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一人称視点版@あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
本章~ファンタジックな旅の日常~
24/52

おまけ:いしのなかにいる?

 少しでも険しい山だと、岩肌って歩きづらいわね。これは山道にすらなっていないわよ。


「こんなところを通らないといけないの。迂回(うかい)したほうがよかったと思うわ」


 動植物も目に入らないわよ。ほとんどの人は瞬間帰還器で越える地帯だから、人通りもまったくないのよね。視界が利くのはいいとしても殺風景すぎるわ。


「俺もそう思うけれどもさ。ここ連峰になっているから。迂回(うかい)するのも大変そうでさ」


 たしかに長い連峰だったわ。みんなが瞬間帰還器をつかうくらいだからまともな迂回路(うかいろ)もないわよね。


「そういえば。山で壁をつくっているみたいに見えていたわね。仕方がないか」


 高さはさほどでもないのが救いよね。さっさと越えちゃうのが最適解なのかしら。

 砂利はあっても土はないという印象ね。とにかく岩だらけで、なにも寄りつかない感じだわ。まるで生物を避けようとしているみたいね。

 む。遠くで雷の鳴る音がしたわよ。雨雲が近づいてくるように見えるわね。


「雷雨になりそうだな」


 口にしないでほしかったわ。


「あんたが言うなら確定よね」


 今回はアルフが言わなくても雷雨になりそうな様相を呈しているかしら。


「そこの、でかい洞窟で休憩するか」


 雷雨程度なら足を止めるほどのことではないわ。とはいえ、一服する切っ掛けとしてはいいかしら。


「……そうね。獲物になりそうな動物もいないところだし。なにかが巣にしていることもないわよね」


 多くの洞窟は、さまざまな動物が巣にしているのよ。なるべくは邪魔をしたくないのよね。まぁ、ここならきっと大丈夫よ。


 洞窟へ着いたとたんに雨が降り出したわ。


「ひ」


 こっわー。近くに雷の落ちた音がしたわ。思わず身がすくむわね。


「怖いのか? (わな)アイテムで避雷してくれるんだろ」


 あのすさまじい音を聞いては、平気ではいられないわね。


「わかっていても無理よ。というか。あんなの避雷しても吹っ飛ばされそうだわ」


 地響きがしているわよ。落雷箇所がなにであろうとも砕かれたと思うわ。


「大丈夫って聞いたけれどもな。ベルタにはマアマもいるんだし」

「大丈夫ー」


 うん、もちろん理屈ではわかっているわよ。


「マアマさんは信用しているわ。それでも。やっぱり怖いものは怖いのよ」


 反射的に耳を塞いでしゃがんじゃうわね。


「んじゃ奥へ行くか。雷の音も減るだろ」


 そうしてくれると助かるわ。


「うん」


 ここでなにかが起こっても、雷で身がすくんでまともに対応できない可能性が高いのよ。こういう気をつかえるようになってくれたのは大きな進歩といえるわ。


 特に危険はなさそうとはいえ、やっぱり洞窟の奥は暗いわね。って…… 奥が明るく見えてきたわよ。


「なんで洞窟の奥が明るくなっているんだ」

「光る(こけ)があるとか聞いたことはあるわね。でも、そんな感じでもないわ」


 やっぱり洞窟の中はカビくさいわね。って…… 進むほどにいい香りが漂ってきたわよ。


「なんで洞窟の奥からお茶の香りがするんだ」

「人を誘う(わな)にしては変よね。人が通ることなんてないようなところだし。お茶の香りの天然物かしら」


 遠くに洞窟の突き当たりが見えたわ。って…… あれ、岩盤ではなく扉よね。


「なんで洞窟の行き止まりが扉になっているんだ」

「……ハァ。こんなところまで。これも呼び主の思惑の一環なのかしらね」


 またなにかあるんだわ。この付近を通ることも、おそらくは呼び主の思惑なのよ。雷雨を呼んであたしたちを洞窟へ誘導することも、呼び主の不思議な力であれば可能なのかもしれないわね。

 でも気持ち悪いわ。あたしが雷に(おび)えることや、アルフが気をつかって奥を目指すことを想定していただなんて思いたくはないわよ。

 とはいえ、目の前の現実にはつっこまざるをえないわね。


「だったら行ってみるしかねぇか」


 洞窟の奥の扉の全貌が見えてきたわ。ここには似つかわしくない豪勢なつくりね。明るかったのは扉が光っていたからだわ。金でつくって宝石を散りばめているように見えるわね。

