おまけ:変態の光
山の中とはいえ街道なのに人通りが皆無ね。荒れていてもつくりはしっかりとした街道なのよ。かつては活用されていたのだと思うわ。この先でなにかがあったのかしら。
勾配が下りになったわね。これで少し楽になるかしら…… って。街道が広大な湖の中へと続いているわよ。参ったわ。街道沿いに進めるのはここまでね。
「また大きな水辺か。すっごくきれいな水ねぇ。よく見ないと、水があるのかないのかわからないわよ」
水面への映り込みがあるからわかるって程度なのよね。
「異常にでっかい湖だな。水没した盆地って、これかな」
「あぁ。そんな話を道中で聞いたかしら。水没した村につながる街道だったのね」
そりゃ立派な街道でも寂れるわ。
「その辺りで神隠しがあるって話もあったけれども。曖昧な噂だけだったし。この広さじゃ避けようがねぇ」
避けようと考えてくれているだけでもアルフにしては立派なもんよ。避けられないとなれば検討する必要があるわね。
道中で最後に立ち寄った町も、かつては賑わっていたらしいのよ。今は寂れていて、訪れる人も少ない様子だったわ。盆地の水没と、神隠しの噂で寂れたらしいのよね。
ここがその盆地となると、噂を整理しておくべきかしら。
昔、盆地にあった村が水没してしまったらしいのよ。特産品の生産地であった村だから、交易が途絶えた町も寂れてしまったのね。
さらに追い討ちをかけるように、神隠しの噂が流れたそうよ。神隠しは水没した盆地付近で発生していたらしいわ。神隠しに遭ってから生還した者はいないそうよ。だから原因も場所も、詳細は不明のままという話だったわね。
まぁ神隠しなら、あたしたちが気にすることはないわ。だって実質的な神はここにおられるのよ。
そんなことよりもこの水よね。あまりにもきれいすぎるわ。これは期待せざるをえないわよね。
「これだけ大きな水場が続くということは。もしかしてウンディーネ様に出会う前兆だったり」
次々と四大元素精霊様にお目通りする機会が訪れるだなんてね。この点に関してはアルフの呼び主に感謝せざるをえないわ。
「以前は、ここにいたな」
「はう。以前ですか」
今はいらっしゃらないのですね。あうぅ……
「あやつは人の中でも男性を好む。誰かについておるのかもな」
「四大元素精霊様がですか…… そうか。主がマアマさんですしね……」
「あはははは」
まさかと思ったわ。でも主であるマアマさんがあたしについてくるくらいなのよ。となれば十分にありえるわね。あぁ、イメージが崩れそうよ……
お目通りがかなわなかったとはいえ、シルフ様とウンディーネ様には近づけたわ。いつかはお目通りできそうな状況なのよ。残る四大元素精霊様は一角のみね。
「あとはイフリート様ですか。どのようなお方なのですか」
「あやつは人には興味がない」
うんうん。なんといっても四大元素精霊様ですものね。それくらいの威厳はお持ちで然るべきよ。とはいえ、お目通りできないのも寂しいわ。
「四大元素精霊様であれば、それが本来という気もします。でも人との確執がおありなのでしょうか」
この旅ならお目通りできる機会があると思うわ。でもそのときに避けられたくはないのよね。
「単にあやつの拠点は人の寄れぬところが多い。活動中であれば、近づいただけで人は蒸発するであろう」
「そっかぁ。火だと近づくだけで危険ですもんね」
嫌われていないのであればいいかしら。
今のあたしならマアマさんがおられるから、機会さえあれば溶岩の中でもおそらくは大丈夫だものね。
「さぁて。湖だったら浮き輪で進めるけれども」
「出す?」
ここならまさに目的通りに使えるわね。
「やばい水棲獣がいるかどうかだな」
「湖はおそらく閉じているわよね。外から流れこまないなら、いない可能性が高いとは思うわ」
