おまけ:人になり損ねた者
あ~、もう、いらつくわね。なによこの背丈の高い草むらは。視界がほとんど利かないわ。八方草しか見えないわよ。アルフが呼ばれるほうへ進むから、迷いはしないことだけが救いね。とはいえ、これはストレスが溜まるわ。
なにかをまた踏み砕いたような音がしたわね。動物の骨かしら。茂りすぎで足元すら見えないわ。でも動物の気配をまったく感じないのに、骨があるとしたら変よね。
「いかにも襲われそうなところって感じなのに。全然肉がこねぇな。期待していたのに」
あんたはやっぱりそっちが気になるのね。あたしは視界のほうが気になるわ。草が邪魔すぎて、すぐにあんたを見失いそうになるのよ。
でも精神鍛錬もかねて冷静に考えてみるわ。
「そうね。上位種の支配区域とかなのかしら」
化け物が獣を一掃しているとは考えがたいわ。それならあたしたちにも襲いかかってきそうだものね。
つまりは知恵で上位に立つ者がいると思うのよ。不特定多数の獣を排除する知恵があるとしたら、亜人の可能性が高いわよね。
でもまともな亜人が支配するような、文化的な地域には見えないわ。自然重視の亜人なら獣を一掃したりはしないわよね。
「あぁ。ゴブリンとかいるのかもな」
言っちゃったわ。アルフが口にすると本当に出そうだから、あたしも口にしたくはなかったのよね。まぁほかには思い当たる要因もないし仕方がないかしら。
「ゴブリンかぁ。堕ちたとはいえ、亜人だって話だし。相手にしたくはないわねぇ」
本来は人と協力する立場にあったはずの種なのよ。
「捕らえて更生させるってわけにも、いかねぇだろうしな」
ガルマさんのお話から考えれば、子鬼の身体能力を得た人になるべきであった種ということよね。本来は子鬼人と呼ばれる存在になるべきだったのよ。でも理性が潰されて亜人にはなりきれなかったのよね。
堕ちてしまった以上は魔物なのよ。亜人とみなして接しても襲われるだけだから注意しなくちゃいけないわ。
「襲われた場合の対策は考えておいたほうがいいわよね」
理性がたりない以上は、アルフのいうとおりで更生は不可能だと思うわ。となると、賊と同じ対処じゃダメよね。更生するまで拘束することにしたら、ゴブリンを皆殺しにしてしまうわ。
「亜人だったら食うわけにもいかねぇし。竜神様が放置しているってことは、滅ぼす対象でもないんだろ」
いちいち食べようとしないでよ。
竜神様が直接には滅ぼされないとはいえ、人に滅ぼさせるために放置されている可能性はあるわね。
「堕ちた人の存在意義か。進化は期待できないわよね。人に与える苦難として残しておられるってことかしら」
ゴブリンの存在意義次第では適切な対応も変わってくるわ。少なくとも人の立場からいえばゴブリンの存在は害でしかないのよね。
「ベルタの場合は、マアマで一掃できるから苦難にもならねぇよな」
そうね。相手にする意義は思いつかないわ。
「となると。食べきれない獣と同じ扱いかしら。捕らえてから逃がすくらいしかないわよ」
マアマさんに護られている以上は、ゴブリンがどれだけきても苦難にすらならないのよね。完全に無価値な存在といわざるをえないわ。関わるだけムダなのよ。
「捕らえたゴブリンは逃がすなって。村の人が言っていたのを聞いた覚えがあるぞ」
あたしも常識として学んだわ。でも今はそれが該当しないのよ。
「学習して厄介になるらしいからね。マアマさんが相手なら学習しようもないわよ」
亜人だから、それなりに知恵はあるのよね。手のうちを見せてから逃がしてはいけないわ。でもマアマさんの力であれば、見せたところで対抗する術がないのよ。だから逃がしても問題はないはずだわ。
「だったら罠アイテムは、なるべく見せたくないな。作動する前に捕まえてもらわないとな」
たしかにね。罠アイテムに対しては対抗策を練られる可能性があるわ。
「もし襲ってきたらね。狙撃のときと一緒でいいかしら。仲間もまとめて捕縛してもらいましょう」
作戦はまとまったわね。あとは襲撃を警戒しながら進むだけよ。
