おまけ:逃げるが勝ち
随分と荒れ果てた丘陵ね。草木が生えぬ…… というわけではないわ。生えていたのに枯れ果てた後の惨状という感じよ。なにがあったのかしら。
また妙なところに出たわね。白い砂利地帯が長く伸びているわよ。
「ここ…… 川原だったぽいわ。でも、水が干あがっているわね」
痕跡から見て、それなりの川だったはずよ。それが絶えてしまうだなんて、よほど大きな災害があったのかしら。
「上流に堰が見えるな」
かなり大きな堰ね。……って、あれが原因ということかしら。
「え。完全に水を止めちゃっているの。下流の生物が死に絶えちゃうわよ」
これだけの堰が必要になるほどの水量であれば、すべて止めてしまう意図がわからないわ。
「絶えた後みたいだな」
……まさにそんな感じよね。長期に渡って一滴も流していないかの様相よ。
この惨状は人がつくりだしてしまったのだわ。
「酷いことをするわね。使うにしても必要最小限に抑えるべきよ」
あたしの村でも堰はつくっているわ。
でも川の水をすべて止めるようなことはしないわよ。一部を用水路に流して、生活用水や畑に使っているだけだわ。
「ベルタの怒りが、堰をつくった者どもを裁きそうだな」
ガルマさんとあたしを一緒にしないでくださいよね。
「え。さすがにそんなことはしませんよ」
意見はしたいわ。とはいえ、いまさら遅いわよね。
「ちょうど怒りが向ってきておる。堰まで登れば村が見えよう」
へ。あたしの怒りが向かってくるですって。どこからですか。意味不明ですよ。
まさかねぇ。まぁ堰を登ってみるわ。
……たしかに近くの村を見下ろすことができたわね。なにやら異様な光景になっているわよ。
「げ。村だけ、すげぇ嵐になっている。周囲は天気なのになんで村だけ」
あんたにもそう見えるのね。あたしの目がおかしくなったのかと思ったわ。
あれがあたしの怒りだとおっしゃるのかしら。あんなのあたしのせいじゃないわよ。冗談にすらなっていないわよね。いつからあたしは物の怪になったのよ。
「避難していく人たちと、村に残って騒いでいる人たちがいるわね」
様子が変よ。まさか嵐と戦おうとしているわけじゃないわよね。
「残ったほうはなにをやっているんだ。石を投げたり弓を撃ったり。嵐を追い返せるとでも思っているのか」
「変よねぇ。家屋の補強をするならわかるわ。でも、どう見ても攻撃しているわよね」
逃げる人々は、持てるだけの荷を持ち出しているようにも見えるわ。
嵐からの一時避難というよりも、村を見捨てて逃げるかの雰囲気よ。
村に残る人々は叫びながら、空に向って攻撃を仕かけているように見えるわ。
どういうことよ。雷雲になにかがあるのかしら。……って。雲の切れ間から足のようなものが見えたわ。
少し降りれば全容が見えるわよね。……ちょ。なによあれ…… 物の怪なんてものじゃないわ。まさか獣の神様とか……
「なんだありゃ。バカでかいし浮いているし。それに燃えているような。馬みたいにも見えるけれども」
「麒麟。神獣だ」
神獣ですって…… 本当に神の獣なのね。
雷雲で陽が遮られているから黒く見えるわ。燃えているかのように部分的に光を放っておられるから、馬に似た容姿であることはわかるわね。
雷を溜めた厚い雷雲に囲まれておられるわ。その下に嵐を起こされているかのように見えるわね。
とはいえ麒麟様が嵐を操って攻撃しておられる最中には見えないわ。ただ村を観察されるかのように佇んでおられるのよ。
「神獣? それは人に抗える存在なのですか」
「無理だな」
ですよね。村に残る人々の正気を疑うわ。どう見ても抗える存在ではないのよ。軍隊ですら相手になるとは思えないわね。
ガルマさんはあたしの怒りが裁くと比喩されたわ。あたしにあんな真似はできないわよ。あたしがマアマさんを振るう力に喩えられたのよね。それほどの脅威だとおっしゃっているのかしら。
「神獣とは一体どのような存在なのですか」