 でもお金持ちが住むようなところではないわ。酔狂にもほどがあるわね。

 扉の左右にもなにか…… 巨大な剣を持った黄金像が置かれているわ。今にも動きだしそうよ。というか、動いて暴れたことがあるような痕跡が見えるわ。これは要注意ね。


「あれって。ゴーレムってやつかしら?」


 下手に近づくわけにはいかないわ。


「おぉ。かっけぇ!」


 あ。アルフったら、そんな無警戒に近づいたら危な――

 やば、黄金像の剣先が動いたわ。


「アルフ!」


 マアマさん、アルフを護って…… って、あら。黄金像は動きを止めているわ。アルフは黄金像をペシペシと(たた)いて喜んでいるわね。


「あれ。あたしまだ振っていないわよ? マアマさんが抑えてくれたの?」

「まだー」


 たしかに動きだそうとしていたわよ。どうして動きを止めたのかしら。


「竜人様と、もうおひと方、ですね。私めごときになにか御用でしょうか」


 わ。突然知らない声が響き渡ったわ。反響しているのに、はっきりと聞き取れるわね。


「雨宿りしておるだけだ。気にせずともよい」


 やっぱりガルマさんは先方の正体すら気にされていないみたいだわ。平然とお答えになるのね。

 でもアルフが黄金像を(たた)いているのに、気にするなとおっしゃるのも失礼ではないかしら。汚れるし壊れるかもしれないわ。

 とはいえ先方としては、竜人様の連れであれば納得せざるをえないわよね。そこには同情するわ。


「竜人様が雨宿り? ……申しわけありません。どうやら私めは、既に(ほう)けてしまったようです」


 信じられないみたいね。竜人様がいかなるものかを知っていれば当然かしら。


「雨宿りは俺たちだ。ガルマさんは付き合ってくれているんだ」


 それも信じてもらえない気がするわ。


「……人もいたのですか。おふた方の力が強すぎて、見落としてしまいましたね」


 あら。アルフには気づいてすらいなかったみたいね。ガルマさんのお言葉が失礼だと憂慮したのは取り越し苦労だったわ。


「声からして、おっちゃんぽいけれども。あんたは誰だ」


 ぶ。目を離した間隙を縫うかのように、失礼を働かないでよね。まさに失礼の権化と呼ぶべき存在だったわ。


「私はここに住む、ただの隠者です」


 アルフの口を塞いでおくべきかしら。でも相手からは見えない状況で会話を中断すれば不審扱いされるわよね。


「おぉ。なんだかわかんねぇけれども、格好いい呼び名だな。だからこんな、すんげぇ扉をつくっているのか」


 隠者というのは呼び名ではないし、格好よくもないわよ。やっぱり口を塞ぐべきなのかしら。あぁ、どうすればいいのよ。


「おっと。これは失礼。あまりの驚きに、無礼なまねを続けてしまいました。どうぞお入りください」


 へ。どういうことよ。あんな会話でアルフと打ち解けていたのかしら。勝手に扉が開いたわ。

 ……これ、本当に洞窟の奥なのかしら。扉の奥は広大なドームになっているみたいよ。王都の闘技場くらいの広さがあるのかしら。でも、内装から壁面まで、すべて金ピカだわ。成金趣味なんて言葉が可愛く見えるくらいよ。

 見るからに怪しすぎるわ。というか、見ているだけで目がおかしくなりそうよ。


「どうしよう。なにか、あからさまにふつうじゃない…… って、ちょっとアルフ」


 いつの間に。既にアルフは扉の奥に向って歩き出しているわ。もう、ついていくしかないわね。

 (つえ)をついた御老人がおひとりで(たたず)んでいるわ。ここの御主人よね。あたしとの間合いは10メートルほどかしら。あたしたちに向って礼をしているわね。害意はないとみなしてもいいのかしら。

 見たことのない服装だわ。なんというか…… 質素とも派手ともいえるわね。服の質感は部屋の素材のように派手よ。でも、デザインは機能美を優先した感じで質素さを感じさせるわね。