……かなり進んだのに、なにも襲ってくる気配がないわね。
草むらは広いうえに密集しているわ。ゴブリンが完全に気配を断つだなんて、できるところではないのよ。少しでも動けば草が揺れて音がするはずだわ。
「何事もなく抜けられそうだな」
そうね。警戒していることがバカらしくなるほどに、まったく気配を感じないわ。
「アルフが口にしたのに出てこないなんて拍子抜けね」
アルフが口にしたものは現れるというジンクスのようなものを感じていたわ。だから本気でゴブリンを警戒していたのにね。まぁ出ないに越したことはないわ。
「こうなると獣がいなかった理由がわかんねぇな」
あぁ。ゴブリンを警戒したのは、獣の気配がないからだったわ。
「そうよねぇ。これだけ草だらけなのよ。食べる動物もいるわよね」
ゴブリンの気配がないとなると、獣がいない要因はほかにあるはずだわ。でも見当がつかないわね。
「草が多すぎるのかな。みんな迷子になっちまうのかもな」
うーん。この草むらに対して、適性のある種がいないとは思いがたいわ。
「それはないと思うのよねぇ。嗅覚とか聴覚が優れている種もいるし」
あら。草むらの外が見えてきたわ。結局はなにも起きていないままよ。草むらの先は林になっているようね。
「ここの草はまずいのかね」
アルフらしい発想だわ。
「どんな動物にも食べられない草? そんな草しかない土地なんて聞いたことないのよねぇ」
この世界の生物は食物連鎖で成り立っているわ。植物が生えるところであれば動物もいるのがふつうなのよ。食べられない草だけがこんなに生えているだなんて考えがたいわ。
「ん? 肉が待っているぞ」
こんなに視界の悪い草むらの中からよく見つけるわね。
「へ。本当だわ。草むらの外のやつよね。こっちを睨んでいる獣がいるわ」
あたしたちのにおいを嗅ぎつけたのかしら。林から真っすぐにこっちを睨んでいるみたいだわ。
「あれだったら罠アイテムで十分だろ。このまま進むぜ」
獣のほうもこっちに向かって突っこんできたわ。
「きたきた」
「食べにきて食べられるなんて哀れね。皮肉だわ。でも諦めてね」
「キャイーン」
え。なによ今の悲鳴は。
罠アイテムは作動していないわ。そもそも悲鳴の位置は、あたしたちから離れているのよ。
「なんだ。棘でも踏んだのか」
草の中を動く音がまったくしないわ。棘を踏んだのであれば、じっとしているわけがないわよね。
「それにしては変よ。一声鳴いてそれきりだし」
獣が争った気配はまるで感じなかったわ。障害物で怪我をしたにしては、もがく様子も逃げる様子もないわよ。向ってくる途中で突然絶命したかの様相だわ。
獣よりも危険な要素が間違いなく潜んでいるわね。なにが起こったのかを確認する必要があるわ。
「見に行ってみるか」
あら。能天気らしくなく慎重ね。やっぱり普段から考えるようになってくれているわ。
悲鳴が聞こえたのはこの辺りかしら…… 獣の新しい死骸があったわ。既に食い荒らされているわね。
「おぉ。先に食われた」
食べられているということは獣を襲ったやつがいるのね。でもその姿は見えないわ。
「やっぱりなにかいるのよ。獣を一瞬で倒すほどに危ないやつが。早くここを出るわよ」
マアマさんにも防げないような非物理攻撃をする敵とは思いがたいわ。でも油断は大敵よね。まずは急いで草むらから出るべきよ。獣も草むらに入るまでは無事だったから、出れば大丈夫な可能性が高いわ。
よし、出たわよ。少し離れてから様子を見るべきね。
……草むらを注視していても、たまに弱く吹く風に凪ぐ以外の動きは見えないわ。
「なにもいないよなぁ」
それらしい気配はなにもないわね。どういうことよ。
「獣が食べられていたわよね。いないわけはないのよ。見えない獣?」
透明な獣とは考えにくいかしら。でも、見えにくくなるような擬態は十分にありえるわ。
「そうだとしても。草が動いてわかりそうなもんだけれどもな」
そうね。見えない獣がいるとしたら草の動きで気配を読めるはずだわ。だからいないと考えるべきよ。でもたしかに目の前で獣が倒されたのよね。なにが起こったというのよ。