「我は竜神の導きで国や世界を裁く。神獣は自身の判断で町や村を裁く」
ふむ。竜に連なる者が粛清にこられるような大事になる前に、災いの芽を刈り取られることがお役目ということかしら。
「堰をつくることは、裁かれるほどに大きな罪ということですか」
堰自体は大抵の村がつくっているのよね。とはいえ、川を干上がらせるほどに酷いものは聞いたことすらなかったわ。
「堰は、驕りたかぶった結果のひとつにすぎぬ。学びの機会が必要とみなされたのだ」
堰による自然の被害を考えないような、普段の姿勢を問題視されているということかしら。
学びの機会、ね。麒麟様が動かれないのは、正しき姿勢を説かれるためなのかもしれないわ。
でも村人は、わめき散らしながら攻撃を続けているわよ。
「学びですか。そのようには見えないのですが」
少なくとも村人には学ぶ気がないとしか思えないわ。
「村を滅ぼすことで教えようとしておるからな」
ちょ。滅んでしまっては学べませんよね。
いやいや。ガルマさんが、そんなボケをかまされるわけはないわ。
「そんな。越えられぬ苦難ということですか。それでは人は、どうすればいいのですか」
苦難を乗り越えて成長することを望んでおられるのですよね。越えられない苦難なんてものを与えられては滅ぶしかありませんよ。
「逃げればよいのではないか」
あ。
苦難を乗り越える方法は、戦って勝つことだけではないわ。それはグールへ挑んだときに教わったわね。
つまり、この場で学ぶ機会を与えられるのは、逃げた人々のみなのよ。抗う人々は滅ぼされるということなんだわ。
お厳しいわね。あたしには、抗う人々の気持ちも理解できるのよ。
「先祖代々受けついできた地を捨てて、逃げるしかないとおっしゃるのですか」
そんな簡単に捨てられるものではないのですよ。村をつくる際には相当の犠牲を払っているはずだわ。危険を冒し、労力を割いて、何代もの長い時間をつぎ込んで生活基盤を安定させるものなのよ。
「人が、ほかの動物にもしておることであろう」
「あ」
人は開拓と称して、動物の生息地を奪い続けているわ。動物にとっては、代々住み続けていた安息地であったはずよね。それは弱肉強食の世界において、ある程度は仕方のないことだわ。
「なんでも力ずくで解決できると思うのは驕りだ。麒麟のなす様を見て、己が身を省みろということだ」
つまりこの村の暴挙は、ある程度じゃ済まなかったということなのよね。調和の維持を無視して、恵みのすべてを奪い取るような蛮行は赦されないのよ。人が追われる側になったから弱者を救え、と被害者面はできないのだわ。
「おっしゃることは理解できます。でも待っていただけませんか。説得で済むことではありませんか」
村を捨てられなくて抗う気持ちはわかるわ。でも抗って護れる状況じゃないのよ。麒麟様を目の当たりにした今なら、説得すれば理解できるはずよ。
「ならば説得してみるがよい。逃げる者が逃げ終えぬまでは、麒麟は手を出さぬであろう」
「わかりました」
麒麟様が動かれる前に説得しなくちゃね。急ぐわよ。
村に着いたわ。麒麟様はまだ佇んでおられるわね。
「みなさん逃げてください。麒麟様は神獣です。人に太刀打ちできる存在ではありません」
「バカ言ってんじゃねぇ。この地には御先祖様も眠っているんだ。なにが相手だろうが追い払う」
気持ちはわかるわ。とはいえ、それは不可能なのよ。
「落ちついてください。見ればわかりますよね。力の差は歴然です。追い払える相手ではありません」
「できるできないじゃねぇ。やらなきゃならねぇんだ。娘っこは引っこんでろ」
その気持ちもわかるのよ。でもここは逃げるべきだわ。生き残りさえすればやり直せるのよ。
「御先祖様も。ここでみなさんが朽ちることは望まれないはずです」
「命がけで拓いて護り続けた地を、明け渡すことを望んでいるってか? んなわけねぇ。命に代えても村は護る」