「ようこそ。このようなあばら家です。大したおもてなしはできません。雨宿り程度であればごゆっくり」


 ん。なによアルフったら真顔でこっちを向いて。


「俺。あばら家の意味を、間違えて覚えているぽいわ」


 くだらないことで真顔をしないでよね。何事かと思ったわ。


「謙遜に決まっているわよ」


 わ。なにかが浮き出すように現れたわ。テーブルとソファーにベッドね。テーブルの上には()れたてのような湯気が出たお茶とお菓子まで用意されているわよ。


「うぉ。魔法? すげぇな」


 アルフったら、出た瞬間に食べ始めないでよ。そもそも、初対面の人に対して無礼が過ぎるわ。


「魔力は使っておりません。ゆえに魔法ではありません。錬金術というものです」


 食べても大丈夫なのかしら。なにもないところから浮き出してきたものなのよ。

 どう見ても御主人はただ者ではないわよね。アルフが食べた端からどんどん浮き出すように湧いてくるお菓子も気になって仕方がないわ。


「錬金術てなんだ」

「賢者の石をつくる術です」

「賢者の石てなんだ」

「人を不老不死にしたり。石を金に変えたり。そのような奇跡を可能にする触媒です」


 だからその物言いはどうにかしてよ。ハラハラするわ。一応はあたしの聞きたいことを聞いてくれていることがありがたくはあるわね。


「おぉ。奇跡か…… 俺にはわかりそうにねぇな」

「竜人様の前で口にするのはおこがましいですが。神への挑戦とか冒涜(ぼうとく)と言われていましたね」

「金ピカなのは錬金術だからなんだな」

「お恥ずかしい。研究がなったおりに、はしゃぎすぎた名残です」


 アルフの無礼な問いに対して、御主人は丁寧に返答を続けているわね。

 やっぱり御主人に害意はなさそうだわ。ならばあたしにもいろいろと聞いてみたいことはあるのよね。ここは好奇心をあおる要素に満ちあふれているわ。


「お世話になります。ベルタと申します。あたしも少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか」


 あら。アルフには即答されていたのに、どうしてあたしをみつめたままなのかしら。哀しそうな笑顔になられたわ。


「……希望に満ちたお嬢さんですね。私とは話さないことをお勧めします」


 えぇ。想定外の回答だわ。アルフには気さくに応じられたのに、あたしにはダメだなんて納得がいかないわよ。


「え。どうして…… それを聞くことも、いけないってことですか」


 どうしたらいいのかしら。まだなにもしていないのよ。あたしのせいじゃないわよね。ガルマさんにお伺いするべきなのかしら。


「優しさゆえの拒絶か」

「へ」


 なにをおっしゃっているのかしら。

 あ。御主人の眉がピクリと動いたわ。意味が通じているのかしら。


「人をきわめし者よ。応じろは言わぬ。だがベルタは、我が告げる真実にも屈しておらぬと知れ」


 ちょ。とんでもない言葉が突然飛び出したわ。


「人をきわめし者?」


 いまだ進化を遂げた人はいないはずよ。ならば、その直前にあるということなのかしら。


「……私めの言葉ごときでは壊れぬとのお墨つきですか。よいでしょう。お嬢さん。お伺いしましょう」


 御主人の笑顔から哀しみが薄れたように見えるわね。

 着席を勧められたわ。そういえば御主人もあたしも立ったままだったわね。アルフの隣に座っておくわよ。


「は、はい。その、早速ですが、人をきわめし者ってなんですか?」


 ほかに聞きたかったことは全部ふっとんじゃったわよ。


「竜人様が冗談…… いや皮肉を言われるとは。私も今まで知りませんでした」


 ガルマさんが冗談や皮肉をおっしゃった覚えはあたしにもないわね。本当に皮肉だとしても、それを口にされるほどのなにかがあることは間違いないわ。


「皮肉なのですか」


 笑顔が消えたわ。優しくも真剣な表情ね。


「人は自分で道を選びます。その選択肢は無数にあります」

「はい。道を違えるなとは何度も伺っております」

「竜人様のおっしゃる、道を違えるというのは、おそらくは正邪のみを指しております」

「正邪についても伺いましたね。つまり、間違った正の道? も多いということですか」


 猛烈に不安が襲ってきたわよ。困難な先行きが、輪をかけて困難な話になりそうな気配がするわ。


「そうです。なにをもって間違えたとみなすか。それは私ごときでは判断できなかったのです」

「正しいのに間違った道? 変な言葉になっちゃいますが。そのような道をきわめられたということですか」

「そういうことなのでしょうね。私が選んだ道の先は、行き止まりだったのですから」

「邪ではない。それなのに進化には至れない道。ということですか……」


 行き止まりとは、成長できなくなることを指すのかしら。

 あたしは自然に正を選ぶと伺ったわ。でもそれだけでは、進化に至る道を選んでいるとは限らない、ということよね。そして過ちに気づけるのは行き止まりに到達してからなんだわ。