こないだの川は水棲獣がすごかったから警戒もするわよ。でも池や湖では、危険な種はめったに見かけないのよね。
「今回は迂回も不可能ではないだろうけれども。せっかくだし浮き輪で釣りも試したいな」
「そうね。いざというときはマアマさん。お願いしますね」
「まかせろー」
ここなら危険な水棲獣がいたとしても対処できるはずだわ。あの川と違って澄みきった水なのよ。なにかが近づけば遠くからでも丸見えだわ。
さて浮き輪だったわね。どこにしまったかしらと。
「あれ。獣じゃねぇな。馬がこっちに向って歩いてくるぞ」
「こんなところに馬? 近くで馬車の事故でもあったのかしら」
たしかに湖の縁を馬が歩いてくるわね。野生の馬なんて聞いたことがないわよ。きっと人から逸れた馬よね。
ん。アルフの様子がおかしいわ。妙に警戒しているみたいよ。ただの馬が歩いてきているだけなのにね。なにに襲われても平然としていたほどに能天気なアルフがどうしたのかしら。
「いや…… なんだか変な馬だ。尻尾が魚の尾ひれみたいな。やばい気がする」
アルフが警戒するとなると相当に危険と考えるべきかしら。尻尾が変な馬の話は…… あぁ、あったわ。
「聞き覚えあるわね。たしかケルピーだったかしら。物語に出てきた幻獣よ。実在するのね」
ケルピーの物語はたしか……
「ケルピーは精霊だ。水棲馬として受肉しておる。ウンディーネの去った湖を護っておるのやもな」
精霊様ですって。……でも変わった馬にしか見えないわね。
近くまでいらしたわ。ガルマさんとマアマさんに挨拶をしておられるのかしら。おそらくは意思疎通をされているのよね。言葉を発しておられないから、なにを話されているのはわからないわ。
あら。あたしたちの前に座られたわよ。
「おぉ。可愛いな。よしよし」
ちょ。アルフったら、さっきまでの警戒はどこへいったのよ。喜んで撫でているわ。アルフをどうにかしなくちゃね。
「見た目は馬でも、精霊様なのよ。失礼だと思うわ」
「でも気持ちいいように見えるぞ」
……たしかにそう見えるわ。くつろいでおられるみたいよ。
「……そうね。問題ないのかしら」
少なくとも嫌がっておられるようには見えないわ。気分を害されていないのであればいいのかしら。
あら。こっちを向かれて鼻息を鳴らされたわ。なにかの意思表示よね。
「乗れと言っておる」
乗れって…… まさか精霊様にですか。
「おぉ」
「へ? 精霊様が? あたしたちふたりともですか?」
「うむ。湖を案内するそうだ」
ガルマさんの仲介であれば疑う余地はないわ。
ケルピー様の物語は少々怖い内容だった覚えなのよね。でもガルマさんのお墨付きなら危険はないはずだわ。
「お。歓迎してくれるのか。だったら甘えようぜ」
「そうね。せっかくのお誘いを断る理由もないわ」
では失礼しますよっと。なんというか…… たしかに馬の乗り心地ではあるわ。でもすごく乗りやすい感じね。ふつうの馬とは明らかに違うわよ。
立ち上がって歩き出されたわ。
「え。そっちは湖よ」
いけないわ。湖に沈…… まないわね。湖面を歩いておられるわよ。っと、駆け出されたわ。
まさに飛ぶような速度ね。でも、馬上はほとんど揺れていないわ。安心して乗っていられるわね。
「おぉ。水の上を走っているぞ。すげー」
「そうか。精霊様だものね」
真上から湖を覗くと、まるで水がないかのように澄んで見えるわ。映り込みが最小限に抑えられているからかしら。それにケルピー様が湖面を駆けられても水紋が出ないのよね。
「すっげぇ深いのに、底まで見えるぞ」
「ここまで澄んだ水なんて、初めて見るわね。ありえない透明度だわ」
足を止められたわね。ここは…… 湖の中央あたりかしら。
ケルピー様がこちらを見ておられるわ。でもなにをおっしゃりたいのかはわからないわね。
「大丈夫ー」