このまま進んでも、おそらくあたしたちに危害はないと思うわ。襲う気なら、草むらの中でいくらでも機会があったものね。
でも見えない脅威がついてきては困るのよ。行き先でほかの人に危害を加えるかもしれないわ。
うーむ。考えても答えが出ないときにはお聞きしてもいいのかしら。このままじゃ厄災を運ぶことにもなりかねないのよね。
「ガルマさん。お聞きしてもいいことでしょうか」
「虫だ」
よかったわ、答えていただけたわよ。
虫、ね。すべて合点がいったわよ。草むらの中には、肉食の強力な虫が大量にいるんだわ。あたしたちが襲われなかったのは、虫除けの魔アイテムのおかげというわけね。
「ちょっと待てー。ということはだ。俺ひとりで旅していたら食われていたのか?」
ん~、どうかしら。前の町でも、人が虫に食われたという話は聞いていないのよね。
「罠アイテムがあるわ。襲われて、すぐに逃げていれば防げたと思うわよ」
ふつうに考えれば、ほとんどの危険は罠アイテムで防げるのよね。いかに狂暴とはいえ自然の虫であれば、虫除けの魔アイテムがなくても駆除できると思うわ。
「いや。罠アイテムで駆除したんだったらさ。そのまま気にせずに進むだろ。俺なんだし」
あぁ。アルフはそうね。ふつうに考えてはいけない能天気だったわ。
「なら処理しきれなくなるわよね。ものすごい数みたいだし。食べられちゃったかもね」
あら。珍しくアルフがぶち切れそうな雰囲気よ。
「呼び主は俺を殺す気かよ!」
なによいまさら。命の危険なんて今までに幾多もあったわ。
「あたしたちが一緒だと知っているかもね。そのうえで呼んでいると思うのよ」
呼ばれているのはアルフだけだわ。でもガルマさんたちと出会うように、誘導されていたと思える節があるのよ。同行を前提としている可能性は十分にあるわ。
「じゃぁ。間欠泉のところもかよ。ベルタに任せろってことだったのかよ」
そういえばあのときにも、こだわっていたわね。アルフが呼ばれているのだからひとりでも行ける方法があるはずだとか言っていたわ。
「その可能性もあるわね」
ちょ。アルフが頭を抱え込んで葛藤しているみたいよ。こんな姿を見るのは初めてだわ。あたしのせいじゃないわよね。あたしは可能性を示唆しただけなのよ。大丈夫かしら。
「必死で考えた挙句に。怒られて死にかけて。それが全部ムダだったとか。ありえねー」
同情はするわ。でも必死で考えた挙句に、という言葉には語弊を感じるわね。ただの思いつきに見えたわよ。
間欠泉を使うという選択に至ったアルフの思索が、結果的にムダだったとはいえるわね。すべての原因は呼び主にあるのよ。
「呼び主の目的か正体がわからないと意図はつかめないわね」
あら。突然脱力して呆けたみたいよ。
「行く気が失せてきたな」
そこまでショックだったのね。あたしにはもはや、いつものことって感じだったわ。慣れって怖いわね。
「帰る?」
あたしとしては村に戻るのもやぶさかではないわ。この旅はアルフに同行しているだけなのよね。アルフ次第で旅は終わるのよ。
「飯を食って考えよう」
落ち込んでいても食べることだけは忘れないのね。
「はいはい」
この林に獣がいることはわかっているのよね。なら魚釣りのときと同じように、見えていない獣もマアマさんなら狩れるはずよ。ほいっと。
ほら焼肉がきたわ。アルフったら途端に元気になったわね。なにも考えていなさそうに、喜んでかぶりついているわよ。
あぁ、おいしかったわ。アルフも満足そうに一服しているわね。でも旅の継続を検討しているようには見えないわ。
「どうするか決まった?」
一応は聞いてみるわよ。この一服中に考えなさいよね。
「おぉ。むずかしすぎて寝そうになったがな。まとまったぜ」
あら、意外ね。あれで考えていたんだわ。でもあれだけがっついておいて、いつ寝そうになっていたのかしら。まぁそれはどうでもいいわね。
「どうするのよ」
村へ帰るとしたら、あたしのうちに住むか、猪の村へ行くかかしら。どちらにしてもいったんはうちに帰って親父に相談してからよね。もしかしたら役場にアルフの捜索依頼がきている可能性だってあるわ。