 ならば、そこまで到達したとおっしゃる御主人から、聞けることは聞いておくべきよね。


「その道が錬金術師としての道だったということですか」

「はい。最も神に近づける道だと判断して選びました」


 納得だわ。竜神様のお話し相手になるには神に近づく必要があるのよ。錬金術師を選択できる状況であれば、あたしでも選んだかもしれないわ。


「たしかに。不老不死とか。石を金にとか。すごいお話ですよね。まさに神の力って感じがします」

「そうですね。人の欲望を満たすには最適な道でした」


 人は欲望のみで動くと伺ったわ。ならば人が選ぶ道としては最適ということになるはずよね。でもそれは選ぶべき道ではなかったとおっしゃっているわ。

 ややこしいわね。いじめられているような気分になるわ。


「欲望を満たすことと、神に近づくことが、別の道であったということですか」

「むしろ神からは遠のいてしまいました。神は与える側であって、満たされる側ではないのです」


 これも納得のいくわかりやすい説明ね。

 能力的にいえば、錬金術師の道は神に近づくといえるわ。でも立場としては神から離れていくのよ。

 であれば、そこから立場だけを変えればよさそうに思えるわね。


「では。その力をほかの人々に振るまえば、神に近づけるのではないのですか」

「神をまねることと、神に近づくことは違うのです」

「よくわからないです。神に近い力で神をまねれば、神に近づいてはいませんか」

「考えてみてください。私の力で人々の欲望を満たしてやれば、その人々はどうなるでしょう」

「あ。そうか。みんな堕落しちゃうだけなのですね」

「そもそも。神が与えるのは欲望とそれを満たす手段であって、直接欲望を満たすことではありませんしね」


 うーむ。与える側になるといっても、与えられるものが違うのだわ。

 欲望や寿命は既に与えられているから、新たに与えることには意味をなさないのよ。


「それでも、私が成長できるのであれば意義もあるのですが。先に申しあげたとおり、道は行き止まりでした」


 錬金術で人に施しをしても、道が変わらないことを確認済みなんだわ。


「道の終わりが見えるというのもすごいですね」

「皮肉とはいえ、きわめたと竜人様におっしゃっていただけるほどですからね。賢者の石の力はそれなりに甚大です」


 術がないよりもあったほうが有利であることは間違いないわ。活用する方法があるのではないかしら。


「その力をもってしても、神に近づく道を選ぶことはできないということですか」

「選ぶどころか、見えてすらおりません。既に絶望して今に至ります」


 ……絶望。

 安易に口にする人も多いわ。でもこれほどまでに見識を深めた方がおっしゃるには、極めて重い言葉よね。

 完全に望みが絶えてしまったとおっしゃるのよ。望みがなければ行動する意欲も湧かないわ。

 きわめた術を持つからこそ行き止まりが見えてしまうのよね。隠者になられたということは、御主人の絶望は本物であったということよ。


 でもそれではいけないと思うわ。間違えた道とはいえ、きわめることのできた偉人なのよ。どうにか道を選ぶヒントを見つけて差し上げたいわ。

 とはいえ、あたし自身にも道が見えていないのよね。ヒントは与える以前に欲しい側なのよ。

 つまりはほかの人々との接触や協力による情報収集が不可欠よね。正しい道を知る人なんて探したところでいないはずだわ。でも、御主人のような、間違った道を知る人からの情報は役立つはずよ。


「絶望して苦しまれるお気持ちはお察しします。でもこのようなところにおひとりで住まわずとも」

「ひとりでいるのは、人が嫌いだからです」


 ぶ。想定外の答えよ。

 隠者となられたのは、道が見えぬことに絶望されたからだけではないのだわ。

 それにしても人嫌いとはね。人を避けていては、絶望から逃れることはできないと思うのよ。真意を確かめる必要があるわ。


「え。御自身も人ですよね?」

「そのとおりです。残念なことにね」

「寂しくはないのですか」

「まったく」

「あたしには耐えがたいですね」

「でしょうね」


 竜神様ですら大願を掲げておられるわ。同格に話せる相手を求めておられるのよ。それなのに、御主人は同格である人を拒絶されて平気だとおっしゃっているわ。あたしには理解しがたいわよ。