「え? マアマさん。大丈夫ってなにが。きゃ」
ちょー。突然真下に向かって潜りだされたわ。息がもつかしら。ケルピー様に浮上をお願いするべきよね。
「もがもがもが」
「んーんーんー」
移動が速すぎて無理よ。口を開けたらやばそうよねこれ。アルフももがいているだけだわ。
「いきできるよー」
へ。
マアマさんは息ができるとおっしゃったのよね。でもにわかには信じがたいわよ。
だって全身の皮膚は明らかに水に接しているわ。バリアで空気が確保されている様子はないのよ。
でもこのまま耐えていれば窒息するわね。水を吸ってみるしかないわ。マアマさん信じますよ。スー、ハァ。
あら。ふつうに呼吸できたわ。吸いこむ瞬間に水が空気へ変わっているみたいね。
「アルフ。ふつうに呼吸できるわよ。水を空気だと思って吸ってみて」
「ぶは。おぉ。マジだ。マアマか。器用すぎだろ」
会話も問題なく行えているわね。あいかわらず想像を超える力を見せてくださるわ。
「さっきの大丈夫って。このことだったのね」
「あはははは」
ハァ。屈託のない肯定ですね。
マアマさんが相手では空気も読めないのよ。はっきりと言葉で伝えていただくほかはないわ。
「助かりましたよ。でも、説明は先にしてほしいです」
「えー」
く。
説明され忘れただけかと思いきや、わざと説明されなかったみたいよ。
「うぅ。黙っていることも遊びなのですね」
「あはははは」
マアマさんが助けてくださるのは、あくまでも遊びとしてなのよね。この先も思いやられるわ。
「まぁ。文句ばっか言ってねぇで楽しめよ。すんげぇきれいだし気持ちいいぞ」
「それもそうね。こんなきれいな湖の中を乗馬して散歩するときが来るなんて。想像すらしていなかったわ」
とんでもなくきれいね。外からでもきれいに見えていたわ。でも映り込みがない分だけ、水中からのほうが見やすいのね。
縦横無尽に移動できる水中。目を楽しませる色鮮やかな魚の群れ。ところどころに差し込んでは揺れる幻想的な陽光。常に全身を洗い流されているかのような水中での高速移動。ほかでは味わえぬ光景と爽快感よ。
湖底に降り立たれたわ。家屋の残骸が埋もれているわね。水没する前には村があったところなのかしら。
歩き出されたわ。この先に見えるのは…… 神殿みたいね。石造りのおかげで壊れずに残ったみたいだわ。
神殿の入り口でお座りになられたわね。ここで降りろということかしら。よいしょ、と。
ふむ。ケルピー様が連れてきてくださった神殿となると……
「ここは、ウンディーネ様を祭っておられたのでしょうか」
「祭られていたのは妄想の神だ。沈んだ後で、ウンディーネが物置にしていたようだ」
また妄想の神なのね。
でも、ウンディーネ様が物置にしておられたとおっしゃるのは気になるわ。
「四大元素精霊様が、物を持っておられるのですか」
「ウンディーネへの供物を、湖に投げこむ者がおったようだ。それを集めていたようだな」
なるほどね。湖の掃除と、供物を捧げる気持ちを大切にしたいとの思いをかねて、集めておられたのかもしれないわ。
ケルピー様が先導されているわよ。神殿内に案内していただけるのね。お邪魔しますよっと。
神殿の中は…… 集められた供物らしきものがところ狭しと並べられているわ。
「ウンディーネ様が喜ぶような供物ってなんだろ」
これらの供物はウンディーネ様のために選ばれた品のはずだわ。
「金貨に金銀の斧。指輪に彫像? 嗜好がよくわからないわね」
供物からは共通点が見えないわ。
しいていえば、水に溶けず浮かばず痛まないものかしら。
「喜ぶものなどなかろう。喜ぶとすれば、そこにこめられた想い次第か」
「それもそうですね。与える側の存在ですし」
主であられるマアマさんと同じような感じなのよね、きっと。
あら。ケルピー様がなにかをおっしゃりたそうに見えるわ。
