ね。喜んで欲しかったのに、なにかまずかったのかしら。
さらには頭を抱えちゃったわよ。
「……そういえば、なにかすごそうな装備しているね。お金には困ってないか。う~ん」
あちゃ。もしかして、どうしてもお礼をしたくて悩んでいるのかしら。
「本当に気にしないでください」
いい人みたいね。でも本当に要らないものなのよ。むしろ賞品狙いでもないのに優勝してしまって心苦しいわ。
「まぁまぁ。喜ばせてくれた人には喜んでほしいと思うもんさ。あんたたちも旅人だよね」
「はい」
うんうん。その気持ちはあたしにもわかるわ。喜びは分かち合うものよね。
「ならこれは使えるかな」
ふところから小物を取り出したわ。サインをしたわね。
「通行証?」
これって大人にならないと取得できない身分証の一種のはずよ。
「あたしたちが通った国なら、自由に行き来できるようになるはずさ。あたしのサインが保証人てわけ」
審査すら受けずに他所の国へ入れてしまうというのですか。
「え? 冒険者の方に、そんな権限があるのですか」
たしかに保証人がいれば子どもにも使えると思うわ。でも誰でも保証人をつけるだけで通れるなら通行証の意味がなくなってしまうわよね。それなりの権限がなければ保証人になんてなれないはずよ。
「少しは名も売れているんでね。薬の礼には足りないかもしんないけれども、役には立つと思うぜ」
とんでもないわ。あたしたちには薬なんかよりも遥かに価値があるわよ。
「すごく助かります。これから、どこの国へ行くかもわからない状態だったので」
棚ぼたね。期せずして懸念のひとつが解消したわ。
「あはは。アテのない旅かい。そういうのもいいね。んじゃ気分よく交渉成立ってことで」
気楽な旅ではないのですがね。
「はい。ありがとうございます。感謝します」
この町では初めて気分がよくなれたかしら。そういう意味でも感謝するわ。
「お互い様さ。またどこかで会えたらいいな」
うわちゃ。仲間の人を蹴飛ばしているわよ。でもお互いに笑っているわね。みんなが喜べたみたいでよかったわ。
「なにが役に立つかわかんねぇもんだな」
「本当よねぇ。子どもじゃ身分証なんて発行してもらえないし。よその国から呼ばれたら終わりだったわ」
これ、主要な国は全部入っているわよ。あたしの通行証を新規に発行してもらうよりも便利だわ。
「そんときはガルマさんとマアマに頼るしかねぇと思っていたぜ」
今となっては、この旅を諦めるという選択肢はないものね。
「それでも通れはすると思うわ。でも、不正入国者扱いになっちゃうわね。宿にも泊まれないなんて嫌よ」
国によって法は異なるわ。とはいえ、不正入国となればどこの国でも指名手配されることは間違いないはずよ。
ばれないように入りこむことはできると思うわ。でも、町では服装や言葉遣いや仕草で怪しまれるわよね。そのときに通行証を提示できなければ不正入国確定なのよ。
ましてあたしは、ティアラのお陰でこれ以上はないくらいに目立つわ。官憲相手に立ち回るようなことになっては、旅どころではなくなってしまうわよ。
「だったら王様に頼むとか」
不正入国をするくらいなら、最終手段としては選択したと思うわ。
「頼めばつくってはくれたかしら。村娘が王様に頼むことじゃないわよ」
ほかの方法をすべて模索した後の話よね。
「ベルタって、そういうこと気にするよな。あの王様だったら、むしろ喜んで引き受けそうだけれども」
小切手を使わないことも気にしておられたし、その可能性はあるわ。とはいえ、立場を考えれば頼むべきじゃないのよね。
「あんたが気にしなさすぎなのよ。王様が国民ひとりひとりの相手していたら幾ら時間あっても足りないわ」
「なるほど。たしかに忙しそうではあったな」
王様にお願いをしたいのはあたしたちだけじゃないのよ。
「それに国交の問題があるからね。王様の保証だと問題も起きやすいわよ」