「肯定されるということは、あたしの気持ちはおわかりになるのですよね。感じ方が違うのはどうしてでしょうか」

「人をどう見ているか、が違うのでしょうね」

「どうって。人は人ですよね。自分と同じ存在というか……」

「たとえば。害獣がいなくなったら寂しいですか?」

「まさか。清々しますよ」

「そういうことです。私にとって、人は害獣なのです」


 あ。そういうことなのね。御主人にとって、既に人は同格ではないのよ。話し相手たりえない、獣程度の存在でしかないのね。


「一体なにがあったのですか。人は協力して繁栄してきたのですよ」

「その繁栄のために。どれだけの人が虐げられてきたかはご存じですか」

「……」


 人の歴史はあたしも学んだわ。陰惨な歴史を乗り越えて今の繁栄があるのよ。その陰惨な状況を目の当たりにしたのなら、人嫌いになることも(うなず)けるわね。

 でもすべての人が害獣に見えるというのも理解しがたいわ。陰惨な行為をした人の資質が、すべての人から見えるということなのかしら。


「私は常に怒りに苦しんでいました」

「怒りを抑えることはむずかしいですね。あたしも努力しているところです」


 あたしも精神の(もろ)さを克服すべく試行錯誤しているところよ。なにか意見できるかもしれないわ。


「なぜ怒るのか。私は考えました」

「怒る原因を特定して対策するということですか」


 ここはあたしと発想が違うわね。発生した感情を抑えるのではなく、発生原因自体を排除しようというのだわ。

 できるとは思えないわね。でも、きわめた錬金術なら可能なのかもしれないわ。


「人と接すること。それがほとんどの怒りの原因でした」

「それで隠者になられたのですか。でもすべての人が、人を嫌ってしまっては、滅んでしまいますよ」


 安直な結論に少し(あき)れたわ。錬金術もなにも関係ないわよ。怒りの対策手段としては破綻しているとしか思えないわね。


「なんの問題がありましょう」

「……」


 言葉を返せないわ。そうよ、絶望していたなら、滅びを受けいれて当然なのよ。現に竜神様の絶望によって、幾度も人の世界は滅ぼされているという話だわ。

 御主人の出した結論が安直なわけではなかったのよ。人を嫌う理由と、嫌っても問題がない理由を、安直に理解しやすいように説明されただけだったのだわ。


「滅びを拒むのは種族維持本能にすぎません。どうでもよいことなのです」

「では人はなんのために生まれたのでしょうか」

「つくった側に目的はあったのでしょう。でもそれは失敗したのでしょう」

「まだ失敗とは決まっていません。決まったなら滅ぼされています」

「そう思える間はあがけばよい。己の信じる道を進むしかないでしょう」


 ……あたしでは御主人の説得は無理ね。

 あたしは大願の存在を知っているわ。いまだ竜神様が人を見放されてはいないことを知っているのよ。だから説得しようとしてみたわ。

 でも御主人にとっては既に検討済みのことだったのよ。大願を理解されたうえで、今の人には果たせないと結論されていたのね。

 ガルマさんには及ばないとはいえ、あたしよりは御主人の見識のほうが深すぎるわ。あたしがなにを言っても、逆に説得されてしまうのよ。

 最初に御主人があたしとの会話を拒まれた理由も察しがついたわ。ガルマさんが優しさゆえの拒絶とおっしゃった理由もね。事実を話せばあたしの希望を摘みかねないと、御主人が配慮してくださったんだわ。