あぁ。説得は無理だわ。
ガルマさんのおっしゃるとおりね。残った村人は完全に驕ってしまっているのよ。
自分が常に正しいと思いこみ、何事も力ずくで解決しようとするのだわ。話がまったく通じないのよ。
村人を裁かれるのは神獣であられる麒麟様だわ。麒麟様から見れば、説得もできないほどの愚かな人は滅ぼすしかない存在なのよね。
理屈ではわかるのよ。こんな人たちは、自然にとってもほかの人たちにとっても有害だわ。増えないうちに排除することが世界にとっては望ましいわよね……
あ。麒麟様が今にも攻撃を開始しそうに動き始めておられるわ。まずいわね。
このままでは目の前の人々が滅んでしまうわよ。愚かすぎる人々とはいえ、あたしには見殺しになんてできないわ。どうにかして助けてあげたいわね。
……マアマさんも神獣に匹敵、いや、それ以上の存在のはずだわ。ならば、マアマさんを手にしたあたしが助けることは赦されるのではないかしら。
仮にそうだとしても、麒麟様を相手にしてどうやれば助けられるというのよ。
村人を強制的によそへ釣れば……
村を滅ぼされた村人が凶行に走りかねないわね。
バリアで村を護れば……
おそらく麒麟様は力も時間も無制限よね。実質的に無理だわ。
ならば残る手は……
可能性が低くても賭けてみるしかないないわね。
「おっけー」
マアマさん…… ありがとうございます。協力してくださるのね。
ではお願いしますよ。えいっ。
よし。村ごとみんなを遠くへ移動させたわ。麒麟様が視界に入らないほどの遠くよ。どこかの海上みたいね。
村人たちが動揺しているわ。しばらく我慢していてね。あたしの狙い通りになれば、すぐに説明不要な状況に戻るはずなのよ。
なる保証はないわ。ただの願望よ。とはいえ、今はこれに賭ける以外の手を思いつかないわ。
あ。戻った…… のよね。麒麟様がいらっしゃらないわ。嵐も消えているわね。
「おお。奇跡だ」
「御先祖様が護ってくださったんだ」
「村は護られたぞ!」
「俺たちの勝利だ」
「最後まで戦い抜いて正解だった」
この人たちには、なにを話してもムダなのよね。アルフたちのところへ戻るわよ。
説得に失敗して、あたしでも察することができたわ。村人たちが驕りたかぶり、危険な道を歩んでいることをね。
とはいえ察したところで、あたしには説得する手段が見当たらないのよ。それでも生き残りさえすれば、いつかは更生する機会もあるはずだわ。
「村を飛ばしても追ってくるとは思わなかったのか」
思いましたとも。
麒麟様であれば、どこへ逃げたところで追うことはたやすいはずなのよ。
「逃げればよい、と先に伺っておりましたので。村を含めて逃げても見逃していただけるかは賭けでした」
ガルマさんからの助言がなければ手はなかったわ。
逃げるという選択肢を与えられているのであればもしや、と賭けてみたのよね。
「麒麟を攻撃しなかったことだけは評価できるか」
いくらあたしが愚かでも、そこまで横暴ではありませんよ。
「麒麟様に非がないことも伺っておりましたから。攻撃する道理がありませんでした」
ガルマさんはあたしのことを誤解されていないかしら。かよわい乙女であるあたしが、おそれ多くも神獣であられる麒麟様を攻撃しようだなんて思うはずがないわよ。
きっとアルフのせいね。いつもあたしのことを荒くれ者みたいにいうから、ガルマさんまで感化されちゃったんだわ。
「攻撃したところで無意味であったしな」
マアマさんにお願いしたとしても、とおっしゃっているのよね。
「それは…… シイタ様のときと同じですか。身体を破壊できるだけ、ということですよね」
神獣と伺いましたよ。となれば、身体に依存しているとは思えないわ。
「うむ。麒麟の攻撃は物理のみではない。マアマでもお主を護りきれぬであろうな」
やっぱりすごい力の持ち主なのですね。マアマさんがいくらお強くても、あたしが弱すぎるから当然かしら。