「ベルタもガルマさんも。俺が頼んで一緒にきてもらっている。勝手についてきているわけじゃねぇ」
うんうん。今はそのとおりよ。
「あたしは自分の意思でもあるのよね」
旅を終えても仕方がないとはいえ、続けたいと思っているのはたしかよ。
「だったら頼らせてもらおうと思う。旅を続けよう」
へ。
意を決したような顔つきね。ちょっと意外だわ。話の流れ的には、旅は終わりだと思っていたのよね。
「あたしはいいわよ。でもあんた。呼び主のことを信用できなくなったのよね」
殺す気かよと言って怒っていたのよ。それなのに応じ続けるだなんて意図がわからないわ。
「もともと信用なんてしていねぇさ。呼ぶ以上は大丈夫だろうってな。勝手に思っていただけさ」
ふむ。勝手に思っていただけだと自覚をしているのなら、なぜあんなに怒ったのかしら。いずれにせよ、旅を続ける理由にはなっていないわ。
「でも今ので危険だってわかったわよね」
もう大丈夫だとは思っていないはずよ。旅に応じていた根拠が崩れたのなら、旅を終えるのが筋よね。
「あぁ。だから俺としては、旅を終えるのもありかなとは思ったんだが」
やはりアルフは旅の終わりを考えていたのね。でもそれを思いとどまらせるほどの要因があったんだわ。
今後も旅を続ける理由が、呼び主のためでないことは明白よね。ならばあたしかガルマさんのためということになるのかしら。
でも呼び主に応じる理由があるのはアルフだけなのよね。だってあたしもガルマさんも、直接には呼ばれてすらいないのよ。
もしかして誤解をしているのかしら。あたしが旅を続けたいのだとアルフは思っているのかもしれないわ。
「俺としてはって。あたしとガルマさんのために続けるってこと?」
そうだとしたら気持ちは嬉しいわ。でも行きたくもない旅を無理に続けさせる気はないわよ。なにしろ命がけの旅ですものね。
「ガルマさんは村に定住なんてしないだろ。お前は困らないか?」
「あ」
そうよ。あたしたちが旅を終えれば、ガルマさんはおひとりで旅を続けられるはずだわ。あたしには、マアマさんという不安が残ることになるのよ。あたしは少なくとも精神の脆さを克服するまで旅を続けなければならないのだわ。
「俺としては旅を楽しんでいる。でも危険だとわかったうえで、お前を連れていっていいのかって思えてさ」
え。アルフが怒ったのはそういうわけだったのね……
アルフ自身の身を案じていたわけではないんだわ。呼び主を信頼できなくなったからでもないのよね。アルフがあたしを危険にさらしていたという事実に怒っていたのだわ。
たしかに、結果論として危険が発生するのは村にいても一緒よ。盗賊に襲われたりすることも、呼び主が意図せずとも発生するわ。でも意図的に危険なところへ誘導することは許せるものではないわよね。
旅を終えるべきか迷ったことも、旅を続けると決めたことも、あたしのことを考えてくれた結果なんだわ。
「行く気が失せたって。あたしのせいだったの」
どうすればいいのかしら。あたしがアルフの重荷になっているんだわ……
「いやいや。だから負の思考はやめろって。精神の脆さの一端じゃねぇのか」
これもあたしの精神の脆さだというのね。でも現にアルフは今、あたしのために…… いや。そうであっても、それだけではないんだわ。
「……うん。アルフの気持ちの問題なのよね」
誰のためであろうと、アルフ自身の気持ちなのよ。あたしが気にするべきことではないのだわ。アルフがあたしを想ってくれているのなら、あたしもアルフを想えればいいのよ。想われることを否定するべきではないわ。
「そうそう。で、飯を食いながら考えた。結論が、ガルマさんやマアマがいる間は大丈夫だろうってこと」
まさにそのとおりね。すごくよく考えてくれているわ。
「そうね。少なくともあたしにとっては、旅を続けることが一番安全なのかもしれないわ」
真面目な顔つきから、いつもの能天気な様子に戻ったわね。