ん~。あたしには、なにをおっしゃりたいのかまでは想像できないわね。ガルマさんが助けてくださらないかしら。
「なんでも持っていけ、と言っておる」
「え。想いのこもった品が置かれているのですよね。持っていっちゃまずいでしょ」
たった今、集められた理由を聞かされたばかりなのよ。持ち出していいわけがないわ。
「置いた行った程度のものだ」
……たしかにね。ウンディーネ様はこれらの品を置いて去られた後なのよ。本当に大切なものであれば持っていかれたはずだわ。
「そっか。でも、なんでもとおっしゃってもねぇ」
今は旅の途中なのよ。供物をもらっても荷物にしかならないわ。
役立つとすれば…… そうね、荷物を入れるものかしら。
「これよりも、大きいリュックがあるなら欲しいわ」
町へ寄るたびに探してはいるのよ。でもこれ以上のは見つからないのよね。
「いや。それは要らないから」
む。アルフには関係ないわよね。
「あたしが欲しいのよ」
あんたの荷物もリュックに入れているわ。この先になにがあるのかもわからないことを考えれば大きいほどいいわよね。
「今のリュックでも、渡し守のじいさんに警戒されていただろ。この先、どこかで拒絶されかねないぞ」
はう。そんなこともあったわね。
「う。ウンディーネ様が触れておられたようなものならどれでも欲しいわ。でも、供物じゃ特に欲しいものはないかしら」
さすがにウンディーネ様が身に着けておられたようなものはないわよね。受肉はされておられないのでしょうし、物を使う機会もないはずだわ。
「お前。変態とかストーカーぽくなってねぇか」
な。
あたしはただ、憧れているだけなのよ。
……でも変態とかストーカーも同じような理由なのかしら。でも、でも、あたしは、あたしは……
「そんなんじゃないわよ!」
しまったわね。つい本音が漏れたわ。
「そういう気持ちを抑えることが、精神の鍛錬になるんじゃねぇの」
ぬぐぐ。この憧れも固定観念だってことは覚えているわよ。
「べ、別にどうしても欲しいってわけじゃないし……」
アルフの言葉はいつも本音なのよね。とても重く感じるわ。そうよ、気持ちを抑えなければいけないのよね。
ケルピー様が駆けだされたわ。ついてこいとおっしゃっているわけではないわよね。あたしはあんな速度で移動できないもの。
向かっておられるほうには高い台座が見えるわね。あら、戻ってこられたわ。
なにかを咥えておられるわよ。へ。あたしにですか。
これは…… ティアラね。銀製のバンドの正面にサファイアだけをつけたようなつくりだわ。
バンドは質素なつくりね。でも正面の水滴のような形状の宝石が、とんでもなく美しくて思わず息を呑むわ。
これサファイアじゃないわね。あたしが見聞きしたことのある宝石の中では、比類するものがないほどの美しさよ。
「うわぁ。きれいなティアラね。でもあたしに装飾品はちょっと」
思わず魅入られるほどに美しいわ。
でも村娘が装着するような品ではないのよ。巫女とかの神職か、貴族向けだと思うわ。
「ウンディーネがつくったそうだ」
「喜んで頂きます」
そういうことは先におっしゃってくださいよね。早速装着させていただくわよ。
額に吸いつくような心地いい装着感だわ。なんだか周囲が明るくなったわね。
あたしごときが装着したらおかしくないかしら。前に頂いた手鏡で確認よ。
「うわ。装着すると光るんですね」
光るとさらにきれいだわ。ていうか。光っているのは宝石だけじゃないわよね。とても小さな光の粒みたいなものが周囲にいっぱい浮いて見えるわ。
「あやつもおもしろいものをつくりよる」
たしかにね。装着すると光るだなんておもしろいわ。
「そうですね。すごくきれいです。それにもらったときは結構重かったのに、今は体中が軽くなったみたいな」