まぁ、そうなったときには護っていただく必要もないわね。神に属する方があたしを裁くとおっしゃるのであれば諦めて受け入れますよ。裁かれるほどに堕ちてまで生きながらえたいとは思わないわ。
「でもよかったです。村の人たちが無事で」
麒麟様には申し訳ない気持ちでいっぱいだわ。とはいえ、あたしはどうしても見殺しにできなかったのよ。
「目の前の人だけを見るのであれば、そう言えるのかも知れぬな」
な。なんて哀しそうな雰囲気になっておられるのよ。
「え。それはどういう意味でしょうか」
やめてくださいよ、そんな不気味な含みを持たせたお言葉は。
まるで目の前にいない人へ危害を加えてしまったようなおっしゃり方ではありませんか。
「麒麟に聞いてみるがよい」
「え」
ひ。いつの間にか上空に麒麟様が佇んでおられるわ。
……近くで見ると、金縛りにあったかのような感覚に襲われるわね。
いや、そんな甘えたことを言っていられる状況ではないわ。麒麟様には非礼をおわびしなければならないのよ。どうにかして声を絞り出さなきゃね。
「麒麟様。申しわけありません。村に残る人々をどうしても見すごせなくて」
どう弁解すればいいのかがわからないわ。ただ助けたいという感情だけで動いてしまったのよね。
「人の子よ。人であるお主が、人を護るのは道理だ。責めはせぬ」
「ありがとうございます」
よかったわ。怒ってはおられないみたいよ。さすがに広い心をお持ちなのね。
「だが考えよ。次の機会を。奇跡の再来を信じて残る者が増えよう。それはお主の寿命が尽きた後のこと」
次の…… 機会ですって。あたしが死んだあとですって。
……ガルマさんがおっしゃったのはこのことなのね。目の前の村人たちの命は救えたわ。でもその代償として、これから生まれてくる子どもたちを、きちんと逃げた人たちの未来までもを、犠牲にしてしまったとおっしゃるのね。
このあたしがよ。
「あ。そんな。あたしのせいで犠牲者が増えてしまうのですか」
そんなつもりじゃなかったわ。ただあたしは人を助けたかっただけなのよ。
「この機会に学ぶべきは逃げること。そして己がなしてきた行為を知ること。ガルマは助言しなかったか」
う。まさにそのようにおっしゃっていらしたわ。
「たしかに伺っております。ですが次の機会のことまでは考えがおよびませんでした」
どうしてあたしは思い至らなかったのよ。ガルマさんは何度も人の世界を滅ぼされたとおっしゃっていたわ。なら麒麟様も同様に何度でもいらっしゃると考えて然るべきだったのよ。
「常に考えよ。滅ぼすために人をつくったわけではない。滅ぼさんとするときには、その先に意味がある」
あ。待って。麒麟様、お待ちになってください…… 空の彼方へ走り去ってしまわれたわ。
そうよね。ガルマさんの側である麒麟様が、無意味に人を滅ぼすわけがないのよ。学ばせるための滅びであることは先に伺っていたわ。
たとえるなら病巣の除去よ。病巣を無力化せずに除去を止めれば悪化するのみだわ。わずかな部位切除で済んだはずが、命を落とす事態に悪化しかねないのよ。
麒麟様は村を救うための手術をなされようとしたのよね。あたしはその妨害をしてしまったのだわ。
「ガルマさん。申しわけありません。せっかく助言を頂いておきながら。あたし、とんでもないことを」
村人を説得できなかった時点で、滅びの意義を察していたはずなのにね。
「悔いるな」
「でも」
犠牲にしてしまったのはあたしの未来じゃないわ。まだ生まれてもいない罪のない人たちや、きちんと逃げて学ぼうとした人たちの未来を犠牲にしてしまったのよ。
「失敗の経験は教訓とせよ。悔いることはムダでしかない」
……教訓ですか。どうしてあたしが失敗してしまったのかですよね。
ひとつには、またしても感情に流されてしまったことよ。
そしてひとつには……
「……はい。あたしも驕っていたのですね。マアマさんがいれば、力ずくでどうにかなると……」