「てなわけで。今後は行き詰ったら、考えずに頼るからよろしく頼むぜ」
むしろそのほうが楽よ。頼らずに勝手に行動するからとんでもないことになっていたわ。
「あはは。あんた能天気のクセに、考えるときはきちんと考えるわよね。えらいえらい」
あんたの能天気には呆れさせられることが多いわ。でもやればできるのよね。
「俺も思うわ。考えたくはないんだけれどもな。考えなきゃいけない状況に追いこまれるんだよな」
そうね。追い込まれるのはあたしもよ。この旅は本当にきついわ。
「そこで逃げずに、きちんと考えているのよね。えらいえらい」
逃げることはたやすいわ。能天気であればなおのことよね。それなのに逃げなかったのよ。大切に想ってくれていることの証といえるわ。
「まぁ俺のことだしな。呼び主には会ってから話をつけねぇとな」
ふむ。そこが不思議なのよね。あたしたちの中ではアルフが最も非力なのよ。なぜアルフだけが呼ばれるのかしら。
「そうね。なんの力もない感じのアルフを呼ぶのも変だわ。呼び主は不思議な力を持っていそうなのにね」
ガルマさんやマアマさんに引き合わせるだなんて、人にはまず無理よ。
「それは俺が一番聞きたいわ。なんかひとつくらいは、俺にも長所があってもいいじゃん」
あら。あんたにもやりたいことがあったわね。
「ならちょうどよかったと思うわよ。アルフにも明確な目的ができたのよね」
旅を続ける目的にもなるわ。
「お? ……そうか。呼び主に俺の魅力を聞きだすのか。燃えてきたな」
それにしてもアルフの魅力ねぇ。ん~。思い浮かばないわ。
記憶はないし体力もないのよね。容姿も身体能力も、どこにも優れた要素は見当たらないわ。
「アルフの魅力か。焼いて食べたらおいしいのかもね」
命がけの騒動に巻き込むってことは、死んでもいいと思っているのかもしれないわ。
「だからなんですぐに俺を殺すほうに発想が向くのかな。きっと、すげぇのがあるって」
そうだといいわね。
となると、当面の行動に変化はないかしら。アルフに明確な旅の目的ができただけのことよ。
そろそろ片付けて旅の再開を準備しようかしらね。
「しかしなぁ。ガルマさんやマアマのいることが前提の旅路かぁ。先の想定が思い切り変わってくるな」
また珍しく神妙な様子だわ。
「想定なんてしていたのね」
想定なんてしない人を能天気と呼ぶのよ。底抜けの能天気であろうアルフが口にするとは思わなかったわね。本気で驚いたわ。
「前にお前が言っていたさ。溶岩湖を通るとか本当にありそうじゃん」
いまさら過ぎるわ。
「あぁ。あんたはないと思っていたのね」
想定といってもその程度なのよ。納得だわ。そんなのはとっくに想定済みの話よ。
「おぉ。そんなもんがあったらさ。そこで旅が終わっちまう。呼んだ意味がなくなるだろ」
それで大丈夫だと思っていたのね。それなりに考えてはいたんだわ。
「そうね。アルフを始末したいのでなければね」
アルフの考えはもっともだわ。でも旅を続けさせることが目的であればの話なのよ。そうとは限らないのよね。
「でもこうなるとな。水の底とか雲の上とか。下手したら瞬いている星とかもありえそうでさ」
ぶ。あたしの想定よりもとんでもないのがきたわ。なによこの敗北感は。
「しゃれにならないわね。あんた。そんな呼び先にも従う気?」
さすがに星に呼ばれることまでは想定していないわ。そもそも瞬いている星って恒星よね。燃えてきたって、そういうことなのかしら。
「相談はするさ。呼ばれたときに考えようぜ」
考えるまでもないと思うわ。まぁ呼ばれることもないはずよね。
いや、アルフが口にしたってことは…… そのときは全力で却下するしかないわ。
さぁ旅を再開よ。
ん。妙な気配がするわ。物陰に大勢が隠れて囲んでいるみたいね。
「飯のにおいにひかれたのか。なんかが集まってきたみたいだな」
お話に夢中になって油断していたわ。草むらの主が虫だとわかったから安心もしていたしね。
「おかしいとは思っていたのよ。アルフが口にしても現れないなんてね」
警戒を解いてから現れるところがまた、アルフ絡みらしいずれよ。