どういえばいいのかしら。日向ぼっこをしているような感覚というのが近いかもしれないわね。身体中がぽかぽかして気持ちよくて安らぐ感じなのよ。まるで心身の疲れが癒されていくかのようだわ。
「その光は、お主の生命力を消費して放っておる」
ふむふむ。あたしの生命力を…… 消費……
「……え? えー! これを装着していると死んじゃうってことですか?」
あいかわらずに些事のごとく、とんでも発言をされるわ。まったく問題がないかのように、ティアラを見ておられるみたいよ。
とにかく早く外さないといけないわ。
へ。それは制止のジェスチャーですよね。まさか外すなとおっしゃるのですか。
「逆だ。その光は代謝を助け、害となる要素を浄化する。結果として生命力の消費は抑えられておる」
……普段の生命活動に依る消費量を抑えるから、生命力の消費総量は減るということなのよね。
「すっごーい。さすがはウンディーネ様ですね。では弱った人に、このティアラを貸してあげれば」
この喜びを、ほかの人々にも分けてあげたいわ。
「体中に毒素が発生して、即死するやもしれんな」
だー。先ほどの御説明と逆ではありませんか。理解不能ですよ。
「な。どうしてそうなるんですか」
現にあたしは平気ですよ。毒素なんて発生していないと思うわ。
「生命力を消費して放つ光だ。光の質は、生命力の質に依存するのだ」
光の効果は、装着する人次第ということなのね。毒からつくった光は毒になる、ということなんだわ。
「弱った人の生命力では、いっそう弱らせてしまう、ということですか」
もったいないわ。使わせたい人には使えないだなんてね。せっかくのすばらしい効果なのよ。
「そうではない。力の強さではなく質だ。我欲に駆られた者が使えば身を滅ぼす」
え……
あたしはウンディーネ様がつくられた品が欲しかったわ。その一心でティアラを受けとったのよ。差し出された品とはいえ、我欲に駆られていたといえるわ。ぞっとするわね。
でもあたしに害はでていないわ。どういうことよ。いっときの欲望や感情は影響しないということなのかしら。とすると……
「また欲望の傾きというものに依るのですか?」
「うむ。水は生命と浄化の源。その光は両方の力を引き出せておる。まるでお主用に拵えたかのようだ」
あたし用にですって。ウンディーネ様があたし用に拵えてくださるなんてありえないわ。でも、そう思っていただけるほどの相性だなんて夢みたいよ。
「俺の身体も楽になっているぞ」
「光の届く範囲に効果があろう」
光の効果は装着者以外にも及ぶのね。そのときの光の性質は、装着者に依存しているということかしら。消費しているのはあたしの生命力だものね。
なら、あたしが装着している間は安全と思ってもいいはずだわ。
「おぉ。だったらベルタが装着したまま、弱ったやつに寄ってやればいいんだな」
「でも…… こんなにすごいものを、勝手にもらってしまってもいいのかしら」
見た目だけでもすごいのに、とんでもない力を秘めていることが判明したのよ。いかなる富をもってしても代えられぬほどの価値があるはずだわ。
「あやつにとってはすごくもなんともない。欲しければ遠慮なくもらっておけ」
あ。納得がいく御説明だわ。
人から見ればとんでもなくすごい品よ。でもウンディーネ様にとっては、これほどの品でも大したものではないのだわ。
「それ。かなり目立つな。マアマの発光みたいに。やばい感じはしないからマシだけれども」
そうね。また人々の注目を集めてしまうわ。
「素の状態でもすごくきれいな宝石なのよ。それが発光しているものねぇ。普段は外しておこうかしら」
治療したいときにだけ装着すればいいわよね。そもそもあたしには派手過ぎるわ…… むむ。スムーズに装着できた割に、妙に外しづらいわよ。