次の機会…… もう、もう、取り返しがつかないのね。
あたしが判断を誤ったせいで、より多くの人が犠牲になってしまうのだわ。
悔いるなとおっしゃっても無理よ。勝手に涙が出てくるわ。
「でも。わかりません。あたしを説得に行かせたのはどうしてですか」
ガルマさんが、こんな意味のないことをあたしにさせた意図がわからないわ。
「望んだのはお主であろう」
そうですね。とはいえ、このような結末になることは望んでおりませんよ。
「あたしのせいで犠牲者が増えること。わかっておられたのですよね」
ガルマさんであれば、こうなることは簡単に予想されていたはずだわ。
「悔やまずにはおれぬか」
あたしはいまだに愚かなのですよ。悔やまずになんていられないわ。
そうよ。愚かなクセに身の丈に合わない力を振るえることが間違っているんだわ。
「やはり、あたしにマアマさんの力は、あまりにも過剰です。分を弁えずに判断を誤ってしまいます」
本来なら、なすすべもなく諦めるところだったわ。諦めきれなかったのはマアマさんがおられたからなのよ。
「驕りを自覚したのではないのか」
驕りは自覚したわよ。二度と同じ過ちを繰り返すまいとは思うわ。でもそれで、壊してしまった未来をもとに戻せるわけではないのよ。
「遅いのです。きちんと学んで逃げた人たちの未来を壊してしまった後なのです。あたしはもう……」
マアマさんとはお別れするしかないのだわ。
マアマさんが悪いわけではないとわかっているわ。とはいえ、マアマさんがいなければできなかったことなのよ。つまり、あたしごときの手にあってはいけない力だということだわ。
ごめんねマアマさん。あたしはあなたの遊び相手としてはあまりにも愚かなのよ。どうかあなたに見合った人を――
「犠牲が増える、と決まってはおらぬ」
「え」
……まさか。次の機会を防ぐ手段があるとおっしゃるのですか。
「お主が進化できたなら。あやつらを導くこともできるのではないのか」
な……
それは、あくまでも可能性のお話よね。でも、なせれば今回の失敗は成功に変わるわ。今の村人は無論、これから生まれる人たちをも助けられるかもしれないのよ。
選択肢なんてないわ。やるしかないのよ。
ガルマさん…… 村人を説得できぬと御承知のうえで、あたしを行かせた意図がようやくわかったわ。
「……最初から、そこまでお考えのうえだったのですね。たしかに。悔いている場合ではありませんね」
幾ら悔いたところで状況が改善することはないわ。悔いる暇があったら未来を考えるべきなのよね。
「考えよ、とはそういうことだ」
失敗したなら挽回する方法を考えるべきなのよ。取り返しがつかない失敗も、同じ失敗を繰り返さないための糧にはできるわ。
いかに未来へ活かすかを考えるべきなのね。
「はい。ようやくわかった気がします。まず考えるべきことを考えねばならないのですね」
間違った方向にいくら考えても意味がないのよ。考える前に、考える方向を考えねばならないのだわ。今回の場合は失敗を挽回する方法が残っていたのよ。それを考えずに、再発防止だけを考えてしまっていたのね。
……容赦ないわ。善悪と正邪の、決定的な違いを垣間見た気がするわね。
ガルマさんは大願のために、未来の人たちを人質にとったのよ。あたしを背水の陣へ追い込まれたのだわ。悪辣よね。それなのに正ではあるのよ。
大願のためなら冷酷になられることはわかっていたわ。でもまさか、あたしの進化を促すために、ほかの人の未来を犠牲にしてしまうだなんてね。
それにしてもよ。ガルマさんがこのような差配をなされたということは、あたしに進化の可能性があるということだわ。望みがないのに無駄なことをさせるようなお方ではないものね。こうなったら意地でもやり遂げるしかないわ。
「ベルタにも目的ができてよかったんじゃね。この村の、今も未来も救えるわけだ」
救えると決まったわけじゃないわよ。可能性を示されただけだわ。