「あぁ。ゴブリンか」
既に応じる準備はできているわ。マアマさん出番ですよ、と。まずは様子見ね。
今の衝突音は…… 矢がアルフに当たる直前で、賊避けの罠アイテムに弾かれたんだわ。
攻撃をしてきた以上は容赦しないわよ。矢が効かなかったせいか騒ぎ出したわね。うわ。一斉に大量の矢を打ち上げたわ。マアマさんお願いね。ほいっと。
よしよし。矢の代わりに大勢のゴブリンが降ってきたわ。
目の前がゴブリンだらけになったわよ。ギィギィとうるさいわね。仮にも亜人の魔物なら言葉を使いなさいよ。
む。200匹はいるかしら。武装をしていない者が多いということは、コロニーで待つゴブリンとかも含めて釣ったのかしらね。みんな身動きすらできずに混乱をしているみたいだわ。
「またすげぇ数だな」
まったくよ。許しがたいわね。
「あたしの村の人口よりも多いわよ。なにか負けているみたいで腹立つわね」
集落として繁栄しているということなのよ。あたしの村よりも繁栄しているだなんてありえないわ。
「いや。怒るところはそこじゃねぇだろ」
怒りは理屈じゃないのよ。でも怒っている場合じゃないわね。
「捕らえてから逃がすと決めてはいたわ。でも、これじゃすぐに追いかけてきそうよね」
個別の獣なら、捕らわれた恐怖心で逃げるわ。でも半端な知恵をもつゴブリンの集団であれば、あたしたちに勝てると勘違いをして追ってきそうよね。
「ベルタの仕業だってことも理解できていねぇだろうしな」
そうよね。なにが起こったのかをまったく理解してはいないはずだわ。
「うーん。どうしようかしら」
釣るのとは逆に、遠くへ飛ばすこともできるとは思うわ。でもそこになにがあるのかは、あたしにはわからないのよね。マアマさんに任せるのはかなり不安だわ。
「夜まで拘束とかで、いいんじゃねぇの」
うん。危険なところでなければそうしていたわ。
「町なかならいいわよ。でもここじゃねぇ。獣に食べられちゃうわよ」
ここに獣がいることは確認済みなのよね。
「それも自業自得じゃね」
うーん。普段はその獣を狩っていると考えれば、狩られるのも自業自得といえるのかしら。
「そうよねぇ。でも、なにか残酷に思えてさ」
弱肉強食は仕方がないわ。でも、抵抗する術を奪われて、なぶり殺しにされるのはさすがに惨いわよね。
「ん~。身動きできずに食われる…… か。想像するとたしかにやばいな。戦って死ぬより怖いかも」
どうしたものかしらね。要は、身を護るためには動けても、ここからは移動できないようにすればいいのよ。いい方法はないかしら。
「そうだバリアよ。ゴブリンが外に干渉できない牢をつくりたいわ。夜まで維持することはできるかしら」
「おっけー」
ではお願いしますね。ほいっと。
おおっと、ゴブリンが一斉にこっちへ向ってきたわ。でも見えないバリアに阻まれて足止めされているわね。矢を放ってもバリアは越えられないみたいよ。
バリアということは、嵐のときのように対象物以外は通れるようになっているのかしら。試しに木の枝を拾って…… えい。やっぱりゴブリンに届いたわ。つまりはバリアを素通りしているわね。ゴブリンが関わる移動だけを阻害しているんだわ。
うんうん、完璧よ。これなら自然への影響は最小限にできるわね。
「さっすがマアマさん。これくらいの罰は受けてもらいましょうか」
「あはははは」
「んじゃ行こうぜ」
ひとつ不安があるとすれば、旅人が近くを通りがかったときにバリアが解けるとまずいわね。でもゴブリンだらけのところに近づくとは考えがたいわ。
一応は会話が通じるゴブリンもいるという話なのよね。でも、説得はムダだといわれているわ。理性がたりずに堕ちた者だからね。会話をできる知能があっても、約束を守ろうとする理性はないのよ。
半端な知恵をもつゴブリンには、説得も生半可な攻撃も、徒労にしかならないわ。下手に学習して反発するだけだから厄介なのよ。バリアなら学習も反発もできないから理想よね。完全無視、これが一番よ。
さぁ今度こそ旅を再開ね。