「あれ。なにか吸いついているみたいな感じ。なかなか外れないわね」
まるでティアラが離れることを拒んでいるみたいな――
「外すと壊れるぞ」
いや外すと、じゃなくて外れな……
「へ」
こ、壊れるですって。壊すことでしか外れないだなんて、呪いのアイテムみたいにおっしゃらないでくださいよ。
「大量の汚れた力を吸わされたことがあるようだ。酷く痛んでおる」
装着前から壊れかけていたということなのね。
「直すにしても、一度外さないといけないのでは」
装着したままだと外側しか直せないはずよね。
「お主の生命力で自己修復しておる」
ふえぇ。ティアラが自己修復するとは更なる驚きね。
ならば修復が終わるまでは待つことにするわ。
「なるほど。修復作業中に、無理に外すと壊れてしまう、ということですか。どれくらいかかりますかね」
待てと指示される程度であれば数分で終わるのかしら。当面は人気のない山の中だし、夜までかかっても問題はないわね。
「……10年くらいか」
ふんふん。10年ね。
……へ。
「10年? お風呂も寝るときも。ずっと装着したままってことですか」
ガルマさんは時間の感覚もすごいことを忘れていたわ。
「お主の場合は浄化の効果が出ておる。風呂は必要なかろう。寝るときも気にはならぬであろう」
たしかにマアマさんがいる時点で、お風呂が必要ではなくなっているわ。寝るときにも、気にはならないであろう装着感よ。
でも、それらは外したい状況のたとえにすぎないわ。
「いや。必要とか気になるとかじゃなくて。なんというか。外したいときはあると思うのです」
10年ですよ、10年。ずっとティアラを装着したままだなんて考えられないわ。
「同等以上の効果をマアマなら容易に生み出せる。ティアラの複製も可能だ。壊しても問題はなかろう」
こ、壊しても問題がないですって。それこそありえないわよ。
「ウンディーネ様の作品を壊すなんて。とんでもないです」
「お前。どうしたいんだよ。ガルマさんにケンカを売っているみたいだぞ」
ハ。
……そ、そうだわ。ガルマさんは外しても外さなくても問題がないとおっしゃっているのよ。それなのに、あたしはどっちも嫌だと駄々をこねていたんだわ。
これでは埒が明かないわよね。
「あ。ごめんなさい。どうすればいいのか混乱してしまいました」
「よい」
あー、やっちゃったわ。大減点よね。自己嫌悪しちゃうわ。
四大元素精霊様のことになると、頭に血がのぼっちゃうのよ。とはいえ、よもやガルマさんに対してかみつくだなんてね。われながら呆れちゃうわ。
これも精神の脆さなのよね。自制しなくちゃいけなかったわ。でもやっぱりむずかしいわね。
「まぁ。考え方次第じゃね」
む。簡単に言ってくれるわね。そもそも能天気なあんたが、考え方次第だなんて口にしても説得力がないわ。
「どういうことよ」
外せないのも壊すのも嫌なのよね。それを考え方くらいでどうにかできるわけがないわ。
「外したいのに外せない。だったらストレスが溜まるだろ。それを耐えれば精神を鍛えられるんじゃね」
え。つまり装着しているだけで精神を鍛えられるということよね……
「さすがはウンディーネ様! そこまでお見通しだったのですね」
すばらしいわ。やっぱり憧れの四大元素精霊様よ。あたしが精神力を鍛えようとしていることまでも察してくださっていたんだわ。
「いや。それは絶対にないだろ。ただの俺の提案なんだし…… まぁいいか」
そうね。気づかせてくれたのはアルフだわ。
「アルフもありがと。耐えてみせるわよ。目立つことも含めて」
10年くらいなによ。装着し続けてみせるわ。
「喜んでちゃ意味がねぇからな。ちゃんとストレス溜めろよ」
大丈夫よ。あたしは外したいのを我慢しているわ。喜んでなんていないわよ。あぁ~、ウンディーネ様はやっぱり最高だわ。