 ハァ。あたしはなんて無力なのよ。あらためて痛感するわ。

 あたしが道を選べていたなら御主人を救えたのよね。でもあたしには道が見えてすらいないわ。もはや御主人の行く末を案じるほかはないのね。


「あなたは朽ち果てるまで、ここにおひとりで留まるのですか」

「おそらくは。そうなるでしょうね」

「おそらく、ですか」


 断定はされないのね。引っかかるわ。既にすべてを知り、結論を出した者としての発言ではなくなったわよ。


「怒りの対象にならぬ者が現れれば、私も変われるかもしれないと思っていました」

「そんな人を探そうとは思わないのですか」

「世界中に手を尽くしましたよ」

「そうですか。あなたにとっては、すべての人が愚かに見えたのですね」


 一瞬光が見えたのかと思ったわ。でも、やはりダメなのね。


「そうですね。お嬢さんに出会うまでは、そうでした」

「え。あたしは大丈夫なのですか」


 あら。どうしてよ。お顔が明るくなっておられるわ。

 あたしに出会うまでって…… 特別視されることに思い当たる節がまったくないわよ。今だって説得するどころか論破され続けてきたわ。


「竜人様につきまとうほどに。力に飢えた者かと警戒しましたが。あなたと話してもまったく怒りが湧いてこない」

「力に飢えてなんていませんよ。今はむしろ逆です……」


 筋力アップには努めてきたわ。それは今後も変わりはしないわね。

 でもここでいう力とは、竜の力のような人外の強大なものを指すはずよ。マアマさんの制御に不安を感じるあたしにとっては、力は飢えるどころか抑えたい側なのよね。


「そういうところが、ほかの人とは違うのでしょうね」

「でも。あたしの話し方ってふつうですよね? あたしにだけ怒りが湧かないとおっしゃってもどうしてなのか」

「話し方が同じような人は多いですね。でも言葉の端々から、下心が透けて見えるものなのです」


 あたしの下心ってなによ。思い当たらないわ。潜在意識というものかしら。


「えぇ? あたしに下心? そんなのない…… と思います…… よ?」

「お嬢さんには、ね」


 苦笑されているわ。

 そうか。あたしではなく、ほかの人から見えていたというお話なのね。

 考えてみれば想像はつくかしら。

 錬金術をきわめられた御主人は、すべての人の羨望の的よね。賊は無論、国家までもが御主人に取り入ろうと謀略のかぎりを尽くしたはずよ。だって無限の富に不老不死だものね。御主人を知ったうえで、下心を抱かぬ者なんていなかったのだわ。

 そんな人々を見下げ果てて、御主人は隠者になられたということなのかしら。すべての人が害獣に見えてしまわれるほどだものね。


「では。あたしに会ったからあなたは変わる。ということなのでしょうか」


 信じがたいほどの流れの変化だわ。もしかしてと期待しちゃうわよ。


「そうですね。すぐに今の生活を変える予定はありません。が、絶望から希望が生まれました」

「はぁ」


 隠者をおやめになる気はなさそうね。でも絶望からは脱されたみたいよ。

 御主人が救われたのかどうか、今ひとつわかりづらいわね。


「お嬢さんのような人が増えることを信じてみます。そのときの再活動に備えようとは思います」


 よかったわ。再び歩き出す気になられたのね。


「それは(うれ)しいです。ひとつの道をきわめたようなすごい人なら、世界に与える力も大きいことでしょう」


 心の底から(うれ)しいわ。あたしでは力不足で説得できない救えないと諦めていたのに状況が一転したのよ。

 あたしの説得は、なにひとつ成功したわけではないわ。あたしが救ったのではなく、御主人が自ら立ち直られたのよね。

 でもあたしの影響なんてどうでもいいことよ。御主人が救われたのであれば掛け値なしに(うれ)しいわ。


「本当に…… こぼれるような笑顔ですね。想いが伝わってくる。こちらの心が洗われるようですよ」


 あら。席を立たれたわ。え。うそぉ……

 (つえ)をひと振りされたら、御主人の老いた容姿が青年みたいに変わったわよ。


「うぉお? 変身した? かっけぇ」

「な、なにをなされたのですか」

「若返ってみました。備えると言った以上、このまま朽ち果てるのを待つわけにもいかぬと思いまして」


 まるで、なにも大したことはしていないと言わんばかりですね。


「若返りって。そんな簡単にできるんだな」

「んなわけないわよ!」


 黄金尽くしや、湧き続けるお菓子にも驚いてはいたわ。でも目の前で若返るさまを見る衝撃は格段に違うわね。まさに神に近い力という感覚だわ。


「きわめた力というものですか」

「道を選ぶことすらかなわぬ力ですがね。お手本は見せていただいたことですし。使い道も生まれることでしょう」


 なんですって。今ここでお手本を見つけられたということよね。


「お手本なんてあるのですか。あたしもぜひ拝見したいです」

「どうぞ御堪能ください」


 進化への道のお手本だなんて思わぬ収穫だわ。どんなすごいものが……


「へ。鏡?」

「おぉ。これがお手本か…… 俺にはさっぱりだ」


 ただの手鏡よね。なんの変哲も見当たらないわよ。


「あたしにもわからないわ。きわめた力とかがないと見えないのかしら」


 なにかが書かれているわけでもないし、スイッチの類も見当たらないわ。触っても変化はないし、この場に座ったままでできることなんて限られているわよね。今しがた御主人に見えたとおっしゃるのであれば特別な操作は必要ないと思うわ。