「あぁ。仲の悪い国もあるか。王様の知り合いだとばれたら狙われる可能性も増えるな」
今の人の世界に戦争はないわ。
でも武力行使をしていないというだけで、すべての国が仲よしなわけではないのよね。
この国はさまざまな面で恵まれているわ。他国から妬まれていることも多いと習ったのよね。
「冒険者なら、各国の問題を解決してまわっているわよ、きっと。だから好意的に通してもらえると思えるかしら」
「あの姉ちゃんだったらそうだろな」
うんうん。敵をつくるタイプじゃないわよね。それにこれだけの国々から権限を与えられているわ。この通行証があればあまり警戒されないと思うのよね。
「冒険者の人って初めて見たわ。格好いいわね。強そうだし。優しいし」
冒険者というのは、なんでも屋なのよね。趣味で冒険をしている人のことではないのよ。違法行為を除けば、ほとんどどんなことでも引き受けるわ。
どんなことでも引き受けるとはいえ、相応の対価は必要なのよ。対価が高いから、冒険が必要になるような依頼しかこないのよね。それで冒険者と呼ばれるようになった、という話もあるわ。
「冒険者がっていうよりは、あの姉ちゃんがいい人だったんじゃね」
「それもそっか」
国を渡るような冒険者は、地方や国家レベルの難題を引き受ける実力者だわ。
名が売れると世界中から声がかかるようになって、多くの強い権限も与えられるようになると聞いてはいたわね。
「んじゃせっかくの通行証をムダにしないためにも出発するか」
そうね。事件が解決していないとはいえ、官憲に任せると決めたのよ。それに時間をムダにする余裕はないわね。
「結局、連続殺人犯には遭遇しなかったわ。解決するといいわね」
どんなことでも自分で解決できると思うのは驕りなのよ。二度と同じ過ちを繰り返すわけにはいかないわ。この事件があたしのせいじゃない以上は、早期に解決することをただ祈るしかないのよね。
「あぁ。それ、これじゃね」
へ。手配書みたいね。
「……ドキドキ体験イベント?」
これが連続殺人犯に関係するというのかしら。どれどれ。
『警備兵のお兄さんに協力して、連続殺人犯を捕まえよう!
君の役割は、連続殺人犯を見つけたら警備兵のお兄さんに報せることだ。
カラーボールで赤い塗料をつけられたら君は死体だ。
当てられないように逃げながら、警備兵のお兄さんを呼んで捕まえてもらおう!』
「いざ犯罪者に遭遇したときに、身が竦んだり挑んだりしないようにって、訓練もかねているみたいだな」
なによこれ。つまりは初めから事件なんてなかったのだわ。
「あんた。どうして黙っていたのよ」
あたしがどれだけ悩んでいたか、わかっていたわよね。
「寝る前に捨てようとして気づいたんだけれどもさ。寝たら忘れていたわ」
アルフが寝る前ってことは、あたしがお風呂に入っていたときのことかしら。間が最悪だったわね。
「もったいないことしたわ。大食い大会の肉の味、全然楽しめなかったわよ」
結構いいお肉だったのよね。異物混入を気にしていなければもっとたくさん食べられたわ。
「悪かったけれどもさ。誰も殺されていなかったんだから素直に喜ぼうぜ」
そうね。このままやきもきしながら町を出るよりはよかったかしら。
「仕方がないわね。お昼はマアマさんにお願いして口なおししましょう」
「おっけー」
マアマさんの料理なら味は無論のこと、安全性も完璧なのよね。さっき食べ損ねたストレスを一気に晴らすわよ。
「まだ食うのかよ」
食べることしか考えていないような、あんたにだけは言われたくない言葉だわ。
「お昼って言ったわよね」
まだとはなによ。朝食をとっても昼食をとるのはふつうだわ。
「あれだけ食ったらふつう…… ベルタだったらあのくらいはふつうか」
頭を使うとお腹が空くのよ。ずっと連続殺人犯のことを考えていたからお腹も空いて当然だわ。
まずは獲物がいるところまで進まないとね。さぁ旅を再開よ。