「こんなお宝だらけで放置はまずくね。いずれ盗賊に狙われるんじゃねぇの。要らないのかもだけれども」
そうね。湖底までくれば神殿には出入りが自由な状態よ。
「そのような輩はケルピーが食っておる」
ひ。食べてしまわれるのですか。
やっぱりケルピー様は、誰に対してもお優しいわけではないのね。物語が怖い内容になっていたことも頷けるわ。
「ぶ。人を食うのかよ。神隠しの原因がわかったな」
そうね。ケルピー様がお相手では生還なんて不可能だわ。町の人から見れば神隠しとしかいいようがないわよね。
とはいえ、あたしたちには案内までしてくださるほどにお優しい方なのよ。
「そんな怖い存在には見えないわ。でも、やっぱり精霊様なのよね」
精霊様として、優しさに匹敵するだけの厳しさもお持ちなんだわ。
「助けるか食べるかは正邪次第。食われたなら自業自得だ」
うーん。おっしゃるとおりよ。となると、あたしがティアラに手を伸ばしたことも邪よね。
「でもやっぱり不安だわ。ウンディーネ様の許可を直接もらったわけでもないのにティアラを持ち出すなんて」
これはウンディーネ様のものなのよ。あたしが欲しいからと勝手に持ち出していいわけはないわ。
「管理はケルピーに任せておるのであろう。そのケルピーから差し出したのだ。気にすることはない」
それは承知しておりますよ。問題はこの先のことなのよね。
「そうなのですが。ウンディーネ様は、そのことをご存じないわけで」
ティアラを装着した状態でウンディーネ様にお目通りしたら、一体どう思われるのかしら。ウンディーネ様からどう思われるのかは、あたしにとっては死活問題なのよね。
「おしえたー」
「へ」
突拍子がないうえに言葉足らずでさっぱりですよ。
「うんでぃーねー」
……聞き間違いじゃないわよね。ウンディーネ様にティアラのことを教えたとおっしゃっているのかしら。
「……ここにはいらっしゃらないのですよね? それでも話せるのですか」
マアマさんたら、突然になにをおっしゃるのかしら。
あたしは直接にウンディーネ様から許可を頂きたいわ。でもここにはいらっしゃらないのよ。だから葛藤しているのに、教えたとおっしゃっても理解しがたいわ。
「いい加減に学べ。マアマにとっては、この世界のうえならどこでも一緒だ。もう3度目だぞ」
そのお言葉は覚えていますよ。忘れたわけではないわ。
「一緒って…… よその国のような遠くからでも話せるってことですか」
ウンディーネ様はどれだけ遠くにおられるのかすらもわからないのよ。底の見える峡谷や、城壁に囲まれた王都とは違うわ。範囲も特定できない状況でお話をするだなんて、どうやるというのよ。理解しがたいわ。
「制限せんと理解できぬのか。すべての物質を統括しておる。すべて見えておるし聞こえておるし動かせる」
……すべてってまさか、この付近のすべてではなく、世界のすべてだとでもおっしゃる気かしら。
「同時にすべてですか? そんなの、混乱しちゃいますよね。なにがなんだか、わからなくなっちゃいますよ」
お言葉は理解しているつもりなのよね。でもありえないとしか思えないわ。
「マアマは人ではない。人の感覚で考えるな」
「あはははは」
あ……
そうよ。人であるあたしの感覚では理解できないことをなされているんだわ。
マアマさんの力は、散々目の当たりにしてきたからよく知っているわよ。いや、知っているつもりだったわ。
強さは無論、認識範囲や影響範囲、処理精度、反応速度など、どれをとっても想像を絶するすごいものよね。
それでも、いかに高速でも、目の届く範囲でひとつずつ順に処理をされていると思っていたわ。
根拠はないわよ。無意識にそう認識していたわ。それはあたしを基準に考えるからなのよ。
でもマアマさんは人ではないのよね。