「よろしければ差し上げます。お持ちになってください」

「ありがとうございます。あたしにもいつかは見えるようになるのかしら」


 うーん。どこからみてもただの手鏡に見えるわ。やっぱり今のあたしには見えないと考えるべきなのかしら。


「急かすわけではありませんが。外の雨はあがったようですよ」


 ここから外の様子もわかるのね。やっぱりあたしとは見えているものが違うんだわ。その辺りをもう少しお聞き――


「おぉ。サンキュー。んじゃ行くか」


 アルフったら気が早…… って、もう外へ出ていこうとしているわ。


「え。そんないきなり」


 これだけお世話になっておきながら、ろくに挨拶もせずに出ていこうだなんて、なにを考えているのかしら。いや、なにも考えてはいないのよね。あ~、もう。

 先方の迷惑も考えれば、長居するべきではないとあたしも思っていたわ。仕方がないわね。


「その。急に押しかけて申しわけありませんでした。すばらしいお話をありがとうございました」


 本当はまだまだお伺いしたいことはあるのですがね。アルフのことは置くとしても、なんの対価もなしに質問を続けるのは失礼だわ。対価を支払おうにも、錬金術をきわめた方が欲するようなものなんて用意できるわけがないしね。今回は諦めるわ。


「こちらこそ。楽しく有意義な時間を過ごせましたよ」

「では失礼します」


 アルフったらスタスタとひとりで進まないでよね。


「あんた。世話になった人に礼くらいきちんとしなさいよ」


 それくらいの礼儀は教えているのにねぇ。


「えぇ? ちゃんとサンキューって言ったぜ」


 あれで礼のつもりだったんだわ。


「口だけよね」


 御主人に背を向けながら言っていたのよ。礼儀のかけらもなかったわ。


「えー。菓子もうまかったし。ちゃんと感謝の気持ちをこめていたんだけれどもなぁ」


 その気持ちを態度で示しなさいよ。


 あら。扉を出たら辺りが暗くなったわ。扉になにかあったのかしら。


「え?」


 と、扉がないわ。黄金像もよ。ただの岩盤になっているわ。光を放つ扉が消えたから暗くなったのよ。


「消えちまったな」


 一体なにが起こったのかしら。目の前の岩盤の位置には、さっきまで御主人がいたのよ。……つまり御主人は今、いしのなかにいるのかしら。


「えー! そんな。まさか…… 死んじゃったんじゃないわよね?」


 絶望から希望が生まれたとおっしゃっていたわ。それなのにどうしてこんな……


「移動しただけだ。備えとやらの行動に出たのであろう」


 無事だとおっしゃるのね。よかったわ。

 でも移動、ねぇ。


「はぁ。あのお家ごと移動ですか。本当に人とは思いがたい力ですね」


 明らかに人を超えているとしか思えない力だわ。でもその力をもってしても進化には至れないのよね。正しき道を進むだけではダメなのよ。正しき道の中から、進化へ至る道を選ぶだけでも至難なんだわ。


「ベルタに言われたくはないだろうけれどもな」


 へ。あたし自身は凡人だわ。


「あたしのはマアマさんの力よ」

「あのおっさんも賢者の石とやらの力なんだろ」


 わかっていないわね。賢者の石なんて温泉で拾えるようなものではないはずよ。錬金術をきわめられたお方だからこそ生み出せた触媒だと思うわ。


「それも自分でつくられたから。あの方のは自分の力よ」

「自分の力かどうかは関係ないと思うけれどもな。まぁそれでもいいや」


 ガルマさんからも人をきわめしとまでおっしゃっていただいたほどの方なのよ。あたしごときでは比較にもならないわ。


 それにしても、この手鏡がお手本ねぇ。どう見てもあたしが映るだけだわ。もう少し具体的にお伺いしておきたかったわね。

 まずは行き止まりとやらに到達することが先なのかしら。物事には順序があるのだったわね。ならば当面は現状の方針で成長を目指すわよ。旅を再開ね。


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