「簡単に言ってくれるわね。いまだ誰もなしていないのよ」
やり遂げるとは決めたわ。とはいえ、目処は立っていないのよ。
「ガルマさんとマアマも一緒に旅した人もいねぇだろ。いけるいける」
軽いわ。でも言っていることは間違っていないのよ。
「そうよね。あたしは今、ものすごく恵まれているのよ。あたしが目指さなきゃいけないのよね」
人の歴史において進化を目指すうえで、あたしが最も有利な立場にあるのだと思うわ。
ガルマさんとマアマさんは今後いっそう欠かせない存在となるわね。
「その意気だ。もうマアマと別れようなんて考えるなよ。この村の今を救えたのはマアマのおかげだ」
「え。どうしてそんなこと」
口にしてはいないはずだわ。どうしてアルフが知っているのよ。
「ばればれだ。マアマ泣いていねぇか? 全然しゃべらないぞ」
そ、そうよ。マアマさんはあたしの思考を読まれたはずよね。そのときのお気持ちは察するにあまりあるわ。強大な力の持ち主とはいえ、出会ったときはすぐに泣いていた泣き虫なのよ。
「え。うそ。マアマさん、ごめんなさい。マアマさんが悪いわけじゃないのに」
今回はマアマさんがどう差配されたところで、あたしが哀しむ結果になっていたと思うわ。マアマさんに非はないのよ。どうしようもなかったんだわ。
それなのにあたしの都合で決別を告げてしまうだなんて理不尽がすぎるわよね。
「べるたー。だっこー」
マアマさんの口調はいつもどおりよ。感情を押し殺して耐えていたのかしら。
もう二度と負の考えには至らないわよ。
「んじゃ行くか。この村には、今は関わらないほうがいいだろ」
救わねばならないとはいえ、今できることはなにもないわね。
今はとにかく進化を目指すべきだわ。
「うん。マアマさん。これからも力を貸してくださいね」
「べるたー。すきー」
あたしも大好きですよ。いつも本当にありがとうございますね。
ふぅ。一段落したとはいえ、とんでもないことになっちゃったわ。
旅を始めたときのことを考えると、現状はどうにも腑に落ちないわね。
「でもなぁ」
「まだなんかあんのか」
まだというか、むしろ増える一方よ。
「旅をしてみたかっただけなのに。なにかおかしくない」
これはアルフの旅なのよ。どうしてあたしがこんなことになっているのかしら。
「俺はおもしろければいいけれども」
同感だわ。だから愚痴っているのよ。
「あたしも楽しめればいいと思っていたのよね。でも、進むほどに重責が増えているわよ」
最低でも進化してあの村を救わないといけなくなったのよね。最低条件が前人未到の目標なのよ。おかしいわよね。あたしはただの村娘なのよ。
「荷物を減らせよ」
くだらないボケをかまさないでよ。これくらいの言葉は知っているわよね。
「重荷じゃなくて重責よ」
減らせる責任があるというのなら、ぜひとも教えて欲しいわ。背負うというよりも枷よね、これ。
「あんまり気にしても仕方がないんじゃね。竜神様の大願も運任せって。前に言っていたじゃん」
運ねぇ。力の大きさはあたしにもわかっているつもりよ。
「そうねぇ。でもそれも努力が前提なのよ」
気にしなくていいものじゃないのよね。運に任せられるのは尽力したあとだけなのよ。
「やれることだけやればいいってことだろ。あとは呼び主を見つけてから、ぶん殴れば気が晴れるんじゃね」
能天気って本当に気楽でうらやましいわ。
「あはは。別に恨みがあるわけじゃないからね。ここは能天気を見習っておきますか」
あたしは強運だと自覚しているわ。それでも進化に至れるとまでは到底思えないのよね。
やっぱり大切なのは地道な努力よ。ガルマさんとマアマさんなら必ず導いてくださるわ。直接には導けずとも、今回のようにあたしが考えるための材料を提供してくださるはずなのよ。それらを見落とさずに糧とするしかないわ。
さぁ、次よ次。あたしには時間がないわ。旅を再開よ。