今までの説明によれば、無限ともいえる素粒子を常にすべて認識されていて、同時に操作できるんだわ。
ようやく、ようやく納得できたわよ。
でも今まで理解できなかったのは、あたしのせいじゃないわ。マアマさんの幼い態度に騙されちゃうのよ。まともに会話の受け答えすらできない、いや、しないような子が、そんな超並列思考をしているだなんて思えないわよね。
ガルマさん並の風格がマアマさんにあれば、あたしでもすぐに理解できていたと思うわ。
「あうぅ。マアマさんは実力とイメージのギャップがありすぎるんですよぉ」
「べるたー。よしよし」
マアマさんの力は理解したわよ。なら、なら、ウンディーネ様の反応を確認しなくちゃいけないわ。お話になったのですよね。
「そ、それで。ウンディーネ様は怒っていませんよね?」
お願いよ。肯定してくださいね。
「おどろいていたー」
……あっけらかんと、ひとことだけなのですか。
感情がまったく伝わってこなくて悩ましいわ。想像するしかないわね。ウンディーネ様の立場で驚かれたとなると……
「はう。やっぱり勝手に持っていかれたら驚きますよね」
「べるたが変だってー。あはははは」
へ。ウンディーネ様がそうおっしゃったのですか。
「えぇ。変ですか? アルフの言うとおり、あたしが変態だってことなのですか」
四大元素精霊様から変態認定されてしまったというの、あたしは。
そんな…… これが絶望というものなのね。
ティアラに手を伸ばすべきではなかったわ。いやそれ以前に、ウンディーネ様が触れられたものを欲しがるだなんて、あさまし過ぎたのよ。後悔してもしきれないわ。
アルフからも気持ちを抑えろと言われた直後だったのよ。軽率が過ぎるわよね。自業自得なのよ。あぁ~、もうあたしダメかもしれないわ。
「死なずに使えていることが変だ、ということであろう」
「そーそー」
……へ。
ウンディーネ様に執着する変態、だと思われたのではないのですか。
「ハァ。マアマさんの説明でも精神が鍛えられそうです……」
よかったわ。絶望から脱出できたわよ。すっごく疲れたわね……
「使えそうな者がいなくて、置いていったのであろうな」
「あたりー」
装着者によっては害になるからということかしら。
「そういうことなら。遠慮なく頂いてもいいみたいですよね」
ウンディーネ様が困惑されていないのであれば頂きたいわ。
「うんでぃーねも、喜んでいるー」
きゃー。それを先におっしゃってくださいよね。
「よかったぁ。ありがとうございます」
マアマさん大好きですよ。スリスリ。
「んじゃ戻るか」
「そうね。ステキなところとはいえ、いつまでも居座るわけにはいかないわ」
ではまたケルピー様に乗せていただいてと。
わぁ。帰りも旋回しながら浮上してくださっているわ。ここもこれが見納めよね。本当にステキなところだわ。
岸に着いたわよ。でもさっきの場所とは違うみたいね。どこかしら。
「おぉ。もとのところじゃなくて、対岸に運んでくれたのか。サンキュー」
あぁ。対岸の山には見覚えがあるわね。あそこを通ってきたわ。
「本当にありがとうございました。ティアラは生涯大切にします」
ケルピー様もステキだったわ…… 湖の中へ消えてしまわれたね。
ん。そういえば、湖でなにかをしようとしていたんだったわ。
「そうだ。釣りをしようとしていたのよね。浮き輪を出すわ」
魚がいっぱいいることは確認できたのよね。
「あぁ。やっぱ、いいや。ケルピーが釣れたら嫌だし」
その発想はなかったわ。
「あはは。まさか。でもそうね。魚もお友達かもだし。ここではやめておくわよ」
釣りをするような湖ではないわね。人が踏み荒らしていいところではないわ。
「しばらくは山中だ。獲物は十分だろ。マアマに任せるぜ」
うんうん。水場が続いていたし魚を食べたいわけでもないわ。旅を再開ね。




